表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天史拾遺長歌集  作者: d_d本舗
97/112

旧友たち

そうする内、もう一名の(あるじ)が、お店のドアを開いて顔を(のぞ)かせた。


サスペンダーをつけた葡萄色(えびいろ)のスラックスに、(ひん)の良いシャツを合わせた老紳士だ。


「おぉ、これは。 ようこそお()でくださいました」


彼もまた、私たちに目を留めるや、人当たりの良い笑顔で歓迎の意を示してくれた。


「ご無沙汰してます(おり)さん。 調子はどんなもんです?」


「いや、(あい)も変わらずですな」


「右肩上がりってワケにはいきませんか?」


「えぇ……、まぁ。 そこが難しいところですな。 我々の」


ふと顔を見合わせた二柱は、そろって苦笑いを(こぼ)した。


「お(ぬし)父親(てておや)に似てきたの?」


「まことに。 あの方と話しているような錯覚が」


「それ、いちばん困るやつですよ、リアクション……。 てか、お(とう)と会ってないでしょ? ここ何年か」


その“何年”とは、具体的にどれほどの年月を表すものなんだろう?


彼らと史さんは、千年以上も仲違(なかたが)いを続けていると聞いた。


神さま基準はさすがに、直感的に理解するには、スケールが大き過ぎる。


「んむ……。 会うには会っとるよ。 時たまな?」


「へぇ? 初耳だ」


「先日など、その辺りを何軒(なんげん)かハシゴしましてな? 三柱(さんにん)で」


「あ、そういや朝帰りしたことあった。 こないだ」


こうして眺めていると、本当にどこにでもある光景だなと思った。


父親の友達と、何のことはない世間話を()わす娘。


彼らの立場や背景がどうであれ、その模様は極々(ごくごく)ありふれたもので、見ている(がわ)としても心安(こころやす)い。


「して、そちらが?」


「あ、望月千妃(ちえ)です」


不意に、少年のほう、(ふき)さんからパスが来た。


特に疎外感(そがいかん)を覚えていた(わけ)ではないが、彼なりに気を回してくれたのだろう。


「遠いところ、お疲れになったでしょう? まずは店内(なか)でお茶でも」


こちらも、物腰(ものごし)の柔らかな老紳士、(おり)さんが、温和な顔でそのように(すす)めてくれた。


この時点で、私の心身は幾分にもリラックスしていた。


参道で感じた粛然(しゅくぜん)たる気配に、身を引き締めたのが、つい先ほどの事だ。


今となっては、それがもはや遠い過去に起こった出来事のように感じられた。


「ハーブティーはお好きですか?」


「あ、はい。 大好きです」


店内の様子は、外観と同じくらいメルヘンチックで愛らしかった。


片隅に丸っこい形をした暖炉(だんろ)があって、いずれもふんわりとした質感の、年代物(ねんだいもの)(もく)される調度品が並んでいる。


奥のほうはカウンター席になっており、やはりソフトな形状の椅子(いす)が三つほど用意されていた。 ちょうど、カントリー風のパン屋さんを思わせる雰囲気だ。


こちらの席を利用する私たちに、織さんが手慣れた仕草でティーカップを差し出してくれた。


レモングラスだろうか。 とても爽やかで、心が落ち着きそうな香りがする。


カウンター奥の壁には、格子状(こうしじょう)のラックが備えつけてあり、見覚えのある品から用途の分からない品まで、様々な物品がズラリと展示されていた。


しかし、こうして店内(なか)に入って辺りを見渡しても、店名の意図(いと)するところが分からない。


“おもひで”を(うた)うからには、例えば昭和の香りに代表されるような、なにか懐かしいものを扱うお店かと思ったが。


どちらかと言えば西洋趣味な店内に、そういった要素は見受けられない。


唯一(ゆいいつ)、それらしき物があるとすれば、棚に陳列(ちんれつ)された品々の内のひとつ、ブリキと(おぼ)しきトラックの玩具(おもちゃ)くらいだろうか。


「それで、今日はどういう?」


カップにひと口つけた後、友人が切り出した。


これに(なら)い、喉をこくりと鳴らす。


清涼(せいりょう)な酸味とほのかな甘みが、舌の上に優しく広がった。


「む? うん。 本日は、そう………」


(はし)の席にテンと腰掛けた(ふき)さんが、思案顔(しあんがお)で言葉を切った。


言い出しづらい事柄なのか、頭の中で懸命に語句を組み立てているような印象だ。


「………こちらを」


見かねた様子の織さんが、論より証拠とばかりに、棚から選び出した物品を、カウンターにコトリと置いた。


「これは………?」


手に取ったほのっちが、ひとまず裏表(うらおもて)を確認し、小首を(かし)げてみせた。


ものは円形の鏡で、裏側に桜と松の彫刻が(ほどこ)されている。


形式からして、平安時代に貴族の間で使用された和鏡(わきょう)のようだ。


「うん………?」


手元に怪訝(けげん)眼差(まなざ)しを(そそ)いでいた友人が、ふと何かに勘付(かんづ)いた様子の声を漏らした。


「ほのっち?」


見る見るうちに、その満面から表情が抜け落ち、カッと見開いた双眸(そうぼう)だけが、一心に(てのひら)の鏡に()えられた。


「……気づいたな? それが」


痛ましいものを見るような顔つきで唱えた吹さんは、しかしすぐに口を(つぐ)んだ。


“おもひで屋”


はっと気づいた。


彼は今、こう言おうとしたんじゃないのか?


“それが、誰の持ち物か”


ひょっとして、この店は………。


(じつ)はな………、もう一つある」


苦衷(くちゅう)(にじ)む表情で、吹さんが言った。


これ以上(たた)み掛けるのは忍び(がた)いが、(いた)し方ない。


そういった心境が、その様子からありありと見て取れた。


間もなく、カウンターを迂回(うかい)した織さんが、丁重(ていちょう)持参(じさん)した品物を()の当たりにして、友人の狼狽(ろうばい)はいよいよとなった。


「それって………」


「“(はね)”だ」


()えきれず顔を(そむ)けた吹さんが、短く応じた。


先ほど、私の脳裏(のうり)(よぎ)った悲愴(ひそう)な想像が、確信に変わった。


あの棚に並ぶものは(みな)、元は誰かの持ち物で、それぞれに何らかの思い出が深く深く(きざ)まれているのではないか。


彼らの仕事は、その“思い出”を。

あるいは、物に込められた想いを、持ち主と特に(ゆかり)の深かった人々に、たとえば家族や親友などに、手渡すことなんじゃないのか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