【第10話】性転換デートの妊娠疑惑と、孟婆攻略ミッション<冥銭>
芸術鬼と酒吧鬼のファッションは、壊滅的だった。 派手すぎる花柄シャツはボタン全開で、ピチピチの革パンにインされている。革パンは動くたびに安っぽい光を反射し、まるで壊れかけた蛍光灯だ。 ピカピカに磨いた革靴には、なぜか幅一センチの金の鎖が巻かれている。首の金ネックレスとのコーディネートらしい。
「『目で落とす』って言ったくせに、なんでサングラスかけてんだよ」 酒吧鬼が文句を言った。
「神秘性の演出ですよ」 芸術鬼は言った。「ずっとキメ顔を維持するのは疲れるでしょう? サングラスで隠して感情を高め、ここぞという時に外すんです。そうすれば相手は『ずっと熱い視線を送っていた』と錯覚する」
「……またお前の口車に乗っちまった。俺がバカだった」 酒吧鬼はサングラスを投げ捨てた。
「わかってませんね。忍者の瞳術だって、普段は目を閉じてチャクラを溜めるでしょう? それと同じですよ」 「お前の脳みそ、血の池の水で作られたんだろ」
「おっと、見てください」 芸術鬼は酒吧鬼を三生石の陰に引きずり込んだ。 二人は岩陰から目だけを出して様子を伺う。
そこには、孟婆と談笑するイケメン幽霊の姿があった。 古風な衣装を着こなすその男は、孟婆と並ぶとまさにお似合いのカップル。陰風が二人の髪を揺らし、まるで一幅の絵画のようだ。
酒吧鬼は彼らを見、自分たちのチンピラファッションを見下ろし、また彼らを見て、舌打ちした。 「チッ」
「大丈夫、我々には我々の強みがあります」
「頭の損傷が激しいから同情を買える、以外に何があるんだ?」
「脳なんていりません。**女の子の心を掴むのは『瞳』**です」 芸術鬼は力説した。「目さえあればいい」
「で、どうやって割り込む?」
「あのイケメンをこっちの仲間に引き入れますか?」
「待て、動きがあったぞ」
孟婆が手を差し出すと、虚空からスープの椀が現れた。 イケメン幽霊の顔が曇る。隠れて見ている二人と同じ顔だ。
「一人で行くしかなさそうですね。彼、飲まされますよ」
「……表情が緩んだぞ。匂いを嗅いだだけでトリップしてやがる」
イケメンはスープを飲み干し、その場に倒れ込んだ。 そして聞こえてくる鳴き声。 『ワン! ワンワン!』
「……前世は独身犬だったようですな」
「なんで決めつけるんだよ」
「あるいはチワワ」
「どうでもいいよ」酒吧鬼は言った。「で、どうする?」
「怖くなってきました」芸術鬼が震え出した。「あなたが行ってくれませんか? 私の計画ですが、私の脳の方が柔軟に対応できるので、後方支援に回りたいんです」
「ふざけんな」酒吧鬼は拒否した。「お前は自分の芸術を忘れたくないだろ? 俺もバーのレシピを忘れたくない。俺は輪廻なんて真っ平御免だ」
芸術鬼の顔色がめまぐるしく変わったかと思うと、突然、酒吧鬼の背中にドロップキックを見舞った。 同時に、酒吧鬼の声色を真似て叫んだ。 「孟婆さーん! 話があるそうでーす!」
「貴様ッ……!」 酒吧鬼が振り返って殺そうとした時には、もう遅かった。 目の前には孟婆。バッチリ目が合ってしまった。
(クソッ! どうする!?) 頭が真っ白になる。思い出したのは、芸術鬼のあのセリフだけ。 『女の子の心を掴むのは、瞳だ』
酒吧鬼は必死に、渾身の「キメ顔」を作って孟婆を見つめた。
「……あなたの目、恐怖で泳いでるわよ。私、そんなに怖い?」 孟婆が首をかしげた。
(目は口ほどに物を言う……恐怖がダダ漏れじゃねぇか!) 酒吧鬼が絶望していると、孟婆の手元に新しいスープが現れた。 その芳醇な香り。 瞬間、女心だの眼神だの、すべての作戦が脳から消し飛んだ。 眼神がトロリと和らぎ、肩の力が抜け、至福の表情へと変わっていく。
(いかん、飲みたい……飲んで楽になりたい……)
「待って」 酒吧鬼は理性を総動員して、震える手で制止した。 「飲み物ってのは、会話を楽しむためのツールだろ? これを飲んじまったら、あんたと話すネタも忘れちまう」
「あら」孟婆は興味深そうに微笑んだ。「じゃあ、どうしたいの?」
酒吧鬼はニヒルに笑い(引きつっていたが)、精一杯の強がりを言った。
「酒はある。……あんたに物語はあるか?」
(第10話 完)
お読みいただきありがとうございます。
最近Twitter(X)で反応をいただくのですが、どう返信すればいいのか分からず、人との距離感の難しさを痛感しています……。 以前お話しした「寒冷地獄」は、実は人に対して冷淡だった者が落ちる場所だとも言われていますよね。




