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第五話、推しの満面な笑顔?ご褒美ですか!?

 ——何? 今度は何? ていうか誰?


 振り返ると、シッと人差し指を口にあてられる。そこには愁が居た。


 ——あれ? 山野さんが靴無いとかって言ってなかったっけ?


「あー、マジ面倒い。やっと解放された」

「なんか愁久しぶりに見た気がする。人気者になっちゃったね」

「陰キャのままで良かったんだけど……」


 扉に軽く押し当てられている状態になっていて、近すぎる距離に何故かドキドキしてしまう。


「あのさ、なんでオレに勝てるなんて思ったの? すっごい自信ありげに挑発してきたからバスケ得意なんだと思ったら普通に下手だったし、シュートする前に奪われ過ぎでしょ」


「フリースローなら得意だったんだよ。う……個人での練習では……」


 最後らへんは小声になって消えていく。

 相手のいる試合とでこんなに違うとは思ってもみなかった、と肩を落として言うと、愁が大口を開けて笑う。


「ぶふ……っ。もう無理。光流ってガチで意味分かんない。突然オレに推しとか言い出すし、オレのことになると必死すぎるし、ケンカ出来ないくせに混ざろうとしてくるし、バスケ出来ないくせに挑んでくるし、理解不能すぎてここまで来ると笑える」


 耳が痛い。でも、笑った顔もカッコよくて身悶えそうになった。


「ねえ、オレが勝ったんだから罰としてオレのいう事を一つ聞いて。リレーに出ても良いけど光流も一緒に出てよ。違う人とリレーメンバー組むならオレは出ない」


 足は早い方だ。


「そんなんでいいの?」


「オレを推してるんでしょ? じゃあ光流が直接オレにタスキで繋いでよ。物理的にオレを背後から推して。オレは光流だけに推されたいから」


 笑ったからなのか愁の瞳には少し熱が籠っている気がして、また心音が跳ね上がる。


 ——何か、今日の僕は変だ……。


「うん、頑張る! 僕、中学から短距離かリレーには出てたから、足は早い方なんだ」

「じゃあ決まりね」


 一緒って言われたのがとても嬉しくて、胸がくすぐったい。愁を取り巻く言動に一喜一憂させられているものの、ここまで元気をくれるのは愁しかいないと思う。

 次週にあったホームルームで立候補し、無事二人で出れるようになった。



 ***



 今日は愁とスケボーの約束をしていた。


「お疲れ様でした!」

「お疲れ様ー」


 社員と店長に声を掛けるなり愁が待っている公園へと走り出す。

 そこはボーダーが遊びやすいように専用の遊具もある所だ。閑静な住宅街からは少し距離があるので夜でも音が響かないような作りになっている。

 顔がニヤけてくるのを止められなくて自分自身に困った。ベンチに腰掛けている愁を見つけて、走りながら手を振る。


「愁!」

「意外と早かったね」

「うん、早く愁のスケボーが見たくて全速力で走ってきたから」

「光流って本当に変わってるよね」

「それ言うのって愁くらいだよ?」


 スマホを取り出して場所の確認を始めた。どうせなら良い場所で良い角度で撮りたい。

 ワクワクしているのを隠せずにいると愁が前屈みになって笑った。


「その顔、チュール与える前の猫みたい」

「せめて人間で例えてくれないかな?」

「ムリ。まあ、いいや。始めるね」


 軽く小ワザから始まって、ショービットと呼ばれる横方向にデッキを180°回転させるという初歩的なテクニックへと変わった。


 愁と出会ってからはスケボーの動画しか見ていない。ワザの名前なら大体は覚えている。


 オーリー……スケートボードごとジャンプするワザになり、続いてステイルフィッシュグラブというジャンプした時にスケートボードに乗せている足の踵部分を片手で掴むという連続ワザを披露される。運動神経が良過ぎて本当に羨ましい。


 ——僕の推しが死ぬほどカッコいい!


