あじさい日記
「お姉ちゃん、私は今のところ相変わらずだよ?特に元気になったわけでもないけれどね」
現在仕事を休職中の山南みなこ。29歳OL。一人暮らし。家族の勧めで休職してから通院をしている。電話口の相手は2人姉妹のみなこの姉である。
「みなこは頑張りすぎるところがあるからね、お父さんもお母さんもすごく心配しているよ?ちゃんとご飯は食べてるの?」
山南みなこの姉は遠く離れていてもいつもみなこの事を気にかけてくれている。1時間ほど姉と話をして電話を切った。
つけっぱなしのTVからタレントが何やらせわしなく話をしている。
お薬を服用してクッションを枕にして横になって一息つく。
「もう実家へ帰ろうか?それで仕事も辞めようかな?」
そう思うと少し気が楽になるような気がした。色んなことを考えてみるみなこ。
インターネットや書籍で自己啓発の情報をよく見ている。
休職して6月からは日記も書いている。読み返してみると、泣き言やしんどい言葉がたくさん並んでいた。
ある6月の平日の昼間。仕事を休んで数週間が経った。
ふとTVゲームがみなこの目に入る。体調を崩してからは全然遊んでいなかったなと思い、TVをつけてゲームマシンのスイッチを入れた。10分ほどピコピコと遊んでいたが、あんまり楽しくも感じなくてすぐにゲームのコントローラーを置いてしまった。
どこかのお医者さんがインターネットの動画で心が憂鬱になりがちな人は太陽の光を浴びるととても効果的であると話していたのを思い出した。
セロトニンという幸せホルモンが身体からシュワシュワと出てくるのだという。
近所の公園へ出かけてみることにした。おしゃれなんてする必要はない。気楽で簡単な格好に着替えて出てみる。昼間だけれど意外に人はまばらである。
公園のベンチに1人座るみなこ。晴天だけれどベンチの後ろに大きな木が立っているため日陰になり太陽の日差しはそれほど気にならない程度だ。
近所の広い公園のベンチ。牛乳屋さんのマークを付けた小型トラックが道路を走り去っていく。運転手さんは女性のように見えた。すれ違うように反対方向から2人組のスーツを着た男性サラリーマンがせわしなく歩いていった。
「みんな忙しそうに働いているな・・・。うらやましいな。私はこんなに吞気にしていてもいいのだろうか?」
「・・・・・・・・」
「あっ、いけないいけない!」
どうしても仕事と結びつけてしまうな、と思い直すみなこ。
でも今は外の風に当たってとても気持ちが良い。さらさらと木々の葉が風になびいて草の匂いもする。白い蝶々がひらひらと舞って、小鳥のさえずりも聞こえる。とても落ちつくしのんびりと出来ている。忙しく働いていた時はこんなことを感じる余裕さえなかった。
夜寝る前に洗面所で歯磨きを丁寧にやってみることにした。
上下の歯を1本1本丁寧に磨いていく。ゆっくり優しく5分ほど磨いていたら歯が表も裏もつるつるになった。自分を大切にしている感覚を感じた。
翌日の昼。どんな時でもお腹は減るものである。朝ごはんはサンドイッチとコーヒーだけだった。
鰻のかば焼きが大好物のみなこ。でも遠出してお店までいって食べに行く元気はない。スーパーで少し高いけれど国産の鰻を買い、お茶碗にグリルであぶった鰻をのせて食べる。それほど食欲もないのでお茶碗1杯の白ご飯の上に半分に切った鰻をのせ、かば焼きのタレをたっぷり。心の栄養によいと考えてミニトマトとコーンも食べる。麦茶を1杯。
焼きたての香ばしい鰻はやっぱりめちゃくちゃ美味しいなと感じたみなこ。
お茶碗1杯だけれどとてもおいしかった!
今の彼女にはぼーっとしている心のゆとりがとても大切と主治医は言っていた。
その日の午後、姉が電話をかけてきてくれた。みなこのことをとても気遣ってくれている。
「みなこ調子はどう?大丈夫?」
「今日のお昼に鰻のかば焼きを少しだけ食べたんだ」
「そうなんだぁ。みなこは子供のころから好きだったね」
「うんうん、そうだね」
姉は自分の近況を軽く話す。
「話したいときは何時でもいいからすぐに電話してきて。本当にいつでもいいからさ。焦らずに力を抜いてゆっくりやっていこうよ?」
「いつもありがとうねお姉ちゃん」
公園で暖かな太陽を全身に浴びて草の匂いや吹く風が気持ちがいいなと感じる。大好物の鰻を食べて美味しいと感じられる。心配してくれる優しい姉がいる。今のみなこは少しだけ元気を失っているけれど、きっと彼女の未来は明るいはずだ。
ここまでお付き合いくださって有り難うございました。




