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第一話  鼠賊の決意

「人には天命というものがある」

昔、誰かからそんなご高説を聞いたことはあるが、それが真実なのか、わしは知らない。

だが、「機」というものがあることは、実感として知っている。


もし昔、わしが麹勝の奴をたたっ斬っていなければ、おそらく叔父上の旗下にはいても、将軍だの侯だのといった称号を持つ、ひとかどの将とはなっていなかった事だろう。

そして叔父上の横死後、皆に押されてその跡をすんなりと受け継ぐ事も無かったやも知れぬ。


「(おそらく、これは三度目の「機」なのだろうな…)」

わしは目の前で情勢報告をしている賈詡を見つつ、何となく、そう思った。



   

時は建安元(196)年。

黄巾の乱に端を発した戦乱は未だ収まる気配すら無く、群雄が所狭しと各地に割拠する、そんな時代。

ここ宛にも、小さな勢力がその旗を掲げていた。

何の事はない、つまりはわしの張繍軍だ。


「董軍の残党の残党、宛城の鼠賊、か。まあ周囲の列強から見れば、妥当といえば妥当な評なのかも知れぬが… これでは何処かに降るという手は確かに面白くは無いな、賈詡よ」

そんなわしの苦笑混じりの返事に対し、賈詡は静かに頷くと、言葉を継いでいく。

「御意。現状では何処かに属したとしても、失っても惜しくない雑軍として、体良く使い潰されかねません。…むしろ今はそんな評価を奇貨と捉え、力をつけるべきではないかと」

「奇貨、か…」

わしはそうつぶやくと、暫し目を閉じ考える。

大勢力の間で虎視眈々と機を狙う。危険極まりないが、乱世の武人としては本懐とも言えるそんな立ち位置に心惹かれぬと言えば、嘘になる。

無論、董太師とその一門の凄惨な末路を見た衝撃や、太師没後に味あわされた先行きの見えぬ恐怖も未だ消えてはおらぬが… それでもなお、疼く想いがあるのも事実。


昔、麹勝を斬ろうとした時は、劉公の恨みを晴らさずにおくものかという思いが強かった為か、あまり迷わなかった。

叔父上の跡を襲った時も、先行きへの不安は小さく無かったが、遂に一勢力の長となれるという興奮が強かった為か、ここまでは迷わなかった。

「(危険ではある。だが、かつては欲しても、無い物ねだりと諦めていたものが今はある。ならば…)」

わしは息を吐きながら目を開くと、穏やかな表情を浮かべてわしを見つめている目の前の男を見やり、呼びかけた。


「賈詡、貴公はわしを輔けてくれるのだな」

「張繍殿が私を信じて下さる限りは、全力で」

そしてそんな打てば響くような返答を受け、わしの腹は決まった。

あの閻忠が張良・陳平になぞらえた男。

董太師没後の大混乱を、沈着かつ的確に泳ぎ切った男。

わしが今まで出会った中で、最も切れる男。

かつてあれほど欲して得られなかった「智」が、今はわしの手元にあるのだ。やらいでか!


「賈詡よ、わしはそれなりの気骨と将才はあると自負しているが、無論のこと天下一だなどとうぬぼれてはおらぬ。が、これより一つだけ、天下一を目指してみようと思う」

「はっ…?」

わしの突然の、話の流れに関係の無いそんな独語に虚を突かれたか、やや怪訝そうな表情を浮かべる賈詡。

それに対しわしは、奴の目を見据え、言葉を継いだ。

「わしは、貴公を信頼することにおいては、天下一の将を目指したいと思う。賈詡、我が耳目となり、頭脳となってわしを輔けてくれ!」


「…非才なる我が身の全力を持って、殿の力となりましょう」

そして賈詡は小さく驚きの表情を浮かべると、先程より力の篭った言葉で、そうわしに応じてくれた。

…さあ、わしの分不相応な挑戦の始まりだ。



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