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第七話、初めてのデート&オレ以外に推しは作らないでね?

「光流、顔緩みすぎだから」


 フッと笑いを吹き出される。


「愁がカッコ良すぎるのが悪いよ。スケボー出来るって凄いしスポーツ万能すぎ! 僕の推しが今日も最高に良かった」

「光流って本当一人で楽しそうだよね。見てて飽きない。あ、ちょっと流し過ぎたね。時間が」

「ギリギリまで一緒にいちゃダメ……かな?」


 まだ一緒にいたかった。

 ベンチの上に置いた手に、同じように隣に腰掛けた愁の手が微かに触れる。


 ——あ、手……。


 今日はやはりどこか愁との距離が近すぎる気がしたけど、否定されるのが怖くて聞けなかった。

 触れ合っている小指も熱い気がして、頭の中まで茹だる。


 ——本当に何なんだろね、このドキドキは。

 顔が熱い。心音がおかしい。気まずさと恥ずかしさで愁の顔が見れない。ここのところ、愁との距離感が掴めなくて困っている。またこういった気持ちの対処方法さえもどうしたらいいのか分からなくて微動だにせずに固まってしまった。


「光流? 眠い?」

「へ、あ……ごめん。違うよ。考え事しちゃってボーッとしてただけだから」

「そう?」

「うん。だからもう少しだけ一緒にいたい」

「ん、わかった」


 言ってしまえばまた「恋愛感情も含まれる?」と問われるかなと思っていたけれど、そうでもなかった。もし愁に距離を置かれてしまったら耐え慣れそうにない。


「光流は休日はずっとバイトなの? 空いてる日はある?」

「うちは二週間ごとにシフト出してるんだけど、ちょうど今週末に出す予定だよ。何かあるならそのタイミングで休み取れるよ」

「ショッピング付き合ってくれない? 最近服のサイズと靴のサイズが合わないんだよね」


 まだ育つの? 凄い。自分なんてとっくに止まったままだ。悪あがきはしているけど。一緒に行くとなれば、サイズとか好みとか、推しのデータ取りまくりじゃん。


「いいよ。いついく?」


 スケジュール帳アプリを開くと、愁が覗き込んできた。


 ——どうしよう……推しが近すぎて目眩がするんですけど?


 学校で距離感がおかしいと言われたのを思い出す。友達の距離感ってどんなんだろう? こんな吐息がかかりそうなくらいに近い距離は友達の範囲内? 貧相な経験値では答えが出せないのがもどかしい。


「ここは?」

「大丈夫だと思う。申請出しておくね!」


 ショッピングという名のデートの約束を取り付ける。嬉しくて小躍りしてしまいそうだ。

 元々一時間もないくらいの長さしかなかったので、楽しい時間なんてあっという間に過ぎていく。

 残りの時間はベンチに座って愁と他愛ない会話のやり取りを楽しんだ。




 ***




 愁と一緒に買い物に行くことになって、ウキウキで予定を組んだのは良い。問題が発生している事に気がついたのは次の日だった。自室のベッドの上で頭を抱える。


 ——僕のバカ、どうしてすぐに気が付かなかったの⁉︎ どうしよう。着ていく服がない。


 浮かれすぎていて、これまでに誰かとどこかへ出かけた試しがないという事をド忘れしていた。


 ——ええ……っ、どうしよう。


 出かけるのは来週だしその前に買いに行こうか悩む。

 バイトに行く時も制服か部屋着に近いラフなものしか着て行っていないのだ。美咲や滋と出かける時もラフな格好のままだった。

 何度か買ってくれようとした事はあったが、その度にサイズアウトするまではこのままでいいと自分から断っていた。


 ——やっぱり買いに行く?


 その前に明日は金曜日だ。バイト帰りに公園で愁と待ち合わせる手筈になっている。


 ——それとも、正直に服がないからって言ってラフな感じで行く?


