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Chronicle  作者: 花咲璃優
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記録の本に滑る羽根ペン

「さあ、学校行く手続きしないとな」


淡々と冷たく語ったさっきまでの表情はなく、知佳は面倒そうに一言呟く。

だが、まだ、混乱している俺の頭は知佳についていけない。

呆気にとられる俺に気付いた知佳は「ん?」と聞く。


「ん? じゃねーだろ? どういう事なんだよ、意味分かんねーよ」


思った事をそのまま口にすると、知佳はくすくすと、笑った。


「解らないなら解らないでいいんだよ。今はまだ、解らなくても。解る瞬間ときが来たら嫌でも解るんだからね。それは今まで考えていた事が馬鹿馬鹿しいほど呆気なく、ね」


それは、自分は経験した事があるみたいで、何も言えなかった。そんな俺の胸中など無視して、知佳は独り言をする。


「それで、学校学校。僕も高校に行く事にしようか」


ワンピースの中に隠れていた知佳の目の色と同じ色の蝶のネックレスを首から外す。そして、先程まで持っていたくまのぬいぐるみの首にぶら下げると、呪文の様なものを唱える。


「我、時間と記録を制する者。彼のかのものに関わる全ての記録を示せ」


凛として声が響くと、ネックレスから白い光が放たれる。それは目を開けていられないほどに光り、思わず目を瞑る。次に目を開けると、奇奇怪怪な現象が目の前で起こっていた。


「ふぅー、よう寝たのう」


それは、くまのぬいぐるみが見た事がないぐらいの分厚い本を持って喋っていた事。くまのぬいぐるみは本を知佳に渡すと眠そうに目を擦る。これは夢なのだろうか。いや、さっき家の前知佳がいた時も夢だと思って頬を抓った《つね》が痛かった。それに、今日は不可思議な現象が何回も起こっている。それによって、嫌でも目の前の現象が夢でないことが解ってしまう。ああ、俺はとんでもない事に巻き込まれてしまったんだと、改めて思い知った。


「くまさん、おはよう。今回は男子高校生の家に居候する事になったよ」

「おおっ、そうか。で、今回はどんな名前になったのだ?」


知佳は当たり前のように、そのくまのぬいぐるみに話しかける。そして、それに返すくまのぬいぐるみも当たり前のように会話する。目の前で繰り広げられる人間とそうでないモノとの会話は思わず笑いが漏れそうになるのを必死に耐えた。一生生きててもこんな場面を見る人間など、俺ぐらいだろう。


「今回は知佳だよ」

「ほう、そうか。だが、前にも知佳という名前を付けて貰っていなかったか?」

「ああ、それは自分で知佳だって言ったからだよ」


『前にも』という言葉に俺以外にもこんな目にあった人がいたのかとか、いつも名前を付けて貰ってるのかとか、その前になんでぬいぐるみが喋っているのかとか、一瞬疑問に思うがそんなのどうでもいい。そんな事より、この不思議な現象にそろそろ終止符を打ちたい。だけど、自分から話しかけて巻き込まれるのは御免だ。さあ、どうしようか。


 意外と冷静な自分に、さっきからおかしな事が起き過ぎてとうとう俺の頭もバグってしまったのか、とまで思う。


「其処の若者よ。名はなんと申すのだ?」


一人で悩んでいたら、くまのぬいぐるみが俺に話しかけてきた。愛らしい姿をした茶色いぬいぐるみが偉そうに手を組み、話す姿に威厳など皆無で、笑いがこぼれそうになるのを必死に誤魔化す。


「柚季、名木柚季だ」

「ほう、いい名じゃのう。それで柚季、これから儂と知佳が世話になるが、よろしく頼むな」


くまのぬいぐるみは、へらりと笑う。ああ、ホントにおかしな光景だ、と心の底から思う。だが、夢ではなく現実で、これからこんなおかしは生活が始まるのかと思うと大きな溜息が出た。


