とろける甘口~コランテトラ・クリームソーダ~【『魔術師の杖』発売3周年&コミカライズ決定記念SS】
『魔術師の杖』シリーズ発売3周年!
ついでに短編集①発売!
さらにコミカライズ決定!
しかも今日はキスの日!
いろんなお祝いがいっしょくたになった記念SSです。
六番街のミンサちゃんから、真っ赤なコランテトラのシロップが届いた。
〝魔女のお茶会〟があった晩に、レオポルドからコランテトラのビン詰めをもらった。真っ赤な実は甘くてさわやかな酸味もあって、タルトやお菓子に使ってもよさそう。
けれどコランテトラの実がなるのは初夏……来年になるまで待てないわたしは、ミンサちゃんに取り寄せられないか相談していたのだ。
「エクグラシアの気候に合わないのか、実をつけるコランテトラは少ないんです。実が出回るのはほんの数日で、ジャムとかビン詰め……あとはシロップを作ります。赤いシロップはかき氷にかけるとおいしいです!」
「それ、取り寄せられないかなぁ」
緑の髪をポニーテールにしたミンサちゃんの、緑の目がキラーンと光った。
「うふふ、ネリィさんも美容に目覚めましたね。コランテトラの精霊ってとても美しい姿をしているんですって。キレイになりたい女の子は、コランテトラジュースを飲むんですよ」
「へぇ、そうなんだ」
「ウチの商品はみんな売り切っちゃったけど、同業者に余ってないか聞いてみますね!」
「うん、お願い!」
そうしてようやく届けられたシロップは、ソラから竜騎士団の手に渡り、ドラゴンが王都からタクラまで運んでくれた。わたしは箱をゴソゴソ開けて、梱包材に包まれたビンをさっそく取りだす。
「わ、これがコランテトラのシロップ……ホント赤いね。炭酸で割ってソーダにしてもよさそうだし、カクテルにしても色が鮮やかだね!」
「お菓子じゃなくて、飲み物に使うのですか?」
ヌーメリアが不思議そうに首を傾げる。
「お菓子にも使いたいけど……まずは味見かなぁ。それにこの色を生かしたいよね」
せっかく手に入れたコランテトラのシロップ、どう使おうかビンとにらめっこしながら考えていると、貴公子の装いをしたレオポルドがわたしを呼びに来た。
いつもの黒いローブではなく、昼のせいか落ち着いた光沢のある濃灰色のジャケットを着て、真珠のような光沢がある白のクラバットを身につけている。
「マイレディ、きみの支度はまだのようだな」
「ひゃああ、ごめんなさい。忘れてた!」
「あわてなくていい、公爵夫妻など待たせておけばいい」
「ちょ、どんだけ傲岸……」
わたしが持っていたコランテトラのビンを、彼は手からすっと抜きとり箱にきちんと戻す。
「待たされたら待たされたで、それが話の種になる。貴族は退屈しているからな、話題を提供するぐらいでちょうどいい」
「えぇ、何それ……わかんない」
レオポルドの理屈がわからず顔をしかめたら、あきれたようなため息が降ってきた。
「予定を忘れていたきみに言われたくない」
そうでした!
レオポルドは公爵夫人が送ってきた手紙を、ピラリと取りだした。
「船上パーティーのメニューについてご相談したい、ぜひ師団長のご意見もうかがえればありがたい、気楽に食事を摂りながら……そう書いてある」
「うん、ちゃんと読んだよ。パーティのメニューを決めるんだよね!」
「………」
昔アケミお姉ちゃんの結婚式で、教えてもらった。式場を決める際に、そこで出す料理を食べながら、打ち合わせをするんだって!
会場の雰囲気を感じながら、おいしい料理を楽しめるし、料金プランやスケジュールなども具体的に相談するのだという。きっとそんな感じだろう。
今回は突然ヴェリガンとヌーメリアの結婚式もやることになっちゃったけど、錬金術師団長のわたしだってそういうことなら、ひと肌でもふた肌でも脱ぎますとも!