「ムリ」


 あの全身の偏差値が高過ぎる推しの横に立てる気がしない。顔を何とかするのはさすがに無理があるけれど、せめて服装くらいはちゃんとしたい。

 悩んでいるうちに夜中になっているのが分かって、急いで電気を消すなりベッドの上に転がって布団をかぶった。





 次の日学校へ行くと愁は先に来ていて、いつものように席の上に突っ伏していた。


「おはよー……」

「おはよ。て、どうかしたの? 寝不足?」

「出かける日に着ていく服の事考えてたら夜中になってて……」


 そこまで言って、しまったと思い口を噤む。


「ふーん。ねえ、光流。デート楽しみだね」

「デー……っ⁉︎」


 ——何でこんな時だけ髪かきあげてまで視線合わせるかな……。


 十点と書かれた手旗を上げたい。

 この顔にも、仕草にも、笑い方一つ一つ全てに参っている。それと、やはり気のせいではないのかもしれない。言葉でも自分を萌え殺そうとしてるのがハッキリと分かった。


 ——これ以上僕をハマらせてどうしたいんだろう……。


 愁の意図は読めないが、このままだと永遠に手離せなくなってしまう。もう既に愁のいない昔みたいな生活には戻れない気がした。想像すら出来ないからだ。


「愁さ、この間から……凄いセリフばっか言ってくるけど、態とだよね? 僕をどうしたいの?」


 何だか胃がキリキリと痛みを発してきて、思わず聞いてしまった。


「このまま光流がオレから離れられなくなればいいとは思ってる」

「へ……」


 ——はい。無事、昇天出来ました。


 もう手遅れだ。

 それにこんな求め方はズルい。顔にどんどん熱が籠ってきて熱いし、心臓が暴れている。不整脈もヤバい。語彙力なくなりそう……。

 慌ててバッグを漁りはじめた愁が大きめのフェイスタオルを出したかと思いきや頭から被せられた。


 もしかして自分はいま人に見せられないくらいに酷い表情でもしているんだろうか。それはそれでショックだ。


「光流はしばらくの間そのままね。そんな顔、オレ以外に見せないで。とりあえず落ち着いて」


 ——いや、逆に落ち着かないよ。


 タオルから愁と同じ匂いがしていて、推しと同じ匂いにつつまれてて落ち着けという方が到底ムリな話である。再度昇天しそうだ。


「村上くん体調悪いのかな?」

「いや、これは供給過多からの尊死コースじゃないの?」

「あり得る」


 教室内ではさっきから女子たちの会話が聞こえていて、コチラの会話にも聞き耳を立てているのが手に取るように分かる。悪意ではない。興味津々という類いの視線なのでそのまま放置していた。


 自分は心ゆくまでタオルの中に埋もれて堪能していると、中にグシャグシャに丸められたルーズリーフの紙を押し込められた。


『デートしたら、そのままオレの部屋に泊まりに来る?』


 と書かれていたので目を瞠った。


 ——お願い、トドメ刺さないで……っ!


「いいの? その前に愁……僕で遊び過ぎだよ」


「光流なら家来ても構わないよ。それに光流の百面相って見てて楽しいんだよね」

「推しに遊ばれている! う…………、好き」


 愁が笑いを吹き出す。


「オレは推しが出来た事ないから分かんない。でも光流なら推してもいいかも」

「え、嫌だ」


 即答した。


「勝手に人を推しといて自分は拒否るって何? 我儘かよっ」


 再度思いっきり笑われてしまったが、嫌なものは嫌である。その前に自分には愁みたいに推せる箇所は皆無だ。


 性格は多分変よりの普通、顔も普通、スタイルは一般的な男子校生の並以下、頭脳も並以下、運動神経は中の中くらい。足が少し早いだけだけど、愁の足元にも及ばない。それの一体何を推すというのだろう。


「愁と僕じゃ住んでる世界が違うよ。天性的なカリスマ要素っていうかさ」

「世界で分けるとかそんなん息詰まるからマジでやめて。オレは光流と一緒でいい」


 ただでさえも緩く結んでいるネクタイを緩めて、愁がボタンをもう一つ開ける。

 息がしやすいようにしたんだろうけど、男の色気がダダ漏れで目のやり場に困る。視線を逸らした。


 ——待って……何で逸らす必要があったの?


