雪の日の約束
この小説は企画小説です。
今回のテーマは『雪』です。
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寒い冬の空は厚く灰色がかった雲が覆い、本当に今は朝なのかと疑いたくなるほど薄暗い世の中を作り出している。
快晴であれば自然と気分は明るくなるのだが、今日は全くの逆。
自然と気分が暗くなる。
道端に人影は無く、たまにタイヤとコンクリートの擦れる音が遠くから聞こえるほどの静寂。
その中をブレザー姿の少年、アキラが身を縮めながら歩いている。
「この寒さ、有り得ねー」
防寒具に身を包まれながら、何もない空に向かって愚痴を叫ぶ。
アキラにとって、『冬』はあまり好きな季節では無かった。
冬になれば厚着をしなくてはならないし、水に触れれば冷たいを通り越して痛みすら感じる。
転べば恥ずかしいし笑われ、雪合戦は面白くて集中できるが、耳に雪玉が当たった時は激しく痛い。
何か悪いことが多発する季節が『冬』だった。
不満を心の内に秘め、しぶしぶと自分の通う学校へと足を進ませる。
「学校が凍結して休みにならないかな〜」
怪奇現象が起こることを夢見ながら歩いていると、一人の少女が目に入る。
アキラの行く学校は中高一環。中学生はセーラー服と学ランで、高校生はブレザーで統一している。
そしてその少女は、初めて着たかのような真っ白いセーラー服に身を包み、空を見上げていた。
それよりもアキラが気になったのは、容姿だった。
少女はセーラー服なみの真っ白な肌。髪は腰までかかるストレートで、色は茶色の混じった黒。
整った鼻は西洋の人形を思わせるほどきめ細かく、瞳に至っては黒い紅玉のように透き通っている。
唇は潤っており、淡いピンク色。触ったら弾力がありそうだった。
一言で言うならば『雪の妖精』だとアキラは思う。
声をかけようとしたが、少女は中等部であり全くの他人。
何の関わりも持たない自分が気にすることではないと判断したアキラは少女の後ろを無言で通り過ぎようとする。
「待って」
辺りが静寂でなければ聞こえないような、か細い声がアキラの耳に届く。
空耳だと思ったアキラは気にもせずに、足を動かす。
「待って」
先ほどよりもしっかりした声が響く。
さすがに気になったアキラが声のした方向、つまり後ろを振り返る。
すると空を見ていたはずの少女は、アキラの顔を見ていた。
目と目があい、アキラはちょっと恥ずかしくなった。
それを紛らわすために言葉を口にする。
「えっと……、今声をかけた?」
「うん」
少女はそれだけ言うと、また空を見る。
どう反応すれば良いのかをアキラが悩んでいると、少女が再び口を開く。
「覚えてる?」
「え?」
いきなり何を言うんだとアキラは思うが、その言葉に何か懐かしいと感じてしまう自分に驚く。
アキラが思い出せる記憶にはこんな清楚な少女も、『覚えてる?』に繋がる言葉もない。
更に深く思い出そうと目を閉じて考える。しかし何も思い出せなかったので、目を開く。
すると少女の姿は、遠くの道をスタスタと歩いていた。
「変な子だなぁ……」
アキラは去っていく少女の姿を目で追い続け、何が言いたかったのかを考えるが、それより重大な問題にハッと気付く。
「学校……遅刻だ」
左腕にかけている腕時計を見ると、時刻は8時20分。
ここからだと最速で最短の道のりを走っても10分かかる。
アキラは慌てて自分の学校へと全力で駆け出した。
「すいません、遅くなりました!」
息を整える前に勢いよく教室の扉を開け、教師にわびを入れる。
HRは既に始まっており、クラスメートは自分の席に座りながらも近辺にいる友人と話していた。
教師に軽く怒られたアキラは自分の席である窓際の一番後ろへと向かう。
その席からはクラスを一望でき、授業中に寝ている者、ケータイをいじっている者、早弁をしている者、全てを確認できる。
しかし31人しか居ないこのクラスでは一番孤独な席でもある。
他の列は5人均一であるが出席番号31のアキラの列は6人。
なので自然と孤独になる。
