オリオンは出でぬ
テスト期間なので軽めに。
「何してるの」
彼女は僕の横に座って、訊いた。
「星を、待ってるんだ」
小型の天体望遠鏡を準備しながら、僕は答えた。
この望遠鏡は、僕が小学五年生の頃、十一歳の誕生日プレゼントに買ってもらったものだ。別段高価なものでも高性能なものでもないが、僕は何故か新しいものを使う気にはなれなかった。
しばらく沈黙が続き、少し気まずいなと思いながら僕は彼女の方をちらと見た。
月明かりに照らされた横顔は、心なしかほんのりと赤かった。
「……お酒飲んだ?」
「ばれた?」
酔っぱらっているのか。珍しく彼女の方から話しかけてくれたのが嬉しかったのに、少し残念な気分になった。
「でも、ちょっとだけだよ」
「そう」
流星群は定刻通りにやって来た。夜空に光の雨が降っているように、紺のバックに白い線が引かれていく。僕は望遠鏡を覗いてみたが、あまり意味がないと気づいて、やめた。
「綺麗だね……」
彼女は僕の肩に頭をあずけて呟いた。
なぜだか今日は、「君の方が綺麗だよ」と軽口をたたく気にはなれなかった。
「星になりたい、って思ったことない?」
代わりに口をついて出たのはそんな言葉だった。
「ロマンチストなんだね、君は」
そう言って僕の頭を撫でる彼女。相変わらず頭は肩にのっけたままだから、随分変な格好になる。
「意外?」
「そうでもない」
彼女は腕が疲れたのか、頭を撫でていた腕をひっこめた。
「カストールとポルクスみたいにさ」
僕は昔、柄にもなく読んだギリシャ神話の物語を夢想した。
「ずっと一緒に居られたら幸せだろうなって」
彼女はまた僕の頭を撫でだした。
「でも、カストールは星じゃなくて人間としてポルクスと一緒に居たかったと思うんだよね」
彼女は少し震えた声でそう言った。
「泣いてんの?」
僕が尋ねると、
「泣いてない……」
彼女はそう言って嗚咽の声を漏らし始めた。
「泣いてないもん」
「泣いてんじゃん」
僕は彼女の頭を撫でた。柑橘系の匂いが鼻腔をくすぐる。気づけば彼女と出会って4回目の夏が、もう終わろうとしている。……おそらく次の夏は来ないのだろう。
「流れ星にお願いした?」
彼女は不意に顔を僕に向けて、そう言った。
「したよ」
「なにをお願いした?」
「ひみつ」
「えー教えてよけちー」
お願いごとは人に教えたら叶わないんだよ、とか恥ずかしいからダメ、とかいろんな返しを思いついたが、あえて僕は何も言わないで、彼女の口を塞いだ。