 推しのそういう写真を撮る根性くらいはあってもいいと思う。愁のせいで思考回路がぐちゃぐちゃだった。





 いったん学校で別れた愁と公園で待ち合わせてスケボーを堪能した後で二人で家に帰った。


 夜食に近い夕食を終わらせて部屋へ向かったのはいいけれど、いつもと違ってこの部屋の中に二人っきりでいるのが何処となく気まずい。しかもベッドの上で横並びに座られるともっと気まずい……。


「あのさ、愁……」

「どうかした?」


 聞き返されて、思わず愁の顔を見上げた。


 ——この角度の推しも尊いっ。


 さっきまで考えていた事が全て吹っ飛んだ。両手で顔を覆う。


「愁の顔が良過ぎて全部飛んだ!」

「あはは、ありがと。光流に言われるのは嬉しい」

「何で? 初めはあんなに照れっ照れな感じだったのに、何で最近急に路線変更してきたの?」


 うーん、と目を閉じて愁が唸る。それさえも尊くて視線を逸らさずに見つめた。


「少し前に光流に恋愛感情含む? て聞いてからかな。その後知り合いと電話してて、オレがそうなりたいからでしょって言われて、ああそうかもって納得したらなんか色々吹っ切れたというか……。オレ、学校で言った通り元々バイだし。でも光流がそういうんじゃなかったって言うなら、無理強いはしないから安心して? その代わりオレは光流にそう見て貰えるように本気でいくけどね。んじゃ、おやすみ」


 髪の毛をグシャリとかき混ぜるように頭を撫でられて、愁が自分の布団の中に戻っていく。しばらくの間、放心状態になる。


 ——え?


 なんか色々言われた気がするけど、頭の中をどう整理して良いのか分からなくて、考えが上手く纏まらない。


 反対側を向いている愁の耳は相変わらず赤くて、あんなに凄いセリフを言ってきたくせに照れてるのだとすぐに分かった。

 逆にさっきの言葉が全て本心なのだと伝わってきたのもあって余計に恥ずかしくなってくる。


 ——さっきのって遠回しな告白……でいいのかな?


 いや、違うでしょ。とすかさず自分自身に突っ込む。誰よりもカッコよくて一目惚れした推しから好かれているかもなんてきっと夢に違いない。どう考えても推しが自分を好きになる要素を見つけられなくて、心が無になった。


 ——推しが好きすぎてとうとうヤバい次元に来ちゃった?


 その日は全然寝付けなくて、気を失うように意識がなくなった後、気がつけば昼過ぎになっていた。

 隣に布団一式が畳まれて置かれている。もう愁の姿はなくて、慌てて一階に降りた。


「こんな時間まで寝ちゃっててすみません!」

「ふふ、昨日はゲームして寝てなかったって? 友達と遊ぶ時くらいはこれくらい羽目を外していいと思うの」


 昼食を食卓に並べながら美咲が笑んだ。そこにはもう滋も座っていて、隣の椅子を引かれる。


「ここに腰掛けるといい」

「ありがとうございます。あの……愁は」

「知り合いと会う用事があるからって朝早くに帰ったわよ」

「そうなんだ」


 少し安心したような寂しいような何とも言えない気持ちになった。三人で昼食を終え、バイトへ行く支度を始めた。




 ***




 休みが明けて学校へ行くと、毎度の事ながら愁は机の上に突っ伏して寝ていた。

 ここまで来るのが早いと何時に起床して何時に登校しているのかとても気になる。


 ——ちゃんと夜寝ているんかな?


 歩いていって席に腰掛けると、愁が顔を上げた。


「おはよ」

「愁、おはよ。て、何時から来ているの? いつも早すぎじゃない? ちゃんと寝てる?」

「寝てるよ。三時間くらい」


 全然寝てなかった。三時間しか寝てないのによくそこまで大きく育ったなと感心すらしてしまうくらいだ。


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