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正義という名の自己犠牲  作者: 北村ゆきかず
安楽死という名のデスゲーム
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プロローグ

 頭に当たる風が冷たい。

 軍手やマフラー、しまむらのハイパーな衣服に包まれた体は平気だが、禿げ上がった頭と露出した顔が冷気を帯びた風によって温度を失っていた。

 東京の大通りを、ゴロゴロと少しだけ重いスーツケースを引きずりながら歩く。


 何が悪かったのか。

 それはもう判っている。

 後悔もしていない。

 今の状況は、自業自得というのだろう。

 

 海原正大。(うなばらまさひろ )

 それが彼の名前だ。

 今年入社の新人女子に行われていた、団塊の上司によるセクハラやパワハラを我慢しきれずに注意した。

 それだけで、彼は十年以上務めていた建設会社を自主退職させられた。


 会社にとって、上司に逆らうような常識知らずは社員にいらない、との事だ。

 無くせなかった正義感に流された現実に嫌になる。

 新人女子が可愛がっている姪に似ていただけに、今までスルーできていたセクハラやパワハラをスルーできなかったのだ。


『一応、ありがとうございました』


 新人女子の、悲壮な顔からの最後の言葉も心に突き刺さった。

 彼が退職になっただけで、何の改善もなく、もしかしたら悪化するかもしれないからだ。

 古い体質の会社では、何事も我慢するのが常識だ。


 この件で他部署からは少しだけ注目されたので、セクハラは改善されるかもしれない。

 しかし、パワハラは依然として世間では教育とされているのが多いので改善はないだろう。

 訴えてもただの甘え、根性なしで終わる。


「……正義、か」


 思わず言葉が漏れ出る。

 今回の件は、正しかったのか。

 疑問が残る。


 子供の頃から正義が好きだった。

 街の被害を一切考えない巨人や、五対一で明らかに卑怯くさい戦隊、免許があるのかちょっと不安になるバイクに乗った昆虫など、ちょっと突っ込みどころはあるがそれを含めて正大は正義物が好きだった。


 だからか、未だに考えるのだ。

 もっといい方法もあったかもしれない、と。

 まぁ、考えても答えは出ないのだが。


 ふと、懐の携帯がぶるぶると震えた。

 見ると、姪からのメールだった。


【送られてきた荷物はダンボールのまま用意した部屋に全て運んだよ】


 微妙に可愛らしい動物の絵文字が最後についていた。


『経緯が経緯だ。ちょうどいいからこっちに来ないか? 地方に比べればコンプライアンスはしっかりとされてるぞ』


 仕事を退職して直後、兄の公明( きみあき)からそんな電話が来た。

 住む場所はとりあえずは兄の家の空いている部屋を使い、落ち着けばアパートやマンションを借りて引っ越せばいい。

 そんな感じで話がまとまった。

 今は兄夫婦が住まう東京のとある街にて移動している最中だ。

 

 そんな時だった。

 魔が差す、と言うのだろうか。

 違う気もする。

 なんとなく、一つの建物が目に止まった。

 正大の足が止まる。


《euthanasia world 安楽死の世界》


 建物の看板にはそう書かれていた。


 記憶にあった。

 当時は斬新すぎて政治的に物議を醸しだした施策ではあるが、今では成功と言われている施策だ。


 試験的に一つの都市で導入され、その経済効果から有用と見なされたが、やはり人道的にまずいとされたのかその試験都市だけの施策となっている。

 内容は、端的に言えばリターンのあるオンラインゲームでの安楽死だ。


 ある事件を参考にしたらしい。


 視界映像の公開許可や脳死後の臓器提供にサインをし、ゲームにログインする。

 中身は体感時間を十倍に引き伸ばされた西洋に近いリアルファンタジー、らしい。

 ボーイから比較にならないリアリティを追求したとの事で、名称はVRと呼ばれている。


 ゲーム内で死ねばそれまでだが、無事に生き残ってボスを倒せば晴れてクリア。貯めたゲーム内通貨をそのまま現実世界で貰えるとの事だ。


 新聞やネットで話題となっていた。

 当初は信用されず緩やかな自殺として話題も乏しかったが、次第にクリア者がぽつぽつ出るようになるとそのリターンと経済効果に視点が集まった。


 ユーザー達のそのほとんどが未来を憂えた自殺志願者であり、クリアしたユーザー達もその域を出る者は少なく、ほとんどがゲームで得た資金を豪遊に使ったのである。

 そして文無しになればまたユーザーになり、死ぬまでそのサイクルが確立する。


 気がつけば、一つの市場が形成されていた。

 多数の宣伝映像と臓器提供、少数の資金獲得者。宝くじと同じ構造だ。


 興味本位だった。

 確か、スタートは一ヶ月に一回。

 その日までは受け付けのみで、参加者は待機とネットには書いていた。

 説明だけでも聞いてみようかな、と思ったのだ。

 ゴロゴロゴロ、とスーツケースを引きずらせながら、自動ドアの目の前に立つ。

 ドアが開いた。

 結構な人がいた。

 受け付けの女性達が正大を見て、にこやかに微笑む。


 ちょうど、参加日だった。

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