表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/11

第十話、キスする関係って何……?

「貴女のご家庭では他人に水をかけろという教育方針なのかしら?」


 淡々とした冷ややかな声が響く。「光流、水かからなかった?」と心配そうに愁に問われ「大丈夫だよ」と返す。相変わらず場の空気を読まない愁に冷や冷やさせられた。


 すぐ隣ではかなり剣呑な空気が漂っているというのに……。苦笑する。


「何よ、アンタが勝手に出て来たんじゃない!」

「愁に相手にされなかった腹いせなんて醜いわね」

「な……っ!」


 ——愁?


 騒つく会場の空気に耐えきれなかったのか、山野は酷く顔を歪めて自席へと戻っていった。


「何してるの、桜花」

「別に。愁には関係ないわ。ただ誰かさんがご執心の村上くんに少し興味が出ただけ……て言ったらどうするかしら?」


 どこかひりついた空気がまた流れた。


 ——え、何これ。何があったの?


「行こう、光流」


 一緒に来るように促される。愁は桜花と呼んだ子の質問には答えずに、席に戻っていった。その後を追いかけて一緒に席に着く。


「何か狙われてたみたいだけど大丈夫だった?」

「ああ、うん。平気だよ。でも庇ってくれた子に謝り損ねちゃった。愁の知り合い?」

「義理の妹。気にしなくていいよ」


 ——ああ、あの子がそうなんだ。


 思っていた通り妹とも仲が良くないというのは、愁の醸し出している空気で察する事が出来た。


「料理を取り終えたら食べ始めていいからなー?」


 そんな重い空気を切り裂いたのは、教師からの声掛けだった。内心感謝する。それぞれ手を合わせて「いただきます」と言葉に変えた。

 たこ焼きを口に頬張ると、外はカリっとしているのに中はトロトロだ。思わず愁を見上げた。


「愁、たこ焼き美味しいよ! これ食べてみて!」


 箸で持ち上げて愁の口元に寄せる。かぶり付いた愁の瞳も同じように蕩けた。


「うまっ!」

「ね? 次は豚まん食べよう! 半分あげる」

「ん。食べる。光流こっちの串カツも美味しいよ?」


 差し出され、かぶり付く。


「美味しい!」


 二人で盛り上がっているとこっちを見つめる視線の多さにやっと気がついた。


「何? どうかしたの?」

「お前らっていつもこうなの? 俺らカップルでさえ食べさせ合いは恥ずくてあまりやらねえよ?」


 山本の言葉に目を瞠る。


「そうだけど……友達は普通しないの?」

「しないしない。友達はしない」

「うん、しない」


 首や片手を振って班の四人それぞれに否定された。


「まさかこんなナチュラルにやられるとは思ってなかったわ。俺らの間に入り込むのを嫌がる奴らの気持ちが少し分かったっていうか……新体験だった。逆に気付きをありがとうって言いたいわ」

