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第4話

 ある日、カーテンから漏れ出る外からの赤い光にビリーは目を覚ました。


 時計はまだ『AM』と表記されている。しかも、パトカーの音やカメラのシャッター音まで聞こえてくる。


「…こ、これは、まさか」


 ビリーは急いでシャツとズボンに着替えて玄関を飛び出した。すると、シャロンが暗い顔を浮かべて警察に囲まれて佇んでいる。彼女の両腕には銀色の二つのリングがあった。


「――っ!」


 シャロンはビリーの存在を確認すると、警察に小さなUSBメモリを渡してパトカーに乗って行った。


「…すまないね。弥生」

(…え、ヤヨイ?)


 ビリーはその聞き覚えのある言葉をしばらく反芻した。だが、シャロンを乗せたパトカーが屋敷から離れていくのを見て、すぐさま追いかけようとした。


 ――しかし、ここで"約束"が発動した。


 庭の出入口でビリーの両足はまるで石になったかのように動かなくなる。


 屋敷の敷地内から出られないビリーはただ、屋敷の外のポストの横でそのパトカーを呆然と眺めることしかできなかった。


 ビリーはパトカーが山合いで見えなくなると、膝をつく。


(…そんな、なんで。シャロンが何をしたって言うんだ…)


 ビリーが人間ならここで滝のような涙を流していただろう。


 ――すると、ビリーの肩に白衣を着た若い男性がいた。ビリーはその男をよく覚えていた。


 彼はシャロンの研究所の新人だった。


「ビリー、君には教えるよ。シャロン教授が君を作った理由を…。」


 そういうと男性は右手に持っていたシャロンのUSBメモリをビリーの首の後ろに刺した。そのときの彼の顔は躊躇いを感じた。


 ビリーはただならぬ情報量に顔を覆うように両手で頭を抱えた。


「あ、ああ…。」


 ビリーの頭の中にあったブレーキと"約束"がガラスのような音を立てて砕け、代わりにビリーの中に眠っていた"真実"が流れ込んできた。


 *****


 ――1年前


 シャロンには『ビリー』という名の息子がいたが、その息子がシャロンの故郷である海外で土砂崩れに遭い、行方不明になってしまった。救急隊員が血眼になって探したが、彼の所有していた腕時計だけが見つかり、彼自身は見つからなかった。


「…そんな、ビリー。ビリー!!!」


 このことをシャロンは嘆いた。彼女はビリーが生まれてすぐに夫を亡くし、施設育ちで親もいない。


 ――彼女は『唯一の家族』であるビリーを失った。


 その後、シャロンは心にぽっかり大きな穴が開いたような絶望感に満ちていた。その孤独感と底なしの哀しさは時間が風化させてくれなかった。かつての明るい性格のポジティブさとは全く別人だった。


 そんなある日、シャロンはあることを思いついた。


 ――ビリーにそっくりのアンドロイドを作ろう。


 ロボット開発者であったシャロンはしぼんでいた風船に空気が入ったかのように心が軽やかになり、さっそく新しい『ビリー』を作り始めた。


 ――だが、現実はそんなに甘くない。


「ヨロシクネ。ボクハビリー。キョウモ――」

「…違う!こんなのビリーじゃない!」


 棒読みの感情のない台詞を聞くたびに強制的に電源を落とした。シャロンの胸の穴はどんどん大きくなる。


 彼女は長年の研究が書かれた大型のホワイトボードにペンを走らせ、あの手この手で開発を続けた。

 もう、彼女にはそれしかなかったから――


 ――そして、ある一つの"仮説"が生まれた。


 (感情を込めるためには、サンプルが必要だ。でも、それは人間から手に入れなければ…)


 サンプルをどうするかを考えていたある夜、山の中のある田舎で一人で歩く女子中学生を見かけた。それが"篠原弥生"だったのだ。


 ――そのとき、シャロンの中にあった何かが静かに砕ける音がした。


 シャロンは弥生に歩みを寄せ始める。『ビリー』の笑顔で頭をいっぱいにして。

 ただ自分の開いた穴を塞ぐことに必死だったのだ…。


 ――その後、シャロンは弥生から感情のサンプルを得られたが、弥生の負荷は予想以上に大きく、そのまま篠原弥生は息絶えた。


 このサンプルから作られたのが、今のアンドロイド『ビリー』だったのだ。


 *****


 ビリーが全てを知ると黙って動かなくなってしまった。白衣の男性はUSBをそっと引き抜き、ビリーに寄り添う。


「シャロン教授は、昨日の深夜に自首しに行ったんだ。『この子は本当の家族の元にいた方が幸せだろう』ってね。」

「…そんなの、シャロンの勝手じゃないか。僕は元の家族のことなんか覚えてない。『ビリー』のことも知らなかった。」


 ビリーが地面を何度も殴りながら、嘆いていると一台のパトカーのドアが開き、中から一人の社会人らしきスーツの女性が現れた。彼女はビリーに駆け寄り、すぐに抱き寄せる。ビリーには何がなんだかわからなかった。


 ――彼女は篠原弥生の姉の篠原瑠璃さんだった。


「…弥生、弥生!お姉ちゃんのこと覚えてる?」


 感動の涙を流す瑠璃にビリーは何も答えられず、近くの白衣の男性が言いにくそうに暗い顔で告げた。


「…今、弥生さんは記憶を失っています。だから、あなたのことはもちろん、家族や思い出も、もう――」


 白衣の男性が言い終わる前に、瑠璃の顔色が変わった。涙の意味もチャンネルが切り替わったかのようにパッと変わってしまった。


「そんな、弥生、弥生!」


 泣いて顔がグズグズになった瑠璃にビリーはそっと声をかける。


「…あの、お姉さん。僕は何も覚えてないけど、弥生だよ。」

「黙れ!あんたなんか妹じゃない!」


 瑠璃はビリーを侮蔑の目で射抜き、白衣の男性のしがみついた。


「あんた、研究者でしょ⁉なんとかして弥生を戻しなさいよ!それかタイムマシンを作って!私が過去に戻って弥生をあのシャロンとかいう女から遠ざける!」


 瑠璃の発言はとても身勝手で上から目線なのがその場の誰もが読み取ることができた。でも、白衣の男性は歯をグッと食いしばり瑠璃にややきつい口調で返す。


「気持ちは痛いほどわかります。でも、私は新人なうえ『ビリー』にはもう別の記憶があります。――残念ながら、もうどうにも…。」


 だが、瑠璃はその言葉を信じられず、今度はビリーを殴り始めた。


「こんなの、叩けば直る。弥生は、まだここにいる。」

「もうやめて!」


 ビリーの一言で瑠璃の手は止まった。そして、ビリーは立ち上がり、体の砂ぼこりを払って瑠璃に問い詰める。


「瑠璃さん!確かに僕はあなたと初対面同然だし、口調もシャロンによって変えられている。」


 その言葉に瑠璃は泣き崩れそうになったが、ビリーは彼女の涙よりも先に口を動かす。


「…でも!僕は何であれシャロンの息子で、あなたの妹だ!」


 ビリーの心の叫びは一瞬でその場を静かにした。ただ、風のそよぐ音が緊張感をかきたてる。

 ビリーは瑠璃に歩み寄り、そっと彼女の手を取った。


「…もう一度、あなたの妹、――いや弟。それでも無理なら家事ロボットでもいい!僕があなたたち家族の空白を埋めます。」

「どうか、お願いします」


 気づけばビリーはその場で土下座していた。湿った土の匂いが彼の鼻をくすぐる。


 ――瑠璃はただ、その様子に感心を示すばかりであった。

※この物語はフィクションです。

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