【第2話】秀才と金持ち、そして天上の幽霊<冥銭>
——地獄。
荘厳かつ静寂に包まれた閻魔殿を抜けると、欄干ごとに屈強な鬼卒が立つ「奈何橋(な橋)」が現れる。 罪深き魂は橋を渡ることを許されず、下の血の池へと突き落とされる。そこで肉体を再構築されるのだ。地獄の刑罰の九割は肉体的な苦痛を伴うため、肉体がなければ刑が成立しないという理不尽なシステムである。
芸術鬼は自分の担当エリアに戻り、ようやく拾った金紙を確認した。 そこには確かにラブレターが書かれており、宛名には**「怡君」**の文字が——。
バンッ! 乱暴に扉が開かれ、凶悪な顔をした獄卒が立っていた。 「おい芸術鬼、今日から刑罰追加だ」
「な、何故に!? 閻魔大王の判決では『抜舌六年』のはず! それが終われば輪廻転生コースを選べるのでは!?」
「たった今、上から命令が下りた。貴様には**『馬蹄の刑』**を追加する」
「異議あり! せめて理由を教えてくだされ!」
獄卒は呆れたように鼻を鳴らし、意地悪くニヤリと笑った。 「貴様、こんなことわざを知ってるか? ——**『人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえ』**ってな」
「は? ええ、まあ……有名な都都逸ですが……」
「貴様があの世に持ち込んだ『例のブツ』のせいで、誰かの良縁がぶっ壊れたらしいぞ。だから文字通り、馬に蹴られてもらう」
「……まさか、あの手紙……」
「心当たりがあるようだな」獄卒は面倒くさそうに芸術鬼の首輪チェーンを引いた。「昔の人は上手いこと言ったもんだ。地獄じゃそれが『ルール』になるんだからな。さあ来い、馬が待ってるぞ」
芸術鬼は天を仰いだ。 あのラブレター、とんでもない「ホットポテト(厄介者)」じゃないか! 諺が物理攻撃となって降り注ぐなんて聞いてない! しかも金紙に書かれているということは、相手は死人だ。生きている人間と死んだ人間……この手紙が「怡君」の手に渡らないことこそが、平和への道ではないのか? なのに何故、刑が増える!?
刑の執行後。 「人の恋路を邪魔した報い」として馬に三時間蹴られ続け、鼻青顔腫(びせいがんしゅ/顔面ボコボコ)になった芸術鬼は、獄卒にすがりついた。
「た、頼む……閻魔大王に再審請求を……」
「閻魔様はアイドルじゃねぇんだ、そう簡単に会えるか」 獄卒は吐き捨てた。「貴様みたいな口だけの亡者は見飽きてるんだよ。さっさと行け」
(閻魔は遠く、小鬼は煩わしいとはこのことか……)
全身打撲でフラフラになりながら、芸術鬼は這うようにして、最近オープンしたばかりのバーへと向かった。早くこの呪われた金紙を使ってしまわなければ。
「おめでとうございます、男の子ですよ」 店に入るなり、芸術鬼は冗談めかして言った。
「はっはっは、俺は娘が欲しかったんだけどな!」
彼らが話しているのは子供のことではない。酒吧鬼(バーテンダー鬼)が十年かけてコツコツ貯めた金でようやく建てた、この店のことだ。地獄での十年、それは果てしなく長い。
「なぁマスター、この辺で**『怡君』**って奴を知らないか?」
「おいおい、冗談だろ?」 酒吧鬼は突然、店中に響く大声で叫んだ。 「おーい、イージュン!!」
その瞬間。 店内にいた女性客の八割が一斉に振り返った。
「ひぃっ!?」 芸術鬼は驚きのあまり、手にした金紙を取り落としそうになった。慌てて拾い上げる。
「……見ての通り、こっちは『イージュン』だらけだ」 酒吧鬼は慣れた手つきでグラスを拭いた。「で、いつものビールか?」
「あ、ああ……一杯頼む……」 芸術鬼は心ここにあらずといった様子で答えた。
芸術鬼は絶望した。 超現実的なアート作品を拾ったと思ったら、とんでもない呪いの手紙だった。 しかも宛名の「怡君」は、台湾で最もありふれた名前の一つ。この条件に当てはまる亡者は、各層地獄を合わせれば数百万人は下らないだろう。どうやって探せというのか。
「釣りはいらねぇよ」 芸術鬼は震える手で、あの金紙を酒吧鬼に押し付け、逃げるように店を出た。
翌日。 今度は酒吧鬼が連行され、馬に蹴られていた。
第2話までお読みいただき、本当にありがとうございます! 物語はここから、さらに不思議な展開へと進んでいきます。
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