「瞳の輝きから察するに、張りきっているようだが……公爵夫人も何かしら成果を得ようと狙っているぞ」
「成果?」
ヴェリガンとヌーメリアの結婚式で?
レオポルドはさらりとした銀の髪をかきあげ、ふぅとため息をつくと教えてくれた。
「大勢の人間が一堂に会する場は、情報を発信するのにちょうどいい。公爵夫人は次の社交シーズンで有利になる情報をほしがっている」
「へ?サルジア行きの話や錬金術師団に、そんな情報あったっけ……」
ぽかんとして聞き返せば、彼は淡々と指摘した。
「きみがタクラに麦わら帽子や染織工房を造ったのは、すでに公爵夫人の耳にも入っている」
「あ、うん。レオポルド、よく知ってるね」
正確にはわたしが造ったんじゃなくて、オドゥが使っていた工房を利用して、ミーナやニーナたちが事業を拡げることになったのだけど。何だか彼の機嫌がすごく悪いような気がする。
「タクラはアンガス公爵のお膝元だ。ここで公爵夫人の機嫌を損ねれば、事業には暗雲が立ちこめるし、逆に満足させられればミーナたちはとても助かる」
「なんと!」
ただご飯食べて相談するだけじゃなかったっぽい!
びっくりして目を丸くすれば、彼は頭痛でもするかのように額を押さえ、がっくりと肩を落とした。
「やはり何も考えていなかったか……」
「そんなのわかるわけじゃないじゃん。レオポルドってばそこまで気を回して、よくハゲないね」
身も心も凍りそうな冷たい視線で、ギロリとにらまれただけだった。婚約者に向けるものとはとても思えないんだけど!
「だから貴族とのつき合いは極力避けている。ライアスは生真面目だから……やっかいなことになりそうだと感じたら、声をかけるようにしている」
そういってふいっと顔を背けた彼のしぐさに、彼なりにやりたくないことを、それでもわたしのためにやろうとしているのだと感じた。
それはヴェリガンやヌーメリアたちのことも、彼が考えてくれているということでもあり……ついでにわたしのことも心配しているみたい。
アンガス公爵夫人……王太后の茶会でも顔を合わせたけど、キラキラしてオシャレにも敏感な女性といった感じ。
「公爵夫人が満足するような情報ってことかぁ……うーん」
あごに指をあてて考えこんでいると、レオポルドはそばにあった長椅子にドサリと座り、長い脚を優雅に組んだ。
「だから待たせるのはとくに問題ない。思いついたら、いつものように自信たっぷりにやれ」
「いやいや、待たせるのはまずいでしょ。すぐ支度するから!」
そんなわけでわたしは特に何のアイディアもないまま、彼といっしょに公爵夫妻との打ち合わせに向かった。
「まあぁ、王太后陛下のお茶会でもお目にかかりましたけど、ネリアさんて本当にお人形か妖精みたい……ねぇ、あなた」
「う、うむ……」
「ありがとうございます……?」
「…………」
アンガス公爵夫人がほほほと笑うと、なぜかアンガス公爵は青ざめて、わたしを凝視している。ついでにいうと自分の手で股間を押さえている。いったい何なのだろう……だいじょうぶか、この人。でもキルシュはおいしい!
「パーティーのスープにもキルシュが出るんですね」
食べはじめたらそっちに夢中になってしまう。貝のダシはコクがあって、ほっくりと煮こまれた根菜は柔らかく、口の中でほろほろと崩れていく。そういえばレオポルドとキルシュの食べ歩きもしたいなぁ……。
ちょっとうっかり、空想しそうになったところで、公爵夫人の言葉に現実へ引き戻された。
「そうですわ、キルシュはもともと港で働く労働者の食事ですの。具がゴロゴロと入っておりますでしょ?」
そう言われてみれば、会食で出されたキルシュの具は、港で食べるものより細かく刻んである。
「わたくしどもはひと皿に手間をかけた、滑らかなスープしか食べる習慣がありません。でもこの機会にタクラ名物として、全国に広めたいのです。海鮮料理やター麺以外の、タクラの味として認知させたいわ」
「なるほど」
にこにこと話を進める公爵夫人に、わたしはレオポルドが何を言いたかったのか、ようやく理解した。こういうのが貴族の会食なのだ。その土地の名物を紹介するだけでなく、食べかたや調理法まで広める……つまり物産展じゃん!
