第5話
――シャロンは裁判の結果、刑務所に入れられることになった。
ビリーは篠原弥生の暮らしていた田舎の家に送られることになった。警察はビリー=篠原弥生だと思っての良心でこの結論に至ったわけだが、ビリーにとっては篠原家の古くて温かみのある雰囲気で心が和むどころか、返って彼の傷ついた心をチクチクとより一層痛めつけていた。
ビリーは篠原瑠璃とその両親の浮かばれない顔を見ると自分の存在意義が無くなって苦しかった。
(……これじゃ、僕が……皆を泣かせてるみたいじゃないか)
ビリーは警察からシャロンからの最後の贈り物をもらっていた。
――それはオリジナルのビリーが持っていた、腕時計だった。
ビリーはこの傷と僅かな土が残った腕時計を握りしめて篠原家の縁側から星空を眺めることが日課になっていた。
『シャロンの息子』に最初は抵抗があったのに、いざ解放されると心の支えがぽっきり折れたようで、この満天の星空が今のビリーの唯一の心の救いだった。
(…不思議だ。僕はシャロンのことを疑ってたのに…。)
――すると
「……ねぇ、ビリー。チェスでもやらない?」
背後から女性の声が聞こえた。ビリーはその声に目を丸くしてすぐに振り返る。
「……シャロン?」
しかし、背後にいたのは篠原弥生の母親だった。
ビリーはガクリと肩を落としてもう一度腕時計を見つめる。
その様子を見た篠原弥生の母親は、ビリーの隣に座る。
「…ビリー。私たちあなたと出会ってから考えたの。ビリーにはやっぱりこの家にいてもらおうってね。」
想定外の答えにビリーは問い返す。
「なんでですか?僕には篠原弥生の記憶がありません。」
「それに今まであなたたちは僕のことを変な目で見ていたじゃないですか⁉」
「……」
篠原瑠璃もやってきて親子は黙ってビリーを見つめている。その目は"別の何かを見る目"だった。
「……はぁ、その目ですよ。」
「皆さんは僕のことを"ただの喋る鉄くず"にしか思えないからそんな目をしても平気だと思っているんでしょう?」
「でも、僕はあなたたちのご家族のデータから作られたアンドロイドだ!心があるんだ!」
「だから、『喋ってて気持ち悪い』『掃除の邪魔になるだけだからいなくなってほしい』」
「そんな気持ちを目一杯顔面で表現されたら僕は泣きますよ⁉」
いつの間にかビリーは自身の心の叫びを次々と話していた。全てを話すとビリーの頬がほんのり熱くなる。
(…やってしまった。何をやってるんだ。ここで気に入られなければ廃棄だって…)
ビリーにとって――いや、ロボットにとって『廃棄』という二文字は恐ろしい言葉だ。ビリーの体は自然と楽になり、肩の力が抜けていった。
(もう…僕には居場所はない。このまま消えても、誰も困らない。)
――しかし
「……ふふ」
「あはは!もう我慢できない!」
二人は大きな声で笑い出した。
ビリーはわけがわからず、問いかける。
「……あの、僕変なこと言いました?」
瑠璃は慌てて笑いながら手を横に振った。
「違う違う!」
「じゃあなぜ?」
弥生の母親はすぐに瑠璃の言葉を笑いをこらえて継ぐ。
「……ビリーはやっぱり弥生だなって思ったの。」
「…弥生もね。自分の存在価値を深く考える年頃でね。」
「『自分がいる意味なんてない!』っていつも縁側で一人で座ってたの。」
その言葉を聞いたとき、ビリーの心の真っ暗闇に光が差し込んだ感じがした。
その光は、小さいけど複数あり、なおかつ美しかった。
――まるで、この満天の星空のようだった。
ビリーは必死になって二人に問い詰めた。
「…僕は、ここにいて…いいんですか?」
ビリーの顔は涙があふれ出そうだったが、残念ながらビリーに"涙の機能"は存在しなかった。ビリーは今まで何とも思ってなかったが、この時初めて『自分が涙を流せないこと』を酷く悔やんだ。
そんなビリーに瑠璃は優しく声をかけた。
「当ったり前じゃん!どんな形でも偽物でも何でもいい。」
「ビリーは私たちの家族だよ。」
ビリーは瑠璃の顔がシャロンと重なったが、不思議と二つの笑顔は何かが違うような気がした。
「…うん、ありがとう!」
――この日ビリーは顔のガスマスクのギアで隠れているにも関わらず、満面の笑みをこれでもかと作って見せた。
※この物語はフィクションです。




