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天史拾遺長歌集  作者: d_d本舗
34/112

誤解と誤認

真剣勝負とは、なにも当事者だけでなく、その場に居合わせる者にも強烈なストレスを及ぼすものなのだと、私はそのとき知った。


睨み合う両名に、いまだ動きは見られない。 長い長い沈黙が続くばかりだ。


雨音は気にならない。 ただ、自分の心音がいやに大きく、体中に鳴り渡っているようだった。


「あれ……?」


「おや……?」


どれほど時間が経ったか。いや、もしかすると数分も経っていなかったかも知れない。


出し抜けに、双方とも怪訝(けげん)な声を立てた。


何が起こったのか分からない。


未だに対峙は続いているが、どうにも様子がおかしい。


先までの緊迫が、急に霧散したようだった。


束帯姿の少女に至っては、ペタペタと前屈みに身を乗り出し、小難しい表情で友人(ほのっち)の顔を見上げている。


「なるほど………」


その末に、むくりと身体を起こした彼女は、“コホン”などと取り繕うような咳払いを加えた後、いたって誠実な口振りで述べた。


「よく分かりました。 まずは手前の無礼をお赦しください」


口調のみならず、雰囲気そのものが一変しており、当初のあどけない印象が途端に霞むのを感じた。


幼気な容貌が、今はひどく大人びて見える。


「こちらこそ、ちょっと熱くなってしまって。 ごめんなさい」


応じる友人もまた、ふんわりとしたチュニックの裾をサッと叩いて落とし、襟を正して頭を垂れた。


事態が飲み込めずにいる私を余所に、当たり障りのないやり取りが続く。


「こんな所でなにをしてたんですか?」


「それは我が主の事訳に関わるゆえ、ご容赦ください。 そちらこそ、なにを?」


「ん、肝試しみたいなものです」


「ほぉ、肝試し。 夏を甘んずるには良き遊び(わざ)ですね」


手持ち無沙汰ではあるが、口を挟むのは躊躇われる。 そもそも、先頃の緊張がまだ解けていない。


どうしたものかと倦ねていると、少女がサッと踵を返した。


それに伴い、肩先で切り揃えられた透けるような銀髪が、瑩然(えいぜん)として舞った。


「最後に一つだけ確認させて下さい」


そんな風に、事態の落着を仄めかす前置きをくれた後、視線をチラリとこちらに寄越した。


「そちらの方々は、貴女の供物……、獲物ではないのですね?」


気配を知って振り返ると、幼なじみ二名の姿が目に留まった。


やっとの思いで辿り着いたのだろう、どちらも這う這うの体だ。


その姿を認めた途端、急に鼻の奥がツンとした。


「すごい音したけど、二人とも大丈……夫………っ」


言い終わるより先に、少女の姿が目に入ったのか、そろって息を呑む気配がした。


こうなる事を恐れたから、私は独りで友人の後を追ったのに。


トラウマなんて、安易に負っていいものじゃないし、負わせるのはなお悪い。


それはあの時あの池で、あの一件を通じて痛いほど理解したはずなのに。


二人の姿を認めた途端、少なからず安心感を覚えてしまった私は、何だか自分がとても小っぽけな人間に思えて仕方がなかった。


「えも……っ、ぬおぉ………?」


地の底から響いてくるような声を受け、我に返る。


友人(ほのっち)の肩が、ものすごい震え方をしていた。


たしかに、さっきのは聞き捨てならない。


余りにも酷い言いぐさだ。 勘違いも甚だしい。


「……私はあなたが思っているような存在(もの)じゃありませんよ」


ひとこと文句を言ってやろうとした矢先、当の彼女が大人な対応をした。


深呼吸を数度くり返し、いたって柔和な、それでいて厳しさを忍ばせた表情で言う。


「この子たちは私の友人です。 私はいいですけど、ちゃんと謝ってくれますか? 彼女たちに」


「……そうでしたか。 それは御無礼──」


「あと、こちらからも一つだけ」


根は善良な性分なのだと思う。 丁寧にも、わざわざ向き直って礼を尽くそうとする少女に対し、友人(ほのっち)は矢継ぎ早に述べた。


「こんな所でピーピー泣いてると迷惑になりますからね? そこんところ、気をつけてくださいよ?」


「ピ……っ? 」


見る間に顔を真っ赤にした先方は、一歩二歩と狼狽えるように後退ったかと思うと、やがて外方を向いて応じた。


「それは、気をつけます……」


そう言い残し、彼女は教室を後にした。


手近の側壁をスルリとすり抜けて。


呆気に取られたが、二の足を踏んでばかりもいられない。


「ほのっち、今のって……」


「え? あ……、なんだろ……?」


どうにも歯切れが悪い。


彼女らしからぬと言うか、あえて核心を私たちの目から遠ざけようとしているかのような。


「……悪い子じゃないみたいですね」


ややあって、そんな風に強引な括り方をした友人は、ぼんやりと窓の外を打ち眺めた。


つられて視線を向ける。


本降りになった雨脚が、夜の町並みを朧気に霞ませていた。

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