05話 情報交換
弱い方が強い相手に勝つには、とにかく不意だ。
「ふっ」
一息で相手の懐に潜り込む。
そんなイメージを脳裏で描いて体勢を低くしてゴブリンの元へ向かう。
ゴブリンは余裕の表情だった。
刀の届く距離と判断すると同時に右足に力を込め、刀を上に振り上げる。
「はっ!?」
ゴブリンの動きを間近で視認する。
最小の動きで向かって左に動く。それだけで刀を避けていた。
そして右手に持った剣は既に動いていて――
マサヒロの意識はそこで途切れた。
どうやらマサヒロは瞬殺されたらしかった。
首元に固まった血がこびりついている。
首斬りか。
殺し合いとか格好いい事を言いつつ実際はすぐに殺されるだけとか、現実はなかなかに厳しい。
起きて周囲を伺うと辺りの景色は紅く彩られていた。
蘇生するといってもすぐにというわけではないらしい。
死んだ時間は昼くらいと仮定すると、今は夕方として死ぬと約五時間から六時間。
かなりのロスだ。
死んでばかりいると全く強くなれないまま本編を迎える事になってしまう。
これは由々しき問題だ。
懐や放置された荷物袋を改める。
何も荒らされてはいなかった。
死んだら何かが減るというペナルティはないらしい。
念の為にステータスも見てみる。
名前 マサヒロ
種族 人
レベル 1
【体力】 500/500
【気力】 500/500
【筋力】 10
【頑健】 13
【器用】 10
【敏捷】 14
【魔力】 10
【精神】 18
【抵抗】 18
【回復】 12
【スキル】
観察Lv2 聞き耳Lv1 遠視Lv1 鑑定Lv1 刀術Lv1
神聖術Lv1 嗅覚鋭敏Lv1
神聖術(治療・解毒・光矢)
ステータスが減るという事もないようだ。
いや、むしろ時間的にステータスが回復するまで意識は失ったまま、が正解なのかもしれない。
とりあえず千代さんが晩御飯を用意してくれているはずだ。
行為を無にする事もできない。
今日はこのままモーテルに帰る事にした。
さっきの敗因はいきなり格上と戦った事だろう。
折角観察というスキルがあるのだ。
やはりまずは手頃な格下の敵と戦うべきだった。
せめてどこかでもう一戦しておきたいところだが、まぁ帰途の道中に出会える可能性も高い。
そんなわけで森の出口のところまで歩いてきたマサヒロだったが、そこには一匹の犬を従えた一人の少年が立っていた。
全裸で。
腕を組んで堂々と立っている。
全裸で。
意味が判らない。
趣味なんだろうか。
それとも襲われて身ぐるみ剥がされたのだろうか。
草原の方を見ている為か、こちらには背を向けている。
尻が丸見えだ。
名前 信繁
種族 人
レベル 2
名前 大助
種族 魔獣
レベル 2
状態 従魔
声をかけるべきか、かけざるべきか。
ちらちらと犬の方はこちらに気付いているようだが、主人には報告しないようだ。
困ってそうならば、己の心の正義心が燃え上がり躊躇もせずに声をかけて助けてしまうだろう。
しかし、後ろ姿でも判るその威風堂々とした立ち姿。
現実世界だと面倒事と判断して確実に遠回りして避ける事案だ。
まぁこれも縁だ。
「いきなり後ろからすまん。こんな処で裸で、何かあったのか?」
「む?」
声をかけると少年もマサヒロの存在に気付いたようだ。
「ああ、助かった。スライムに全部溶かされてな。さすがに明るいまま全裸で倉庫に行ける勇気は無くて、夜になるまで待ってたとこだ」
なるほど、まともな理由だ。
趣味ではなかったらしい。
「スライムってあのスライムか」
「ああ、なめて刀で斬ったら分裂してな。刀は溶けるわ、まとわりつかれて防具も溶けるわ。引き剥がそうとしたらその手が溶けるわ。気がつけば死んでた状態だ。多分全身溶かされたんだろうな。あれは夢に見るわ」
恐ろしいな。
そういえば、あの国民的な大作RPGでスライムは雑魚というイメージが付いたが、それ以前のゲームではスライムはむしろ厄介な敵としてイメージされていたはずだ。
武器は打撃のみ有効。しかも武器は酸で溶けて劣化してしまうというオマケ付きだ。
酸の効かないガラス製打撃武器を常備武器として一本は持っておこうぜ、というのが暗黙の了解だった。
知らない人間にとっては即死級の罠だ。
とりあえず教える事にする。
「ありがとな。知らないままだとまた会っても逃げるしか手がなかったとこだ」
「いいさ。人に教えて困る情報じゃない」
マントを外して少年に渡す。
全裸よりはマシだろう。
「助かる。俺は忍、じゃない。信繁だ。この狼は大助だ」
犬じゃなく狼だったらしい。
「犬と狼の違いって何だろうな」
「あー俺もそれは知らないな」
表示で判断するしかなさそうだ。
敵に襲われると危険そうなので共に中央へと行く事にする。
「つーか、このエリアは戦い挑まない限り敵から襲ってくる事はないぞ」
「そうなのか」
互いに情報交換すると、教えてもらう事の方が多いという。
「この狼は召喚術ってスキルだよ。聞き耳が2になったら会話できるようになったんで話しかけて従魔にしたんだ」
なるほど、聞き耳も意外に重要らしい。
「精霊術も多分聞き耳がないと契約以前に会話すらできないんじゃね?」
「その可能性は高そうだな」
このスキル使わないな、と思って削除すると困る人も出てきそうな情報だ。
情報交換も終わり、そろそろ中央に着くという距離で会話が止まる。
マサヒロはどちらかというとコミュ症気味だ。
沈黙に耐えきれず、話題を考える。
「そういえば本名じゃないんだよな。日本語名だから最初本名かと思ったよ」
「ああ、俺はニートだったんだ。だから真田幸村にあやかってこの名前にしたんだ」
その言葉にマサヒロは失敗したかな、と思ったが、本人的にはそこまで気にしてはいないらしい。
「幸村ってあの有名な幸村だよな」
「ああ、古今無双の英雄として有名だ。まぁ、これは大殿の家康に食らいついたのが雑魚じゃ示しがつかないってわけで、徳川のプロパガンダのせいもありそうだけどな」
「雑魚か……」
真田幸村というと、なんとなく精悍な武将というイメージだ。
「嫌がらせで別名の幸村って名前で宣伝されても大多数は気付かなかったってくらいは雑魚だよ。三十四歳でやっと初陣、しかも父親に付き添われて。その後十三年ニートだ」
確かに雑魚といえる経歴だ。
「大坂の陣でも父親の戦法を真似ただけだ。後はヤケクソの突撃だ」
でも……と続く。
「結果はどうあれ、彼は江戸時代から現代まで古今無双と言われ続けた。民衆の英雄となった。ニートから古今無双だ。名前が残ったんだ。彼より活躍した毛利勝永って武将もいたのにな」
吐き出す声に魂が乗っていた。
プレイヤー名にどういう思いで信繁という名前を付けたのか。
見た目は少年だが、彼の人生がなんとなく想像できた。
ほどなく中央広場へと到着した。
「悪い、最後に湿っぽくなっちまったな。んじゃ、またな」
「ああ、またな」
お互いに軽く手を上げ、別れる。
考えてみればこのゲームのコンセプトは遠回りの安楽死だ。
爽やかそうなガーターやほんわかした千代さんにも、何かしら事情があるのだろう。
これを反省して迂闊に詮索しない事を己に誓った。