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詩集

問いかけ

作者: ロースト

あんたは、自分のことどう思っているんだ?


―――そんな、なんでもない、ただの問いかけに、

               俺は何も答えられなかった。



『自分のことをどう思っているか』そんなことを聞くのは別段稀なわけではない。誰だって多少なりとも聞かれたことがあるだろう、その言葉。普通の疑問だ。なんでもない言葉。ましてや真剣に聞かれたわけでもない、明日の予定を尋ねるかのような、そんな自然な質問。意味のまるでない、ただの会話。普段の俺なら間違いなく、適当に答えていただろう。いつもと同じに、普通に、受け流していただろう。

でも、違った。そんなことは特別たいした意味もないただの問いかけ。なのに、何故かそのときは、言葉が出なかった。何も、言えなかった。答えられない。言葉が見つからない。

―――自分の内で何かが壊れた音を聞いた。

なんでもない、そう、なんでもない会話をしていたのだ。自分がここで詰まる必要など、どこにもなかったというのに、詰まった。言葉に詰まった。息苦しいほどに居心地が悪くなり、その疑問に対する答えを返そうとして、返せない。視界がぐるぐる回っているような錯覚に陥った。思わず、手をつく。

―――雰囲気とか、そんなもの、関係ない。ただ、無茶苦茶だ。

まず、ここは近所のカラオケボックスで。友達、とは違うが、ある程度の縁を持つ、自身の理解者が隣にいて。普通に歌っていた。そして、聞かれた。


『あんたは自分のことどう思っているんだ?』


そう、聞かれた。そのとき、自分は確かに答えたはずだ。


『自分のことは一番わかるとか、自分のことが一番わからないとか、よく言うけど、俺は自分に対する評価は、ダメ人間。だらーっと生きて、常人にも劣る能力を有す、落ちこぼれ。』

―――無茶苦茶に、ぐちゃぐちゃになっていて、精神状態は非常に悪い。

そんな、普通の言葉を返した。そう、普通に返した。そう、平然と、自然に。こいつはただ、このカラオケ屋で知り合って、それで仲良くなっただけの、そんな奴。でも、他人の心に土足で入り込まない、それでいていろいろ助けてくれるいい奴。それが俺がこいつにつけた評価だったのに、それなのに、何故か、入り込んできた。何故か、深入りしてきた。

―――たった一言に、ただの言葉に、こんなに動揺している。

今までそうしなかったのが不思議なくらいだ。だって、俺たちはケー番と名前、それぐらいしか知らない。なのに、よくつるんで、ここ以外の場所にもいろいろ行った。それで、何も知らなかった、まるで他人。友人とは呼べない。でも、俺の理解者であることは確実だった。それでも、俺を救ってくれるとまでは、思わなかった。

―――本当は救って欲しかった。

そんな違和感をあえて無視し、答えた。そして、俺はこの違和感の正体を知った。こいつも、救われたかったのだ。ただ、それだけ。こいつも、俺を一番の理解者だと思っていて。そして、救われたいと、思ってしまっただけ。救われることなんて出来ないとわかっていても、希望に縋りたかった、それだけの話だ。

―――でも、俺はここから抜け出せないと、わかっていたから。

救われたくて、もう嫌で、うんざりしていて、どうにかなってしまいそうで、それで救いを求めた。俺に縋りついた。それは俺も同じで、救ってもらおうと思いはしなくても、救われたいと、願っていた。希望は捨てていたけど、もう嫌で、うんざりしていて、でもどうしようもなくて、どうもしなかった。

―――考えることを、放棄したのに。なのに、その言葉で、崩れた。

あいつは言った。自分のことを。何を思っているのか、どう考えているのか、すべてを吐き出そうとしているかのように、今まであったこと、どう感じたかを、想いの内を、すべて。

―――まるで自分のことのようで、俺とは違う。それでも共通していた。


正直、重かった。その言葉が、想いが、罪が。

正直、安堵した。自分と同じだと、同じものを抱えている、と。

正直、絶句した。こいつはこんなものを抱えていたのか、と。

正直、どうして?こいつがわからなかった。理解できない。

正直、苦々しく思った。おまえはそんなにも軽く人にそれを言うのか、と。


なんともくだらない。正直、ってなんだ?そのとき、ふと思ったこと。ただそれだけで、なんとも、深みのない思い。ただ、それだけ。次の瞬間にはすでにもう、なんとも思ってない。なんとも感じない。だからなんだ、そう思う。だからなんだ?それで?どうしたこともない。俺には、結局、何も関係のないことなのだ。それなのに、お前は問いかけるんだ。


『あんたは自分のことどう思っているんだ?』


そう、俺の罪を聞いてくる。自分の罪を俺に明かして、だからお前も明かしてくれ?何、言ってるんだ。同じわけ、ないだろう。

―――言えるわけない。言えるわけ、ないじゃないか

お前と俺の罪は違う。大きさも、重さも、数も、影響も、なにもかも。確かにお前は罪を抱えていた。一人では少々、重すぎるほどの。だが、お前は救いを求め、罪から逃げ、人に、俺に話した。同情引こうとしているわけじゃないのはわかってる。ただ、背負いきれなくて。でもそれは俺にとっては同じ。俺とお前は同じだが、お前は救いを求めて、俺は諦めた。自分のことについて考えることをやめた。罪を重ねることは避けられないと悟った。そして罪を背負ったまま生き続けることを受け入れた。

―――お前は、自分のことをどう思っている?

