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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

作者: 霜月藍

ゆめ【夢】

《「いめ」の音変化》

1 睡眠中に、あたかも現実の経験であるかのように感じる一連の観念や心像。視覚像として現れることが多いが、聴覚・味覚・触覚・運動感覚を伴うこともある。「怖い夢を見る」「正まさ夢」

2 将来実現させたいと思っている事柄。「政治家になるのが夢だ」「少年のころの夢がかなう」

3 現実からはなれた空想や楽しい考え。「成功すれば億万長者も夢ではない」「夢多い少女」

4 心の迷い。「彼は母の死で夢からさめた」

5 はかないこと。たよりにならないこと。「夢の世の中」「人生は夢だ」

おい、少年、起きるがよい――痩せこけた老人の声に、私はようやく眼を覚ました。肩を揺すられて見開いた瞼の先は、薄暗く汚れきった広間であった。どうやら一日の労働の後、私はそのまま泥のように眠り込んでいたらしい。周囲の者らは、倒れている私を気にも留めず、それぞれの持ち場へ戻っていたという。人の情けなさを思い、苦笑せざるを得なかった。


「ああ、すみません、ヨーレンさん。……それに少年ではなくジェミンですよ。」

私はそう答えると、老人は片頬をわずかに歪めて笑みとも苦笑ともつかぬ顔をした。


「まったく、お前さん、もうすぐ夕餉の刻だぞ。」

老人が牢の方へ歩むので、私も慌てて立ち上がり、裸足の足裏から滲む血の痛みに堪えながらその背を追った。階段を登り詰めると、全身を甲冑に包み、顔を仮面で覆った監視の者どもが、牢の前に沈黙したまま佇んでいるのが見えた。彼らは言葉ひとつ発せず、私たちが牢に戻るや重厚な扉を閉め、音もなく立ち去った。


「奇妙なものよの。顔を隠し、声ひとつ聞かせぬ。あやつら、何を考えて生きておるやら。」

老人のつぶやきに、私もただ気味の悪さを覚えた。


この牢には三十名ばかりの男どもが収められている。連続強盗殺人に手を染めた者、詐欺を生業とした者、誘拐を企てた者――人の罪業という罪業の見本市のごとき有様である。


やがて夕餉が配られた。とはいえ、それは食事と呼ぶに値しない。朝は泥水に似たコーヒー、昼は具なき薄い汁、夜は石のごとく硬い黒パンと、申し訳程度の野菜が浮かぶだけの水っぽいスープである。人間の生を保つのに足るだけの栄養さえ満たしてはおらぬ。かくて我らは皆、骨と皮ばかりの姿にやつれ、悪臭と糞尿に満ちた環境の中で病を得やすく、ひとたび病めばただ死を待つより他に道はない。


「おお、今日は肉が入っとるぞ!」

誰かの叫びが響く。牢にいる男たちの眼が、一斉に輝きを帯びた。時に、この水のごときスープに肉片が落ちることがあるのだ。


「おい、ジェミン。こいつはお前にやろう。」

ヨーレン老人は決まって、自分の肉を私に譲ってくれる。私は恐縮しながらそれを受け取る。他の男たちは奪い合いを始める。「おい返せ!」「黙れ、この大男め!」と怒号が飛び交うが、肉があろうとなかろうと、結局は奪い合いが日常なのである。


食事が済むと、男たちの行動は二つに分かれる。ひとつは、疲弊した身を横たえて明日に備える者。もうひとつは賭博に興じる者である。


この牢獄――アルカトランには奇妙な掟があった。入獄の折、我らの右腕には「18250」の数字が刻まれる。働くごとにその数は一日ずつ減り、ついに五十年を全うすれば釈放されるという仕組みだ。しかしこの劣悪な環境において、五十年を病まずに耐え抜く者など、ほとんどあり得ぬ。


ゆえに百余年前、この獄を生き延びたひとりの男が、己の釈放と引き換えに賭博の制度を持ち込んだという。賭けに勝てば相手の数字を奪い取り、己の釈放を早めることができる――それがここにおける唯一の希望となった。以来、男たちは夜ごと血走った眼で博打に興じるのである。


