07話 夜のひととき
二階の洗濯機で服と装備の血を落とし乾燥機能で乾燥、そのまま装備は背負い袋に仕舞いこむ。
浴場を出ると外の風景は夜へと変化していた。
風呂で思わぬ時間を食ったようだ。
《【暗視】取得》
「おかえりなさい」
モーテルに入ると、第一声でそんな声をかけられた。
千代さんだ。
エプロンを付けてキッチンで料理をしている。
「おかえり」
ガーターもいた。
ソファに沈み込んでまったりとしている。
マサヒロは一瞬呆けたが、すぐに我に返る。
「……ただいま」
ずっと一人暮らしだったせいか、今では慣れない言葉だ。
なんとなく気恥ずかしい。
子供の頃は日常だったはずだ。
ただいま。
おかえり。
家庭を持っていれば、今でも気恥ずかしさを覚えない、ただの何でもない挨拶だったんだろうか。
馬鹿馬鹿しい。
マサヒロは頭を振った。
背負い袋を壁際に置き、その身を空いているソファに沈ませる。
「そういえば、二人はどんな武器を選んだんだ」
思考を捨てるように二人に問いかける。
視線はなんとなく千代さんに固定される。
エプロン着用で料理しているその後ろ姿には抗いがたい何かを感じる。
「僕は盗賊系のスキルを揃えていこうと思ってるからね。今はオーソドックスに短剣だよ」
ガーターの言葉はマサヒロには意外だった。
見た目金髪の美丈夫的に聖騎士スタイルでも目指していると勝手に思っていた。
「私は荒事は苦手なので、武器は杖を選びました。神聖術と付与魔法を中心に手助け主体ですね。一応元素魔法というのも覚えましたけど」
魔道具設定のコンロだろうか。
言ってそれに載せた鍋の中身をかき混ぜる。
味噌汁の匂いだ。
しかしなるほど。千代さんは後方支援らしい。
というか知らない魔法があるんですが。
「元素魔法や付与魔法って図書室にあったっけ」
「生活コーナーにありましたよ。元素魔法は火や風などの自然現象の魔法らしいです。火起こしに飲料水にとても便利です。付与魔法は身体強化全般ですね」
生活コーナーて。
付与魔法も身体強化全般なら力仕事や足腰強化と確かに生活に密着している魔法ではあるが。
「マサヒロはどんな武器を選んだんだ?」
「一応刀なんだが、そのまま使うかどうかは未定かなぁ……」
ガーターの問いに言葉を濁す。
何せ瞬殺されたのだから刀が自分に合っているかはまだ未確定だ。
「なら、色々試すのがお勧めだよ。僕も今は短剣だけど他の武器にも興味あるしね。今日はずっと訓練場で武器の扱い方を確認してたよ」
訓練場か……
「どんな感じだった? やっぱ教官とかいて武器の扱い方を教えてくれるとか」
「いや、教官はいなかったよ。斬っても再生するカカシと模擬戦ができる場所が一定間隔であったくらいかな」
「教えてくれる人はいないのか……」
運営もそこまで親切でもないか。
装備関係や雑貨なんかが無料なのだ。
そこまで求めるのも贅沢か。
そこでふと考える。
強さ。そして話が通じる存在。
「そういえば訓練場で見かけなかったけど。二人は何してたんだい?」
「あー……」
考える。
「ゲームでこれは凄いなーとちょっと景色に見とれてな。初日くらいはいいかと散歩してた。すまん」
速攻で殺されました、などと言えるはずもなく、とりあえずマサヒロは誤魔化した。
「謝らなくていいよ。ゲームは本来遊ぶ為のものなんだし。クリアが最終的な目標だけど、過程はのんびりと楽しみながらでもいいと、僕はそう思う」
人の内面は見る事ができない。
今は表面上だけを見て判断するしか無いが、それを踏まえてもガーターはやはり良い奴に見える。
「私は杖を選んで魔法を覚えた後は、テラスという場所に良い寝椅子があったのでそこで日向ぼっこしてました」
千代さんはフリーダムだな。
確かに千代さんの雰囲気は縁側でおっとりと日光浴をしているお婆ちゃんのそれだが。
「二人はマイペースだね。ずっと訓練場にいた僕が馬鹿みたいじゃないか」
文句らしい事を言うが顔は微笑んだままだ。
言い方も嫌味にならず明るい言い方だ。
ガーターは心も広いらしい。
続けて提案する。
「じゃ、明日は皆で北の方に行ってみようか。屋上から遠目に見ると凄く広い草原みたいだよ」
「あ、ちょっと待った」
それにストップをかける。
ガーターと千代さんの頭の上にハテナが浮かぶ。
「ちょっとやりたい事があるんだが、一ヶ月ほど時間くれないか?」
思い切って提案してみる。
「……一ヶ月?」
「ああ、ある程度強くなってから合流したいんだ。修行期間ってやつだ」
「修行か……」
ガーターは口に手を当て考える。
おそらくは反対しないだろうとマサヒロは考えていた。
