第六話、なんかモヤモヤする&スケボーデート
「そういえば菓子パン食べなくなったね」
「ん、だって光流の弁当の方が美味しいし。満足してる」
ありがとう、と小さな声で紡がれた後で視線を向けると、膝の間に頭を突っ込むような体勢で首の後ろに手を回していた。耳が赤いので照れているのは間違いない。
「ふふ、そうそう。愁のその意外と照れ屋なとこも僕は好きだよ」
「だから、言い方!」
「だって好きなものは好きだよ。僕の推しだし」
「もー……ホント勘弁して……」
「やっぱり推しとか言われるのは嫌?」
「嫌じゃないけど、まあ、光流なら良いけど。でもオレ以外に推しは作らないでね」
「僕の推しは愁だけだよ」
何故か愁がそっぽ向いて俯いてしまった。また照れているのかもしれない。それに愁からも自分だけでいいと言ってくれたのが何よりも嬉しくて顔が緩んだ。
心臓がトクトクと温かく心音を鳴らしている。胸の中がモヤッとしていたものはもうどこかにいってしまったようだ。
——好きだな……。
愁と過ごすこの昼休みが一番好きで大切なのだと、人ごとのように考えていた。
***
帰る時も同じで愁は女子生徒に囲まれていて、不機嫌そうに眉根を寄せている。無理矢理女子生徒たちの間を縫って入るなり、愁の腕を引いて立ち上がらせた。
「愁、行くよ。今日付き合ってくれる約束でしょ?」
「あー、うん……そうだった」
約束なんてないけど、それを察した愁が合わせる。二人で教室を出ると何故か背後から女子生徒たちがついてきた。自分と同じように推し活をしているのなら、ダメだとも嫌とも言えずに俯く。
——また、だ。何なんだろこの気持ち。
布教したかった。その気持ちに嘘偽りない。頭脳明晰な所や運動能力の高さや凄さ、本当の愁の見目を知ってもらい共有したかった。
自分以外の人にも理解して欲しくて推し活を始めた。
恋愛と言われてもいまいちピンと来ない。だとすればこの気持ちは一番仲の良い友人を取られたくないだけなのかも知れない。
——うーん、それもピンと来ない。
「ごめん。オレ皆の事嫌いじゃないよ。でも今は恋愛より友達と青春していたいから遠慮してくれない? オレは光流と一緒に居たい。それにずっと陰キャで過ごしてきたのに今更陽キャになるのはツラい」
マスクを外したまま声を張った愁の言葉を聞いて一様に足を止めていた。
「はあ⁉︎ もう何なのよ一体!」
「村上くん推し活頑張って!」
「あはは……ありがとう」
中には怒って帰る人もいたけど、キャッキャと声を弾ませている人たちもいたので困ったように笑んだ。
「行こう、光流」
「へ? うん」
行こうと言われても愁の家は自分の家とは真逆に位置していた。コッソリと「家の方角違うよね?」と伝える。
「借りてる部屋を探し当てられるのは嫌だから巻いてから帰りたいしいいよ」
振り返るとさっきの三分の一くらいの生徒はついてきていた。
「そうだよね。僕みたいに変な子だったら困っちゃうもんね」
「変だって自覚あったんだ」
ケラケラと笑いながら愁の体が揺れる。
——失礼なっ!
「だって僕の推しはアイドルでもアニメキャラでもない同級生の男だからね。変ていう自覚くらいはあるよ」
それでもやめられない。いや、やめようとも思わない。ずっと隣に居たいと望んでしまう。
家が近付くにつれて口数が減ってしまう。元々二人して会話も得意な方じゃないから、無言でも苦ではないが。
「家、ついていっちゃダメ? 美咲さんに迷惑かけちゃうかな……」
「来てくれるの? 推しからのお願いなら僕は何でも聞きたいよ! 電話するからちょっと待ってね!」
即座にスマホを取り出して美咲に電話をかけてOKの返事をもらう。
「愁がうちに来てくれるの嬉しい!」
目を瞬かせた愁にジッと見つめられた。
「どうかしたの?」
「ねえ、ここんとこ光流の様子がおかしいのって何で? 光流の推しってのはさ、恋愛感情も含む推しなの? それとも別?」
「え……」
すぐに答えられなくて視線を彷徨わせて、アスファルトの地面を見つめる。
正直自分でもよく分からないから答えようがないってのが本音だ。愁からの質問には全て答えたくて重い口を開く。
「ぶっちゃけると、最近は自分でも分からなくて困ってる……て言ったらさすがに気持ち悪い……よね。恋愛より青春が良いって言ってたもんね。ごめん、忘れてくれていいから。でも愁は僕にとって憧れの推しであって大切な友達には変わりないし、これからも出来れば仲良くしたいと思ってる。だからさ……本当に気にしないでくれないかな?」
一度合わせた視線をすぐに逸らす。何かを探るような視線に耐えきれない。
——どうしよう。やっぱり変に思われてるよね?
