島歌
「ここは何も変わらないんだな。」
私は一人、孤島の丘に座っていた。
周りには草木が侵食した廃屋や荒れ果てた畑があるが、人の姿はない。
それは当然のことだった。もう20年も前からこの島は誰も住んでいないのだから。
島の住民達は農業で細々と生活していたのだが、若者が一人二人といなくなり、年老いた者達も生きるために島を出るしかなくなった。
しかし、その老人たちを支えていた家畜たちは本島に運ばれることなく、野に放されただけだった。
島には年老いた家畜たちを運ぶお金すらないほど、この村は貧困になっていたのだ。
20年経った今、この島では家畜たちののどかな風景が広がっている。
鎖もなく放された牛や羊達が、外敵もないこの小さな島で自由に生活し、人がいなくなったことを知ってか知らずか、鳥達は美しい歌声を奏でている。
それに、もともと飼育されていた動物たちなので、人を恐れない。
だからこそ私は彼らのテリトリーに座って、思い出にふけっていられるわけなのだが。
トンッ、トンットントンッ、トンタントンッ。
抱えた膝を鍵盤のようにたたく。
長い間、結婚することもなくピアニストとして生きてきたが、この歳になって、何のために演奏すればいいのかがわからなくなってしまった。
そして、自分が何のために演奏すればいいかを見つけるために、演奏した町を回る旅に出ることにしたのだ。
この島には一つ、大きなコンサートホールがあり、一度だけピアノを弾いたことがあった。
島の住民や、近くの島の人達を集めても、50人にも満たない小さな演奏会だった。
カツッカツッカツ…
急に今までのんびり草を食べていた動物達が、急に皆、同じ方向へと歩き始めた。
「この方向は…」
私は立ち上がると、動物達と一緒に歩き始めた。
動物達は、まるでなにかに呼ばれているかのように、どんどん数を増やしながら同じ方向へと歩いていく。
「ここは…」
荒れ果てた町を越えると、遺跡のようにたたずんだコンサートホールが見えた。
動物達は、まるで自分の家に帰ってきたかのように、外れた扉から中へと入っていく。
すると、いままで晴れ渡っていた空が急に曇りだし、あっという間に雨が降り始めた。
雨宿りに中に入ってみると、まるで雨が降るのを知っていたかのように、島中の動物達がコンサートホールに集まっていた。
中には、生まれたばかりの小さな子牛もいた。
急に捨てられ、どうすることもできず、死んでいった家畜たちもきっといたに違いない。
それでも、かれらはこの島で生き続けていたのだ。
人の勝手な事情で捨てられ、嵐が来ようと、食料に困ろうと、たしかに必死に生をつないできたのだ。
私は動物達の間を通ってステージに上ると、ホコリまみれになったピアノの前に立った。
鍵盤をたたいてみると、多少の音のずれはあるもののピアノのいい音がホール内に響いた。
幸いコンサートホールは他の家屋のように雨漏りをすることもなかったようだ。
私はステージの中央に立って一礼すると、ピアノを演奏し始めた。
人の身勝手な行動で苦しめられた動物達。
少しの間でも安らぎを感じてもらうために自分に思いつくことは、これくらいしかなかった。
動物達は床に腰かけ、ピアノの音に耳を傾けるかのように、静かにこちらを見ていた。
そうだ、私は誰かのためにピアノを弾きたかったんだ。
喜ぶ母の顔を見たくて、演奏会を聞きに来てくれた人たちを感動させたくて演奏していたんだ。
そんな単純なことも忘れていたのか。
私は涙を流しながら一心不乱にピアノを引き続けた。
うれしかった。
ピアノを演奏する喜びを思い出させてくれた動物達に、感謝の気持ちを伝えたくて、思いを音楽に乗せながら引き続けた。
演奏を終えるときには雨は止み、晴れ渡っていた。
空も、心も。
最近ドロドロしたドラマが多くて見る気にならないのは自分だけ?
でもいい小説を探すのめんどくさいから、短いのを自分で書いてみたり。
自給自足?