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天史拾遺長歌集  作者: d_d本舗
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言葉足らずな巫女

店内には、幼なじみの姿もあった。


いずれも口をポカンと開けて、この修羅場の末席(まっせき)に加わっている。


こちらに気づいたタマちゃんが、カクリと首を振った。


場の中心をなすのは史さんと、私たちと同年代くらいの女の子だった。


「あれ、明戸(あけと)さん?」


「あ、千妃(ちえ)ちゃんだ。 久しぶりだね?」


よく見れば、知ってる顔だ。


彼女は明戸つづらさん。 白砂(しろすな)神社のひとり娘である。


高校は(こと)なるものの、私たちより一学年上の先輩にあたる。


小さな頃は、神社の境内(けいだい)でよく一緒に遊んだ覚えがあるし、今でも時おり連絡を取り合っている。


あ、そうだ。


そういえば、この人………。


「よぉ、帰ったな? おかえり」


ひとまずこちらに手のひらを見せた史さんは、改めて目先の彼女に向かった。


「そいで、なんて? お前さん今、なんつった?」


「うん。 だからね? ずっと(そば)にいてほしいの。 史さんに」


幸介が手元のひとくちチョコをぽろりと取り落とし、タマちゃんの手元からチューブゼリーがビャッと勢いよく飛び出した。


ほのっちの顔は、見ることができない。


場の空気が完全に凍りついている。


「お前さんも物好きだねぇ………」と、さすがに年長者らしい余裕を見せる史さんだったけど、ふと視線を上げた途端、(またた)()に顔色を(そこ)なった。


「おまえ……っ、落ち着け! 落ち着けよ?」


取り乱すのも無理はない。


私のすぐ隣から、言い知れない殺気のようなものが、ギラギラと発散されていた。


一方(いっぽう)で明戸さんは、きょとんとした表情で固まっている。


この店内に炸薬(さくやく)を持ち込んだ張本人にも関わらず、状況が飲み込めていないようだ。


そんな彼女も、やがてゆるゆると、涼しげな眉根(まゆね)を不安そうな形に(ゆが)めてみせた。


自分の言葉に、なにか深刻な不備があったのか。 いま一度、よくよく吟味(ぎんみ)しているらしい。


「あの……、あのね? 神社(うち)でお祭りがあるでしょ? もうすぐ」


「おう、そうだな」


「うちの(すい)ちゃん様、いまお留守なの。 兄神(あにがみ)さまに会いに行ってて」


「おう、そうだな」


「そんな時にお祭りなんかして、なにかあったら困るでしょ?」


「おう、そうだな」


ダメだ。


史さんが、壊れたラジオみたいになってる。


「だから、お祭りの間、神社(うち)にいてくださいって、そう言ったつもりなんだけど………」


「なに………?」


普段から、じつに気立(きだ)てが良く、社交的な性格で、現代巫女の(かがみ)のような明戸さんである。


そんな彼女の唯一の欠点が、言葉足らずという、場合によっては、他の長所をすべて台無しにしかねないものだった。


「つまり、あれか? 警備しろって話だな? 祭りが無事に終わるまで」


「あ、よかった。 伝わった………」


いつの世も、言葉はきちんと伝えないと意味がない。


黙っていても伝わるだとか、雰囲気で察するというのは、本当に親しい間柄(あいだがら)でのみ成立する話だろう。


いや、たとえ家族(かん)、親友間であろうとも、ちゃんと口で言わないと分からない場面が多々(たた)ある。


それが人間というもので──


「うん………?」


史さんには“他心通(たしんつう)”があるはずだ。


他者の心を聞き知る能力。


いくら言葉足らずな明戸さんでも、心の中までシンプルを徹底しているとは考え(にく)い。


それは恐らく、普通の人間にはできない芸当だ。


単に、史さんが通力(つうりき)(もち)いなかったのか。 それとも、明戸さんの内面が、私が考える以上に超人的なのか。


「うん、そういう事なら」と、早々(そうそう)に機嫌を直した友人が、前向きに応じた。


「任せといてくださいよ。 大切なお祭りですもんね?」


「うん。 ありがとー穂葉ちゃん」


自信に満ちた表情で、明戸さんの依頼を快諾(かいだく)する。


なんだか、いつもの彼女が帰ってきたようで、私はすこし嬉しくなった。

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