表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天史拾遺長歌集  作者: d_d本舗
109/112

わらべ唄

鳥居の横に設置された献灯台(けんとうだい)の明かりが、次第(しだい)()けてゆく人足(ひとあし)を、ぼんやりと見送っていた。


的屋(てきや)(しゅう)もぼちぼち店じまいを始め、境内のあちこちに味気のないブルーシートが目立つようになった。


「お疲れさん」


「うん。 お疲れ」


肩をポンと叩く幸介に応じ、スマホをポケットに仕舞う。


そこへ、何やら両手いっぱいに飲み物を(かか)えたタマちゃんが、ホクホク顔で駆け寄ってきた。


「乗り切ったね? みんな頑張った!」


「お疲れさま。 どうしたのそれ?」


「さっきおっちゃんがくれたんだよー、そこのお店の。 どれがいい?」


よく冷えた缶ジュースを受け取り、ゴクゴクと(あお)る。


緊張していた所為(せい)か、暑さはそれほど感じなかったけど、喉はカラカラに(かわ)いていたようだ。


「結桜ちゃんたちは?」


「うん。 さっき」


警備解除を伝えた際、安堵(あんど)の声と(とも)に、(ろう)をねぎらってくれた二名である。


(かさ)ねて深謝(しんしゃ)(ほどこ)し、通信を終えたのがつい先ほどの事だった。


「さっきの雨、マジでヤバかったよな?」


「ね? ホントに(あせ)った」


「すぐ止んで良かったよねー」


あれはちょうど、明戸さんの神楽舞(かぐらま)いが終わり、提灯行列が出発しようかという矢先のことだった。


この辺り一帯、急な雷雨に見舞われたのである。


(さいわ)いにも、ながく降り続くようなことは無く、体感としては数分程度の通り雨だった。


この時季だとそれほど珍しい事でもないし、昨今(さっこん)のお天気事情は()して知るべしといった具合で、目立った混乱は起きなかった。


あとで聞いたところによると、ああいった空模様はむしろ、当の神事においては歓迎(かんげい)されるものらしい。


この神社の御祭神(ごさいじん)が、言わずと知れた水の神さまという所以(ゆえん)だろう。


ともあれ、あれがあの女神(ヒト)(いき)(はか)らいだったのかは定かでない。


「みんなお疲れさま」


「つー姉ちゃんカッコ良かったよ!」


「えぇ………? うん、ありがとー」


本式の巫女装束をつけた明戸さんが、こちらへサクサクと歩いてきた。


スラリとした彼女のスタイルに良く似合っているし、持ち前のふんわりとした雰囲気が、神聖な気配と(ほど)よく調和を果たしている。


老若男女(ろうにゃくなんにょ)を問わず、誰にとっても親しみやすそうな巫女さんだ。


「お疲れさま。 とりあえずだね?」


「うん。 あと一日」


コクリと(うなず)いた彼女は、タマちゃんから手渡された缶ジュースのプルタブをぷしゅっとやった。


明日は本宮(ほんみや)。 いわば、お祭りの本番にあたる。


(かぶと)()”の物喩(ものたと)えではないが、まだまだ気を抜くことは出来ないなと思いつつ、二人のもとへ目を向ける。


本日、私たちの視線による、ありったけの集中砲火を浴びた父娘(おやこ)である。


現在は明戸家の玄関先で、どうやら明日の打ち合わせをしているらしい。


明戸さんパパの姿も確認できる。


こちらに気づいたほのっちが、小さく手を振っているのが見えた。


同じように応じた(のち)、ふと思い立って。 というか、そこで初めて足が棒になっていることを知って、私はひとまず地面の具合を指先でたしかめた。


(あつら)え向きな、拝殿前はいでんまえの石段だ。


「あ、もう(かわ)いてる」


「やっぱりこの時季はねー」


「つづらちゃん、それ汚れたりしねぇ?」


「大丈夫だよ? いっぱいあるから」


そろって腰を下ろし、境内の様子をしんみりと打ち眺める。


神紋入りの法被(はっぴ)を着た氏子衆の姿は、もうどこにも見当たらない。


(にぎ)やかなお囃子(はやし)が、まだ耳の奥で(かす)かに鳴っているような気がした。


あれだけ混み合った参道も、今や人影は数えるほどしかなく。 そんな彼らも、時を()ず鳥居の向こうへ歩き去っていく。


今朝(けさ)からずっと、この(もよお)しに(たずさ)わっていた所為(せい)か、祭りのあとの静けさが、胸の中ほどに一際(ひときわ)切ない情感を呼び込んだ。


