運命の刀
近未来の東京。謎のエネルギー「アーク」が暴走し、怪物「ダーク」が現れるようになった。平凡な大学生だった釘宮駿は、亡き父が遺した刀「機巧刀」の力を覚醒させ、ダークと戦う運命を背負うことになる。
燃え上がる刃で東京を救え――「東京イグニスト」、運命と覚醒の物語が今、動き出す。
東京の空はどこまでも灰色で、ビルの隙間から差し込む薄い光が街に静かな陰影を落としている。
喧騒の中を歩く釘宮駿は、何気ない日常の繰り返しに少しばかりの退屈を感じていた。
彼は22歳の大学生で、将来の目標も特にない。ただ、なんとなく流れるままに過ごす毎日。そんな彼の手には、今日もまた無機質なノートとペンが握られていた。
夕方、授業が終わり、彼は大学からの帰り道にいつも通りのコンビニに立ち寄る。
おにぎりとペットボトルの水を買って、自宅アパートに戻ると、薄暗い部屋の中がひんやりと彼を迎え入れた。
「ただいま…」
誰もいない部屋に言う癖が、駿にはあった。
両親は彼が幼い頃に事故で亡くなっており、今は一人暮らし。
父が残した古いアパートには、特に思い出と呼べるものも少ないが、唯一目立つのが、
部屋の隅に置かれた古びた刀だ。
その刀――「機巧刀」は、代々釘宮家に伝わるもので、父が生前大切にしていた。
しかし、駿は一度もその刀を抜いたことはなかった。使い方も知らなければ、そもそも何のためのものかも教えられていない。
ただ、父が言っていた「大切なものだから守れ」という言葉だけが記憶に残っている。
「父さん、何でこんなものを……」
駿はいつもならそれ以上考えずにそのまま寝てしまうのだが、その夜は違った。窓の外から、不気味な音が響き渡ったのだ。低いうなり声のようなものが、遠くから徐々に近づいてくる。
「なんだ……?」
駿は窓際に歩み寄り、外の様子を確認しようとした。だが、外は真っ暗で何も見えない。
背筋に嫌な寒気が走る。何かがおかしい。そんな直感が頭をよぎった次の瞬間、ドンッと大きな音が部屋の窓を叩いた。
驚いて後ずさりする駿の前に、今までに見たことのない異形の存在が現れた。
それは巨大な黒い霧のような体を持ち、凶暴な牙があった。その存在が確実に「駿」を見ていることが分かった。まるで全身が圧迫されるような感覚に、息が詰まりそうになる。
「なんだこいつ……!?」
駿は動けない。足がすくみ、喉が乾いて声すら出せない。ただ目の前に迫り来るその怪物に呑み込まれそうだった。
その時、部屋の隅に置かれていた刀が、かすかに光を放ち始めた。
「え……?」
不意に駿の体が反応する。何かに導かれるように、刀に手を伸ばしていた。鞘に納められたままだったはずの刀は、彼の手に触れた瞬間、自ら抜け出すかのように滑り出た。まばゆい光が一瞬、部屋全体を照らし、その光景に怪物――ダークは一瞬たじろぐ。
「来るな……来るな!!」
反射的に、駿は刀を振り下ろした。鋭い閃光が走り、刀がダークの体に食い込む。驚くべきことに、ダークの霧のような体が裂け、断末魔のような叫び声を上げると、消え去っていった。
駿は荒い息をつきながら、その場に崩れ落ちた。何が起こったのか、全く理解できない。ただ目の前には、信じがたい光景と、父の遺した刀だけが残されていた。
「なんだ……これは……」
震える手で刀を見つめる。確かに、さっきまでこの刀が自分を守っていた。しかし、それがどうしてなのか、駿には全くわからない。
――ダーク。東京の一部では、最近その存在が都市伝説のように囁かれていた。だがそれは、ただの噂に過ぎないと思っていた。
しかし、今自分が見たものは、確かにその「ダーク」だった。
「父さん……これが、遺したものか……」
駿は、あの日父が何も言わずに亡くなった意味を初めて考え始めた。そして、彼の人生が大きく変わろうとしていることを感じる。父の残した刀が、自分を運命の戦いへと導いているかのように。
だが、それがどういう戦いで、何と戦うのかはまだわからない。ただ一つ、確かなことがあった。
「俺は……もう戻れないんだな……」
駿は静かに立ち上がり、刀を鞘に収めた。部屋の外は、再び静寂が戻っていた。しかし、その静けさがこれから訪れる嵐の前触れであることを、彼はまだ知らなかった。
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