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第十一話、推しが好き。でも……別の意味でも好き(了)

「光流は自分を下に見過ぎ。誰にも取られないように必死なのはオレのほうだから。ほら、行くよ! 光流頬赤いから冷やそ?」


 ——これはさっきから照れくさいセリフを言われてるせいだと思う……。


 不意に疑問に思った。

「愁この辺に詳しいね」

「昔一時期住んでたからね。少しだけ土地勘はあるよ」

「そうなんだ」


 初めて知った。推しの新情報を入手出来て、顔が綻ぶ。


「ふふ、愁の事知れるの嬉しい」

「ああ、もう、この子はホント……」


 しゃがんだ愁に唇を塞がれる。他の人の視線が痛い。「愁待って」と言いかけた時に、顎を上げられもう一度唇が重なった。


「も……外は……っ、恥ずかしい」

「部屋の中ならいいの?」

「外よりかは良いよ」

「んー。光流は室内だからこそ危機感持ったほうがいいと思うけど?」

「どうして?」

「昨日みたいにオレに襲われかけると思うから」


 いたずらっ子のように笑われ赤面した。


「だから揶揄わないで!」

「揶揄ってないよ」


 やり取りしている内に目的地についてしまい、店内に入る。ガラス窓越しに見覚えのある男子生徒数名の姿が見えたのでつい視線で追いかけた。


 ——佐藤たち? 木村もいる……何してるんだろ。


 相変わらず下品な笑い声を響かせている。その中央から一人の女子生徒がふらつきながら歩いていた。


「愁! 今佐藤たちに連れられてたのって桜花さんじゃなかった?」

「桜花? それはないんじゃないかな。あの子、オレより強いから」

「でもなんかフラついてたし、具合悪そうだったよ?」


 あ、と声をあげる。血の気が引いていく思いがした。


「僕の代わりに水被ってたしそれで熱が出てるんじゃ……」

「ごめん、光流。ちょっとここで待っててくれない?」


 飛び出して行った愁がどの方角へ行ったのかだけ確認して、店員にやっぱり出ますと告げると慌てて外に出る。

 警察に通報しようにもまだ何も起こっていないのもあって説明しようがないし、動いてもくれなさそうだ。


 ——そうだ!


 班の皆にグループチャットでメッセージを飛ばし、状況を説明して教師たちが近くにいたら連絡して欲しいと告げて愁の後を追いかけた。

 少し走った先は幾つかの分岐点になっていて、どっちに行くべきか悩んだ。


「どっちに行ったんだろ」


 景色の写真をGPS付きで何枚か撮って送信する。教師数名をつかまえて既に待機していたみたいですぐに既読がついた。


『今から先生たちとそっちに向かう』


 返信を見てスマホを閉じる。安心感から油断した直後、頭に衝撃が走った。何か固い物で頭を殴られたらしい。

 そこにはいつも佐藤と連んでいる村田という生徒がいた。ズキズキする頭を押さえると右側から出血していて、痛みで顔を顰める。


「お前もいたのかよ村上。まあ、ちょうどいいわ。お前も来い」


 腕を引きずらる形で場所を移動していく。手にしていたスマホが地面に落ちてアスファルトの上を滑っていった。


 まるで頭の中にドクドクと脈打つ心臓があるような錯覚を覚える。滴り落ちる体液が気持ち悪くて腕で拭った。

「どうして……こんな事するの?」


「ああ? お前らがムカつくからに決まってんだろ」


 下卑た笑みで言われた。


「少なくとも桜花さんは関係ないでしょ」

「すかした顔してお高く止まりやがってよ。だから思い知らせてやっただけだ」


 ——くだらない。


 低次元レベルのいざこざで怪我をさせられた事に納得がいかない。もしかしたら愁や桜花も同じ目に遭ってるのかと想像すると、はらわたが煮えくり返りそうだ。

 連れて行かれたのは、分岐点からさほど離れていない廃れた公園だった。

 顔色の悪い桜花が蹴られそうになったとこを、愁が庇って代わりに足蹴にされていた。


「愁!」

「来るな! 逃げろ」

「今度は連絡したから……っ、大丈夫」

「はっ、連絡⁉︎ てめえ余計な事しやがって!」


 思いっきり鳩尾に蹴りを入れられそうになって身構える。頭を殴られたのと相まり視界が回っていて上手く立てずにへたり込んでしまった。拭ったはずの体液がまたこめかみら辺を伝っていく。


