第四話、それぞれの家庭事情と推しの正体がバレた!布教成功!?
「滋さんおかえりなさい。いつもより早かったんですね」
「ああ、たまには早く帰りたいからね。光流くんと美咲の顔を見ておきたいし。海堂くんだっけ? 光流をよろしくね」
「いえ、こちらこそいつも助けられています」
照れくさそうに愁が頭を下げた。そのあとは一緒に食卓を囲んで、風呂に入って部屋に行くとベッドの横にもう一組布団が敷かれていた。
「愁、ベッドと布団どっちが良い?」
「布団で寝た事ないから布団がいい」
即行で決まった。家に来てからどこかソワソワしながらも瞳を輝かせてばかりの愁を見ていると、こっちまで嬉しくなってきて鼻歌混じりにベッドに乗った。
「光流っていつも一人楽しそうだよね」
「人をバカみたいに言うのやめて!」
「悪口じゃないよ。見ていると楽しいって言いたかっただけ。て事でおやすみ」
背を向けた愁の耳が赤くなっているのが分かった。これは照れている。確信出来たので、その姿をスマホで撮影した。次いで、シャッター音に振り返った愁も映す。
「照れてる推しがカッコ良くて可愛い! それに髪色も目の色もめちゃ綺麗。隠すの勿体無い!」
「あのね……っ」
諦めたようにため息を吐かれた。
***
平日になり、その日は昼休憩が終わって愁と一緒に教室に帰ると、おかしな空気になっているのが分かった。
チラチラ視線を向けられるのに、誰とも深く視線が絡まない。
——何かあったんかな?
三限目までは何もなく普段と同じだったので、昼休憩中になにかがあったとしか思えなかった。
慣れているのかそんな空気をものともせず、愁は大股で歩いて先に席についた。好奇心の入り混じった瞳から逃れるように机の上に上半身を倒していく。
「なあ、海堂お前って愛人の息子ってホント?」
ニヤニヤとしながら声をかけてきたのは佐藤というクラスメイトだった。
「そうだけど。それが何? あんたに何か迷惑かけた?」
表情一つ変えずに棒読みに近い声音で愁が答えると、至る所でザワザワとし始める。
——ああ、そういう事か。
世の中は思っている程に綺麗じゃない。無関心だったり、誰かを虐げたがる輩やそれを見て楽しむ人もいる。それは身に染みるほど自分自身が一番良く分かっていた。
佐藤のところに木村と佐伯も集まってくる。愁を標的にしようとしているのが丸わかりだ。
愁と同じように大股で歩いて行ってカバンを置くなり席についた。
「C組に腹違いの妹がいるんだよな? 同じ年齢で同じ学校とかやり辛いんじゃね?」
「別に? その前にあの子は関係なくない?」
愁の顔色が何一つ変わらない。ただ、妹を〝あの子〟と言った言葉に引っ掛かりを覚えた。
「ここまで当たり前のように不倫してるとか有り得なくね?」
「だとしたらお前もそんな見た目して裏では結構遊んでたりして?」
頭にきて、両手をバンッと机に叩きつけて立ち上がる。
「あのさぁ……っ!」
普段感情も露わにした事なかったし、大きな声も出してこなかったからか、皆驚きを隠せない様子で一瞬空気が止まった気がした。
「僕のとこなんて実父は二歳の時に女の人作って出てったし、実母にも「三歳になってもあんたみたいにロクに口もきけない子なんて要らないわ」って言われてアパートに置き去りにされましたけど何か? 別に今時珍しくもないでしょ。親は親、子は子。親がそうだからって子まで親みたいになるわけじゃないよ。なのに知ったかぶって外野がゴチャゴチャ煩い‼︎ きみたちに何の関係があるの⁉︎」
ゼーハーと肩を震わせて息をする。
勢いに任せて何ともない風に言ってしまったが、正直トラウマにはなっている。美咲と滋に声をかけられるまで一人でいるのが怖くて碌に留守番さえも出来なかったくらいだ。
今は落ち着いているものの、捨てられたくない、愛されたいと願う気持ちは多分人より大きい。
机の上で握り拳を作って、もう一度席に座り直す。さすがに教室内が静まり返り、誰も口を開かなかった。
学校生活において一番の難題があるとすれば、それは自分たちで何人かのグループを組んで何かをする時だ。いまその問題に直面している。
——調理実習どうしよう?
