第三話、せっかくのスケボーデートが……
***
昨日よりもおかずを多くして二人分の弁当を持って学校へ行った。
自分の分も気持ちの分だけ多くしている。まだまだ成長期だ。もしかしたら身長だって高くなるかもと期待を込めた。
滞りなく進んでいく授業よりも昼食タイムの方が気になっていた。その授業の休憩時間を利用して、クラス内では数ヶ月先にある体育祭の話題がチラホラと出ているのが聞こえてくる。
——体育祭か。今年はどうしようかな。
数学の授業の合間に考える。
昔から足は遅くないので、中学生の時から短距離かリレーには出ていた。
愁が競技に出ている姿を妄想して、危うく尊死しかける。
——良~~ッ、何それ見たい‼︎ 何なら僕は保護者席で良い‼︎ カメラマンしたい!
スマホ片手に推しを連写したい。
チラチラと何度も隣に視線を這わせると目が合った。ノートに文字を書きこんだ愁がコチラに向けてノートを掲げてみせる。
『見すぎ。とけるからあまり見ないで』
思わず笑ってしまい「ほう、村上余裕そうだな」と先生に名指しされてしまった。
「ごめんなさい、推しに夢中すぎて先生の話なんて全然聞いてませんでした!」
「村上ぃ~良い度胸してんな! ちょっとこっち来い」
「すみません。勘弁してください」
手招きしながら教師がニンマリと嫌な笑みを浮かべている。コツコツと隣から机を叩かれたので視線を向けると、答えが書かれたノートを見せられた。
教師に手招きをされるままに黒板の前まで行き、教えてもらった答えを書き込む。
「お、何だちゃんと出来てるじゃねえか」
感心したような声音で褒められた。
——え? 顔もスタイルも頭も良くてスケボー上手いとか僕の推しって神過ぎん⁉︎
「愁、ありがとう」
「別に……」
素っ気なく返されたものの、本当に授業なんてどうでも良くなってきて、気分上々のまま席に戻ったのだった。
目当ての昼休憩になり、いつもの場所で愁と座り込む。
「今日は昨日より多めに作ったよ」
「本当に? すごい嬉しい」
美咲に教わりながら夜から仕込みを始めたから、朝はめちゃくちゃ楽だった。
おかずとご飯を別容器に分けたので、きっと今日は満足してもらえる筈だ。
「作るのって覚え出すと楽しくてさ。これから大学行って就職となると自分で作らないといけなくなるし、一石二鳥だよ。愁に感謝だね」
破顔しながら言うと愁が微かに笑う。
「光流は今日の夜九時頃ってあいてる?」
「今日はちょうどバイトだからその時間くらいに終わるし、あいてるよ」
「じゃあ、帰りに前に会った公園に来てくれる?」
「もしかしてスケボー見せてくれるの?」
「約束だからね。オレの練習に付き合って? 補導される時間の前には家に着くようにするから」
頭がもげそうなくらいに首を縦に振った。
「楽しみにしてる! スマホで撮影してもいい? 動画が良いんだけど」
「それはさすがにまだ恥ずい。もう少し慣れてからで……」
「何で? めちゃくちゃ上手いのに! ボード操ってる時の愁て顔つきから変わるし普段とのギャップが凄いんだよね。カッコいい!」
「ちょ、褒め過ぎ。やめて。それに光流は普段からオレを見過ぎなんだよ……ガチで勘弁して」
「それは断ってもいいかな? 推しはいつなんどきでも脳内フィルターに保存しときたいの」
「訳わかんねえ」
撮影はまだNGらしい。残念だけど仕方ない。バイト帰りに初めて出会った公園へ行く約束をして、残りの弁当を食べた。それからは他愛ない会話へと移っていく。
愁とはどんな会話でも自然に話せるから楽しくて、あっという間に時間が過ぎていった。
——そうだ。美咲さんに連絡しなきゃ。
帰りが遅くなると心配させてしまうのもあって、先にメッセージアプリで「バイト終わりに友達と公園に行ってくるね」と送信する。すぐにOKと書かれたスタンプが返ってきた。
朗らかで優しくて、しっかりしてるとこもあるけどどこか抜けた所もある美咲の事が光流は家族として大好きだ。
***
「村上くん、引き継ぎ終わったらもう上がっていいからね」
バイトしている飲食店の店長に言われて、調味料の補充をしていた光流は顔を上げた。
分かりました、と返事して次のバイト生に変わってもらう。時刻は午後九時を少し超えていた。
——早く。早く行きたい!