自分の席についたアキラは机にカバンをかけながら座り、前にいる友人へ話しかける。
「よぅ、宿題やった?」
「やったように見えるか?」
振り返りながら両手をひらひらと裏返す友人。
「それでこそ副団長だ」
このクラスには『宿題撲滅組織』という同盟があり、友人はその副団長を勤めている。
そしてその男子中心とする組織を圧倒的なカリスマで抑え、トップに君臨している男がいる。
アキラだった。
組織のトップになった理由は、年間通じての宿題提出率が3%という驚異的な数値を誇っているため、皆に推薦されたからだ。
アキラは教師に見つからないよう団員全員へ確認のメールを送る。
メールを送ったあと、また友人へ話しかけた。
「何人宿題をやって来てないか賭けようぜ。賭け品は弁当で」
「良いだろう」
友人がニヤリと笑う。
31人中23人が団員であるが、その中でどの位の数がやって来ないかを賭ける。
弁当を取られるという行為は、食べ盛りの高校生に取っては自作行為に等しい。
「18人」
アキラが先に答える。
「20人」
友人がちょっと自信ありげに言う。
互いの数が決まったので、続々と集まる団員のメールをアキラが集計する。結果は…―――――。
20人。
「バカなぁ!」
アキラは大袈裟に叫びながら立ち上がり、両手で頭を抑えながら叫ぶ。
対する友人は、弁当をよこせと言わんばかりに手を差し伸べてくる。
「仕方あるまい……。持ってけドロボー!」
「へへ、まいどあり」
自分のカバンから弁当を取り出し、少し乱暴に友人へ渡す。
友人はそれを受け取り、不敵な笑みを浮かべながら反転し前を向いた。
アキラも自分の席に座り直し、顔を机にうずめた。
その背中からは敗者の雰囲気を漂わせる。
「裏切り者どもめ〜」
団員へ愚痴を言うと、ざわついていた教室が急に静かになった。
その静けさは蛍光灯の熱伝導の音が聞こえるほどで、異常なほど。
不審に思ったアキラが重い顔を持ち上げると、朝に出会ったセーラー服の少女が黒板の前に立っていた。
「蓮です」
少女は朝より一層か細い声で名前を言った。そして教師が続きを話す。
「えー、本日よりこのクラスに転校してきた蓮くんだ。皆、仲良くしてやってくれ」
アキラはもはや教師の言葉を聞いていない。
まさかセーラー服の少女が高校生で、更には自分のクラスへ転校してくるとは予想していなかったので当たり前と言えば当たり前である。
アキラは『蓮』と言う名前に何か引っかかる点を感じたが、気のせいだと判断する。
教師は席の無い蓮の机を持ってくるよう、室長に頼む。
そして室長が持って来た机とイスは、アキラの隣へと固定された。
蓮は名前以外何も言わないまま、指定された自分の席へと歩き出した。
自分の机にカバンをかけた蓮は、やはり周りの者へ何の挨拶も無いまま無言で座る。
その行動はクラスの意見を恥ずかしがり屋派と無愛想派に一瞬で2分させた。
恥ずかしがって何も出来なかったと思う者と、転校してきたのだから他に言うことがあるだろうと思う者である。
とりあえずアキラは隣の席になった少女へ言葉をかける。
「朝に会ったよね。中学生だと思ってたからビックリしたよ。ま、隣同士よろしく」
雪のような白い肌をしている蓮は、その言葉を聞くと表情を変えた。
目は困惑混じりで、口は小刻みに震えているように見える。
(ヤベ、もしかして中学生は禁句だったか?)
このままだと泣いてしまうのではないかとアキラは焦るが、蓮はすぐに動揺のように見えた顔を無表情に変え、前を向いた。
するとちょうどクラスの静寂を破るような形でHR終了のチャイムが鳴り、全員の行動を自由にした。
恥ずかしがり屋派と判断した女子は蓮の周りに集まっていき、どこから来たのか、どうして来たのか、好きなアーティストは居るか、嫌いな食べ物はあるかなど、次々に質問を羅列していく。
「宮城県から」
「親の都合上」
「BUMP」
「苦いもの」
蓮はほぼ単語のみで返しているが、興味を持たれた者達への戸惑いを隠せない目をになっていた。
無表情じゃなくなったことを見逃さなかった女子は、更に質問を重ねる。