気まずい空気感が重っ苦しく感じて、無理やり話題を変えた。
「そうだ。そんな事よりもさ、早く僕の家行こう? 美咲さんも楽しみにしてるって言ってたから」
「そか。うん、早く行こう。て、その前にそこのコンビニ行ってくるから先に帰ってて? すぐ追いかけるから」
「分かった。待ってるね!」
手を振って一度愁と別れた後、尻目に黒髪の一人の女子生徒が立っているのが映り込んできて、きちんと視線を向ける。
——あれ? なんかこっち見てる?
声をかけられるかもしれないと思っていたけれど、意に反して無関心だと言わんばかりに素通りされた。
視線さえ合わなかったので、見られている気がしたのは単なるこちらの勘違いだったのかもしれない。そのまま帰路を辿った。
愁がコンビニに行って三十分は経過していた。
リビングにある椅子に腰掛けて、夕食後に食べるゼリーを作っている美咲を見つめている最中だ。毎回急な事なのに、美咲はとても楽しそうなので、自分としても嬉しくなってくる。
——それにしても愁遅いな。何かあったのかな? やっぱりさっきので引かれちゃった?
スマホを取り出して連絡しようと思った時にインターフォンが鳴り響いた。
急いでモニターをみると愁の姿が写っていて、ロックを外して扉を開ける。少し気まずそうにしているのが分かりジッと見つめた。
「結構時間かかったね。何かあったの?」
苦笑混じりに俯くと、頭にポンッと手を乗せられる。
「ごめん。知り合いと電話してただけだよ。これ、美咲さんと滋さんに。光流も飲むでしょ?」
コンビニに行った時に買ったのだろう。中にコーヒーや紅茶、その他の飲み物が入ったビニール袋を手渡された。
——何だ……でも良かった。
不安や心配が杞憂に終わりホッと安堵の吐息をつく。
「ああ、うん。ありがとう。美咲さーん、愁が手土産買って来てくれたみたい」
リビングに向けて声をかけると美咲が姿を見せる。
「ふふ、子どもは気を遣わなくていいのよ。愁くんありがとうね。ほら上がって上がって」
「お邪魔します」
走ったのかじゃっかん息を乱しながら額に汗をかいている愁が可愛く見えて、昂る気持ちを落ち着かせる為に目頭を抑えた。安心した途端にこれだ。
——いつ見ても推しは尊い!
「光流? どうかしたの?」
愁に顔を覗き込まれる。
「何もない。愁てどんな状態でもカッコいいんだなって思ったら思わず叫びそうになっただけ」
「何それ。ウケる」
そんな事言って笑ってはいるのに、愁の耳は赤いので多分照れている。
——そのギャップも堪らない!
「愁くん、今日もこのまま夕ご飯食べて泊まっていかない?」
「良いんですか?」
「もちろんよ。光流くんも喜ぶわ」
「じゃあお言葉に甘えさせていただきます」
——やった。明日は学校も一緒に行ける!