「くまさん、柚季。そんな呑気に挨拶してる暇はないんだ。明日から学校行くつもりなんだから、記録弄るの手伝ってよね」


知佳がさっきの分厚い本を読みながら文句を言う。


「あー、そうじゃったそうじゃった。柚季に関する記録は大まかにそれじゃが、学校関係の者たちの記録を弄るならこれじゃな」


くまのぬいぐるみがパチンッと指を鳴らすと、またもや先程と同じぐらいの大きさの本が出てきた。


「な、なんで本が出てくるんだ?」


俺は驚いて、目をぱちくりとさせる。何もなかった所から本が出てきたんだから、驚くのは当たり前だろう。なのに、知佳もくまのぬいぐるみもそんなことお構いなしに作業を進める。


「取り敢えず、そこで見てればいいよ。僕がさっき言ったChronicleの意味が解ると思うから」


知佳は本を読む手を止めると、くまのぬいぐるみがしたのと同じようにパチンッと指を鳴らした。すると、今度は羽ペンが出てくる。それを上手に掴むと、本に何か書き始めた。横では、同じように羽ペンを出したくまのぬいぐるみが本に何か書きこんでいる。


 おいおい、本に落書きなんてするなよ、という突っ込みは心の中に留めておいて、さっき知佳が言ってたChronicleの話を思い出す。今、知っている事はChronicleとは、世界の状況、人々の生から死を記録する。時間と記録を制し、調整、管理する者。そして、そのChronicleとやらが知佳であること。

えーっと、記録するんだよな。って、記録って何に記録するんだ?それに、知佳はさっき、記録を弄ると言った。まてよ、その記録とやらを書いてあるのがその本だとしたら?


 その本だとしたら、『記録を弄る』って言った事にも納得がいく。


「って、ええっ!?」


自分で考えていた事に驚いて思わず、叫んでしまう。それを見た、知佳が不敵な笑みを浮かべる。


「ご名答。柚季が今、考えた事に間違いないよ。あ、因みに僕は人の心も読める。心を読むと言うよりは、記録に書いてあるから分かっちゃうだけなんだけどね」

「なんだよ、それ!? 記録とか弄っていいのかよ!?」


そんな俺の盛大な突っ込みに、知佳は作業を止めて、面倒そうに耳をほじりながら答える。


「あー、煩いなぁ。大丈夫だよ。僕はChronicle。時間と記録を制し、調整、管理する者だ。だから、世界が滅びぬ道へと導く義務がある。それに関わる事であれば、人の記録など弄っても構わん」

「それ、知佳が学校へ行く事イコール、世界が滅びぬ道へみたいじゃねーか。知佳が学校へ行く事がそんなに重要なのかよ」


知佳が学校へ行く事に何故、こだわるのか。理解できない俺は自分の都合の良い様ように言ってる様にしか聞こえない。


「関係ある。だが、今は柚季は知らなくていい」


納得できない俺は、だんだんと腹が立ってくるのを感じながら、冷静に、冷静に、と自分を落ち着かせる。だが、普段から感情豊かな俺には抑える術もなく、怒りの籠った声が響く。


「それじゃ、分からないだろ」

「いずれ、知るんだよ。だけど今、柚季に説明しても理解できない。だから、話さない。それだけのことだよ」


知佳は冷たく言い放って、作業を再開する。黙々と記録を書き変えていく知佳を見つめながら、俺はどうにか理解しようと、働かない頭を一生懸命フル回転させながら考えた。だが、やっぱり分からない。

そんな時、後ろからとんとんと肩を叩かれる。振り返ると、くまのぬいぐるみが『ちょっと、こい』と言いながら手招きして、廊下の方に出た。


「柚季、お前は納得いかんじゃろう。だがな、世の中、知らない方が幸せな事は沢山あるのじゃ。だから、今知らなくていい事まで話して、柚季が辛い目に遭わんように、そう言うておるのじゃよ。だから、今は納得できんかもしれんが、我慢じゃよ」


くまのぬいぐるみは俺の胸中を察すように、それだけ言うと、リビングの方へと戻って行った。


 まだ、納得はできないが、くまのぬいぐるみは我慢だと言ったし、知佳は教えてくれそうにもないし、諦めるしかないと、未だに整理できない言葉達を深い溜息で吐き出した。

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