弟に相談されました
腹黒主人公の婚約破棄阻止物を目指した結果。
「姉上。相談したいことがあります。よろしいでしょうか?」
中庭でお茶を楽しんでいたミーナ・ストーン侯爵令嬢に弟のヨシュアが二通の手紙を持って声を掛けてきた。
「って、すみません。休憩中でしたか」
テーブルに紙の束が置かれているのに気づいて戻ろうとするので、
「いいのよ。これはアーシュアさまからの手紙だから」
婚約者である辺境伯子息の名前を出すとヨシュアが、
「なら、なおさら」
「嬉しくて何度も読み返しているだけよ。たまに本人の前でも声を出して読んでいるから恥ずかしがって逃げようとするアーシュアさまは見ていて可愛らしくて……」
「恥ずかしがっているのならやめてあげてください」
ついついのろけを言ってしまうとヨシュアが同情したように告げる。
「と言うことだから相談に乗るのに支障はないわよ。それに我が家の家訓。【真に困ることは一人で解決しない。助けを求めるのは恥ではない。助けを求めないことこそ恥】と言いますから。相談があるということは助けを求めてなのでしょう」
立場や環境で人の考えは変わる。一人が考えることは独りよがりで間違っていることがあるので出来るだけ多くの意見を聞いて偏った意見を無くせという遺言だった。だからこそそれに従って報告連絡相談は必須なのだ。
わたくしで解決できるならと尋ねるとホッとしたような表情になり、
「たくさんあるのですが、友人からこの二通の手紙をもらって……」
ヨシュアが持っていた手紙を差し出す。
「まあ、人を魅了して洗脳する薬物が我が国に入っているなんて……」
ヨシュアの友人であり、殿下の側近候補である商人の子息である青年の手紙の内容がそうであった。ただ、そんな薬があることを我が国では今まで知られていなかったから他国では禁止薬物として所有者も持ち込んだ人物も処罰できるが、我が国ではその法律が間に合っていないからどうにかならないかという相談であった。
「確かに学生の貴方たちでは何ともできないわね。商人の間で知られている情報だから貴族の手回しが必要だけど、その薬物を使用しているのが貴族だと手が出せない場合もある」
「らしいですね。カルツ(商人子息)がそれで困っていて、宰相である父に相談できないかと頼んできたので」
「分かりました。これはわたくしからお父さまに報告しておきます」
お父さまは多忙で学生のヨシュアとなかなか会う時間が取れないが、学園を卒業して、花嫁修業中のわたくしならまだ会える時間を作ることが可能だ。
なんと言っても婚約者のアーシュアさまはヨシュアと同年であるし、時間を作って会ってはいるが、今現在辺境伯領で密猟が多く発生していて、その対応に駆り出されているので学園も休学して実家の辺境伯領に戻っているのだ。
『食用に適さないし、毛皮とかもないのに何で密猟されるんだろうな』
魔物の部類の中では弱い方なので遊び半分で狩りの練習に使われる程度の認識なので理由が分からないが生態系が大きく崩れるので困っていると首を傾げていた婚約者に、
『たまにいる弱い魔物を狩ってレベル上げをする部類でしょうか』
と答えた記憶が新しい。
「もう一つの手紙は何の相談だったの?」
「それが、アーシュアにも同じ手紙を出したと言っていた、フィリップの趣味にしか思えない内容で」
確か殿下の側近の魔術師だったわねと名前を聞いて思う。
「見せてもらうわね」
何でそんな手紙をと思いながら手紙を開く。何かの調合の説明で一目見ているだけで頭が痛くなりそうだったが、それに耐えてじっと読んでいく。
「………すごい」
内容は難しいので読む気力を失いそうになるがきちんと目を通すとその内容の重要さに思わず声が漏れてしまう。
「姉上」
「辺境伯領で密猟されている魔物を材料として作られている香水の分析ね。さすがに作り方はまねしたら危ないから書かれていないけど、禁止薬物になるから注意してくれと書いてあるわ。――すでに実害が出ていると」
書かれている魔物の名前を見て動揺するが表に出さない。その魔物こそ最近密猟で多く狩られている物だったのだ。
他国では禁止薬物になっている物が我が国に入り込んでいるという報告。そして、魔物を材料にして作られる香水。ちなみにその香水も禁止薬物。
(イコールで結び付けられるようなものだけど)
何でそれを思い浮かべないのかしらこの弟は。と内心呆れているがたまたまそんな事例が続いただけだと思っている可能性もあるので今のところ憶測の時点だから口にしない。