「光流……その怪我どうしたの?」


 温度をまとっていない愁の低い声を聞くのはあの時以来だった。スケボーの約束をしていて柄の悪い奴らに絡まれた時だ。


 ——ダメ……愁がキレてる。


 どうにかしなければと思うものの体がいう事を聞いてくれずに歯痒い。


「連れてくる前におれがこの棒で殴ったからに決まって……」


 愁が動いたと思った瞬間、思いっきり飛び蹴りされた村田が弧を描きながら空を舞う。


「は?」


 虚をつかれたような佐藤の声が響いた。

 自分は一度見た事があるが、佐藤たちは愁が喧嘩慣れしているなど思いもしなかったのだろう。たじろいで後退りしていた。


「次。桜花に手を上げたやつ誰?」

「俺じゃな……」

「じゃあアンタ?」


 今度は回し蹴りで一人気絶した。


「ひっ」


「今更悲鳴あげるとか何? 人に危害を加えるって事は自分も狩られる覚悟出来てんじゃないの? ねえ、狩られる気分はどう?」


 腰でも抜けているのか、土の上に座ったまま逃げようとしている佐藤の髪の毛を鷲掴みにした愁が勢いよく地に向けてその頭を叩きつけた。


「この際だからハッキリ言っとくよ。今度この二人に手を出してみろ。生まれてきた事を後悔させてあげる」


 足を持ち上げた愁が何をしようとしているのが分かって「待って愁!」と静止の言葉をかける。冷えた目と視線が絡んだ。


「何で? コイツらのせいで光流も桜花も酷い目に遭ったんでしょ」


「でもダメだよ。僕、別に平気だから……」

「頭から血が出てるのに平気なわけないでしょ!」

「平気だよ! 僕は愁が佐藤たちと似たような事をするほうが嫌だ! これ以上はダメだよ、愁!」


 愁と言い合いをするのは初めてだった。

 それにこの時期の停学は進路に響くだろう。そうなれば愁はどうなる? 成績も良くて素行も悪くなかったのに全てが台無しになるのかと思うと、居ても立っても居られなくなる。


「愁、お願い」


 迷ったように愁が髪の毛に指を絡めるとウィッグが落ちていった。鬱陶しそうに眼鏡も放り投げる。


「オレは……っ、くそ」


 地毛もかき回して怒りに耐えるように前屈みになって舌打ちしていた。


「お兄……ちゃん。私も平気、だから」


 久しぶりに桜花からそう呼ばれたのか、愁が固く目を瞑って握り拳を作った。


「桜花、大丈夫?」

「本当に、平気よ」

「早く桜花さんを病院に連れて行かなきゃ。ね? 行こう?」


 再度、愁に問いかける。葛藤するように視線を彷徨わせた愁が小さく頷く。


「ん……分かった。ほら桜花、背負うから乗って」


 桜花をおぶった愁と歩き出す。


 ——そういえばスマホ落としたまんまだ。


 カフェの所に戻っていくと「あー! 見つけた! 大丈夫か⁉︎」と班の連中と教師たちと合流出来た。スマホも転がったままだったので拾って点灯させてみる。


 ——壊れてなくて良かった。


 落ちた衝撃で画面の端のとこはひび割れていたもののその他は問題なさそうだ。


「村上くん、その血どうしたの? 大丈夫?」

「うん、ちょっと派手に転んじゃっただけ」

「そんなわけないだろ! 確実に何かで殴られた怪我だろ!」


 あまり大事にしたくなかったので答えたのだが、井口にツッコまれてしまいどうしようかと迷う。このままじゃ納得してくれそうになかったのもあり、手短に説明した。


「佐藤たちはどうしたんだ?」


 教師からの問いかけに小声で呟く。


「近くの公園に置いて来ちゃいました。すみません」

「いや、いい。俺らで回収しておく。それよりお前本当に大丈夫なのか?」

「平気です。それより桜花さんが熱を出しているのでホテルに運びたいんですけど……」


 声をかけると、愁がスマホを出してどこかへ電話をかけ始めた。


「オレ。うん……そう。桜花が熱出してるから迎え寄越してくれる? 医者も手配しといて」


 手短に告げて通話を切った愁と目が合った。


「光流……ありがとう」


 少し照れくさそうにしているのが耳を垂れた大型犬のようで、手を伸ばして愁の頭を撫でた。


「こっちこそ助けてくれてありがとう。愁がいなかったら散々な目に遭ってたと思う」

「あー、悪い。一ついいか?」


 教師たちが愁をガン見している。


「お前……海堂でいいんだよな?」

「あ」


 ——そういえばウィッグ取れたまんまだった。


 言い訳するのはやめたのか、愁が大人しく「はい」と答えた。


「黒髪はカツラだったのか?」

「そうです。ハーフなのでこれが地毛です。中学生の時に通ってた学校で校則だから黒しか認めないと言われて、一々黒に染め直したりするのが面倒だったので、ずっとウィッグと黒いカラコンで誤魔化してました。学校生活ではまた被ってくるので今だけこのままじゃダメですか?」

