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天史拾遺長歌集  作者: d_d本舗
19/69

思い出11

「逃げ……っ! 逃げよう!!!」


「はやく! ほらっ!!!」


今でもなお、一つだけ胸を張って誇れることがある。


このような事態を前にしても、私たちのうち誰ひとりとして、友達を置き去りにしようとはしなかったことだ。


もちろん、それが当たり前と言えばその通りだろう。


しかし、自分だけは何としても逃げ延びようだとか、そんな意地汚いものが顔を覗かせる余地など、その場には少しも無かった。


とにかく、みんなで逃げる。


それしかなかった。無我夢中だった。


この危急に瀕しながらも、そういった連帯感のようなものが、私たちにかすかな正気と勇気をくれたのだと思う。


兎にも角にも一致団結した子供たちは、手に手を取り合い、死にものぐるいで林道のほうへ引き返した。


「姉ちゃんも早く逃げろ!!!」


その最中(さなか)、誰かが声を荒げて言った。


そう言えばそうだ。


自分たちの他にも、当の死地に居合わせた人がいる。


「……………っ!」


伸び放題の草むらに足を取られそうになりながら、(から)くも彼女のほうへ視線を走らせる。


どういう訳か、あの人は動じない。


相も変わらず畦道の(へり)に突っ立ったまま。特に(すく)んだ様子もなく、目先の奇景をのんびりと眺めている風だった。


仕方なく友達に合図を送り、一旦(いったん)足を止めた私は、“お姉さん!”と大呼(たいこ)して警告を放った。


しかし、彼女は応じない。


その目線の先では、今まさに恐ろしいものが全容を現そうとしている。


柔い岸辺を手もなく押し潰した二つのハサミが、かろかろと奇っ怪な音を立てた。


下半身はいまだ水中のため、正確な体長を知ることはできない。


それでも、すでに出現している部位の重量感は(はなは)だしく。


動物園で初めて巨象を見上げた折りの、思わずポカンと口を開けそうになる感覚。


いや違う。 そんな痛快なものでは断じて無い。


何をどうしようとも、人間には決して太刀打ちできないもの。


多大な絶望と無力感が、同時に襲い来る感覚に見舞われるのみだった。


「これ、食べれると思います?」


「は………?」


ゆえに、彼女が発した言葉の意味が、私には最初まったく理解できなかった。

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