急いで帰り支度を済ませて、目当ての公園に向けて走る。息を切らしながら公園に近付くと、ガラの悪そうな男たちの声が聞こえてきた。
——もしかして絡まれてるのって愁なんじゃ……。
植木の間を縫って確認する。やはり絡まれていたのは愁だったのもあり、勝手に体が動いて男たちの前に飛び出していた。
「三人で一人によってたかって何してるんですか?」
「バカ、来るな!」
愁が声を張って言った時には遅かった。
「ああ? 何だお前」
愁に絡んでいた一人が足早に歩いてきて、男に胸ぐらを掴まれた。
「卑怯です」
そう言うと静かな公園内にゲラゲラと下卑た笑い声が響き渡る。
——飛び出したのは良いけど、喧嘩なんてした事ないんだけどどうしようかな……。
逃げ一択だ。何とか愁と一緒に逃げられないか逡巡していた時だった。
呻き声が聞こえてきて、愁が殴られてしまったんじゃないかと慌てて視線を向ける。
「愁、大丈……っ、へ⁉︎」
腹を押さえて呻いていたのはガラの悪い二人だった。地に膝をつき四つん這いの姿になっている。それを見て焦ったのか男が腕を振りかぶった。
——あ、殴られる。
しかし何かを受け止める乾いた音だけがして、一向に痛みが来ない。自分を殴ろうとしていた男の拳は愁が掴んでいた。男との間に身を割り込ませている。
「何しようとしてんのアンタ……絡むならオレだけにしといてくれる? 希望通りにアイツらと同じようにしてあげるからさ」
初めて愁の低音の声を聞いた。
背筋が寒くなるほどに感情が一切こもっていなくて、こちらが身震いしてしまいたいくらいだった。
「ちっ、くそが……」
男の負け惜しみめいた声が上がる。愁が受け止めた拳に更に負荷がかかっていくのが分かった。今にもミシッと音がしてきそうなくらいの強さで握られている。
「分かったよっ。分かったから離せ!」
男は脂汗をかきながら、仲間を放置して逃げていってしまった。
「ほら、アイツが仲間を引き連れて来ない内に帰ろう光流」
手を繋がれて早歩きでその場を離れる。さっきとは違ってやんわりと繋がれていて、通常の体温のはずなのに掴まれている所が火傷しそうなくらいに熱くなっていた。
——ダメ。なんか体が変だ。繋がれている手に意識を持ってかれる。
話題を変えたくて口を開いた。
「愁て……喧嘩も強いんだね」
「昔誘拐されかけたんだよ。護身術的に色々習わされた。それを適当に混ぜてる。ていうか、光流は喧嘩出来るの?」
「ムリ」
「ねえ……さっき何で混じろうとしたの⁉︎」
呆れ顔で見つめられた。
「自分の推しがピンチかもしれないのに知らんふりなんて出来ないよ」
笑いながら言葉を紡ぐと愁がもっと呆れかえった表情をみせた。
今はウィッグも被ってないし、マスクも眼鏡もかけていない。鮮やかな青みの強い浅葱色と呼ばれる色合いの瞳が覗いていた。
——綺麗な海みたいだ。吸い込まれそう。
旅行のパンフレット記事でよく見かける。本当の目の色は初めて見たので、興奮度数MAXになった。瞬きもせずに食い入るように見つめる。
「だからさ……見過ぎだってば。せめて瞬きはしよ?」
「綺麗なんだから仕方ないよ。僕にとっては尊すぎて鼻血もんだし。僕の推しがカッコ良くてツラい」
「光流って本当に変な奴だよね……」
ため息をつかれた。
「話戻すけど、こういう時は警察呼ぶだけにしてくれる?」
「混ざった後に呼ぶね」
「いや、喧嘩出来ないくせに何言ってるの? 混ざって怪我する前に呼んでって言ってるの」
真剣な表情で言われてしまったので苦笑した。心配してくれたのだろう。その気持ちが伝わってきたので大人しく頷く。
「分かった。そうするよ。足引っ張っちゃってごめんね」
「違う! オレは光流をしんぱ……っ、ううん、何でもない」
言葉を途中で切られてそっぽ向かれてしまった。愁が何を言おうとしていたのか気にはなって首を傾げる。
「僕、何かした?」
「だから何でもないって」
「そう? でもスケボー出来なくなっちゃったね。僕すっごく楽しみにしてたんだけど」
「昼間でもいいけどね。光流、週末は?」
「バイト……」
「んじゃ、またバイトある日の夜だね」
悔しい。ガックリと肩を落とすと、ふんわりと微笑まれたのですかさずスマホのシャッターをきった。
「おい……」
「最高に尊いっ。永久保存版ゲット!」
「光流って強気な癖に喧嘩出来なかったり、すぐ落ち込んだりさ……強いのか弱いのか良くわかんない」
「物理的に強くはないよ。でも気持ち的には愁の為なら何でもする」
しっかりと目を合わせて微笑んで見せると、即行で愁が反対方向を向いた。
「そういうセリフ、誰にでも言わない方がいいよ」
先に歩き出した愁の後を追いかける。
——今初めて言ったんだけどな……。
本音を直接口にするのは難しい。オブラートに包みながらだったらいいのかなと思考を巡らせる。
結局スケボーができる唯一の公園に行けなくなってしまい、帰るしかなくなった。もっと一緒に居たかっただけに残念な気持ちになる。
「愁てここから家遠いの?」
「電車で十分くらいだからそんなに遠くない。光流は?」
「うちはすぐそこ」
もうお別れだ。家に帰るのが億劫に感じたのは初めてだった。
そんな気持ちが胸内を占めていて動けなくなってしまう。明日から祝日と重なって週末に入るから数日間は会えなくなってしまう。じゃあ……と声をかけられた時に被せるように言った。
「明日から休みだしさ、良かったら僕の家に来ない? 美咲さんも連れてきてって言ってたから。僕ね、友達出来たの初めてだから美咲さんも大はしゃぎなんだよね」
「突然お邪魔しても迷惑じゃないの?」
「電話してみる。OKだったら泊まってくれる?」
「まあ……それなら」
スマホを取り出して美咲に発信する。いつも通りの落ち着いた声音で快諾してくれた。
「良いってさ。行こう?」
「オレも……友達の家に行くの初めて」
同じだと言う事が嬉しくて表情が緩んだ。
愁と一緒に家に帰ると滋も帰宅していて、快く迎えてくれた。




