03話 装備の準備
簡潔に言えば、ローマ風の巨大な建物は食堂と浴場が一体となったものだった。
入って入り口付近は意外に広い待合室で至る所に椅子や机が設置してある。
正面は左が男性用、右が女性用の浴場入り口らしい。
入り口そばの階段から上は食堂だ。
どうやら前面部分一階が待合室で、二階は食堂、三階はテラス。
後面部分は全てが吹き抜けの浴場で露天風呂なんかもあるようだ。
「というか凝り過ぎだろう」
モーテルのトイレもそうだが、体感的に食欲や排泄といったものはどうも希薄だ。意識的に考えなければ必要とすらしないのかもしれない。
「確か脳の信号だったかな。定期的にでも普段やっていた人間的生活をしないと、現実に戻った時に不都合が起こるとか何とか……ごめん、うろ覚えだ」
「なるほど」
ガーターの言葉になんとなく納得する。
ゲーム内で食事も排泄もせずに何年も過ごし、そのまま現実世界に帰るとどうなるのか。
脳内信号が正しく機能しなくなるとどうなるのか。
気がつけば栄養失調になって倒れちゃいました。
街中を歩いていたら、気がつけば漏らしていました。
嫌すぎる。
「良く理解できませんが、朝昼晩しっかりと食事を摂って、快便すればいいんですよね」
さすが千代さんだ。快便なんて言葉をすらりと述べやがる。
「まぁ、最低朝と夜だけでも食べればいいよな」
そんな事を呟くと、千代さんが顔を輝かせる。
「宿に台所もありましたし、材料や調味料が手に入れば私が食事を用意しますよ。しばらくやれませんでしたが、これでも料理は昔から得意なんです」
「おお、料理のできる人がいるのはいいよね。食費も節約できるし」
確かに同意だ。
毎食毎食食堂を利用していると馬鹿にならない出費になりそうだ。
「それじゃ、食材が手に入ったら食事は千代さんに任せますか」
「賛成」
「はい、任されました」
なんとなく雰囲気が良い。
このパーティ結成は当たりだろうか。
ガーターも千代さんも善人のような気がしなくもない。
一日目でこれは幸先がいいのかもしれない。
「後は倉庫を確認して、戦闘かな」
「遠足なんかもそうですが、準備が一番楽しいですよね」
南側を後にして、中央へと移動する。
そこにある建物はローマな建物に負けず劣らずの大きな建物だった。
「でかいな」
思わず唸る。
「倉庫と図書室と買い取り場でしたよね」
「図書室って表現だから、倉庫と買い取り場が大きいんじゃないかな」
中に入ると、一階全てが買い取り場だった。
そこかしこに黄色のアイコンを頭上に掲げたNPCの買い取り人達が、暇そうにのんびりと佇んでいる。
まぁ始まったばかりだしなぁ。
二階が倉庫、三階が図書室と訓練場、四階が屋上となっていた。
倉庫は雑貨、食材、武器防具がそれぞれ部屋別で細かく分けられている。
まずは雑貨に向かうと、荷物袋や色々な種類の鞄があった。
ランプやロープなどの定番のアイテムなんかもある。
というか全てが無料だった。
「至れり尽くせりだな」
「本編が怖いね」
全くだ。
チュートリアルエリアではほとんどが無料という事が判った。
病院はまだ見てないからなんとも言えないが、この分だと無料のような気がする。
唯一お金がかかるのは食堂くらいじゃないだろうか。
ぬるい。
命がかかってるのに、軽く考えてしまいそうだ。
もしこの感覚のまま本編に行ったら……
運営は狙ってるんだろうか。
狙ってるとしたら随分と意地悪だ。
「とりあえず、各自で装備品選ぶのは時間かかりそうだし、一度解散して後で集合した方がいいかね?」
武器の種類も多いし、防具も服や肘当て肩当てマントブーツなど種類が多彩だ。
「んーそうだね。どの武器が自分に一番合ってるかも確かめたいし、魔法も覚えたいし……」
「えーと、ではこうしませんか? 今日は一日自由行動にして、明日からは皆で一緒に楽しむというのは」
千代さんの提案に頷く。
ガーターも賛成だ。
「んじゃ、また明日」
「うん、といっても夜に会うんじゃないかな」
そういえば一緒のモーテルか。
「夕餉の方用意しておきますね」
さすが千代さんだ。見た目が大和撫子なだけはある。
そんなこんなで二人と別れ、まずは防具部屋へと向かう。
それぞれの部屋で種類不明の布製の厚手の服を着込み、ブーツを履き替え、革の胸当て、肘当て、膝当てなどを装着する。
気分は勇者の旅立ちだ。
次第にテンションが高揚していく。
最後に茶色のマントを羽織って防具装備は終了。
周りに人はいない。
無意味にマントをはためかせる。
うん、格好いい。
そのままのテンションで次は武器部屋へと向かう。
武器はかなりのバリエーションがあった。
楽器なんかの部屋もある。
……楽器は武器なのか?