「うん、いいんじゃないかな。マサヒロが自分で決めた事なら僕は反対しないよ。どうせ半年の猶予もあるし、その内の一ヶ月を修行に使うのは悪い考えじゃない」
予想通りにガーターは賛成の意を示した。
「一ヶ月も経てば皆使うスキルも固定してるだろうし、そこから連携の練習した方が効率的かもしれないしね」
「いいと思いますよ?」
千代さんも好意的だ。
「なら、自由時間を延長して一ヶ月、各自で修行にしようか。あ、でも部屋はどうしようか。ただ住むだけなら別として、一ヶ月間別行動なのに食事を作ってもらうのは何か違うよね……」
千代さんに目を向けながらガーターは言う。
確かにそうだ。
パーティを組んだとはいえ、今日出会ったばかりの間柄だ。
別行動なのに食事だけは用意してもらうってのは虫が良すぎる。
「いえ、大丈夫ですよ」
なのに、千代さんは笑顔だった。
「むしろ作らせてほしいというか。誰かの為に何かをするの、好きなんですよ。生きている実感というか……」
笑顔ではあったが、なんとなく、その言葉の端に憂いが含まれていた。
鍋を移動させ、次はフランパンを躍らせる。
何かを焼く音がした。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいますか」
空気を読んだのか、ガーターはそう言った。
「そうだな。ここで食事を作ってもらえば食堂に行く必要も無くなるし、というか食費が掛からないのが一番でかいな。何も考えずに修行に専念できるし」
マサヒロも茶化して応えた。
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこっちの方だよ」
暗くなってしまった話題はそこで終わりにして、武器の使い心地について雑談を交わす。
短剣は小回りが利いて使いやすいらしい。それに倒した魔物を解体する時にも便利との事だ。
「解体か……」
「まだ経験してないから話を聞いただけなんだけどね。刃物なら何でもいいそうだけど、長い得物でするのは難しいらしいね」
まぁ、剣や斧で解体する人は稀だろう。
「でも、解体スキルというものがあるらしい。一度でも解体すれば、刃物を持ってれば一発で解体してくれるとか」
「便利だな」
「雑な解体らしいから質は下がるらしいよ。スキルレベルが上がればどうなるか判らないけど」
「血抜きの時間とかも考えれば多少質は下がってもスキルの方がいいだろうなぁ」
「グロ耐性のない人もいるしねぇ。個人が多い今はともかく、パーティになってくるとスキル一択になるんじゃないかな」
「あー確かに」
解体は何気にグロい。
未経験の人は涙目になるだろう。
我慢できない人が必ず出てきそうだ。
「魔法を使うなら杖らしいですね」
千代さんが杖部屋で聞いた話では、杖は魔法威力や召喚系に付加効果が付くらしい。
神聖術の為に、一応として杖を持っておくべきだろうか。
短剣と杖を候補として考えておく。
マサヒロも刀の使用感について話をした。
しばらくして、千代さんの料理の音が止まる。
「さて、ちょっといいですか」
料理ができたようだ。
千代さんが動いて茶碗やお椀をマサヒロ達の前の机の上に並べていく。
その動く姿に目が行く。
エプロン姿が既に高防御力だ。清純な魅力という名の凶悪さを感じる。
自分が魔物ならこれに攻撃なんて無理だろう。
「…………さすが天使だ」
ガーターもマサヒロと同じ思いだったようだ。
聞いてはいけない方向の呟きを漏らす。
白米のご飯に味噌汁、そして漬け物。オマケで目玉焼き。
実に日本的な食卓だ。
しかし何故か机の真ん中の大皿に盛られた餃子の山。
「初日ですから慣れない疲れもあると思うんです。それで明日の活力を養う意味を込めてニンニク料理を入れてみました」
ニンニクは体に良いらしい。
ここで千代さんに「ゲームだと栄養素関係なくね?」などと指摘しても不幸しか生まれない。
笑顔の女性に野暮な事は言わない。
そう、いつ何時でも幸福の道を模索するべきなのだ。
美味しかったので問題ない。
晩御飯を食した後、千代さんとガーターは浴場に向かった。
汗の設定はまだ未検証だが、料理で汚れるから後でと思っていたらしい。
ガーターは付き合いで残っていたようだ。
女湯の方は見れないから何とも言えないが、おそらく男湯と大して変わらないのではなかろうか。
二人の、中を見ての驚く顔が目に浮かぶ。
「さて」
今は体感的に夜の二十時か二十一時くらいだろうか。
目覚ましは無いので早めに寝るのが賢い。
明日からは本格的に修行の開始だ。
今はただの推測だが当てもあるし、準備時間も必要だ。
簡単に死なないように、強くなる為に。
できるなら悔いなく満足して死にたいものだ。
そう願う。