「おい、もうすぐ“あの”時期じゃないか?」

「そうだ、蛇が今のところ一番だ。きっとあいつが行くだろう。」

「俺も早く特等部屋にありつきてぇよ。」


彼らの声が牢内を満たす。特等部屋――それは個室であり、食事もましで、外界と手紙を交わせる特権があるという。だが、そこへ行ける者は稀であった。


私はヨーレン老人の横顔を盗み見た。その皺だらけの面は、どこか遠いものを思うようにぼんやりと宙を見つめていた。


「ジェミンよ。」

低く、ひどく静かな声で老人が言った。

「もうすぐ、その“あの”時期が来る。……お前さん、もし呼ばれたら、どうするつもりじゃ?」


私は答えられなかった。特等部屋に憧れる気持ちはあった。だが同時に、賭博に勝ち抜くというのは、すなわち誰かの年数を奪い取るということだ。奪った数の分、相手は永遠にここに留まるか、あるいは死を待つばかりとなる。


老人の視線はなおも私を射抜いていた。

「生きるために、他人を踏み台にする覚悟が、お前にはあるのか――」


その問いが、胸の奥でずっと響き続けていた。


牢獄に「蛇」と呼ばれる男がいた。

痩せてもおらず、かといって肥えてもいない。しなやかな体躯に、腕いっぱいに絡みつく蛇の刺青。口を開けば舌先に銀のピアスが光る。その目つきは鋭く、他者を見透かすようで、獄中の男たちは彼を恐れも憎みもした。だが同時に、その賭けの才覚においては誰も敵わなかった。


「おいジェミン。お前、やる気はあるか?」

ある夜、蛇が私を指名した。牢中の視線が一斉にこちらへ集まる。


「この博打、俺とやるんだ。」

声は低く、ひどく冷静で、抗う余地のない響きを持っていた。


賭けは単純であった。二つの小石を握り込み、どちらの手にあるかを当てる。だがその間、互いの目を見続けねばならない。瞬きすら許されぬ。――つまり、相手のわずかな変化を読み取る、眼と心の勝負であった。


私は胸の奥にある自分だけの奇妙な体質を思い出していた。極限まで集中すれば、周囲の時の流れが遅く見えるのだ。相手の瞬きや呼吸の揺らぎすら、はっきりと見極められる。これならば負けはしない。そう確信していた。


だが、その夜、私は油断した。

蛇はじっと私を見据えながら、舌のピアスをほんの一度だけ光らせた。その瞬間、私は視線をわずかに逸らしてしまった。光を目で追ったのだ。それが命取りとなった。


「右だ。」

私はそう言った。だが蛇の掌が開かれると、そこには何もなかった。左の手に小石が握られていたのだ。

ざわめきが広がる。

「ほらな。坊主、まだ甘ぇんだよ。」

蛇の口元が歪んだ笑みを浮かべ、銀のピアスが揺れた。


その日から数週間、牢内の男たちの話題は「蛇が次に特等部屋へ行く」という一点に集中した。そして実際に、彼は選ばれた。数十年もの労働を短縮し、彼は人の羨望を背にして牢を出て行ったのだ。


私は悔しさに震えた。が、それも長くは続かなかった。運は回る。数ヶ月後、幾度もの賭けに勝ち、ついに私の腕の数字も大きく削られていった。そして「特等部屋」への呼び出しが来たのである。


その部屋は、牢よりもはるかにましであった。湿った空気はなく、寝床はひとり分に仕切られ、食事も黒パンばかりではない。数日間、私は夢を見ているかのように過ごした。


ある夜のことである。

夕餉に肉入りのスープが供された。私は無心にその肉を噛んだ。だが、硬い何かが歯に当たった。異物を噛んだような嫌な感触。私は反射的に吐き出した。皿の中に転がったものは――銀のピアスであった。


あの蛇の舌に光っていたものと、寸分違わぬ。


私は思わず立ち尽くした。背筋を冷たいものが走った。

「蛇は、どこへ行った……?」

特等部屋に入れば、生き残れると思っていた。だがその肉片の中に混じっていたものは、私に残酷な真実を告げていた。


――ここは、人を救う場所ではない。

――ここは、人を呑み込む場所なのだ。


私はその瞬間、この獄を出ねばならぬと心に決めた。

生き延びるために。

他人の年数を奪った己の罪を抱えたままでも――それでも、外の空気を吸わねばならぬ。


こうして、私の胸には「脱獄」の二文字がはっきりと刻まれたのである。


脱獄の手口は、私にとって唯一とも思えるものであった。

昼夜を問わず、監視の者どもが甲冑に身を包み、無言で立ち尽くしている。だが私は気付いていた。――夜半、交代のわずかな隙に、一度だけ通路に「空白」が生まれる瞬間があるのを。


