【第16話】結婚式のポケベル暗号と、油鍋のフルコース<冥銭>
油鍋地獄でも、亡者たちが歓声を上げていた。 ステージ上のイケメン幽霊が宣言したからだ。 「今年の**『情熱のキス大会』**は中止だ!」
これは獄卒主催の余興で、舌相撲をして、負けた方が口内の熱で発火して灰になるというデスゲームだ。獄卒ストライキのおかげで、この悪趣味なイベントもキャンセルされたのだ。
イケメン幽霊はステージを降りた。 生前、彼は数千人の従業員を抱える大企業の総裁(CEO)だった。
その傲慢さゆえに餓鬼道に落ちたが、有能さは健在だった。ストライキで無政府状態になった地獄で、彼は瞬く間にリーダーの座に上り詰めたのだ。
「……金紙に手紙を書いた最初の鬼は、油鍋地獄にいたはずなんだが」 酒吧鬼(バーテンダー鬼)が言った。「ストライキ以降、行方不明だな」
「またお前か」 イケメンは酒吧鬼と孟婆を見て、あからさまに不機嫌になった。 「俺のシマ(縄張り)でデートか?」
「お喋りに来たのよ」孟婆が言った。 「お喋りはパスだ。俺の女になれ」 イケメンは直球を投げた。
「出たよ、オレ様社長(覇道総裁)」酒吧鬼はツッコミを入れた。 「生前社長だったのが悪いか?」
「マジで社長だったのかよ。失敬」
イケメンは酒吧鬼を無視し、孟婆だけを見つめた。「答えろ」
「チッ」酒吧鬼は舌打ちした。「俺と孟婆の絆を舐めるなよ。陽間で山登りやダイビングはできなかったが、刀山には登ったんだ。あとは油鍋に下りるだけだぜ」
「……ほう」 イケメンの目が光った。プライドの高い彼は、挑発に乗らずにはいられなかった。 「よかろう。着火しろ!」
彼は部下たちに命じ、火山地獄の地熱をパイプラインで直結させた。湖のような巨大な油鍋が、わずか十分でボコボコと沸騰し始めた。
「今日は大盤振る舞いだ!」 イケメンは叫んだ。「本官(代理)が特別に許可する! 自ら衣をつけて油鍋に入る者は、贖罪券を半額にする!」
彼の見事な指揮の下、次々と「食材」が運ばれてきた。 豚、鶏、牛、羊……の姿をした罪人たちだ。熊の手やフカヒレ(に見える罪人)もいる。 地獄の**満漢全席**の完成だ。
「なんか一品足りないな」 イケメンは不満げに言った。「さっき誰か、『あとは油鍋に下りるだけ』とか言ってなかったか?」
「うふふ、ご馳走様」 孟婆は近くにあった「豚トロ(罪人の頬肉)の唐揚げ」を摘んだ。「美味しいわ。……私もこの料理、好きよ」 彼女は意味深に酒吧鬼を流し目で見つめた。
(……やられた) ここで引いたら男が廃る。 酒吧鬼は唇を噛み切り、血の味を噛み締めた。
「一不做,二不休(毒を食らわば皿まで)だ!!」 酒吧鬼は叫び、沸騰する油鍋へとダイブした。
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<生死簿アーカイブ>
馬面は芸術鬼を連れて、書庫の奥へと進んでいた。 入り口から孟婆が死んだ年号の棚まで歩くだけで、一刻(約二時間)かかった。
「ここから一年一冊だ。ゆっくり探せ」 「陽間の一年ですか?」 「陰間のだ」
「……一万冊以上あるじゃないですか」芸術鬼は絶望した。
「心配するな」馬面は遥か彼方を指差した。「あそこが出口だ」
芸術鬼は目を凝らした。 出口には明かりがあるはずだ。 だが、そこに見えるのは漆黒の闇だけ。
ニーチェは言った。「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている」と。 今、まさにその深淵が口を開けて待っていた。
芸術鬼は膝から崩れ落ちた。 「……無理ゲーです」
(第16話 完)