「だね。分かっちゃった」


 苦笑混じりに四人が頷き合っている。


 ——そうなの⁉︎


 衝撃的だった。

 始めによそった量だけで腹が膨れ、もう無理だと箸を置く。愁は相変わらずの食欲で、三回くらいは往復して食べていた。





 部屋に戻って風呂の準備を始める。大浴場もあるみたいで、一緒に行くかどうか確かめようと愁に声をかけた。


「愁、大浴場もあるみたいだけどどうする?」

「んー、オレ部屋の風呂でいい」

「そう? なら僕もそうしようかな」

「うん。光流先に使って良いよ」

「ありがとう。んじゃ先に入ってくるね」


 二人交換でシャワーを浴びて、ベッドに転がる。以前愁の部屋へ行った時に言われた通り、本当にこっちのベッドへお移動してきた愁を見てまた心音が跳ねた。

 部屋の照明を落とされ、正面から緩く抱きしめられたまま腕枕をさせられる。


「愁……本当にこのまま寝るの?」

「うん。また発作出ちゃうかもでしょ?」


 それもそうだが、今日はキスされたりとハプニングがあったので妙に意識してしまう。


 ——心臓の音がうるさい……。


 愁にまで聞こえてしまうんじゃないかと思うくらいにドクドクと脈打っていて落ち着かない。


「ふはっ、脈早過ぎっ」

「~~!」


 気付かれてたのが恥ずかしくて、顔に熱がこもってきた。


「揶揄わないで……」

「光流、キスしていい?」

「え……でも……、うん」


 迷いながら肯定の意を紡ぐと、唇に唇が重なった。角度を変えて何度も繰り返され、どこで息をして良いのか分からなくて口を開いた。


「愁……っ、待っ……」


 下唇を軽く喰まれる。室内に甘ったるい吐息が溢れ、名残惜しそうに離れていく唇を見つめた。


「眠れそう?」


 ——気にするとこソコなの?


「推しに昼間から謎のキスされながら今は腕枕までされてるのに眠れると思う?」


 正直頭の中が大混乱で爆発してしまいそうだ。


「オレは推しってものに対する思いが分からないし想像もできないよ」


 破顔される。


 ——何考えてるのかな……。てか、キスする友達って何だろう……キスフレ?


「愁さ……、あ、いや……何でもない」

「そこ気になるとこなんだけど?」

「言わない。愁だってよくやるでしょ? それに僕ばっかり愁に振り回されて不公平だよ」


 思いっきり笑われてしまった。


「オレの行動一つであたふたする光流って可愛いんだよね。だからつい意地悪しちゃうんかも。ごめんね?」

「絶対悪いと思ってないでしょ?」

「ダメ?」


 大型わんこ風に戯れつかれると可愛くて思わず髪の毛に指を絡めて撫でる。そのまままた唇を重ねられ、キス魔なの? と言いたくなるくらいに何度も口付けられた。息継ぎに慣れた頃に首筋にも舌を這わせられ、寝間着のボタンを外される。


「待って、愁それは待って!」

「あ、つい……ごめんね」


 一度額に口付けられ、密着していた愁の体温が少し離れていく。愁を意識し過ぎて余計に眠れなくなった。


 ——あれ?


 愁が取る行動が嫌じゃなかった事に違和感を覚えて思考を巡らせる。待って欲しいとは思うけど行為自体は嫌じゃない。そこで「ああ、そうか」と腑に落ちた。


 ——もうとっくに愁の事、そういう意味で好きだったんだ。


 推しに向ける思いは恋情と似ている。自分の気持ちは友達に向ける思いじゃない。とっくに超えてた。大切で仕方ないけどこれは友情じゃないんだと思う。


 ——愁が、好きだ。


 自分の発作のトリガーもきっとここにある。〝大切な人〟に置いて行かれたくない不安や恐怖心が出るのだろう。小学生の時は美咲と滋という大切な家族が出来たから発作が出た。今回は愁だ。


 ——体の方が心よりずっと素直だった……。


「愁……どうしよう、僕……」

「オレはちゃんと光流が好きだよ。だから一緒に居たいしキスもしたい」

「僕は……っ」

「いいよ、ゆっくりで。オレに合わせるんじゃなくてホントにちゃんと考えて。どんな答えでもオレは光流の隣にいるから安心して?」

「うん。ありがとう……」


 脈打ちすぎた心臓がこのまま止まってしまいそうだ。再度重なった唇を抗いもせずに受け入れて目を閉じた。



 ——あれ? 発作、出なかった……?


 アラーム音で目を覚ますと朝になっていて、段々とクリアになってくる思考回路でそれだけを考えた。随分と熟睡していたみたいだ。


 背中に回されている手がピクリと動く。目を瞑ったままの愁からは微かな寝息が聞こえる。起こしたわけではなかったみたいで安心した。二度目だけれど推しのドアップは心臓に悪い。顔が良過ぎる。いや、全てが良すぎる。