それを見つけるまでに、私は幾晩も眠らなかった。寝床に横たわっても目を閉じず、足音、鎧の擦れる音、鉄扉の開閉を、耳と記憶に焼き付ける作業を繰り返した。

やがて私は、己の「時を遅く見る」奇妙な感覚を用い、監視人の動作の一挙一動を把握できるようになった。瞬き、呼吸の拍動、槍の先がわずかに揺れるその刻――世界が静まり返る刹那を、私は鮮明に見極められるのだ。


「今しかない。」

そう呟いた夜、私は立ち上がった。


裸足のまま、石床を音も立てず進む。鉄格子を抜け出す手順は博打で得た数字を弄り、隙を突いて牢の錠前を開ける。長き観察の末に編んだ、極限の細工であった。

息を潜め、通路を走る。暗闇は私を覆い、胸の鼓動だけがやけに響く。


曲がり角を抜ければ――そこに「出口」があるはずだ。

幾度も夢に見た、自由への道。


だが、角を曲がった瞬間、私は立ち尽くした。

そこには、既に三つの影が待っていたのである。

両脇に甲冑の護衛を従え、その中央にひとり、背筋を伸ばして立つ男がいる。


その男は、監視人たちのように仮面をつけてもいなければ、粗末な囚人服を着てもいなかった。

深い紺色の外套をまとい、胸にはいくつもの勲章が鈍く光っていた。牢獄という腐臭と湿気の中にあって、その服装だけが異様に清潔で、場違いなほど整っている。


だが、男は何もせず、ただじっとこちらを見ていた。護衛の銃口だけが、私の胸を狙っている。


戸惑いが胸に渦巻いた。囚人でも、監視人でもない。いったい何者なのか。

私は声を絞り出した。

「……お前は、誰だ?」


その瞬間、男の口角がわずかに上がった。

「誰だと? ふむ、まだ気付かぬか。」

その声は穏やかに響いたが、冷たい底を孕んでいた。私は目を凝らす。勲章の列、そのひとつひとつが権威を示す証であると直感した。

「……まさか」


男は外套の裾を払った。

「そうだ。私はこのアルカトラン牢獄の所長だ。」


背筋に冷たいものが走った。出口は目の前にある。だが、その前に立つのは、この牢を統べる者。

所長は一歩前に出て、静かに続けた。


「ジェミン、お前のすべてを私は見ていた。老人との会話も、蛇との賭けも、特等部屋での驚きも……それは現実に似て非なるものだ。私は退屈を紛らわせるため、数多の夢を覗くのだ。その夢の一つに、お前がいたにすぎぬ。」


私は耳を疑った。夢だと? 今までの苦悩も葛藤も、すべて所長の退屈しのぎだったというのか。

「馬鹿な……!」


その叫びは銃声にかき消された。

だが、その瞬間、私の体は勝手に動いていた。


集中すれば、世界は遅くなる。

飛来する弾丸が、空気を裂く線となって見える。私は身を捻り、腕を振り、二発、三発をかわした。銃弾は背後の石壁に火花を散らす。


――行ける。まだ行ける。


そう思った刹那、四発目が脇腹を掠めた。痛みが全身を貫き、呼吸が詰まる。膝が崩れそうになる。五発目は避けきれず、胸を撃ち抜かれた。


視界が滲み、世界が傾く。

血に染まる床へ崩れ落ちながら、私はなお出口を見た。

ほんの数歩先――それなのに、もう届かない。


「やはり、ここで終わるか。」

所長の声が遠くで響いた。


暗くなる視界の中、彼の口がわずかに動いた。


「……また、次の夢を見ようか。」


世界は、音もなく閉じた。

より詳細な牢獄での描写や、設定で持ってきた賭け事について深掘りし、主人公の視点だけでなく登場人物らからの視点を持ってきた方がいい。賭け事は蛇と対峙する前と対戦時に盛り上がりがあれば面白い。後なぜ主人公が投獄(収容)されているか(例えば第2次世界大戦時のドイツがユダヤ人をアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所へ収容したような)を戦争状態だったとすれば食事シーンが多少説得力が出てくるし、それを知るとしたら、特別室に移動になったあと休憩中にたまたま建物の外に出ると、監獄の周りを覆う鉄格子の向こうに、戦争から逃れていた幼馴染に会い、手紙でやり取りするうちに外の世界の現状を知る。そしてピアス入りスープの件で脱獄しようと計画する。みたいな感じだと、物語のつながりだのなぜ脱獄という手をとったのかの説明が多少スムーズになると思う。

文書考えるのムズすぎ。こういう作品を読んでみたいなぁという設定?みたいなのを作ってみたので文才のある人にいい感じに書き直して欲しい〜

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