「ダメも何もそっちが地毛なんだろう? ならそのままでいいと思うんだが」

「え? そうなんですか?」


 教師が三人で愁について話し合っている。生活指導の教師や校長先生には話しておくからと告げられた。


「良かったね、愁」

「なんか拍子抜けした。オレ変装してた意味……まあいいや」


「これで素のままでいられるね」


 フラッと視界がぶれる。


 ——あれ? なんか視界が回ってる。


 少しテンションが上がったのがいけなかったのか、頭痛が酷くなり、眩暈がしたと思った瞬間に意識も一緒に飛んでいく。


「光流!」

「村上くん!」


 やけに焦ったような周りの声が朧げに聞こえた気がした。





 目が覚めた時にはホテルの部屋にいて、室内には医師らしき男の人と愁と担任の教師がいた。


「光流大丈夫?」

「うん。僕もしかして倒れたの?」

「そうだよ」

「吐き気がしたり体のどこかが動かしにくいとかはないかい?」


 医師に尋ねられたので、両手両足を動かして確認してみる。


「頭痛はするけど何ともありません」

「三針は縫ってるから、とりあえず三日間は安静にしてくれるかな? 吐き気がしたり体調が急変するようならすぐに病院に行くように。分かったかい?」

「分かりました」


 頭に手をやると包帯が巻かれていた。桜花はどうなったのか気になり愁に視線を向ける。


「愁、桜花さんは?」

「光流が目を覚ます前に本家の人に迎えに来てもらったから大丈夫だよ。かかりつけの医師も呼んでもらってるから」

「良かった」

「光流はもっと自分を大切にしてよ。倒れた時、オレ心臓止まりそうだった」

「ごめんね」

「じゃあ、明日はもう帰る予定だからお前らもちゃんと寝ろよ。海堂の件はこっちで何とかするから、そのままの頭で良いぞ。視力もいいならカラコンも必要ない」

「分かりました。よろしくお願いします」


 教師と医師が揃って出ていく。扉が閉まるのと同時に愁に抱きしめられた。


「愁、力抜いて……っ、苦しい」

「ごめん、光流に何かあったらって思うと……怖かった」


 随分と心配させてしまったようだ。

 安心させるように背中を何度も撫でて体温を分け与える。でかい図体を微かに揺らして抱きしめてくる愁が堪らなく愛おしくて胸が締め付けられた。


 ——やっぱり好きだ。


 再度自覚してしまうと、気持ちが大きく膨れ上がり、収拾がつかなくなってくる。


「僕結構タフだから平気だよ。ねえ、愁……」

「何?」


 少し体を離して、愁の頬を挟み込んで重ねるだけの口付けを送った。

 見る間に愁の両目が見開かれていく。自分から大胆な行為に出てしまった事が気恥ずかしくて、誤魔化すようにフワリと笑んで見せた。


「光流それって……」

「愁、好きだよ。僕、友達に向ける感情なんてとっくに超えてた。愁が好き。大好き。僕は始めはホントに愁を布教したかったけど、今は独り占めしたい。自分勝手でごめんね」


 言葉に変えると今度は泣けてきて止まらなくなった。


「愁が好き。好きすぎて……ッ、どうにかなりそう」

「オレはずっと前から光流だけだよ。オレとちゃんと恋人として付き合って? 好きだよ、光流」


 この後の展開はまだ怖いけれど、コクリと頷く。

 重なるだけの口付けが降って来て、角度を変えながら何度も唇を重ねる。想いが重なると心に比例するように体温も上がっていった。




 ***




 修学旅行の一件で佐藤たちは停学処分を受け、愁は成績優秀者だという事が考慮されて正当防衛範囲内と判断された。今は三日間の自宅謹慎中だ。


 本人はケロリとしていたが、美咲と滋が我が事のように心配し、家で預かりたいと学校に申し出た為に一緒に生活を共にしていたりする。


 また髪の毛や瞳の色もそのままでいいと学校から正式に了承を得られたので、もうウィッグもカラコンも着けていない。まだ家の中だけだけど、ありのままの愁を拝めている。これからは学校でもこの姿だ。


 ライバルが激増しそうで少し不安ではあるが、愁が学校から認めて貰えた事実は喜ばしかった。


「光流ここ間違えてるよ」

「そう……」


 空返事が口をつく。家にいる間は暇なので一緒に宿題をしながら、愁から勉強を教えて貰っていた。意外と教え上手な愁をジッと見つめる。


 ——家に推し一体!


