元締の本性
「どうぞ、粗茶でございますが」
「あ、お気遣いなく」
私たちが着座するのを待って、先ほどの巫女さんがお茶を差し出してくれた。
口をつけていいものか、考えついでに視線をさっと巡らせる。
建物の様式としては、やはり寝殿造りに近いもので、中央に母屋を置き、四方に廂の間を配しているらしい。
ただ、設備については、決して定石に沿うものではなく。
床材には、手入れが楽なフローリングを。 妻戸はガラスを用いた機能的な物を設えている。
当座の母屋にいたっては、それが特に顕著で、まずは触り心地の良いカーペット。
二階厨子の代わりに大型のテレビラックを備え、本来なら帳台が占めるはずの場所には、コタツが堂々と居座っていた。
「あれは………」
私たちが座る位置、それに間取りの関係上、主の寝所と思しき奥の間が、それとなく垣間見える。
可愛らしいベッドの上には、沢山のキツネのぬいぐるみが屯していた。
あれ? なんだかこのヒト……。 あれ………?
そういった、一種の不審にも似た思いが、私の中で早くも芽生え始めていた。
しかし、室内はとても良い香りに包まれていた所為か、心のほうは非常に安らいでいたように思う。
「では、ごゆるりとどうぞ」
「えぇ、ありがとうございます」
丁寧な所作で礼を加えた巫女さんが、足音を立てず当座を離れた。
不思議な娘だ。 まさか狐という事は無いだろう。
それにしても
「………………」
まじまじと観察するのは失礼と分かっているが、視線を注がずには居られない。
上等な褥に静座する女性。 背筋に一寸の撓みもなく、白い両手はきちんと膝の上に置かれている。
座れば牡丹とは、まさにこういう姿を言うのだろう。
もちろん、ただ居住まいが美しいというだけではない。
その凛然とした雰囲気は、自然とこちらの背筋を硬直させ、緊張を強いる。
先ほど脳裏を過った雑駁な所感など、きっと私の勘違いだ。
そう結論づけるのに、然したる苦労はなかった。
「………行った? ねぇ、もう行った?」
「え?」
そんな事を考えていた矢先にこれだ。
思わず声が出るのも仕方ない。
何やらモゾモゾと身を揺すった彼女は、目深に被った綿帽子をわずかに捲り、巫女さんが退いた方を入念に確認している。
これに乗じた友人が、同じように廂の向こうを確認し、間もなくオーケーのサインを出した。
「うん、大丈夫」
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜」
すごい溜め息だった。
まるで、溜まりに溜まった緊張感を残らず吐き出すような。
「相変わらず厳しいです? あの娘」
「そう……。 元締ならちゃんとしろってねぇ」
口を尖らせた彼女は、すくりと身を起こすや、さっさとコタツに潜り込んでしまった。
なるほど。 やはり、そういう事らしい。
私の天運とやらは、こうしたヒトたちと巡り合う方向に定まっているようだ。
「あ、おふたりもどうぞ? えへへ」
呆然としていると、そんな風にお呼びが掛かった。
厚意はありがたいが、こんな季節にいくらなんでも。
そう思った途端、違和感を知った。
何やら、肌寒いような。
神経が張り詰めていた所為か。 今の今まで気づかなかった。
この気温は、どう考えても七月のそれじゃない。
「花冷えなんですよ、ここって。 いつも」
友人の説明を受け、合点がいった。
この世とあの世の狭間。
いま居る場所が、並みの世界ではないと、ようやく実感らしい実感を得た気がした。
「あ、こちら望月千妃さんです。 私のお友達」
続けて、そんな風に当方の紹介を加えてくれる。
幾分にも肩の力が抜けていたので、飲み込みは早い。
「はじめまして。 この度はお招き頂いて」
特に皮肉のつもりは無い。
言ってから、不味かったかと少し焦った。
曲がりなりにも、相手は神さまだ。
そんな私の心配を余所に、彼女はこのように応じた。
「あっ、はじめまして。 うぇへへ……」
なぜ笑う?
やらかした事を取り繕っているのか。
それはつまり、私をここへ“呼んだ”ことについて、少なからず罪悪感を抱いていると?
いや、どうも様子が違う。
「で。 こちら、胡梅さんです。 この辺のお稲荷さまの元締さん」
「うん……。 どうぞ、よろしくお願いします」
「あっ、よろしくお願いします。 うぇへへ………」
何となく察しがついた。
困った時は、とりあえず笑って切り抜けようとする悪癖。
かく言う私にも、むかし同じような習性があったので、気持ちは痛いほどよく解る。
このヒト、たぶん人見知りだ。