「………これで相談内容は全部かしら」
どちらもすぐに手を回さないといけない内容だと思ってすぐにでも動こうとしたがまだそばに居る弟がもぞもぞとしているのでまだ本題があるのだと思った。
前振りが大き過ぎる気がするが。
「実は、殿下にシルビア嬢という恋人が出来て……、すっごくいい子で見ていると気持ちが明るくなって、殿下に相応しいと思ったんだけど、殿下には婚約者が居るのでどう考えても茨道だろうから何とかしたいと」
頬を赤らめて説明するさまに実は自分もその女性が好きなのだが、彼女の幸せのために恋を諦めて手を貸そうとして相談しに来たというのがありありと伝わってくる。
「いい子。ねぇ……」
成績が優秀とか、身体能力や魔力が高いというわけでもなく、身分も触れていないから貴族や商人ではないのだろう。
学園には騎士科や士官科、神学科や商科もあるがそれらは優秀な人材が入るのでそれに触れない時点で普通科か。
(シルビア嬢……ね)
実はアーシュアさまや貴族令嬢のお茶会でいろいろ話を聞いている。いろんな男性に声を掛けまくって婚約者がいる相手にもくっつこうとすると。
『俺にもくっついてきて迷惑なんだよな』
アーシュアさまが疲れたように愚痴っていた。
「国の繁栄のための政略結婚だというのは理解していますが、そこに殿下たちの幸せが無いのがもどかしいしそれに殿下も納得しているけど幸せになってもらいたいと……」
その方が自分の恋も諦められる。そんな心の声も聞こえた気がするが、気付かなかったことにする。
「――方法は三つあります」
お茶を口に運んで、どうやらわたくしは少し緊張しているようだと思いつつヨシュアを観察しつつ告げる。
「本当ですかっ⁉ いったいどんな方法がっ!!」
嬉しそうに尋ねてくるヨシュアに貴族間で必須の本音を隠す笑みを浮かべて、
「一つは、婚約者である公爵令嬢アナベルさまを正妃に置き、少なくとも二人から三人お子を作る。その間に側室になるための教育を徹底的に行って必ず終わらせて、どこかの家に養女となって体裁を整える」
「なっ、子供を三人作ってからではシルビアが長く独り身になってしまうではありませんかっ⁉」
人の心がないのかと責めるような声に、
「アナベルさまと殿下の結婚は貴族間のバランスをとるために必須なこと。アナベルさまを形だけの王妃にして側室を迎えたら国が荒れると思いなさい。アナベルさまの子供が次期王という立場を整えて、側室には公務の疲れを癒すだけの立場だと明確に示す」
我が国は表向きこそ平和だが緊張状態だ。派閥の争い。中央貴族と辺境貴族の立ち位置の違いで揉めていて、辺境貴族は国外の敵や魔族相手に常に戦い続けている状況を中央は野蛮だと一蹴する。このまま辺境貴族を含む武官貴族を冷遇してどんな事件に見舞われるのか理解せずに。
(そのバランスメーカーに代々宰相が出ている我が一族と辺境伯との婚姻が決まったのよね)
互いに手を取り合い齟齬を無くす。公爵令嬢アナベルさまは武官でもあられる。文官肌の殿下との結婚は武官貴族には喜ばれる物なのだ。
「たっ、確かに国のために必要な婚姻ですが、それでも【真実の愛】の相手であるシルビア嬢を待たせるなど……彼女を裏切るようなものではないでしょうか」
(先にアナベルさまの覚悟を裏切ったのは殿下になるのよね)
ヨシュアの言葉に内心呆れたが声に出さない。
「ならば二つ目。殿下が王位継承権を放棄して、弟君に王位を託すこと。年齢も離れていないし、今からでも帝王学を学べば間に合うでしょう。もともとどちらも甲乙つけがたいと言われるほどの優秀さを持っていたのをアナベルさまとの婚姻が決まったことで後継者争いに決着がついたものですし、継承権を放棄すると宣言しても揉めずに済みますし、殿下も爵位を貰って臣下になればいいだけでしょうから」
第一王子派と第二王子派で揉めても居たのを中立派のリバー家アナベルさまが婚姻すると言うことでおさまったのだ。アナベルさまの婚約相手が第二王子に移行するだけだ。
「それでは、殿下の今までの努力が無駄に……」
王族として、王太子として国を守るために努力し続けた様をずっと傍らで見ていた。その覚悟を知っているからその方法に頷く事が出来ない。
「これも駄目。あれも駄目。我儘ね。【真実の愛】を貫くのなら何かを失うことも覚悟をしないといけないわよ。――まあ、じゃあ、最後の一つしかないわね」