罪を負い、自分を責め、悔やむ。でもそれはただの自己満足ではないか?罪を負うことで愉悦を感じる。自分を責めることで罪を償おうとしている。悔やむことで自分を律しようとしている。

でも、それは本当か?罪を負い、自分を責め、悔やむ。それに対し愉悦を感じ、罪を償おうとし、自分を律しようと、本当にしているのか?小説やドラマ、非現実的な作り物の中の悲劇の主人公気取りかなんかじゃないのか?そう自分を断罪する。

でも、それは自分を断罪することでより、空想の人物と類似しようとしているだけではないのか?それとも、これはただの被害妄想、ただの考えすぎなのか?本物は何?本当は何?

―――自分は、何を思い、何を考え、何を目的としている?

俺はお前のように吐き出せない。だから俺はこの無駄に動き続ける思考を停止させた。でも、そのお前の言葉で思考が停滞から移行し稼働を始める。流転。回転。答えなど出ないのだから、進むことはなく、ループする。この思考がある限り、俺は俺の罪に対し、何も言うことができない。邪魔する。

すべての感情は一瞬で、次の瞬間にはもう終わったことで、自分のことなど何もわからない。俺はお前のように誰かに救いを求めることも、罪を吐き出すことも、その質問に答えることも、本当の意味では何一つ出来ない。

―――俺とお前は同じだ。でも違う。それは些細なことで、決定的だ。


「だから、俺はお前とは、もう―――」


その後は何も言わない。言わなくてもわかるから。後ろ微かに引きつった声を聞いた。それでも俺は振り返らず、出て行く。なんとも思わない。すでに俺の心は麻痺していて、凍っていて、もう一瞬たりとも何かを思うことなんてなかった。

その後、俺たちが出会うことはなかった。詳細は知らないが、ニュースを聞いた。都市中心部、人通りの多い時間帯、大きな爆発があったそうだ。爆発の中心は一人の男。大勢の人々を巻き込んでの自殺だったらしい。小規模なクレーターができたらしい。迷惑極まりない。

 あいつは結局、何がしたかったのだろう。俺に何をしてほしかったのだろうか。死ぬ直前にもう一度罪を重ねた。それも奴の背負っていた罪の中で一番大きな罪だ。何を求めていたのか、何を思っていたのか、俺にはもうわからない。俺がお前に会ったのは、諦めてからだった。そう、出会った時が、すでにずれていた。少し遅すぎた。もう少し前に会えていたなら、違う結果になっただろうに。いや、それでも変わらないのかもしれない。仮定の話をしても仕方がない。仮定は現在でなく、現在は過去を振り返っても変わらない。



あいつと最初に交わした会話。奇妙な話だった。


「あんたは、どうしてここにいる?あんたは何を目的で生きている?何があんたをここに繋ぎとめているんだ?」


「・・・・・・。大切なものはない。生きている意味なんて、償い以外の何者でもない。こちらに留まるほどのものなんて、何も持ってやいない。でも、俺の罪が俺をここに繋ぎとめる。俺の罪が、俺をここから引き離そうとする。俺の罪がここに留まらせる。だから、俺はこの崖淵にいる。ここで落ちるのを鎖で繋ぎとめられて、ゆらゆら揺れている。でも、俺は罪のために死ぬ事もできず、ここで生きている。」


「・・・・・・辛いな、それは。誰かに、救いを求めたりしないのか?」


「救ってくれる人なんて、もう誰もいないよ。だって俺は、助けようとしてくれた人を巻き込んだ。そして俺だけはのうのうと生きている。自分は救って欲しいけど、自分は他の人を救えない。犠牲にするだけ犠牲にして、助けてくれる人なんていなくなるさ。」


「優しいな」


「優しくなんかない。残酷だ。」


「なら俺が、救ってやるよ。俺も、あんたと同じだから。同じだったら、大丈夫だろ?」


「・・・・・・。」


俺は答えられなかった。答えなんて知らないし、同じかどうかもわからない。本当に、奇妙な会話だった。それから懐かれ、解された。他人には全く理解してもらえないような次元で話す。初めて会ったのに、初めて話したのに、真面目に答えた。はぐらかすでもなく、答えた。それは奇妙な感覚で、この奇妙な会話に付随した違和感。場とか雰囲気とか、そんなものはすべて吹っ飛んで、全く関係のない状態。何ともそぐわない。

それ以来、そんな話題も出ず、真剣に言葉を交わすこともなかった。おそらく、もう、限界だったのだろう。精神が、自分が、罪に押しつぶされてしまわないよう保つのが、精一杯で、どうしようもなかったのだろう。だから、聞いた。出ることのなかった話題を切り出した。真剣に言葉を交わそうとした。

俺たちは結局、救われなかった。これから先、どうなるのかわからない。少なくとも、俺はあいつと違う選択をした。罪の意識が大きかったのはあいつだ。俺は、違う。罪の意識とか、そんなの、わからない。それ以前の問題だ。しかし、少し間違えれば自分もたどっていたかもしれない未来。

それでも、俺は自分のことについて、思考しながら生きていくのだろう。一度稼働し始めた回転を止めることはもう出来ない。いつ、自分の精神が壊れるのか。それを待ちながら、罪を背負いながら、俺は生きていくことになるのだろう。

罪の意識を持つことになったのは、あいつと会ってからだった。などと考えながら、虚ろに歩いていく。


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