アキラは先ほどの言動に負い目を感じたのか急に立ち上がり、前に座っている友人の襟に手をかける。
友人は自分の身に何が起こるのかを瞬時に察知し、机にしがみつく。
「廊下行くぞ」
「ふざけんなー!」
抵抗する友人を机から無理やりはがし、引きずりながら廊下にでた。
廊下に出ると当たり前のように暖房は入っておらず、冷気が2人の体温を容赦なく奪う。
普段ならば他クラスの生徒で入り乱れている廊下だが、冬には自分のロッカーから教科書を取り出す者の姿がたまに確認できる程度である。
その廊下を通り抜け、屋上に繋がる階段の一番下にアキラと友人は腰掛けた。
「やっぱ寒いな」
「凍死する〜」
友人は顎を細かく上下に動かし歯と歯をぶつかり合わせて、どれだけ寒いかをアピールしている。
しかしアキラはそれを軽く受け流す。
「アキラぁ、なんで教室から出たんだよ?」
「蓮って子に失礼な事言ったかと思って居づらいんだ」
アキラは多少恥ずかしまぎれに答えた。
「アキラはそういうとこだけは敏感だからな」
「うるせ〜」
寒さを少しでも紛らわすためなのか、休めることなく口を動かす友人と話していく。
5分ほど話したあと、休み時間が残りわずかなのに気づいたアキラが友人に教えて一緒に教室へ帰る。
教室へ帰ると未だに蓮への質問責めが女子のリードにより続いていたが、ほぼ同時に入ってきた数学担当教師に一蹴され、しぶしぶと各自の机へと散っていった。
アキラと友人も自分の席に座り、今から始まる授業に集中しようとする。
しかし大して頭が良くないアキラにとって数学の授業は子守歌で、教科書は催眠機にしか判断出来なかった。
なので現実逃避も兼ねて、自分の腕を枕代わりにして机に突っ伏した。
突っ伏す最中、自然に蓮へと目が行ってしまったアキラ。
窓から入ってきた光と蛍光灯から発せられる光の加減かもしれないがアキラの目には、蓮が少しだけ笑っているように見えた。
(教室から逃げなくても、良かったかな?)
少し気分が和らいだアキラは、夢の中へゆっくりと誘われていった。
1時限目の授業が終わり、皆が立ち上がる際に発するイスと床の擦れ合う音でアキラは目が覚める。
眠い目をこすりながら顔を起こし、辺りを見渡す。
前に座っている友人は未だに眠り続け、寝言を言っている。
「気持ち悪い奴だな」
素直な感情を隠すことなく言い放ち、ため息をつく。
(コイツくらいぐっすり寝られたらなぁ……)
そして先ほどから視界の端にいる、今の授業に対する愚痴を語り合う女子と、その女子に囲まれている蓮に目線をずらす。
蓮は唇の両端を少しだけ上げ、安らぎを持った様な目をしていた。
それを見たアキラも笑顔になり、前を向く。
前の席の幸せそうな背中を見つつアキラは立ち上がってカバンを持ち、蓮の後ろを通って1人で廊下に出た。
次の授業は英語だが、その教科だけは宿題の提出率0%なアキラ。
そしてそのアキラを目の敵にしている教師。
かたや断固として宿題を提出しないアキラ。
2人の関係は犬猿の仲で、この学校ではあまりにも有名である。
そしてアキラはその教師を見るのも嫌なので、この時間のみ屋上でサボっている。
それはアキラのポリシーとも化していた。
廊下に出たアキラは教師陣に見つからないように素早く廊下を駆け、階段を1段抜かしで登りきり、多少古い屋上の扉を開けて外に出る。
外に出ると朝と変わらない灰色の雲が空を覆っており、冷たい風がブレザーの隙間から肌をすくう。
防寒着を着てくるんだったとアキラは思うが、今更取りには帰れないので諦めた。
両手で肘のあたりをさすりながら、風の当たりにくい物陰へと入って座る。
「あー、授業終わるまで何すっかな」
暖かい春の日などであれば、アキラは1時限といわず1日中寝ていることが可能だった。
しかし今の気温では、丸くなりながら時が過ぎるのを待つしかない。
別段やることも無いアキラは、体育座りの状態になった。
すると多少耳障りな音が、肌寒く静寂な空間へと鳴り響く。
音の正体は扉が開閉するときに稼働する部分の錆びた金属が擦れる音だった。
(先生が来たのか……?)
