レオンとエレミア
馬達を休ませる。
その為に結界を張り、籠城して交代で魔物を倒す。
どれだけ魔力を持続させ、継続的に自衛出来るかを学ぶ訓練。最初にアベルが話していた討伐・撤退・生存のうちの『生存』が該当するとのこと。
エレミアさんが中心となって張った結界は強力で、囲まれているというのに少しずつしか魔物も入って来れない。
とても優しい講義を受けていると、至れり尽くせりだと僕は思った。
そんな僕を、彼女は見限ったのかもしれない――――
――何回かの交代の時、僕とマリナ、そしてエレミアさんの三人で魔物を迎撃していた。といっても僕は僕も対処出来そうな獣型のやつをがむしゃらに切り裂いていただけだったけど…それでも、弱気になっていた僕は、僕の身体は、加護を得ようとする間も無く、命が尽きかけようとしていた。
膝を着き、手を着き、前のめりに倒れそうになる僕を支えてくれたのはやはりマリナだった。
「レオン…」
そっと前に倒れそうな体を後ろに引かれ、彼女の肩へ頭を乗せられる。
手足はもう力無く伸ばしたまま、彼女に抱きかかえられながら彼女の顔を見上げた。
「そんなに、死にそうな顔してるかな?」
彼女の顔は悲痛そうだった。
「レオン。もう…いいよ」
「もう良いの?」
「今まで、決心がつかなかった…」
「どういう意味?」
「私も…あなたと」
多分、マリナは弱っている僕に同情して共に死の道へ行こうとしたんだと思う。
そんな彼女の言葉を遮ったのは、彼女の血のつながらない妹だった。
「…あなたと、続きは何でしょうか?お姉様」
「エリー!?あんた…」
「彼と心中する気ですか?」
魔法の鎖で縛られたマリナは答えなかった
「やはり、私も同行して正解でした。マリナ、貴女がこの少年を非常に気にかけているのは私でも分かります。しかし、そこまで彼の為にするのですか?全てにおいて劣り、他人に甘えるだけしか出来ない彼に、その命を、差し出すほどの価値があるとは思えません」
「…あんたには無いでしょうね」
「貴女にはある、と」
「悪いワケ!?私は!私を受け入れて…友達になってほしいって言ってくれる…そんなレオンに命を懸けるのはいけないっていうの!?」
「友達…そんなもので?」
「私はずっとあんたと一緒にいた!それこそ赤ん坊の時から!姉妹だから当然だけど!でも!私があんたから離れて友達を作ろうとしたこと…それを、レオンの能力だけ見て切り捨てる?あんたは私達が一緒にいようとすることを妬んで否定したいだけじゃない!友達の件だって、今まで作らないで、作ることを否定して、自分の境遇を恨んで、私に甘えてきたのは一体どこの誰よ!?少なくとも!レオンは自分の状況を悲観したとしても恨んでないし、あんたみたいにどこにいても甘えてきてない!妬むことしか出来ないやつを、私は相手なんかしない!!」
「…………知ったような口をっ!」
マリナの叫びは、余計彼女の怒りを高ぶらせるだけのようだった。
彼女は、自分の姉を縛る鎖が先端に繋がっている杖を振るい、マリナを馬車へと吹き飛ばす。
そうして叫び声を上げたマリナは他の三人と同じように馬車へとその身をくくりつけられていた。
「マリナ!?」
「マリナには分からないでしょうね!外へ出れば妬みと羨望と欲望…何も知らずに尊敬してくる人々の視線しか受けてこなかった私の気持ちを!外見に惑わされてしか愛を説く者はいなかった!誰にも触れられず!触れることすら出来ず!触れられる相手は冷たい死人だけ!…パパやママでさえ触れられない…他人の温かみも、他人の鼓動も知らない…挙げ句の果てにいずれ私は死ぬとき、神々の元へ魂を召喚される…!前世が美と調和を司る神だったというだけで!私は自分の命さえ好きに使えないのに!それでも、私はイイコでいたよ!?パパやママ、皆が望むような捻くれてもいない、大お爺様のような大魔法使いになろうとやってきたよ!?私は今まで必死に領民や国民の方々の為に頑張ってきて、成果も出した!みんなから頼られる人材になれた!…だというのに!!その結果がコレ!?パパやママはおろか、お姉ちゃんさえぽっと出のコイツへなびいて!!分かるの!?私のこの気持ちが誰が分かるというの!?居場所が無くなる恐怖を!私を形作るものが奪われていく恐怖を!!分かるものですか!!自分の両親が盗られ、一番大切な存在さえ、今!今この時!!その命を盗られようとしているのに、黙って見てなんかいられない!!」