「ぜひ、教えてください!!」
ヨシュアの頼み込むさまを見て、
「実績を積む事よ」
と教える。
「実績……?」
意味が分からないとオウム返しをしてくるヨシュアに、
「我が国の歴史を諳んじて言えるかしら?」
「えっ、はっ、はい。幼い頃から教えられたので……」
「我が国では平民で王妃に……国母になった前例はあるわ。分かるかしら?」
「確か……初代王妃。8代目王妃。35代目王妃」
突然の問い掛けにすぐに思い出して諳んじる様に流石と内心褒める。
「後、現国王の3代前の王妃もそうね。初代王妃の逸話は?」
「初代国王を支え、その知識で軍を統率して、当時悪逆非道なある国の植民地であったのを独立させた立役者」
「通称軍師王妃。かの王妃がいなかったら我が国は生まれなかったともあるほどの方ね。8代目王妃は?」
「……当時流行り病で多くの民が苦しみ亡くなっていく事態で薬草を改良して、新薬の開発、医療チームを構成して病を収束させた。その後もこのような事態に備えて医者や薬師を育てる専用の学園都市を計画して医療の最先端を作る基礎を作った」
「かの王妃の研究によって多くの医療器具も生まれて、現在の医療道具や技術の原点は彼女とともに生まれたとまで言われるわね」
医療都市の名前になっている王妃のことを諳んじて言ったのを補足して、
「では、35代目王妃は?」
「………竜殺し王妃。聖剣に選ばれた勇者で、ある日、火山が噴火してその火山から誕生した火竜が近隣の国を火の海にして多くの民を焼き殺していく事態に聖剣を携えて火竜を討ち滅ぼしたという逸話ですね」
騎士を目指すもの軍に所属する者はほとんどかの王妃に憧れる。我が国では他国と違って普通に女騎士も多いのは竜殺しの王妃のおかげともいえる。ちなみに聖剣は普通に残っていて、聖剣が安置されている場所は観光地になっている。
聖剣を抜く挑戦も行われているとか。
「ちなみに3代前の王妃は聖女と呼ばれていたわ。当時魔王の配下が我が国に不和の種を撒こうと入り込んでいたのを看破して未然に防いでくれた」
魔族が国内に入り込んでいたのは手引きした者も居たからで、その者らをしっかり処罰させたのもその王妃だという。
「そのような前例が残っています。つまり」
「身分関係なく偉業を達成できるような人物になれば王妃になれる……」
光を見出したとばかりに呟く弟に、
「ならば、どうすればいいかしら?」
「我が国に水面下にある危機を見つけ出して動く事です!! 姉上相談に乗ってくれてありがとうございます!!」
頭を下げてこの場から立ち去ろうとするヨシュアに、
「ところでヨシュア。シルビア嬢はとても珍しい香水を使用して、常に扇子を持っているそうね」
「えっ……香水も扇子もご令嬢なら普通では……?」
意味が分からないと首を傾げるヨシュアに、
「そう。――商人子息さまと魔術師さまに手紙の件了承しましたとお伝えしておいてね」
伝言を頼むが、伝言の意味を分かっていないのだろう、普通に了承して去って行く。
「――あの子もまだまだね」
あれでは次期宰相はおろか我が侯爵家の跡取りとしても不足している。
「禁止薬物は香水状になっていて、その効果は魅了だと教えたのに」
シルビア嬢は常に香水を使用して、風属性のある扇子を使用している。その香りを嗅いだ男性が彼女に魅了されている事実に気付いたのだろう、殿下に毒婦が近づいていると。だけど、二人は側近ではあるが貴族として身分は低い。だからこそ遠回しに危機を伝えた。
「とりあえず時間は稼げるわね」
巷では婚約破棄を大きな行事中に宣言して国を混乱させる事態もあるとのこと。だけど、偉業を達成すれば平民でも王妃になれると囁いたことでそんな愚かなことをしなくても道が開けたと理解しただろう。
その間に証拠を掴む。
「アーシュアさまに文を」
密猟者を必ず生け捕りに。そして、裏で繋がっている禁止薬物を作り出している調剤師とそれを利用している者を一網打尽にしないと。
「さて、忙しくなるわね」
すぐに禁止薬物の追加を進言して、宰相権限で手を回してもらうように父にお願いしないと。
「――知っているかしらヨシュア」
扇子を口元に持っていき笑う。
「貴方が次期侯爵を継げるかどうかの審査も行われているのよ」
確実に継げると思い込んでいる弟に同じく次期宰相候補であるわたくしは手を回すのだった。
実は禁止薬物は乙女ゲームの課金アイテム