「錬金術師団は王都で『コールドプレスジュース』の屋台を大成功させたとか。わたくしもキルシュの屋台を六番街の船着き場か、市場に出してみたいと考えていますの」
わたしがアイディアを出すまでもなく、公爵夫人のほうがいろいろ考えているみたい。もとは労働者の食べものでも、公爵夫妻や師団長たちが食べれば、ほかの貴族もこぞって食べる。
夜会でも供されるようになれば、王都だけでなく全国に広めることができる。すると貝の消費量も増えるから、漁師だけでなく貝むきといった、タクラの港で働く人たちも潤う。
「すごくいいアイディアですね!」
できたら公爵夫人を錬金術師団で雇いたい。ムリだろうけど!
「でもねぇ、ひとつ問題がありますの」
「問題?」
「キルシュにはミルクを大量に使います。牧場を拡張すれば原料は手にはいるのですけれど……」
ほしいものを手にいれるために、まずは牧場からですか。ミルクの調達先を探すより、牧場を作るほうが早いのかしら。こういうのが貴族の発想ってことかな。
公爵夫人は困ったように、ほぅとため息をついた。
「クリームが大量に余ってしまうのです。お菓子や料理に使うにしても、使いきれなくて……どうしたらいいかしら」
「クリームが余るんですか」
目をぱちくりさせて聞き返すと、夫人はころころと冗談めかして笑う。
「えぇ、錬金術でクリームを素材にして、何か作れませんこと?」
「できますよ」
「え……」
「な、何をするつもりかね」
あっさりと答えれば夫人は目を丸くし、公爵は額に汗を浮かべてまた手で股間をギュッと押さえた。いったい何なのだろう……本当にだいじょうぶか、この人。
「ちょうど食べたいと思っていたんです。今回キルシュが出てきたってことは、厨房にはクリームが余っているはずですよね。そちらを使ってもだいじょうぶですか?」
夫人がすぐにスタッフへ確認してくれて、わたしは今朝ホテルタクラへ届いたばかりの荷を、厨房へ届けてもらうよう依頼した。
これでゆっくり食事を味わえる!
「ん〜、おいしい!」
レオポルドをちらりと見れば、ちょっとだけ目元がやわらかい。ひょっとしたら機嫌が悪いのではなく、彼は心配していただけかもしれない。
きっと失敗しても王太后の茶会でしたように、彼は手を貸してくれるだろう。何をするかはわからないけれど……それはきっとおたがいさま。
『思いついたら、いつものように自信たっぷりにやれ』
(もちろん、そうさせてもらいますとも!)
面倒見がいい婚約者に感謝しつつ、わたしはしっかりと最後まで食事を味わった。
食事を終えたら厨房に降りて、材料をすべて揃える。ボウルいっぱいのクリームに、砂糖と卵……材料はいたってシンプルだ。カスタードクリームを作るのに近い。
それにこれぐらいなら錬金釜を使わなくとも、鍋でじゅうぶんだ。全部の材料を鍋に入れ、スタッフさんが敷いてくれた加熱の魔法陣の上に置き、砂糖を煮溶かしていく。
「風味づけにバニラビーンズもあればいいけど……これはヴェリガンに相談かな」
もったりしたところで味見をして、加熱の魔法陣を止めてもらった。わたしはそばで見守っていた婚約者を見上げる。
「ねぇ、レオポルド。お願いがあるんだけど」
「何だ」
ちゃんとした道具があればやりやすいけれど、今はそんなものはない。だから彼の力を頼ることにした。
「鍋のフタをね、何があっても外れないようにしてほしいの」
「……フタを?」
「そう、何があっても。お願いできるかな?」
自分がやるとうまくいかないかもしれない……だから、ぎゅっと唇をかんで彼を見上げれば、彼は手先から器用に〝固定の魔法陣〟を紡ぎだした。
「ありがとう!」
これで安心して魔法陣を展開できる。対象物をキンキンに冷やす〝氷冷の魔法陣〟を展開し、さらに〝回転の魔法陣〟を重ね掛けする。
「魔法陣の多重展開……!」
見守っていた公爵夫妻だけでなく、スタッフたちがざわりとした。そういえばわたしがみんなの前で魔法陣を展開するのって……あんまりないかも。まぁ、お祝いだし!
