私以上に殿下を愛せると仰るなら、どうぞ証明してみせなさい。
王宮で催された夜会の最中、それは唐突に始まった。
「ルシフェラ様! あなたのような人に殿下は相応しくありません!」
大広間に響き渡った声に楽団の演奏が止まり、招待された数多の貴族たちが息を呑んで声の主へと視線をやった。
フレイア=エルフォード伯爵令嬢。
桃色の髪を巻いた可愛らしい少女だ。
対し彼女が糾弾したのは、ルシフェラ=クインロード。
建国以来類を見ない才媛として名高い公爵家の令嬢であり、この国の王太子ジュリウス=アストライアーの婚約者である。
ルシフェラは手にしていた扇を閉じると、おもむろにフレイアに向き直った。
「それで?」
「えっ……?」
「私に殿下は相応しくない。そう仰ったのでしょう? それで、何が言いたいの?」
あまりに無機質な返答だった。
怒るでもなければ苛立つでもなく、ましてや怯んだ様子もなく、ただ淡々と言葉の続きを促す。
その冷えた態度が気に入らなかったらしい、フレイアはキッと目を細め、顔を赤くして声を張り上げた。
「殿下は聡明な方です! 誰にも分け隔てなく、太陽のような笑みを浮かべる優しい御方! なのにあなたときたら、非情で、冷徹で、傲岸不遜で! とても殿下の隣に並び立っていい存在であるとは思えませんわ! 烏滸がましくも時には殿下に対し人前でも平然と意見し、叱責までなさるとか!」
「ええ。事実だけれど。それで、何かあなたに不都合でも?」
「都合不都合の話ではありません! 淑女なればこそ、もっと殿下をお立てになるべきです! 敬い、慈しみ、陰ながらお支えする……それこそが王太子妃に相応しい在り方ではないのですか!」
私なら……とフレイアは胸元で手に力を込めた。
「私ならもっと、ジュリウス殿下を愛することが出来ます! あなたのような悪女と違って!」
「……なるほど。つまり、あなたは殿下を立てることが出来ない私より、ご自身の方が王太子妃として殿下の隣に相応しいと。そう主張したいのね」
「そ、そのとおりです!」
「そう」
花のように美しく、氷のように冷たい。
そんな微笑を浮かべながら、ルシフェラは、
「頭が悪いのね、あなた」
飾り気の一切無い言葉で斬りつけた。
思いがけない返答にフレイアは怯んだ。
「なッ……?!」
「愛だの恋だのと喧しく囀って、それでよく貴族が務まるわね。あなたの家はエルフォード伯爵家だったかしら。随分と甘やかされて育ったのね。そもそも公衆の面前で婚約解消を迫ること自体を咎めるべきなのでしょうけど、そんなことをする気も失せるというものだわ。どうやらあなたは、自分のやっていることにどれほどの意味があるかもわかっていないようだし」
こんな人が貴族を名乗れるなんて、私なら恥ずかしくて外を歩けないわ……とルシフェラは更に続ける。
「呆れる以上に憐れみすら覚えるわ。その芝居めいた口上は鏡の前で練習したの? お上手だこと。劇の才能がお有りなのね。女優として活躍したら教えて。大きな花束を贈ってあげる。きっと嵌り役だと思うわよ。戯けた道化師も、キィキィと喚くお猿さんも」
誰かが小さく吹き出して、フレイアは更に顔を赤くした。
「知らないなら教えてあげるわね。私と殿下の婚約は国王陛下がお決めになったこと。異を唱えれば王命に背いたと取られることもある。単に殿下を好いたが故の浅慮なら可愛げはあるわね。だけど、もしも誰かに唆されてこんな茶番を繰り広げたなら話は別。あなた自身はもちろん、あなたを唆した誰かも相応の責任を伴うわ」
ルシフェラは閉じた扇を口元に当て、切れ長の目を細めた。
「その覚悟があって、あなたは私よりも殿下を愛すると、そう言うのね?」
びくっとフレイアの肩が震える。
先程までの勢いは見る影も無かった。
周囲の視線を浴びて硬直するフレイアに、ルシフェラの威圧が振り注ぐ。
当然だ、彼女は今になって理解し始めたのだから。
自分が口にしたことの愚かさを。
羞恥で顔を赤らめたのも一瞬、一転して顔を青ざめるが、彼女が何を思おうとルシフェラにとってはどうでもいいことであった。
「それで?」
「……っ!」
「他に何か仰りたいことがあるのならどうぞ。これでも人の話を聞くのは嫌いではなくてよ、私」
嘘である……とは語弊があるだろう。
少なくとも、中身の無い話を延々と聞かされるのは時間の無駄だと一蹴するのがルシフェラという女性である。
ならば何故そう持ち掛けたのか。