金属音を聞き逃さなかったアキラは、訪れた者に見つからないよう注意深く物陰から覗き込む。
屋上に訪れた者。
それは朝に不思議な言葉を言って、先ほど転校してきた少女。
蓮だった。
先生では無いことが判明し、アキラは安藤の息を漏らす。
そして警戒するかのように辺りを見渡す蓮へ話しかけた。
「蓮ちゃんもサボり?」
いきなり声をかけられ、飛び上がるほどに驚いた蓮は、声のするほうを素早く振り向いた。
声の主がアキラだと分かると、多少安心した顔つきになり口を開く。
「うん」
単語しか言わなかった。
その事に突っ込もうとするが、余計な詮索はしないほうが良いと思って止める。
すると蓮が続けて言葉を言った。
「アキラを、探してた」
「え、俺?」
大して親しくない、いや会って間もないアキラは困惑の表情を浮かべる。
そして蓮は朝同様、薄暗い空を見上げながら
「覚えてる?」
「ごめん、何が言いたいのか良く分からないんだけど……」
正直な気持ちを口にしたアキラ。
するとアキラは鼻の先に何か冷たいものが当たる感触がした。
ふと上を見上げると、分厚い雲の層からしんしんと雪が降り始めていた。
弱い風が吹くと少しだけ流れを変える氷の結晶は幻想的で、繚乱に咲き乱れる桜の花弁が雄大に散るように舞っている。
そしてその結晶は蓮の細く小さな手へ吸い込まれるように落ちる。
「雪、蓮、宮城県。なにか気づかない?」
体の僅かな温度により徐々に溶けていく雪を見ながら、アキラに問いかける。
(雪、蓮、宮城……? あれ、確か)
キーワードを反復しながら考えていると、一つの記憶が思い出された。
「小さい頃、宮城県に引っ越しちゃった女の子が居た。確か引っ越した日は今みたいに少しだけ雪が降っていたような気がする」
しかしその女の子の名前だけはどうしても出てこなかった。
その言葉を聞いた蓮は、今まで表情に出さなかった年相応の少女の笑顔になる。
「女の子の名前は――――」
蓮が言おうとするとアキラが賭けに出すような声で、
「……蓮?」
蓮は笑顔のままこくりと頷いた。
「え、もしかして」
頭の中に浮かんだ一つの答えを口に出す。
「あの蓮ちゃん!? でも」
記憶にある蓮は多少日焼けした褐色の肌に好奇心旺盛、元気いっぱいで良く喋る女の子。
今この場にいる蓮とは対極的な存在だった。
そのことを言おうとすると、まるでアキラの考えたことは全て分かっていたかのように蓮が語り出してくれた。
宮城県に引っ越したあと体を壊してしまい、病院へ入退院を繰り返していたこと。
そのため日に当たることが殆ど無くなってしまったのと、病気の後遺症として肌が白くなってしまったこと。
病院にいるために友人ができず、あまり口を開かなくなったので、文章を口にしにくくなってしまったこと。
そこまで言うと、蓮の頬を一筋の滴が流れた。
その滴は大きく、見たもの全てを魅了する魔力を持っているのでは無いかと思う。
「どうしたの、大丈夫?」
カバンの中からハンカチを出し、蓮に手渡した。
蓮は四角く折り畳まれているハンカチの角で、口と鼻を隠すように覆った。
そして消えてしまいそうな鳴き声混じりの声で続きを話す。
「話し、かけてくれる、人がいて、良かった。親に、無理言って、良かった。そして、なにより……」
蓮はそこで一旦話を区切り、深い息をしたあと、
「アキラに、また、会えて、嬉しかった」
蓮の言葉が耳に届いたアキラの体は、勝手に動く。
考えたわけでもなく、狙ったわけでもない。
アキラの体は蓮を優しく抱きしめ、顔は鼻と鼻がぶつかりそうな距離になる。
突如抱きしめられた蓮は表情を一転、顔を真っ赤にそめあげた。
「本当に、蓮なんだよな?」
優しく問われた蓮は抱きしめ返し、アキラの胸に身体を預け、
「うん。蓮だよ」
そう答えた。
「思い出したよ、全てを。そして約束を」
周りの情景以外殆ど思い出しただしたアキラ。
『覚えてる?』ということは以前に何かしらの『交流』があったか、もしくは『約束』があったということ。
『約束』。それは再び会うことが出来たならば、ずっと一緒に。
というものだった。
アキラは蓮の匂いや体重、体温を感じながら、蓮の肩に両手を置く。
「別れの日も再会の日も、雪が降るなんてな」
そう言いながらアキラは自分の唇を、淡いピンク色をした蓮の唇にそっと重ね合わせた。
驚きのあまり目を見開いた蓮だが、すぐにやんわりとした目になり、アキラを強く抱きしめた。
幸せそうに、ずっと……―――――――。
初雪は2人の再会を祝うかのように降り続ける。
雪は人々を『魅せる』ことは出来ても、すぐに溶ける。
しかしこの2人の中にある雪は、永遠に溶けることはないだろう。
2人の『雪の誓い』が続くかぎり、ずっと、ずっと。
「おかえり、蓮」
「ただいま、アキラ」
〜END〜
いやぁ雪小説って言いながら、あんまり雪を絡められなかったですね……
本当にすいませんでしたm(_ _)m