魔法陣に景気よく魔素を注ぎこめば、鮮やかに明滅して回転をはじめる。こういうときは派手にパーッとやったほうがいいよね!
「そおれっ!」
回れ回れ勢いよく。
溶けた甘いクリームを凍らせて。
勢いよく回転させることで空気を含み、舌触りのいい滑らかさを与える。
氷冷の魔法陣に従ってキンキンに冷えた鍋が、ギュンギュンとコマのように高速回転し、厨房内を縦横無尽に走りはじめた。
「あ、危ないから逃げてください。よろしくー!」
「うわああああ!」
「ひいっ!」
「きゃあああ!」
……ちょっと注意するのが遅かったみたい。さすがに一ヵ所で回したら、床にダメージを与えそうだと思ったんだけど。
鍋は勢いよく回りながらガンガンと、厨房のあちこちにぶつかる。後で修復の魔法陣が必要になるかもしれない。
逃げ回るひとびとの悲鳴で大騒ぎになっても、レオポルドはこめかみに青筋を立てて微動だにせず、魔法陣で鍋のフタをがっちりと固定している。魔術師団長の協力は心強いね!
「……もういいかな?」
魔素を抜いて魔法陣を解けば、キンキンに冷えた鍋はぴっちりとフタを閉じたままで、そこに動かなくなった。
「レオポルド、フタを開けてくれる?」
「…………」
彼は無言で固定の魔法陣を消した。
「じゃーん!」
フタを開ければ懐かしのアイスクリームがそこにある。アイスクリームスクープがほしいけど、それはこれから作るしかない。大きめのヘラでカシカシとこすりとり、器に盛ってまずは公爵夫妻に試食してもらう。ひと口食べた公爵夫人は目を丸くして、興奮したようにはしゃいだ声をあげた。
「甘くて……口の中でふわっと溶けるのね。美味しいわ!」
「冬はキルシュを、夏はアイスクリームを売ればいいんです。色鮮やかなソーダに載せれば、見た目も美しいですし」
そういってわたしはコランテトラのシロップをグラスに入れ、上からソーダを注ぎこむ。そうしてアイスクリームをポンッと載せれば、甘いコランテトラ・クリームソーダができあがった。
「まあぁ、透明なグラスに入れたら、なんてキレイなの!」
シロップの濃度を変えれば二色の層も作ることができるし、ソーダにはカラフルなゼリーを入れてもいい。とっても映える飲みものの完成だ。
「うふふ。色を使うのは錬金術師団の得意技でもあります。ヴェリガンとヌーメリアの結婚披露パーティーにふさわしいでしょう?」
さすがにメロンやブルーハワイはないけれど、かき氷に使うシロップなら、たいていのものはイケるはず。即興だけどみんなも喜んでくれてよかった!
そして船上パーティー当日、結婚式はつつがなく終わり、ヌーメリアは本当に幸せそうで、コランテトラのシロップは使い切ってしまったけれど、デザートに出したクリームソーダも大評判で。
しかもしかも!
「アイスクリームなんて四年ぶりかもぉ……きみにもういちど出会えるなんて!」
どうして今までアイスが食べたいって思わなかったんだろう。今の今まですっかり忘れていたなんて!