棒の部屋にトンファーやヌンチャク、三節棍なんかもあったが扱いきれる自信がない。
面白そうではあるんだが。
ふと、刀の部屋に目がいった。
剣と刀では斬り方が違う。
剣は叩き斬る、だが刀は引き斬るといった感じだ。
素人にしてみると刀の方が遥かに難易度が高い。
しかし、日本男子としては刀にはロマンを感じる。
どうせ無料だ。今は死んでしまっても蘇生される。
試すのは今しかない。
そんなわけで刀部屋に入る。
中には誰もいなかった。
先に南側に行った為に他の大多数の人達とは行動がずれてる為だろう。
ゆっくり選ぶには好都合だ。
お店というわけではないが、他の客も店員もいない広い空間でたくさんの商品を吟味するというのは現実世界ではありえない。
ひどく開放感がある。
ちょうどいい長さの刀を一本両手で持って、一振りする。
良い感じだ。
《【刀術】取得》
剣と刀で部屋が分かれていたので予想はしていたが、やはり別のスキルになるらしい。
そのまま小太刀を左手に持ち、二刀流の構えを取る。
なんという宮本武蔵。
実際の宮本武蔵の二刀は防御や不意打ちでしか使わなかったと聞くが、ゲームでは常時二刀はどうなんだろう。
実際に振ってみる。
意外に重さは感じない。
いけそうだ。
自分の思う格好いい構えで格好いい斬り方を実践する。
「ふっ、つまらぬ物を斬ってしまった」
誰もいないのをいい事に、ちょっと調子に乗る。
「ふっ、はっ、ふっ」
斬るというより格好いい構えの追求だ。
全身が映る姿鏡が欲しい。
若い頃の情熱が蘇るようだ。
「オレは今、輝いている」
感無量だ。
そんな時だ。
《【観察】レベルアップ》
インフォメーションが表示された。
何故かここで観察のレベルが上がった。
不思議だ。
疑問に思っていると、前方の壁に徐々に人影が浮かび上がる。それは次第に人の姿へと変わっていった。
身軽そうな衣服の少女だった。
名前 アヤ
種族 人
レベル 1
目が合う。
相手もこちらが気付いた事を察したようだ。
顔が真っ赤だ。
真っ赤になりたいのはこっちです。
「あ、あの、えっと、隠密の練習をしてまして、出るに出られなくなったと言いますか」
そんなスキルがあったのか。
いや、あると予想しておくべきだった。
迂闊すぎる。
「あの、でも、その、行動、理解できます。男の人は皆少年の心を持ってるって聞きますし」
遠回しに子供っぽいって言ってますよね。
「えーと、その、格好よかったですよ、そう、例えば……」
そこで少女の言葉が止まった。
例えで何を言おうか言葉を選んでいるようだ。
そして言った。
「……ごめんなさい」
ここでマサヒロの身体が膝から崩折れた。
大ダメージだ。
機を逃さないように、少女はそそくさと部屋を出て行った。
なんという罠だ。
精神的に立ち直れない。
大きな精神的外傷を背負ってしまった。
これからは周囲に人がいない状況でも馬鹿な行動は起こさない。
マサヒロはそう自分に誓った。
そして一つ学習した。
観察は消さないでおこう、絶対にだ。
次回からステータス表示が入り、戦闘が入ります