慟哭する彼女は、ぜえぜえと仮面から覗く瞳をギラギラとさせながら、地べたを這いずる僕へと近づいてくる。
「…貴方が彼の為に死ぬというなら、私が彼を殺す」
そう宣言する彼女は僕の前まで来ると、更に杖の先から鎖を出して他の三人同様にマリナを鎖で包み始めた。
「エミー!?っあぁあ!?っ…!…レオン逃げてぇぇ!!」
その声に、叫びに、従おうにも、体は動かない。
「自爆なんてさせない。貴女はそこで五感全てを塞がれながら、私が味わった恐怖を味わいなさい。……さてと」
彼女は一息おいて、僕を見下ろした
「…言い残す言葉はありますか?レオンさん」
――――――――――――――――――――
「エ、エレミアさん…」
どんな気持ちでいればいいのか。恨めばいいのか。
彼女の気持ちも分かるような気がするからか、どうしようもなくて。
顔を上げてただただ彼女の名を呟く。
「しね。死になさい。マリナ姉さんを、私の両親を盗ろうとした報い。魔物に生きながら喰われなさい。そして、魔物人になったら…せめて欠片も残さず消滅させてあげます」
そう仮面をつけているというのに。仮面からでも滲み出てくるような凄惨な形相で僕を睨む。
そんな彼女へ今まで黙っていた…それどころではなかった彼が叫んだ。
「お嬢様!おやめください!」
「アベル、魔物を防ぎながらいつまで私の『鎖』から逃げていられるかしら?」
「お嬢様…!!」
悲痛な叫びを上げるアベル。その直後、レオンの近くで小さな爆発が何度も起こる。
エレミアの魔法の鎖を避けつつ、アベルがレオンに迫る魔物を魔斬撃や魔法で撃破していたからだった。
彼の姿はその速すぎる動きにより、まるで影のリングが小高い丘の上にいるレオン達を守っているかのよう。
実際、アベルが高速で馬車を含む二人の周囲を回りながら魔物の群れを次々と切り裂いていく。
そうしていても洩れた魔物がレオンへと襲いかかるのだが、そうした敵をアベルは直前で撃破しているのが先程の光景。
他の者はいまだにエレミアの『鎖』から逃れようともがいている。しかし、魔法の鎖は彼ら彼女らの五感を封じている為、抜け出そうにも効果は全く現れない。
レオンは、そんな四人を横目になんとか立ち上がろうとするものの…膝を着き、両腕を地に付けたまま身体を持ち上げられずにいた。
そして、当の彼女はレオンの近くで彼をじっと見下ろしていた。
「…無駄に頑張りますね。本当に、無駄なのに」
レオンは頭の上から降ってくる言葉を無視する。
なにしろ周囲の音が断続的にしか聞こえず、視界も何度も霞むという状況に陥っていたからだった。
反応の無いレオンへエレミアは苛立ちを隠そうともせず、足を振り上げ、彼の左肩を思いっきり踏みつけた。
声にならない叫び声を上げ、レオンは地面へひれ伏せる格好になる。
そんなレオンへエレミアは更に右手に持った杖の先端を彼の左手へとふっと息を吐きながら振り下ろした。
周囲にレオンの叫び声が響き渡った。
今や彼の左手はエレミアの杖によって地面へと縫い付けられている。
彼が涙や鼻水を垂れ流しながら必死に杖を抜こうと右手で掴んでも、魔力を帯びた杖に触れた手の皮膚を焼くだけだった。
「…無駄と言っているでしょう?」
杖から手を離し、レオンを見下ろし、蔑むエレミア。
突然、彼女の横で強烈な光が発生し小規模の爆発が起こるものの、エレミアとその目の前にいるレオンを避けるように爆風や炎が広がる。
ゆっくりとエレミアは丘を登ってくる魔物を防いでいるアベルへと視線を上げた。