たとえフレイアが無礼を働いたと謝罪し頭を下げようが、それで彼女の評価が覆ることはないだろう。
ルシフェラは怒っていた。
自分が他人に対しての興味が希薄なのは確かだ。
物言いは厳しく態度も冷たい。
王家が定めた婚約に自分の意思が介入する余地も無かった。
だが、それでジュリウスへの愛を否定される謂れはないと。
「……ふぅ」
だからこそ徹底的に叩き潰そうと決めた。
二度と横恋慕などという愚行を犯さないように。
ルシフェラは小さく息を吐き、その名を口にした。
「ジュリウス」
「ああ!」
呟きにも似た小さな声であったが、弾けたように返事があった。
人混みを割って上背の高い男性が姿を見せる。
ジュリウス=アストライアー、王太子その人がまるで主人に呼ばれた忠犬の如き満面の笑みで応じたのだから、大広間には何とも微妙な沈黙が落ちた。
「成り行きは理解しているわね?」
ルシフェラは彼を一瞥し、艷やかに唇を吊り上げた。
「どうやらこちらのご令嬢は、あなたに甚く思いを寄せているようなの。だけどねジュリウス」
婚約者という身分ではあるも、王太子を敬称も付けずに呼び捨てにする。
そんな無礼でさえ、彼女は赦される。
「あなたが彼女を選ぶというなら、私としては身を引くのも吝かではないの。こんなに可愛らしいご令嬢が、衆目に晒されながら熱い愛を語ったんだもの。応援したくもなるわ。だからあなたが選びなさい。私と彼女のどちらを望むのか」
「君だ」
ジュリウスは真っ直ぐにルシフェラを見つめ即答し、彼女の前に片膝をついた。
「君以外に、私の妃はありえない。誰よりも美しい薔薇の君。至上にして絶対なる銀の月。私は生涯、ただ一人の君だけを愛すると誓う」
「まあ。大きく出たわねジュリウス」
「万の言葉でも、君への愛は語れないさ」
手を取り甲にキスをする。
そんなジュリウスの顎に指を添え、そっと顔を上げさせた。
「いい子ね。私も愛しているわ。誰よりも太陽が似合うあなたを」
それから、その様子を黙って傍観していたフレイアに視線をやった。
広げた扇で、勝ち誇った笑みを隠しながら。
「――――――――ッ!!」
万人に慕われる王太子が、悪女と謳われる女性に膝をついている事実。
自分など彼の目に映ってすらいない。
どれだけ愛を叫ぼうが、それ以上の揺るがぬ愛の前には無意味であり無力。
入り込む余地など最初から無かったのだ。
「そん、な……」
フレイアは伸し掛かる敗北感に耐えきれず、膝から崩れ落ちて涙を流し喚いた。
ルシフェラはもう何も言わない。
ただその視線は、ここに負け犬の居場所は無いと雄弁に語っていた。
その後、フレイア=エルフォードは、王家の取り決めであるジュリウスとルシフェラの婚約を公然と否定した責任を問われ、父エルフォード伯爵と共に王城へ召喚された。
伯爵家は罰金を命じられ、フレイア本人も当面の間、社交界への出席を禁じられた。
尤も当のフレイア本人は、夜会での騒ぎ以降、何かに怯えるように部屋に閉じ籠もってしまっているようだが。
「彼女もバカなことをしたわね。よりによってあなたを愛するなんて。慕われる男性はつらいわね」
「誂うのはよしてくれルシフェラ。私は君しか見ていないというのに」
「知っているわ。だけど」
「だけど?」
「……いいえ。ただ、私にもっと素直な可愛らしさがあれば、変な虫も寄り付かなくなるのかしらって、そう思っただけよ」
ジュリウスは彼女の手に自分の手を重ねた。
「ただ可愛らしい女性はいくらでもいる。綺麗なだけなら美術品でいい。機嫌を取ってくるだけの女性など相手にする価値も無い。だが、ルシフェラ=クインロードは一人しかいない。私を叱り、正し、諌めてくれる。そんな強く気高い君だから愛したんだ」
「……口が上手いんだから。こんなに冷たく高慢な女を迎える好事家は、後にも先にもあなただけでしょうね」
「ああ、そうだとも。誰にも渡さない。たとえ生まれ変わってもまた君を愛するよ」
「……バカね」
ルシフェラは小さく笑い、頰を微かに赤らめた。
読んでいただきありがとうございますm(_ _)m
あいも変わらず当方好みの強い女性でした。
当方の癖です。
長編では異世界百合ハーレム、短編ではこういった恋愛短編を複数公開しています。
もし興味がありましたら、ぜひ読んでやってください。
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