 興奮度数がMAXを振り切ってしまい、シャッターを切る指の動きが止まらない。

 動画じゃなくて写真にしたのは、レンズ越しだけじゃなくて、ワザを繰り出す前後の愁をちゃんと見たかったからだ。


 ——良過ぎる! 神様ありがとうございます。無事、尊死です。


 終わった直後に目頭を揉んだ。

 学校でも一緒、夜は二人っきりの秘密を共有する。

 会話をし出すと止まらなくて、見る間に時間が溶けていく。心臓が壊れてしまいそうな程に高鳴っていて、自分でもどうして良いのか分からないくらいだった。


 ——このまま時が止まってしまえばいいのに。


 願ってしまうのを止められない。愁とずっと一緒に、二人だけで公園に居たい。学校へ行くと自分の立ち位置に何人も生徒が立ってしまう。それが寂しい。


 ——どうしちゃったのかな、僕は。


 またスケボーをし始めた愁へと視線を釘付けにしたまま、自分自身に問いかけた。




 ***

 



 体育祭当日、どのクラスもやる気に満ちていて、コチラが気後れするくらいの賑わいをみせていた。

 応援歌やダンスから始まり、普段やる気の無い生徒もこの時ばかりは張り切り出す。


 ——ちゃんと愁をタスキで推し出せますように!


 体育の授業の時みたいな失敗はしたくなかった。

 体育祭でこんなに緊張するのは初めてだ。しかも今年は〝愁に繋ぐ〟という大役がある。死ぬ気で走り抜けたい。

 リレーは午前中の種目だ。他のプログラムがあっという間に競技が終わっていき、とうとう自分と愁が出るリレーの番が回ってきた。


「頑張ろうね」


 愁からかけられた言葉に力強く頷き、各自己のレーンに並んでいく。背後を見つめて前走者へと視線を走らせた。

 ピストルの音の後で第一走者が駆け出す。順位的には三位でそのまま第二走者にタスキが渡る。すぐに自分の番が回ってくるので、いつ走り出してもいいように構えた。


「村上!」

「うん」


 手渡されたタスキを持って全力疾走する。視線の先には愁がいて、早く渡さなきゃと気持ちがはやった。


 ——あ、やばい!


 気持ちに体が追いつかなくて、足がもつれて転びそうになってしまう。何とか立て直したけどその間に抜かれてしまった。


「光流‼︎」


 愁の声を聞いて弾かれたようにまた駆け出す。相手の背中を直前にとらえ、抜き返した所で愁にタスキを繋いだ。


 ——しんどっ。


 荒い息を整えながら愁を見つめる。愁が長い足を動かす度に一人二人と追い抜いていく。


 ——何でこんなに眩しいんかな。


 ゴール間際でまた追い抜き、自分たちのクラスは一位でゴールを決めた。

 全員抜いてしまった。凄い。推しがカッコ良過ぎて困る。心臓が痛くなって胸に拳を押し当てた。


 あの存在を独り占めしたい気持ちが出て来ていた自分を叱咤する。眩しくて目を細めてしまいそうになりながら、ひたすら愁だけを見つめ続けた。


 テンションが上がったリレーメンバーや他のクラスの生徒まで集まってきて揉みくちゃにされている。


 ——布教出来て良かったじゃないか……。


 次のチームのリレーがあるのでその場を後にして、次の競技の為に待機場所へと戻る。

 愁の周りには女子をメインにした人だかりが出来ていて、さっき自分を叱咤した事すら忘れ、また心臓が痛くなってきた。


 布教したいとあんなに思っていたのに、愁がいざ有名になってしまうとまたどこか面白くない気持ちになる。自分の気持ちを持て余している時に「光流」という愁の声が聞こえた。