「アベル。無駄だと分かっているでしょう?私は赤ん坊の時以来……魔術師協会総勢2000人による防衛魔法をかけられてからは怪我などしたことが無いのですよ?熱さも、冷たさも、自分で突き立てようとしたナイフすらこの身体を傷付けることが出来ません。貴方の魔法や魔斬撃をいくら放っても、小さな火の粉すら私には届くことはありません。無駄なことは止めなさい。……さて、レオン。私は無駄な足掻きは好きではありません。無駄に過ごす時間が嫌いです。特に、あなたを助けるために自爆しようとしたマリナやアベル隊長を差し置いて、自分の死から逃れようと醜く足掻くあなたが大嫌いです」
エレミアは一歩下がると、腰に付けていた本を開き、魔法陣を展開して収納していた一振りの剣を取り出す。
「…無駄な足掻き。無駄な命。無駄な一生。私が、有為な死を与えてあげましょう。私はもう私の時間を、貴方に使いたくはありません」
怯えた顔を向けるレオンを見下ろしてそう言い放つエレミア。
レオンは顔面蒼白になりながらも彼女を見上げる。
正直なところ、吐きそうなほど心拍数が上がっていて死の恐怖に身体は震えっぱなしだった。
死ぬは嫌だ。
そう思っていたし、そのためにこの『試練の儀』に臨んだはずだ。
けど、現実はこれだ。
僕は負うべき苦難から逃げ出し、果たすべき友情の約束を蔑ろにしてここまできてしまった。
…その結果がこれだ。
分かっているはず。自分が悪いことは。
けど、僕はなによりも死が怖かった。
マリナの命を差し出して、生き長らえるとしたら僕はどんな選択をするだろうか。
ああ。そんなことを考えている間に、彼女は剣を振り上げている。
思わず僕は右手を上げてそれを防ごうとした。
意味などないのに。無駄だと解っているのに。手のひらを命を断つ剣へ向け、視界から消すように手の甲で隠す。
そしてその瞬間、緊張が頂点に達したのか元々おぼろげにしか見えない視界の中の時間がとてもゆっくりになった気がした。
…これが走馬灯か。
緊張と混乱が渦巻く頭の片隅でレオンは思った。
自分が今どこにいるのか解らなくなる。
そう。まるで、マリナと魔物から逃げていた時のようだ。
あの時、どうして助かったんだ?僕はどうやって生きながらえた?僕は…
終わるとも知れない時の中で、レオンは目の前に広がる景色の中に小さな光り輝く羽根を見た気がした。
そうだ。あの時の僕は――――
『死までの時間を楽しめましたか?』
はっとレオンが気が付くと自分を見下ろすエレミアの視線とぶつかる。
彼女はどこまでも冷徹に僕を見下し、排除しようとしているように見える。
…ただ、頭上に構えた剣を未だに振り下ろさないのは僕が怯えるところを見たいからだろうか?でも、もうそれは、意味がない。
意味など持たせてたまるか。
そうさ。僕はなによりも死が怖い。
でも意地があったんだ。
こんな僕にもあの時、魔物に追われながらマリナの魔力に身体を蝕まれた時、サルヴァンに助けられる直前の襲いかかってくる魔物を迎撃しようとした時、なによりも、なにがあろうと、なにがこの身に降りかかろうとも、死を拒絶してあの剣を手に取った時に、生きようとした意地があったんだ。
だから・・・・・・
「…死ねるかぁあああ!」
叫び、貫かれた左手を無視して、地面に足を叩きつける。
爆発…とまではいかないけど、魔力に侵蝕された代償の代わりに手に入れた身体能力は地面をへこませ、他人の魔力でボロボロになっていた左手を簡単に引き裂く。
声にならない叫び声を、自分の左腕に歯を立てる事によって緩和しようとする。しかし、左手が千切れ裂けた痛みは流石に呻き声を上げそうになる。体中が多少痺れていたのはかえってよかったのかもしれないと思った。
ガクガクと震える足腰でなんとか立ち上がると少し離れた彼女が振り上げていた剣をゆっくり下ろし、地面に刺さった血だらけで赤いものが付着している杖に手をかけているところだった。