今日も泊まる事になったので、夕食後に自分のベッドの横に布団を用意した。
このまま愁専用になってしまえばいいのにと思ってしまった考えを消すように勢いよく頭を振る。
「何してんの、光流」
「う……っ、ううん何でもない」
ヘラリと笑ってみせた。
——なんか今日は緊張して寝れないや。
上半身を起こして愁の方を向くと愁がこっちに視線を向ける。
「あのさ、さっきから視線がうるさいんだけど……見過ぎだよ」
「起きてたんだ。寝込み襲って寝顔とかの写真撮ったら怒る?」
「…………それはマジでやめて」
愁の声のトーンが落ちた。本気で嫌がってそうなので辞めておく。
「分かったやめとく。じゃあ代わりに、せっかくのお泊まりだし一緒に寝ない?」
「……」
沈黙で返された。
「愁ってば」
「一人で寝て。それにマジいい加減にしないと、オレに襲……ても知ら……いよ」
夏用なので薄い掛け布団だけど潜って囁かれたので、最後らへんの言葉はくぐもって聞き取れなかった。そのまま背中を向けられる。
もう眠いのかもしれない。仕方がないので同じように眠りにつく為に目を閉じた。
愁が泊まったのもあって寝坊すると思われたのか、朝いつも起きる時間に起きると既に二人分の弁当が用意されていた。申し訳ない気持ちになって慌てて美咲の顔を伺い見る。
「あのっ、美咲さん、作らせちゃってごめんなさい」
「あら、謝る必要ないのよ。ちょっと私が早く起きすぎちゃっただけだから。逆に光流くんのお仕事取っちゃったから愁くんがガッカリしちゃうかも」
意味深に笑んだ美咲に準備と朝食を促される。その後、愁と二人で学校へ行った。
二年生が使用している階に行くともう修学旅行の話に花が咲き始めていて、早いところではグループが決まったとはしゃいでいる生徒たちがいた。
あと数ヶ月もしない内に、二年生にしかない最大イベントである修学旅行が来る。
「そうか。修学旅行だね。愁は中学の時どこに行ったの?」
「海外。オレは行ってないけどね」
「行かなかったの? 何で……って、ああ、そうか。変装してたから?」
「そ。面倒くさそうだったし、団体行動も苦手」
「今年は?」
「光流が行くなら行く」
何だか気恥ずかしくなってしまい、へらりと笑ってしまった。
——何だろう? 昨日の事があったからかな?
愁がやたら自分を持ち上げてきている気がして一言一言が心臓に悪い。
その後は会話は他愛ないものに変わっていき、授業が始まっていく。
二限目が終わったところで、美咲からメッセージが入っているのに気がつき、話しかける為に愁に向けて口を開く。
「愁、今週の金曜日また泊まりにくる? 美咲さんが、愁の好きなしょうが焼きと食後の生クリームたっぷりのロールケーキ焼いて待ってるって言ってるけど」
「絶対行く。美咲さんのしょうが焼きもケーキも好き」
教室の机の上に突っ伏していた愁が勢いよく顔をあげた。
「言うと思った」
愁は弁当のみならず、美咲の手作りお菓子にも目がない。クスクス笑っていると、一人の女子生徒に声をかけられた。
「村上くんと海堂くんてホント仲良いよね。お泊まり良いな~楽しそう」
「うん、楽しいよ。仲良く見えるかな? それなら嬉しいな」
目線を合わせるように立ち上がると、近くを通りかかった男子生徒に肩を組まれてしまった反動でよろけてしまい、思わず「わわっ」と声を上げる。
「見える見える。ていうかそれ以上? なあ、それって推しってだけ? あわよくばって欲求も入ってたりする?」
——欲求?
イタズラっぽく問いかけられ、返事に困った。
「オレはそっちでもいいよ。両方いけるから……だから取らないでね?」
「え、何の話してるの?」
何て事ないように淡々とした口調で愁は答えていたけれど、表情はウィッグとマスクで隠れていて見えない。少し苛立ってるように感じたのは気のせいだろうか。
「あー、そか。なるほどね。ごめんな、変な事聞いて」
両手を上げて即撤退していったクラスメイトを視線で追う。
——本当に何の話してたの?
置いてけぼり感が半端ない。どうしてそんな話題を振られて、どうやって解決に至ったのか考えてるとまたグシャグシャに丸められたルーズリーフが手元に飛んできた。
『あわよくば恋人になりたいの? って意味で聞かれたんだよ』
「こ、こここーっ⁉︎」
「鶏かよ」
愁が笑いを吹き出し、肩を大きく揺らしている。
——その笑い方、腹筋痛くならない? ああ、割れてたっけ。笑い過ぎて割れたのかな。
随分と器用な笑い方をする推しを見つめた。
「海堂が爆笑するなんて珍しいな」
「だよね? どこにそんな笑い所があったのか分からないけれど。でも爆笑する推しとか最高に良い!」
「ははっ、村上の海堂好きはブレないよな」
「そりゃもう。それに初めて出来た友達だからね」
「「「「初めて⁉︎」」」」
——え、みんな聞き耳立ててたの?