 ——これはもう、メロい……て言ったらいいんかな。


 貴方に首ったけです、と伝えたい。

 ずっと眺めていたいけど、早く起きなければいけない。寝ている愁を揺さぶって声をかけた。


「愁、起きないと朝食に間に合わなくなっちゃうよ?」

「ご飯抜き無理。起きる」


 相変わらずの食い意地加減に思わず笑う。


「おはよう、愁」

「おはよ。昨日は発作出なかったね」

「愁のおかげだよ。ありがとう」

「なら良かった」


 微笑まれると体の中がこそばゆくて思わず愁を目隠しした。


「何でオレ隠されたの?」

「ダメ。本当に尊死しそうだから見ないで。いま鼻血出たらご飯間に合わなくなっちゃうよ。準備して行こう?」

「鼻血っ」


 笑いを吹き出した愁が上半身を起こして大きく伸びをする。ベッドから降りて二人で洗面所に向かった。


「愁そろそろ行けそう?」

「うん、大丈夫」


 学校用のウィッグを被って黒のカラコンを着けた愁が洗面所から出てくる。既に制服にも着替えているので、部屋を出た。


 朝食も夕食と同じ会場だ。バイキング形式なのも変わらない。和食で慣れているので、白米とお味噌汁をよそって焼き魚と小鉢に入った料理をトレイに乗せる。愁は和洋中ごちゃ混ぜでトレイに乗せていて、朝からそんなに食べるんだと感心してしまった。


「光流はもうちょっと食べた方が良いんじゃない?」

「朝からそんなに食べたらお昼食べられなくなっちゃうよ」

「美咲さん心配してたよ」

「美咲さんの名前を出してくるのはズルいよ」

「お前ら本当に仲良いな」


 言い合いしながら班の席に着くと、四人に生温い視線を向けられた。


「うん。親公認だからね」


 愁の言い分に納得したようで、各々食事に取り掛かった。

 今日はこれから京都に向かう。手早く食事を終わらせて荷物をまとめる為に部屋へと戻る。忘れ物がないかちゃんと確認して、ロビーへと向かった。

 そこには愁の義妹である桜花がいたので愁に「ごめん、お礼だけ言ってくる」と告げるなり走った。


「あの。昨日はありがとう。水かかってたけど大丈夫だった? 僕のせいでごめんなさい」


 単刀直入に言うと珍しいものでも見るように眺められた。

 義理とはいえ、さすが愁の妹だ。毛色は違うが、完璧としか言いようのないくらいに、顔立ちからスタイルまで何もかもが整っている。


「私が勝手に横入りしたんだから気にしなくていいのに。変な人ね。謝る必要もないわ」

「そうなんだけど、僕は濡れずに済んだのは事実だし、嬉しかったから」

「……」


 無言で一瞥され真横を素通りしていく。


「あの子いつもああだから気にしなくていいよ。行くよ、光流」

「あ、うん」


 手を繋がれて班の元まで連れて行かれた。

 バスに乗り込んで、隣同士で席に座る。踏み込んで良い話なのかは迷ったけれど、思い切って口を開いた。


「妹さんとは昔っから仲が悪いの?」


 愁と視線が絡んで、すぐに逸らされる。


「そうでもないよ。小さい頃はよく遊んでたし……お互い何も知らなかったからね。状況を把握出来るようになって、本当はオレは本家に歓迎されていない人間ってのが分かってきた頃だったかな。桜花と一緒に誘拐されそうになって、未遂で終わったけどそれからは周りの大人に二人で遊ぶのを禁じられた。数年が過ぎて次に会った時、桜花は感情が全て削ぎ落ちたような顔になってて、もう踏み込めない壁が出来てた。それからは事務的な会話ばかりかな……」


 ボソボソと囁くように愁はゆっくりと言葉を吐き出した。

 少し前に『誘拐されかけた』と言っていたのは桜花も一緒だったらしい。心境を理解するのは難しいけど、少なくとも愁は毛嫌いしているわけではないのが伝わってきた。恐らくは桜花も同じだ。


 愁が嫌いなら関わるような言動は取らない。無意識下で興味や関心があるからこそ視線で追いかけて情報収集するのだろうから。

 彼女の昨日のセリフを思い返すと、愁の行動を知っていたし、その周りの行動も把握していた。取り柄もなく目立ちもしない陰キャの己の存在を知っていたのも、愁を気にして観察しているからこそだと推測出来る。