「ボーっとしてるけど大丈夫? ちゃんと水分取ってる?」

「平気だよ。何だろうね……体調不良とかじゃないんだよね。自分自身と戦ってるというか。ごめん、何て言っていいのか分かんないや……」


 真っ直ぐに顔を見れなくて視線を落とす。


「あのさ、前から思ってたんだけど……」


 愁が話しかけてきた時だった。


「村上と海堂! 借り物競走にもでるだろ? 準備だけヨロ」

「ありがとう、分かった! 行こう愁」


 愁の話途中だったのを思い出し「さっき何を言いかけたの?」と問いかけた。


「ううん……ごめん、やっぱりいい」

「それ一番気になるやつだよ」

「いいでしょ別に。光流はそうやってオレの事だけ考えてれば良いよ」


 サラッと小っ恥ずかしいセリフを吐かれ、どうしていいのか分からず返答に窮する。


 ——考えてるよ。


 頭の中も、そして体も異変をきたすくらいには考えてる。これ以上となるとそれはもう推しじゃなくて……。


 ——あれ? 僕……もしかして。いや、違う。違うから。


 あらぬ事を考えてしまいそうで無理やり思考回路を止めて、何事もなく準備に取り掛かった愁の背中を追いかけた。




 ***




 体育祭が終わると愁はまた輪をかけて有名人になってしまった。

 リレーのアンカーでのごぼう抜きを大勢の人が見ていたっていうのが主な理由だ。あれは相当目立つ。


 その後の借り物競走では、自分のやるべき事を終えて休んでいると、お題を引いた愁に俵担ぎにされてそのまま一緒にゴールした。


 何のお題だったのか聞いても愁は教えてくれなかったけれど、調理実習でいつも一緒にやる事になった酒井と橘がコッソリと教えてくれた。


〝大切にしたいもの〟 


 推しから大切にしたいものと認識されたのが素直に嬉しくて顔がニヤける。


「ふふ、嬉しい」

「そんなニヤけてばかりいると変人扱いされちゃうよ?」

「愁に大切なもの扱いされるんなら、僕は一生変人でいいよ」

「何で知ってるの……」

「秘密」


 表情が緩んでいる時に、別のクラスの女子生徒たちがすれ違い様に舌打ちをしていく。あからさまな敵意を向けられてしまい苦笑する。

 体育祭明けから愁といると邪険に扱われる事も多くなっている。それだけ推しにファンが増えたという事なのだろう。


「海堂くん、お昼一緒に食べない?」

「私も一緒したい」


 ——うーん、どうしよう?


 身を引くべきなのか考える。引くと仮定するとなると、弁当を渡すタイミングで悩んでしまった。


 大きさは違うけど中身は同じだ。そこには気付かれたくない。もし自分が作ってるとバレたら今度は「私が弁当作ってきていい?」という流れになりそうで、それだけは嫌だった。


 愁と繋がるきっかけになったスケボーや弁当は自分の担当だから絶対に知られたくないし譲りたくもない。まるで墨汁を垂らしたように黒く濁った感情が気持ち悪くて眉根を寄せた。


「ごめんね、オレ光流と食べてるから遠慮してくれる? 大人数苦手なんだ。それにうちの親同士が仲良くてさ、光流んとこの今の母親がオレの弁当も作ってくれてんの。さすがに悪いから光流以外は嫌」


 ——もしかして気付かれてた?


 自分でも変な表情をしている自覚があっただけに戸惑う。布教したかったのに、自分で自分の足を引っ張っている。しかも愁にまで気を使わせてしまった。


「あのさ、愁……僕……うにゅっ」


 皆と食べて来た方がいいよと言葉にしかけると思いっきり両頬を左右から押し込まれて妙な声が出る。


「お腹空いたの光流? んじゃ行こうか!」


 ——僕は何も言ってないんだけど……。


「そうなんだ。なら仕方ないね……」


 残念そうに去っていく彼女らを見送ってから、二人でいつもの場所へと移動した。


「愁……気を使ってくれなくて大丈夫だよ? 僕は元々推し活をしていたんだから人気者になっちゃった推しを応援しなきゃだし」


 真意を探るように正面からジッと見つめられる。


「何で? オレは光流が良いって言ってるよね。それに光流がオレの弁当作ってるって言ったらまた光流を目の敵にしそうでしょ? 親同士が仲良くて美咲さんが作ってるって言ったら引いてくれるかなーて思っただけ。光流の弁当食べられなくなるのはオレが嫌だし、何より昼休みまで大勢に囲まれるのも嫌。光流との時間を削られるとストレス過多で死んじゃいそう。オレに光流を補給させてくれないの?」


 フッと笑みこぼしてしまう。


「補給……っ、何それ」


「オレには死活問題なんだよ。光流と居たい」


 思わずドキリとしてしまう。


 ——それってどういう意味で捉えたらいいのかな?


「愁て意外と天然タラシだよね」

「それ光流にだけは言われたくないよ」

「いや、僕は陰キャでモテないし」


 再度笑いをこぼしてしまった。


「それより早く食べよう?」

「うん、そうだね」


 バッグの中から二人分の弁当を取り出す。大人と子供の弁当みたいな差があるのが面白い。 


「今日の弁当はコレね」

「やった! 光流の作る弁当は格別!」


 会話をしながら弁当をつつく。推しは何をしていても様になっていてカッコいい。


「僕の推しが今日も尊い」

「いい加減慣れたら?」

「この国宝級の輝きに慣れるとかムリだよ。愁の顔面偏差値は異常だからね」

「出た、またソレ? 光流は本当にオレの顔好きだよね。オレは光流に……ああ、もういいや」


 首を傾げる。最近このパターンが多い。喋るなら最後まで言ってほしいのに、愁はもう気にしてない様子で弁当をたいらげた。相変わらずの食欲と早さだ。


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