「貴方は、現実が、状況が、何一つ…解っていないのですね。こんな足掻きをして、この私から逃れられると?本当に思っているのですか?」
…思ってない。
彼女の言うとおり、自分の無力さも、自分の無能さも、身勝手さも少しは理解してるつもりだ。
だけど、僕は少し後ずさりして自分が倒れる前に落とした剣を拾う。
鼻息を荒くしながらも、相変わらず左腕を噛みながら右手に持った剣を彼女に向ける。死にたくないという一念で。
「…もう気が触れてしまったのですか。残念です。私から直接手を下すことは最早致しません。魔物に喰われながら命乞いをする姿でも拝見させて頂きます」
そう言って彼女は左手に持った杖を掲げながら僕の後ろへ視線を移す。
「…お疲れでしょうアベル隊長。どうぞ休憩をとって下さい」
そう言った直後、彼女の周辺に魔法陣が沢山展開される。
垂直に展開され、彼女の後ろでもがく4人と馬車を光り輝く魔法陣で隠してしまうほどの量に圧倒されるばかりだ。
しかも、当然、それだけでは終わらなかった。
「今度は、逃しません」
そう言い終わらない内に魔法陣から大量の鎖がレオンの背後、アベルへと殺到した。
今の今まで波を防ぐ防波堤のように、魔物達を1人で撃退していた彼へ目掛けて。
レオンには見えない周囲に渦巻く影となっている彼へ、鎖は満遍なく殺到する。影の壁を突き刺そうとする鎖。元々、彼を捕まえようと外側から伸びている鎖の動きも活発化し、遂に、苦しそうな叫び声が聞こえた。
「レオン!」
声がするほうへ視線を向けると空中で、四肢は勿論のこと。胴体や顔にも細い鎖が巻き付いているアベルの姿があった。
「レオン!逃げろ!周囲の鎖が解かれれば君へ魔物が殺到するぞ!」
彼が叫んでいる間にも彼の体は何重にも鎖が巻かれ、他の4人と同じように馬車へ括り付けられていく。
それを見た後、レオンはゆっくりと目の前のエレミアに視線を移す。
アベル隊長でも、大きな魔力をその身に宿しているマリナでも、彼女は止められない。
…とりあえず、当面の問題は―――
「―――レオン」
ゆっくりと、噛みしめるかのような声で、彼女が言った。まるで、呼びかけているんじゃなくて…その名をただ呟いたかのように。
「レオン」
今度はハッキリと。
「…私は、お待ちしていました。…待ちわびました。長い長い時の中、貴方を想い、ただひたすらに時を重ね続けました…」
突然何を言ってるんだこの人?
レオンが一番最初に思ったのはそれだった。
今までの彼女とは違う、別の、別の誰か…?
そうだ。まるでその姿は、彼女は何かに取り付かれたのかのようだと思った。
…だけど。突然のことだけど、今更この状況で何が起ころうとも気にはしない。気にしていられない。
改めて、警戒し、剣を握る。震えが止まらない右腕に力を込め、左腕に歯を立てながら。
「なのに、貴方は、別の女ばかり見て、私を、見ない」
彼女は絶望したかのような声を出しながら、顔を俯かせて首をふるふると左右へ振る。
誰かと勘違いしているのか?いや、でもどこかで聞いたことのあるような…
「見ない…そう…気にも止めない…。私が、気が遠くなるほどの、時を、待っていたと、言うのに」
「しかも、貴方は、そこで埋もれたまま?『決戦』まで、そのまま?私を、見ずに?」
「また、私に、悠久の時を、強いるの?」
「また…私を無視して、別の人の所へ行くの?」
「また私を残して行ってしまうの…?」
「させない」
「私は、ここにいる」
「貴方が…出てこないなら、無理やりにでも…」
「レオン。貴方の大切な人を奪った相手…覚えてる?」
埋もれたまま?待っていた?残す?出てこない?大切な人?奪った?
意味が分からない……
意味が分からないけど、彼女の言葉を聞くたびに胸の奥が痛い。
1人、ただひたすらに声をかけてきた彼女を、ずっと見ていたけど…
今度は頭が痛い…
「苦しい?忘れたい?…無理な癖に」
あれは、なに?
何か、幻視してる?
……十字架?