わたしはパーティー会場を抜けだし、持ち出した真っ赤なコランテトラ・クリームソーダを光にかざす。アイスが触れたところからシュワシュワと細かい泡がふくれ、グラスについた水滴がキラキラと光って、その上にころんとひとつ赤いコランテトラの実。
こんなにかわいくなるなんて思わなかった。まさしく夢の飲みものみたいだ。スプーンでアイスをつついて感激しながら味わっていると、後からきたレオポルドに話しかけられる。
「きみはそれが飲みたかったのか」
「んふふ。アイスクリームだけでもおいしいんだけどね。細かくはじけたクリームソーダの泡と、溶けたアイスが合わさると最高なの。あ、レオポルドは甘いの苦手だよね。コーヒーに浮かべてみる?そっちもおいし……」
ふり向いたわたしの唇は彼のそれにふさがれて、続きは言葉にならなかった。
「……なるほど。こういう味か」
唇を離してぺろりと舌で舐める彼に、わたしは一瞬あっけにとられてから、真っ赤になって猛然と抗議する。
「ちょっと!ふいうちはやめてよ。心臓止まっちゃうじゃん!それにこういうの人前でするの、超恥ずかしいんだってば!」
彼は黄昏色をした目を軽くみひらいて、わたしに確認する。
「心臓が止まったのか?」
「動いているけど……」
「なら問題ない」
「よくないよ!」
ドキドキとバクバクが止まないわたしに向かい、彼はふっと笑うと身をかがめた。
「きみが恥ずかしがりなのは知っているが、人前でないと……」
光の加減で色を変える黄昏色の瞳には、楽しそうな輝きが踊っていた。
「人前でないと……何なのよ!」
くらりとしそうになる誘惑に負けたくなくて、ギッとにらみかえせば彼はするりとわたしの腰に腕を回し、あごに指をかけてささやいた。
「私も歯止めが効かない。それに言っただろう、話題を提供することが大切なのだと」
歯止め……歯止めとはいったい……人前だからこれでも自制しているってこと⁉
「それを流行らせたいのだろう?」
頭の中でグルグルしていると、彼はひと言だけ言って目を伏せた。
「んむっ⁉」
転移して逃げればよかった……と気づいた時には遅く、先ほどの口づけとはちがう、アイスで冷やされた冷たくて甘い、レオポルドの舌がすぐに熱を帯びて動きはじめる。
「ちょっ、待っ……」
「ダメだ」
逃げようとする体をしっかりと支え、彼の腕はますますわたしをきつく抱きしめる。
「レオ……力、緩めて……」
掠れた声で懇願しても、彼は聞こうとしない。クリームソーダのアイスがゆるりと溶けて、グラスが甘いピンク色に変わる。
「風のようにとらえどころがなく、次の瞬間にはいなくなる。きみはいつもそうだ」
焦れたような眼差しとともに降りそそぐ、甘い罰のような口づけは、いつも冷淡に見える彼とちがう、炎のような気性が顔をのぞかせた。
クリームソーダは確かに流行らせたいけど。ちがう……何かちがう気がする!
だけどわたしが嵐のような彼の口づけを受けとめている間に、会場のあちこちで悲鳴があがり、何人かの貴婦人がバタバタと倒れ、そっちでも大騒ぎになった。
翌日、王都新聞にも載ったその写真を、わたしはベソベソと片づける。
「うう、証拠写真まで残された……恥ずかしすぎる」
もうレオポルドと街歩けないじゃん!
けれど彼は涼しい顔でコーヒーを飲みつつ、優雅に長い脚を組んでしれっといい放つ。
「あとは公爵夫人が広めてくれる。上機嫌だったな……それに」
彼はわたしから王都新聞を取りあげて、満足そうにうなずいた。
「フォトブック、作りたいのだろう?」
こういうのが作りたいんじゃなーい!
行く先々でキスをするとか、とんでもないフォトブックが出来あがりそうで怖い。
もちろんそのあとアイスクリームの製造機は、ちゃんと魔道具ギルドに作ってもらった。
だけどなぜか魔術師が鍋のフタを固定し、竜騎士が風魔法で鍋を高速スピンさせて、作ったアイスクリームをみんなにふるまうのが、新年を祝うタクラの年中行事になってしまった。
さらに一年後、冬の訪れを告げるアンガス公爵家の夜会では、貝の味わいが深いキルシュのスープとともに供された、色鮮やかな七色のクリームソーダが貴族たちの心を奪い、全国的にブームを巻き起こすことになるのだけど……それはまた別のお話。