「………結桜ちゃんたち、遅いね?」


タマちゃんがポツリと言った。


(ちょく)で帰ったとか? ほら、神社は緊張するって」


幸介が何気ない調子で応じた。


「そっか………。 そんなの気にしなくていいのにね」


明戸さんが小さく息をついた。


各々(おのおの)、祭りのあとの物悲しさに引かれてか、どことなく放心しているようだった。


一度、結桜ちゃんたちに連絡を入れてみようかと、私がポケットに手を伸ばしたその時だった。


「お逃げください!!!」


片耳につけたイヤホンから、切羽詰(せっぱつ)まった様子の大音声(だいおんじょう)が聞こえた。


果たして、幼なじみたちも同じ目に()ったらしく、それぞれ顔を(しか)めて、片方の耳を押さえている。


事態が()み込めないまま、()にも(かく)にもスマホを取り出したところで、それは聞こえてきた。


曲調からして、わらべ(うた)だと思う。


聴いたことのない唄だ。


歌っているのは、子どもだろうか?


「………………」


徐々に歌声が鮮明になるに(したが)って、疑問が不審(ふしん)に変わった。


これは本当にわらべ唄か?


子供が歌い遊ぶには、歌詞がすこし陰惨(いんさん)すぎる気がする。


大半が古語(こご)で構成されており、そのうえ(なま)りがキツいので、細かな部分までは分からないが、大意(たいい)(おおむ)ね、こんな感じだと思う。


“稲を()って腹が減った。 余分な実を()いで腹が(ふく)れた。 ある日、親が泣きながら鎌を持ち出した。 米が増えた。 実は減った。 鎌を造った鍛冶屋(かじや)は誰か? 鎌を造った鍛冶屋は誰か?”


「………………っ」


途端(とたん)に、全身の毛が逆立(さかだ)つような恐怖と嫌悪感(けんおかん)見舞(みま)われた。


この唄が歌われた時代背景が、()っすらと垣間見(かいまみ)えた気がしたのだ。


考えてはいけない。 深く考えてはいけない。


そう念じつつ、声の出処(でどころ)をゆっくりと目で追いかける。


瑞垣(みずがき)の向こうをじわじわと通過し、鳥居の近くへ(にじ)り寄ってくる。


「………結桜ちゃん?」


「ここに!」


震える手でスマホを口元にやったところ、いきなり頭上から当人が降ってきたものだから、思わず腰を抜かしそうになった。


しかし、その様子が尋常(じんじょう)じゃない。


小さな手に太刀を握り、身辺に無数の狐火(きつねび)(あしら)っている。


完全に臨戦態勢だ。


異変に気づいたのか、友人たちがこちらに駆けてくる気配がした。


「琴親!」


結桜ちゃんの鋭い声に応じ、東側の(もり)から飛び出した孤影(こえい)が、父娘(おやこ)の行く手を(さえぎ)り、その進行を押し(とど)めた。


「裏手からお逃げください………っ」


ギリギリと歯噛みしながら唱える背中に、「あいつ………?」と、躊躇(ためら)いがちに投じる。


片方の腕に、タマちゃんがキュッと(すが)りついてきた。


「思い違いをしていました。 あれはいけない………」


「どういうこったよ?」と幸介が問う。


逡巡(しゅんじゅん)した結桜ちゃんは、この事態が如何(いか)に深刻なものか、簡潔な言葉で伝えてくれた。


「あれは、そんじょそこらの刀霊(とうれい)ではありません」


抑揚(よくよう)のない声で(つむ)がれたわらべ唄は、いつの間にかピタリと()んでいた。


鳥居の真下に、小さな人影がある。


結桜ちゃんよりもさらに小さい、まさに(わらべ)そのものだ。


肩に(かつ)いだ抜身(ぬきみ)の一刀が、身の(たけ)をわずかに上回っていた。


その矮躯(わいく)には、形式の定かでない和服を(よそお)っている。


いや、和装かどうかすら判然としない。


()いて()げるなら、中古代の直衣(のうし)が一番近いか。


仕立ての(ほう)も独特で、ある箇所(かしょ)には見窄(みすぼ)らしいボロ切れを()てがい、ある箇所には目の覚めるような錦紗(きんしゃ)(もち)いている。


その混沌こんとん具合はまるで、先のわらべ唄が歌われた当時の、狂いに狂った世相(せそう)如実(にょじつ)に物語っているようだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