「愁は桜花さんとこのままで良いの?」


 その問いかけには珍しく無言が落ちた。随分と間を空けて愁が重たい口を開く。


「どうだろね。正直分からない……オレにはどうしようも出来ない気がする」

「そか。そうだね。変な事聞いてごめん」


 それでも愁の表情には影が落ちてる。義理とはいえ、たった一人の兄妹だ。何とかしてあげたいと思うのは己の傲慢だろうか。愁や彼女に偽善者だと罵られるかな? 嫌われるのは怖い。愁が去っていくかもしれない。そっちの可能性のほうが高くて想像するだけで手が震えてくる。


 ——愁に嫌われるのは嫌だな……。


 どんどん臆病になってくるのを止められなくて、両手に拳を作って握りしめた。





 逡巡している間にもバスは順調に目的地へと進んで行き、京都のホテルに到着した。

 また荷物を部屋に運んでからそれぞれが観光する為に一先ず班ごとに現地解散となる。


「どこから行く? 金閣寺とかもいいけどやっぱり清水寺かな?」

「うんうん。やっぱりそこは外せないよね!」


 木村と高橋が嬉しそうにはしゃいでいた。


 ——どっちとも課題をこなせそうだからいいな。


 清水寺は、清水の舞台を備えたとして有名になっている。死んだつもりになって重大な決断をするという意味らしい。実際願掛けで飛び降りる人もいたと知って驚きを隠せない。


 十三メートル……ビルの高さにして四階建てから飛び降りるようなもので、本当に死ぬ気にならないと並大抵の神経では実行できない。


 ——そうまでして叶えたかった切実な願いって何だったのかな。


 通常なら建物に興味を抱くものなのだろうけど、当時の人たちの心情心理に興味が湧いた。


「愁はどこ行きたい?」

「地主神社」

「そんなとこあったっけ?」

「あるよ。縁結びのパワースポット」


 見惚れるくらいの笑みを浮かべた愁に見つめられる。その笑顔プライスレス。悶えそうなくらいには良い。


「ん゛ん゛ん゛、ねえ……またなんか僕で遊ぼうとしてない?」

「真剣なんだけどな」


 どこか機嫌良さそうな愁を半目で見つめる。今日は課題の提出に向けて情報収集しなければならず班行動をしていた。


「「地主……神社⁉︎ 縁結び⁉︎」」

「うん、そう。カップルにも良いみたいだよ。行きたいでしょ?」

「行きたい‼︎」

「私も!」

「清水寺の境内に隣接してるよ」


 愁が答えると木村と高橋が食い付いてきて、清水寺に行った後に地主神社に行く事になった。彼氏組二人は苦笑いしている。


「二年坂と三年坂も通れるしいいね!」

「うん、だね。清水坂でもお土産買えるし」


 早速観光箇所が決まり、六人で歩いて移動していく。伝統的な建物や石畳階段が並ぶ二年坂や、ショッピングエリアになっている三年坂を視界にとらえ、気分が上昇していく。


 ——美咲さんと滋さん喜んでくれるかな?