難しくなるレベルとしても空いた隙間に押し込められる一人よりも、二人の方が難易度が上がってしまう。別々の班に入るのも念頭に入れはするものの、二人一緒にやりたい。
「あの……村上くんと海堂くん。今度の調理実習の班、一緒にやらない? ちょうど二人いると人数ぴったりでお互い助かると思うんだ。どうかな?」
女子生徒二人組に声をかけられた。
「良いけど……。本当に僕らで良いの?」
「うん、逆に助かる! 私たちいつも二人だから他のグループには入れなくて、バラけるしかないから……」
——なるほど。
二人だとこういう班を組むタイプの授業は厳しいと同じ事を感じているのだろう。どうしようかと悩んでいたから正直助かった。
「愁どうする?」
「光流が良いなら良いよ」
そう言われたので「じゃあお願いします」と返事をした。
「やった‼︎ 楽しみにしてるね!」
去っていく二人を眺める。
「はっ、女の気ぃ引いてみっともなっ」
「陰キャ共が調子乗ってんじゃねえよ」
——何言ってんの? 陰キャは僕だけですけど⁉︎
愁がどれだけ神がかったイケメンか説明してやりたいところだ。ここで言ったら逆に愁に迷惑をかけてしまうので唇を引き結ぶ。
「今度は言い返せませんってか?」
笑い声まで腹の立つ奴らだ。
「あのさ、僕の推し活の邪魔をしないでくれない? 愁は僕の推しだから悪く言わないで‼︎」
「キモっ、陰キャが陰キャ推すとか意味わかんねえ。ゲイなんじゃねえの?」
「それはそれでキモいわ」
「ていうか、ゲイだったら何? 仮にそうだとしても関係なくない? 異性を好きになろうと同性を好きになろうとそれこそ僕の勝手だよ。きみたちにバカにされるいわれも覚えもない!」
「村上くんが自己主張するの初めて見た。しかも佐藤たち相手に……」
「推し活良いよね!」
「応援してるから頑張ってね!」
「うん、ありがとう! 推し活て最高だよね!」
掛けられた言葉に返す。
——うんうん。これこれ。一部の人にでも伝わって良かった。
身の内話と推し活運動を暴露したからか、何故かクラスメイトが時々優しい。同情もあるかもしれないけど、気持ちが嬉しかった。
それ以来揶揄われなくなったどころか、色んな意味でたくさんの味方が出来た。
「ぶふ……っ」
マスクで顔を全て覆ってしまったが、愁が肩を震わせてまで笑っていた。
「くくっ……、ふ……ッふは」
——それ、前見えないから危ないよ?
そして調理実習当日。全てが完璧に思えた推しの弱点が発覚する。しんなりとし過ぎている以前に黒い物体がフライパンの上に固まっていた。
「愁てさ……」
「うん。オレ料理は壊滅的に苦手なの」
「そ、そういう事もあるよね……」
「村上くんは?」
「僕は最近料理出来るようになったよ」
「良かった! じゃあこれの続きお願いしてもいい? 私たちは別の料理を仕上げちゃうから!」
「分かった」
焦げたのが玉ねぎだけで良かった。愁を椅子に座らせた後で三人で目配せし、完璧にフォローしあって何とか誤魔化し完成品に仕上げていく。その横で愁が瞳を輝かせていた。
「皆凄い! オレの好きな生姜焼き!」
——好きなんだ……。というか大型ワンコみたいで可愛い。
悶える。だから料理が出来ないのに率先してまでやろうとしていたのか思うとと納得した。
***
愁と一緒にいるようになって二ヶ月が経とうとしていた。
クラス内の話題はもっぱら体育祭の件だ。次の時限にやるホームルームと来週のホームルームを使って、誰がどの種目に出るか決める事になっている。
「愁、何かやりたいよね?」
「光流が?」
「ううん、愁が。僕はカメラマンで」
グッと親指を立ててみせた。
「そんなドヤ顔で言われても困るんだけど」
始業開始のチャイムが鳴り、項目が書かれていく。どんなものをするかは、事前にもう投票式で決められているので黒板に名前を書いていくだけである。
「はいっ、海堂くんがリレーのアンカーやりたいそうです!」
「言ってませーん」
「ええっ、走ろうよ! 僕は写真担当で!」
「村上くんが走ればいいでしょ。オレが撮ってあげるよ」
「僕の写真なんか要らない~。推しの写真がいい」
ダメだ。やる気ゼロだ。推しを活躍させたいのにこれでは良い写真が撮れそうにない。どうしたものかと頭を悩ませる。
「夫婦漫才はいいから二人は少し黙ってくれる?」
ヤジが飛んできた後でクスクスと笑い声も聞こえてきた。本音がダダ漏れ過ぎていたようで少しだけ反省する。
——次の時間、確か体育でバスケだったよね。
良い案を閃いて、コッソリと愁にだけ聞こえるように耳打ちした。
「じゃあ僕と勝負しない? 次の時間の体育でやるバスケでたくさん点取れた方が勝ちってのどう?」
唸りながら愁が考えている。
「いいよ……オレが勝ったら何してくれるの?」
「愁の言う事なら何でも聞く!」
「……」
微かに愁の眉間に皺が寄った。
「だからそんな事誰これ構わず言うなっての。際どいセリフだって気がつかない?」
少し不機嫌そうにしているのが謎だ。
「愁にしか言ってないけど?」
また盛大なため息を吐かれた。
足の速さに加えてフリースローだけは得意だった。ボールのコントロールには自信がある。勝つ気満々で着替え終えて体育館へ行く。
「愁、忘れないでよね!」
「はいはい。分かったから……」
気怠そうに愁が言葉を紡ぐ。
組み分けされると、良い感じに愁とは別チームになった。
「村上!」
ボールを回されシュートしようと構えたが、アッサリとカットされてしまい相手側のボールとなる。
——え、あれ……?