四方八方から声が飛んだのにビックリした。
今じゃもう二人セットで扱われるのが当然になっているのもあって、二人っきりでいてももう揶揄われたりしない。放置されているものとばかり思っていただけに意外だった。
「初めて出来た友達なら仕方ないな……」
「そうだね。距離感もおかしくなるよね……友達いなかったんだもんね」
「そうだよね……そうだよね」
「???」
——今日は何故か物凄く同情を含んだ眼差しで見られるのは何で……?
「クク、ふは……ッ、ちな、オレも初めてだよ?」
「え、そうなの?」
「海堂くんも?」
「じゃあ、彼女は?」
——え、なんかさっきとみんなの反応違くない?
これはちょっとだけ納得できない。サラッと別の質問も飛び出し、全て否定するように愁が笑いながら手を振った。
「いないよ。オレは色恋沙汰にも友達にも昔から興味なかったからね。ここには突然変異種がいたけど……」
愁がまた笑っている。それは己の事かなと考えていると視線が絡み。口パクで「ご名答」と紡がれた気がした。
「村上とは友達になれてるじゃないか?」
「光流は急にオレの世界に飛び込んできただけ。オレも驚いたよ。今はもう慣れた。でもオレら基本的にボッチ同士だからどっちも取らないでね?」
——もしかして始めの頃って実は嫌がられてた?
自分で思っている以上に顔に出るのか「光流は嫌じゃないよ」と、伸ばされた手で髪の毛をかき混ぜられる。
「心置きなく推し活出来るな、村上」
「う、うん。それは嬉しい」
心置きなく推し活出来るのはいいものだ。
——けど愁の言葉がやはり一つ一つ際どい気がして心臓に悪いんだけど気のせい? 昨日の今日だけに、僕って何か試されてる……?
「おい、チャイムなってるだろ席つけ席!」
「はーい」
それぞれ自席へと戻っていき、授業が始まった。
教室にある自席で、よく分からなくて首を傾げているとクシャクシャに丸められたルーズリーフの紙がまた飛んできて手元に転がる。中を開くと文字が書かれていた。
『今日スケボーするけど見に来る?』
内容を確認するなり愁を見ると、前髪の隙間から覗いた瞳と視線が絡む。妙に艶っぽく見えてしまい心音が踊った。
「いいの?」
「光流なら良いって言ったばかりでしょ」
囁くような小声で話す。
愁からのお誘いが嬉しくてまた頬の筋肉を緩める。愁に向けて大きく頷いて見せた。
***
バイト終わりの公園で愁が綺麗な曲線を描いてジャンプするのを眺める。自分自身の肉体の一部かのように操るボード捌きは毎度ながら感嘆の吐息しか溢れない。
再度ジャッと地面を滑った音の後で、ボードごと三百六十度回転して地面に着地するというバックサイドビッグスピンが展開された。
愁の場合高身長なのもあってジャンプすると高さがプラスされる筈なのに、そんなもの気にしてもいない様子でどんどん技が切り替わっていく。
さっきよりは難易度は下がるものの、ボードに乗りながら自分の腹がある前部分に回転するというフロントサイドフェイキービッグスピンへと移る。背後に回るタイプもあって、それをバックサイドフェイキービッグスピンという。その二つを連続でこなしていた。
——ヤバい、今日もカッコいい! 背中に目がついているみたいだ。
一度足を止めてボードを手にしても、まるで無邪気に戯れているようで、それだけでも尊くて悶える。
今日はショービットタイプと呼ばれているものを中心に、ボードを横に回転させる技を色々と見せて貰えた。
そこで初めて気がつく。バックサイドの技は、体育のバスケで佐藤からの嫌がらせを跳躍して交わした動きに似ていたからだ。
——そか、愁にとってバスケもスケボーをしているのと同じ感覚だったんだ。
肌に馴染んだ動きがとっさの判断で出ていたのだろう。それを活かせる実力も技術も長けているのだから、佐藤の動きは止まって見えたのかもしれない。勝手に感動しては顔がニヤけた。




