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あの娘の卒業式

「卒業証書、授与。

 3年A組…… 」

 しんと静まりかえった体育館に、担任の声が響いた。

 3月に入ったとはいえ、まだ足元が冷える。

 紅白の垂れ幕で飾られた会場で、小1時間沈黙したので疲れが出始めた。

 隣の席は空いている。

 次が「彼女」の番だ。

 みんなが固唾かたずを飲む。

「如月 由利きさらぎ ゆり」

 返事はない。

 1人分、列が空く。

 私が呼ばれた。

「来栖 亜衣くるす あい」

「はい」


 2年前、16歳の少女を突然の事故が襲おそった。

 お風呂で居眠りして、溺死したのだ。

 みんな受け止めきれなかった。

 明るくて、人気者だった由利。

 葬儀には、クラスメイトが20人ほど参加した。

「由利、毎日来てるよ」

 霊感の強い水鼓 杏里みずこ あんりが言った。

 背筋に冷たいものが走った。

「ほら、座って外を眺めてる」

 杏里は、何でもないという顔をする。

 それからというもの、霊視してもらうのが日課になった。

「そろそろ……

 片付けようか」

 言いにくそうに、担任が切り出した。

 みんなでお金を出し合った花束が、背の高い花瓶に生けられている。

 由利の席は真ん中の窓際。

 邪魔にはならないが、教室に「死」のイメージを残し続けるのも問題である。

「待ってください。

 由利は、どうするんですか」

 担任はポカンとした。

「どうって? 」

「座ってます」

「えっ。

 どこに」

「ここに」

 目で空っぽの椅子を示した。


 杏里は休み時間になると、ひとりで出ていく。

 そんなとき暗い顔をして、目の焦点が合ってない気がする。

 前から気になっていた。

「ねえ。

 いつもどこ行ってるの」

 思い切って聞いてみた。

「うん。

 ちょっと一緒にきてよ」

 言われるままについていく。

 休み時間の廊下は騒がしい。

 廊下の爽やかな空気を吸うと、教室の息苦しさに気づく。

 階段を上り、踊り場がみえてきた。

「そこ。

 みえる」

 唐突に杏里が尋ねた。

「踊り場のこと」

 何もない踊り場をみて聞き返す。

「みえないよね。

 人が、窓の外を眺めてるわ」

 背筋に悪寒が走った。

 杏里はいつも、霊に会いに行っていたのだ。

 極力平静を装って、

「へえ。

 他にもいるの」

 視線を踊り場に向けたまま言うと、

「ほら。

 1人降りてきたよ」

 思わず天井をみた。

「ごめんね。

 階段を普通に降りてきたのよ」

 亜衣は動揺を隠せなかった。

 杏里の視線の先を凝視したが、人影はみえなかった。

「私、生まれたときから普通の人にはみえないモノが見えるのよ」

 横顔が、どこか寂しそうだった。

 踊り場の窓から差す光を受けて、シルエットだけが目に映った。

 きっと自分にしかみえないことも、他人に理解されないことも承知で話してくれたのだ。

 その気持ちには応えたかった。

「私ね。

 心霊スポットとか、雑誌で調べて行ってみたことあるよ」

 関係ありそうな話題を、努めて明るく振ってみた。

「そうね。

 心霊スポットに行くと、写真に写ることもあるらしいわ」

 杏里も気を遣っているようだった。

 日常とかけ離れた世界の話になって、つなぐ言葉がみつからない。

「いつも、こんな感じになるから、気にしなくていいよ。

 幽霊って怖いよね。

 私ね。

 ずっとみてるから、怖くないの」

「由利が座ってるって、言ったけど何をしてたの」

「何も。

 ボーッとしてる感じだったわ。

 そうそう。

 自分が死んだことに、気づいてないみたいよ」

「えっ」

 亜衣はドキリとした。

 超常現象が急に身近な日常になる。

 死んだことに気づいていない……

 お風呂で眠ってしまい、溺死したのだ。

 死の瞬間を知らないまま、向こうに行ったのだろう。

「私たち、何かしてあげられるかな」

「できることはないわ。

 由利が高校を卒業するまで、クラスメイトでいてあげることくらいかな」

 放課後、2人は担任の古川先生と話すことにした。

「先生。

 由利は自分が死んだことに気づいていなくて、普通に登校しているんです」

「朝学校に来て、夕方帰っているのかな」

 先生も、朝のやりとりから、ある程度予想していたのかもしれない。

 動揺の色はなかった。

「そうです。

 これからもずっと通うはずです。

 ですから、席をそのままにしてあげてください」

「ふむ。

 他人に危害を加えることはないのかな。

 言う通りにしてあげたいところだが、周りの先生に聞かれると思ってね」

 黙って聞いていた杏里が、血相を変えた。

「先生!

 由利がなぜ他人に危害を加えると仰おっしゃるのですか!

 先生は、周りの人を理由なく傷つけますか! 」

 内心、亜衣も危害を加えられることを恐れていた。

 だから、何も言えなかった。

「霊はみんな穏やかなんです。

 人間と変わりはないし、一緒にいると落ち着くんです……

 見えないから、怖がるだけなんです…… 」

 声を震わせ、悔しさがにじみ出ていた。

 

 由利の机から花を片付け、席はそのまま残すことになった。

 A組は3年間クラス替えがないので、クラスメイトも慣れてしまった。

「由利は卒業したらどうするのかな」

「死んだことに気づいていない霊は、ずっと残ることが多いわ。

 きっと由利もここに…… 」



この物語はフィクションです

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