それから何度もチャンスは回ってきたけれどいくら構えてもボールはすぐに奪われてしまった。そしてとある事に気がつく。
今までの練習は自分一人で個人的にやっていただけだった。つまり、敵が居ない。ボールをフリースローラインから放るだけなので簡単に入ったのだ。
——僕はとんでもなく救いようのないバカだ。
あんなにやる気出していたのが恥ずかしくて、意気消沈とし頭を抱えてうずくまる。
——ヤバい。推し活やめろとかって言われたらどうしよう……。
泣きそうだ。結局、自分たちのチームは負けてしまい、次のチーム対戦へと変わってしまった
「うわ、何点目? 海堂上手くね?」
「すげえ!」
ゴールのリングに捕まってぶら下がっていた愁が床に降り立つ。
——良~~っ。
目の保養になり過ぎる。負けたのも落ち込んでたのも忘れ、視線が愁へと釘付けになった。
オフェンスを続行して、愁の手にまたボールが渡った。
スケボーで鍛えた体幹、バランスの取り方、動体視力、俊敏性、跳躍力、身長の高さ全てにおいて天性のセンスを兼ね備えている。それプラスやけにバスケに慣れている気がした。
まだ愁に因縁をつけようとしている佐藤がわざと足を引っ掛けようとしていたが、背後に目でもついているような動きで恐るべき跳躍力でかわす。
「は? 何で……」
「マジかよ、アイツ」
「海堂をとめろ!」
そんな相手を抜きまくって、そのままダンクを決める。カシャン……パサリと音を響かせて、床に見慣れた黒い物体が二つ落ちた。
——あれって確か……。
「あ……」
愁が床に降りながら頭に触れている。
「え、なんか落ちた……って、ウィッグと眼鏡?」
「嘘。海堂くんてめちゃくちゃイケメンじゃん!」
「地毛が金髪だから黒いカツラ被ってたの⁉︎」
「ハーフっての本当だったんだ!」
「村上くんの気持ち分かった。これは推せるわ。寧ろ推すしかないわ」
バスケで激しい動きをしたのと、ダンクの衝撃だろう。黒髪はウィッグだったのがバレ、愁が本当は超がつくほどのイケメンだと知れ渡る。
皆が唖然としている間、愁は床に降りるなり何事も無かったかのようにウィッグを被り直して眼鏡をかけた。
「あーーー……、ほら、気のせい気のせい。バスケしよう?」
さっきまでの気迫もなりをひそめ、適当にバスケを流し始めようとする。
「「「いや、無理ありすぎだろ‼︎」」」
四方八方から愁に対してツッコミが入った。
***
「ねえねえ、海堂くんってハーフっていうのホントだったんだね! もしかして目の色も変えてる?」
「あーー……うん。そうだね」
「バスケも凄く上手かったし何か習ってたの?」
「全然。バスケは元々好きだったし、たまにストバスに混ざったりしてたから……」
心底面倒くさそうに愁が答える。愁の良さを布教出来た気がして嬉しい。嬉しい筈なのに胸の奥が少しモヤモヤする。
ほんのりと寂しく思ってしまうのは、愁の秘密が自分だけの秘密じゃなくなったからだろうか。
何故こんな気持ちになってしまったのか理解出来なくて、大人しく椅子に腰掛けて窓の外を眺めた。
愁の周りは体育の授業以降、女の子でいっぱいで近づけなくなっているし、隣の席だというのに姿さえも見えない。
時間だけが流れていき、とうとう放課後になった。
——愁、どこ行ったんだろ。女の子たちと帰っちゃったんかな?
「あ、ねえ村上くん、海堂くん見なかった?」
「ううん、見てないよ」
入学して一度も会話した事もない女子に話しかけられ、苦笑混じりに口を開く。
「えー。靴無かったしやっぱりもう帰っちゃったんかな。一緒に帰りたかったのにな」
ブツブツと独り言を溢しながら、教室から出て行った後ろ姿を見つめる。
——愁だったら山野さんみたいなタイプよりもう少し大人しい子が似合いそうだけどな。
彼女……山野イチカはこの学年で一番可愛いと言われている女の子だった。
何だかまた胸の奥がモヤッとした気がして、早く帰る為に教室を出た。靴箱に行こうと一階に降りて保健室の前を通る。すると突然扉が開き、中に引きずり込まれた。