「貴方が恐怖し、貴方を苦しめ、貴方の大切なものを奪った――――魔物」
あれは…だれだ?僕の大切な――――
「ほら、貴方の、憎むべき、滅ぼす相手…さぁ…見せて…貴方の、魂を」
あれは――――
――――気が付いた時には遅かった。
既に、彼女は杖を振り上げている。
周囲の結界へ沿うように動いて、魔物を防いでいた鎖が消えているのが視界の横に見えた。
…考える前に、身体が動く。
死への拒絶と共に、身を焦がし、燃え上がるような憎しみの炎が、身体を突き動かしている。
肩越しに自分へ殺到する黒い軍勢を見据え、剣を構えた。
腕を通して流れる魔力に、剣が耐えきれず砕け散るけど…気にしない。
胸の奥、記憶の奥、心の奥、魂の奥に、それがある。
自分が持つべき、あの剣を。自分自身を。呼び寄せる。
砕け散った剣の空間を。その光は満たし、僕は握る。
すぐ背後に、魔物が迫る。
死にたくない思いと憎しみという二つの感情に突き動かされ、足を運び、身体を回しながら、剣を振り叫ぶ。
「・・・・・・吹き飛べぇぇぇえええ!」
横一閃!光の剣を、その身に纏う光を飛散させながら空間を、目の前まで迫っていた赤い二つ目が視界一杯に広がる世界を、切り裂いた。
次の瞬間、レオンは気が付くと轟音の中でもみくちゃになっていた。
「うわあああああ!?」
何がなんだか分からずに、混乱して、悲鳴を上げた。と、ありとあらゆる方向へ回転していたレオンの体はガクンという衝撃と共に荒れ狂う風の中で一方向に引っ張られる。
身体の回転が止んだお陰で自分が暴風に巻き上げられたのだと直感し、認識することが出来たがいったいコレは…そう思い、草木や土砂に体を大きく振られながら顔を上げると、剣を持つ右腕に見たことのある鎖が巻き付いているのが見えた。
そしてその鎖の先には…杖を掲げてはいるものの、身を地面へ投げ出して倒れている彼女がいた。
「エレミア…さん?」
思わず口に出すが、暴風に声が掻き消され彼女はそのままだった―――
しばらくして風が止んでくる。レオンが慌てながら着地をしようとすると鎖を伝って淡い光が体を包み始めた。
すると、落ちる勢いが無くなってゆっくりとレオンは下降し、取り乱すことなく地面へと足を着けることができた。
一息。
僕は跪いた姿勢でゆっくりと深呼吸する。
うん。体の震えが止まってる。
むしろ今までで一番調子が良さそうな気もするほどだ。
よっと体を起こして立ち上がり、周囲を確認する。
一体何がなんやら…いろんなことが起こったせいでこれ以上ないほど頭が混乱してる。
とりあえず僕を助けてくれたのか分からないけど、エレミアさんは倒れたまま、右手で杖を持ち左手で仮面を押さえているようだ。
…未だ上げている杖の先から出ている鎖で僕の右手は相変わらずだけど。
次に、馬車があったであろう方には木の枝や根っこごと引っこ抜かれたような大樹、草の山が出来ていた。
「いったい何!?」
「みんな!大丈夫!?」
「アベル隊長!ご無事ですか!?」
「鎖で、動けん……」
その雑多な山の中から聞こえてくる声……あれぐらいならみんな大丈夫だろう。
そう思いながらふとレオンは自分の右手を再度見下ろす。
……持ってきた剣じゃない。
右手には、『あの時』に拾った剣が朝日に照らされて光を放っている。そういえばと視線を上げ、暴風の中にいたときから気になっていた背後を振り返る。
目の前に広がる光景……
絶壁だ。
正確には崖になっている先端付近に自分は立っていた。
ここは森の中にあった小高い丘だったはず。それがどうだ?この惨状はまるで地表から数メートル地下まで丸ごと引っ剥がしたかのような光景……しかも、それが自分が立っているところから放射状に地平線ぐらいにまでそんな風景が広がっている。
その放射状に伸びた左右付近も木々が軒並み倒れたり微塵になっていたりしているぐらいだ。
まさかと思うけど……これが、自分がやったことなんだろうか?
あまりの光景に呆然として、しばらくその場に立ち尽くしてしまう。
エレミアさんがどうにかしてしまったのは、僕に何か良くないことが起こっているからじゃないのか?
見渡せるほど地面剥き出しの森だった荒野に、僕はただただ圧倒されていた。
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