【第8話】インチキ占い師と、北風と太陽作戦<恋文>
「そこの学生さん、ちょっと待ちなさい」 曉軒が路上の占い屋台の前を通り過ぎようとした時、声をかけられた。
そこは典型的な「路邊攤(露店)」だった。 八角形のテーブルには色褪せた青い布が掛けられ、八卦模様が占い師の下半身を隠している。テーブルの上にはおみくじの筒、羅盤、八卦鏡、そして何も書かれていないノート。
占い師は唐装(カンフー服)を着て、なぜかサングラスをかけていた。いかにも「異能者」ですという演出だ。 隣には選挙用ののぼり旗が立っており、**「町内会長(里長)候補・王景基」という文字が横線で消され、手書きで「測字・算命(漢字占い・運命鑑定)」**と書き直されていた。字はやたらと達筆だ。 その下にはサングラスなしで微笑む本人の写真があり、旗の土台は水を入れたポリタンクだった。
曉軒が足を止めると、王景基はここぞとばかりに畳み掛けた。 「君、自分の眉間に死相が出ているのを知っているかね?」
「ミケン? 母さん(母親)のことですか?」曉軒は聞き返した。「母さんの顔色が悪いと?」 (※注:中国語で「印堂(眉間)」と「令堂(お母様)」の発音は全く違うが、曉軒はわざとボケた)
王景基はサングラスの奥で白目を剥いたが、すぐに気を取り直して自分の額を指差した。 「ここだ、ここ。眉の間だよ」 その仕草は、まるで銃口を突きつけられた悪役が「撃ってみろよ」と挑発しているようだった。
曉軒はテーブルの上の八卦鏡を手に取り、自分の額を見た。 「何もありませんけど」
「凡人には見えんよ。だが私に出会えたのは幸運だ」 王景基はもったいぶって言った。「君は今、**『不浄なもの』**に取り憑かれている」
曉軒はドキリとした。 ここ数日の出来事(幽霊との遭遇、夜中の墓掘り、金紙焼き)を思い出し、彼は思わず椅子に座った。
(カモがネギ背負って来たな) 王景基は心の中でほくそ笑みつつ、口ではこう言った。「天機を漏らすのは、私の寿命を縮めることなのだがね……」
「そうですか」
「まあ、今の相場なら999元(約5000円)といったところか。安いもんだろ? 千元札でお釣りが来る」
学生にとって千元は大金だ。三、四日分の食費が飛ぶ。
だが、曉軒は財布を取り出した。占い師なんて誰にでも当てはまることを言う詐欺師だとわかっている。それでも、彼は知りたかった。陳怡君に関わることが、自分にとって吉なのか凶なのかを。
王景基は上機嫌で金を受け取った。夕暮れ時になってようやく最初の客だ。しかも値切らない上客ときた。 「金を受け取ったからには、君と私には縁ができたということだ。見殺しにはせんよ。まず言っておくが……君には**『厲鬼(怨霊)』**が憑いている」
「先生、どうすればいいんですか?」曉軒は眉をひそめた。
「その霊は『冤親債主(前世からの因縁の相手)』だ。本来なら君に気づかなかったはずだが、君がうっかり奴の縄張りに足を踏み入れ、過去の因縁を呼び覚ましてしまった。奴は君を利用して未練を晴らそうとしている。もし従わなければ君を苦しめ、周囲の人間を遠ざけ、孤立無援に追い込むだろう。そうなれば神仙でも救えんぞ」
「そんなに深刻なんですか?」 曉軒は考えた。(陳怡君のやつ、まさか僕の友達作りを邪魔するつもりか?)
「その怨霊と同じ『執念』を持たぬ限り、対話は不可能だ」 王景基は首を振った。「彼らは自分の世界に閉じこもり、全ての人を敵だと思っているからな」
「先生にはその霊が見えるんですよね? どんな姿ですか?」
「長い髪を振り乱し、目は血走っている……」 (確かに陳怡君っぽいな)曉軒は頷いた。
「……そして、戦国の鎧を身にまとっている」
「は?」
「ああ、一将功成りて万骨枯る! 君はかつて彼の将軍だったのだ。前線の戦いで、君は彼の部隊を捨て駒にした。彼は死にきれず、君への復讐を誓っているのだよ」 王景基は芝居がかった口調で嘆いた。
「復讐の連鎖は終わらない。だが私に出会えて本当によかったな。このまま放置すれば、重ければ一家離散、軽くても原因不明の病に苦しむところだった」
曉軒は言葉を失った。 (……設定が壮大すぎるだろ)
「先生、どうすれば……」というセリフすら出てこない。
王景基は思った。(こいつ、リアクション薄いな。ここで「助けてください!」って縋り付く場面だろ?)
沈黙に耐えかねて、王景基が先に動いた。 「君とは縁がある。写経や厄払いの儀式は免除してやろう」 彼は懐から黄色い水晶のネックレスを取り出した。「道」という文字が刻まれた、安っぽいプラスチックのような石だ。 「この**『除魔石』**を授けよう。これを身につけていれば、十年以内に因縁は解消され、二度と憑かれることはない」
曉軒はこれ以上この茶番に付き合うのが面倒になり、感動したフリをして連日連夜の感謝を述べた。あまりの急なキャラ変に、王景基の方がポカンとしていた。
帰宅後。 曉軒は黄色い水晶を机の引き出しの最奥に放り込み、記憶から消去した。




