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天史拾遺長歌集  作者: d_d本舗
78/112

人を呪わば

それはまるで、モゾモゾとうごめく壁だった。


(おびただ)しい数の線虫(せんちゅう)を、()ねて捏ねて()り上げたような、醜悪(しゅうあく)な壁。


見ているだけで寒気のしそうな、生きた壁だった。


そんなものが、今まさに私の身に()し掛かろうとしている。


“すぐ隣に───”


胡梅さんの言葉が、不意に脳裏を(よぎ)った。


そもそも、私はなぜあれを“警告”と受け取ったのか、自分でも不思議だった。


妖怪は危険な存在じゃないと、きちんと説明を受けていたはずだ。


にも関わらず、なぜそんな二文字が、()って()いたかのように浮かんだのか。


ひょっとすると、彼女たちの背後に(ひそ)胡乱(うろん)な影に、本能的に気付いていたのかも知れない。


刹那(せつな)、雷光を思わせる(はや)さで突っ込んできた友人が、私の身柄(みがら)を押し退()けた。


同時に、ジャージの袖の内側から(すべ)り落とした小刀(しょうとう)を、手の内でくるりと器用に取り回した。


「………………っ」


あとの動きは見えなかった。


純粋に、人間の眼で追える速さじゃなかったのだと思う。


ただ、(やいば)軌跡(きせき)だけは、妙に白々(しらじら)と、鮮明に視認できた。


とりわけ(うる)みを持つ日本刀の事なので、月光をその身に吸着させた結果かと思われる。


気味の悪い壁を真っ二つに両断した豪壮(ごうそう)な刃は、勢い余ってすぐ(そば)の道路標識をスッパリと斬って落とした。


「大丈夫ですか!?」


「え………、うん」


すぐさま私の身に飛びついた彼女は、身体(からだ)のあちこちをペタペタとやって、変調がないか確認してくれた。


腰は抜けたけど、どこにも怪我は負ってないし、気分に目立った不調もない。


こちらにサッと駆け寄った琴親(ことちか)さんが、「御無礼(ごぶれい)」と短く言って、肩を貸してくれた。


その隣で、結桜(ゆら)ちゃんは何やら浮かない顔をしている。


理由については程なく語られたが、私には到底(とうてい)納得のできるものでは無かった。


此方(こなた)らさえ、ここに参らなければ、このような危険は無かったやも………。 面目次第(めんぼくしだい)もございません………」


「いや、なんで……? 謝らないでください。 そんなの……」


この場に居合わせたのは、私の意志に他ならないわけだ。 まかり間違っても、彼女が責任を感じる(すじ)じゃない。


巻き込まれ体質ならまだ良いが、私の場合は(みずか)ら進んでいった先で、トラブルに見舞われることが屡々(しばしば)だった。


せっかく呪いから解放された彼女に、最後の最後で汚点(おてん)というか、(きず)を残した気がして、穴があったら入りたいような気分だった。


「それにしても、さっきの………」


「人を呪わばってヤツだな……」


濡れタオルで私の顔をぐしぐしと(ぬぐ)いつつ、史さんがそのように応じた。


人を呪わば穴二つ。


呪いで縛られていたのは、なにも()の一族だけでなく。 九尾譚(きゅうびたん)に関わった人々、取り分け説話を創作した人物もまた、同じ()き目に()っていたのではないか。


言わば、表裏(ひょうり)一体の呪いだ。


九尾狐(きゅうびぎつね)の恐ろしさが世に浸透(しんとう)するたびに、作者もまた呪われる。


結桜ちゃんの身に(まと)わりついたものは、たしかに友人(ほのっち)の手で(はら)われた。


しかし、その裏に(ひそ)んでいたもう一つの、作者側の呪いが、こうして浮き彫りになって現れたのではないかと。


「ごめんね………?」


「ふん……? ぁや、なにを謝っておいでか?」


人間というものは、まったくもって()(がた)い。


自分を(たな)に上げるつもりは無いが、この騒動の(しん)発端(ほったん)を思うと、そんな風に考えずには居られなかった。


空を見る。


二人の眼に、この夜空はどのように映っているのだろう。


星々を、太古の(またた)きすらも(かすま)ませる人里(ひとざと)の明るさは、二人にとって、どのような。


ふと気をまわし、夜空をキョロキョロとやって、それの在処(ありか)を探す。


少しでも、二人の気慰(きなぐさ)めになればと思ったのだけど、今日は生憎(あいにく)と、月は出ていなかった。

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