 最高だ。顔がニヤけて止まらない。


「光流、ちゃんと聞いてる?」

「ごめん、僕の推しが尊くて全然聞いてなかった」

「それさ、推しっていうのそろそろ辞めない? 付き合ってるんだから彼氏でしょ?」

「推しは推しだよ。愁は僕だけの推し。それが彼氏って……どうしよう。幸せ過ぎておかしくなりそう」


 ブハッと笑いをこぼされる。


「光流って感じはするけどね。ねえ、そんなにオレの顔好き?」

「死ぬほど好き。愁の全てが好き」


 手で顔を覆って即答すると、両手を退けられてしまい、ニンマリと笑みを浮かべられたまま間近で見つめられた。


 ——その表情好き!


 心臓をキュッと握られる。

 意識が遠のきそうになって必死で堪えていると、引き寄せられて口付けられた。


「愁てキス魔だよね」

「そう? 本当はもっと凄い事もしたいんだけどダメ?」

「ダメだよ。だって美咲さんも滋さんも居るし……それと、もう少し耐性つけさせて欲しいかな。心臓止まりそう」


 何も知らないほど無知じゃない。男同士でする情事くらいは知っているつもりだ。ただ、愁と肌を重ねるんだと想像するだけで緊張と恥ずかしさで思考回路が停止寸前になってしまう。


「じゃあ、オレの部屋ならいい?」

「う……お手柔らかにお願いします」

「何で敬語?」


 また笑われてしまった。移動してきた愁を跨ぐように向かい合わせで座らされて、抱きしめられて唇を喰まれる。


 キスにはもう慣れてきたのもあって、息が苦しくなるまで口付けを堪能された。

 頭がクラクラするのは、酸素が足りないのか愁にドキドキし過ぎているのかも分からない。


「謹慎明けたらオレの部屋に連れ去ってもいい?」


 やたら艶めいた声音で言われたので心臓が早鐘を打った。

 恥ずかしくて頭が爆発しそうになってけども小さく頷くと愁が幸せそうに笑った。その笑顔もプライスレス。百点満点の札を心の中で上げた。





 愁の自宅謹慎が開けたので今日からは学校でも会える。

 意気揚々に登校すると教室の前に桜花が立ちすくんでいた。どうかしたのかと思って見つめていると視線が絡んだ。


「村上くん……あの……修学旅行の時はありがとう」

「ううん、役に立たなかったどころか足手まといだったし、それに僕のせいで熱出させちゃったんだよね。ごめんね」

「そんな事ない。だって少しずつだけどまた昔みたいにお兄ちゃんと話せるようになったから……本当にありがとう。私本当はずっと昔みたいに戻りたかった。だからキッカケをくれた村上くんには凄く感謝してる」


 髪の毛を耳にかけた拍子に見えた耳がほんのり赤くなっていた。


 ——こういうとこは同じなんだね。


 照れると耳が赤くなるという愁との共通点を見つけてしまい思わず笑った。


「その照れるクセ愁と同じだね」


 仲違いしていた二人の関係が少し改善されたのがとても嬉しい。名前で呼び捨てにしていたのに、お兄ちゃんと呼んだ桜花は鉄仮面を剥がされた普通の女子高生に見えた。


「じゃあ」

「うん。元通りになれると良いね」


 桜花は何も言わずに足早に去っていく。その姿を見届けた後で、教室に入って席についた。待っていたと言わんばかりに愁が上体を起こす。


「おはよ、愁」

「おはよ」


 プラチナブロンドの髪の毛が窓から入ってきた風で靡く。もうカラコンもしていないから、透き通るような碧眼が己の姿をとらえて細められた。


「光流、また休み取れる?」

「うん、申請出しとく……」


 ——これってやっぱりああいう意味のお誘いだよね?


 愁の部屋ならいいと言っていただけに、心臓がバクバクと音を立て始める。


「楽しみにしてるね」


 愁の瞳が優しさを含んでトロリと蕩けた。自分以外の誰にも見せないその笑顔が眩しくて眩暈がする。


 ——僕の彼氏がカッコ良すぎる‼︎


 両手で顔を押さえて身悶えた。



【了】


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