 愁が隣で土産を手に取っているのが分かって手元を覗きこむ。


「愁は何買うの?」

「美咲さんと滋さんにお土産。二人とも抹茶好き?」

「よく抹茶スイーツ食べてるよ」

「良かった」


 自分よりも熱心に土産選びをしている愁は微笑ましかった。買い物を楽しみながら風情ある景色も楽しむ。


「ねえねえ、村上くん。海堂くんとはいつから付き合ってるの?」


 木村にコッソリ耳打ちされ、大きく瞬きした。 


「愁は確かに僕の推しだけど、僕たち付き合ってないよ」

「え? でも海堂くんはガチで村上くんが好きだと思うんだけど」

「揶揄ってるだけだと思う」


 隣で愁が何とも言えない顔をしている。


「オレがいくら好きって言っても行動で示してもこの通り。信じてくれないのって酷いよね?」


 珍しく愁が話題に入ってきたかと思いきや背後から抱きしめられて乗っかかれる。


「愁……重いっ」

「海堂くん、私たち応援するから縁結び行こう!」

「うん、絶対行こう!」

「ありがとう」


 謎の同盟を結んだ三人が目配せして頷いていた。


「悪い村上、さすがにそれは無いわ」

「うんうん。俺らも海堂の味方する」


 ——え、僕また急にボッチ⁉︎


 皆からの視線が痛い。そんな中、愁は一人楽しそうに笑っていたので「絶対態とでしょ!」という意味合いを込めてジト目で見つめた。




 ***




「「「「海堂の想いが叶いますように‼︎」」」」


 ——どうしてこうなったのかな。


 清水寺から地主神社へ移動すると、五人が揃いも揃って口を合わせて神頼みしている。体をプルプルと震わせて笑っている愁を見て嘆息した。


 ——僕だって、本当にそうなら嬉しいんだけどな……。


 平凡だった自分の世界に愁が突然飛び込んで来て、それがキッカケで推しになった。あの日よりもずっと愁の事が好きだ。


 上限なんて無くなったように好きという気持ちが上塗りされていく。愁に好きだとは言われたけど、同じ温度で想われているのかはハッキリ言って自信がない。


 それに例え両想いだとしてもいざ付き合うとなれば、いつかは終わりが訪れそうで怖くなる。それなら今のままで良いかもしれないと考えてしまって自分自身を酷く臆病にさせていた。


 このままなあなあにしていたら、友達のままで居たいのだと思われて、愁は他に恋人を作ってしまうだろう。引く手数多な彼の事だ。選びたい放題に違いない。 


 ——それは嫌だな。僕はどうしたら良いのかな?


 ウダウダ悩んでばかりの自分が嫌になってきて、足元に視線を落とした。


「他にもどこか回らない?」

「そうだね、まだ時間あるし!」


 観光や課題の為の資料集めも終え、時間が余ったのもあって、ギリギリまで他のところも回ろうという話になり歩いている途中だった。グイッと腕を引かれて愁に小道へと引き込まれる。


「何か買い忘れた?」

「ううん、光流と二人っきりになりたかっただけ。そこのカフェの抹茶ケーキとアイスオレが美味しいんだよね。行かない?」

「でも皆大丈夫かな? 怒られない?」

「さっき神社で途中で抜けるねって言っといたから平気だよ。寧ろ応援されちゃった」


 この男は案外ちゃっかりしている。


「何それ」


 笑っていると手を繋がれて軽く引かれた。


「愁さ……本気なの?」

「オレとしてはずっと口説いてきたつもりなんだけど伝わらないかな? それとも光流は好きじゃなくても誰とでもキス出来るの?」

「できないよ。愁だから嫌じゃなかった……」


 歩調を緩めた愁に倣うように足を止める。これ以上この話題をしていいのか戸惑われた。聞きたいけど聞きたくない。相反する感情がせめぎ合っている。


「オレも同じ。光流だからしたい」 


 嬉しそうに微笑まれると、顔に熱が集中していく。


「僕は愁と違って何の取り柄もないし、顔もスタイルも良いわけじゃないのに何で? 愁なら選びたい放題でしょ」


「じゃあ光流は顔もスタイルも良くなくて取り柄がなかったらオレに見向きもしなかった?」


 戸惑いつつも左右に首を振る。


「多分違う。確かに始まりはスケボーしてる愁がカッコよくて推し活したかったけど、昼食の時だけ自発的に起きる愁は可愛かったし、この人って実は面白い人なのかもって思ったら話してみたくなったから」


「同じじゃん。光流は自分を何の取り柄もないとかって言うけど、オレからすればそんな事ないよ。料理美味いし、気遣い上手だし、可愛いし、何よりあんなに鉄壁なガードで覆ってたオレの世界に一瞬で飛び込んできた。ビックリするよね。振り回されてばかりなのって実はオレのほうだって分かってる?」


「え?」


 ——飛び込んで……って、愁も僕と同じだったんだ。僕振り回したっけ?


 初耳だし身に覚えもない。自分の何かしらの行動が愁に影響を与えたのかと思うと、嬉しさで心臓が早鐘を打ち、音まで聞こえてきそうだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