第2話
「という物語の小説が流行っているのはご存知ですか?アレクサンド殿下」
「それがどうした」
先程の婚約破棄からの一連の騒動の話は、現在この国で流行っている小説の物語である。
ここはオレリア王国、王立貴族学園の大ホール。
今は卒業記念パーティーの最中であり、信じられないことに先程の小説と同じ様な事が起こったのだ。
私、アリアはフォンティーヌ公爵家の長女。この国の第二王子であるアレクサンド殿下の婚約者である。
その第二王子殿下より、パーティー会場の壇上から婚約破棄を宣言されたのだ。
それも小説とほとんど同じ理由で。
壇上には第二王子殿下の他に、宰相の息子であるリュカ・ベルナール侯爵令息。そして、騎士団長の息子であるユーゴ・ディモン伯爵令息。
私は彼女の事は知らないが、豊満な胸を押し付けながら、殿下にしがみついている女性もいる。
しかし、彼女の顔は真っ青で、私と目も合わせない。優越感なども感じられず、嫌々やらされているように見えてとても不自然だ。
それ以外はほとんど、というか全く小説と同じ状況なのである。
この国の製本技術は他国と比べてとても高く、大量生産する事によって比較的安価だが、それでも一般の平民が気軽に手に届くほどではでなく、貴族か平民でも裕福層が購入する、という程度だ。
こういった小説は、高位貴族からは下世話なものとして敬遠されていたが、前述の婚約破棄騒動の物語は高位貴族にまで読まれ、かつてないベストセラーとなったのだ。
醜聞好きの貴族のニーズに合致したのだろう。
「だからそれが何だというのだ!」
おっといけない、あまりの予想外の出来事に固まってしまっていた。強引に意識を現実に引き戻した。王子妃教育の賜物だろう。
「申し訳ありません、少し驚いてしまって」
アレクサンド第二王子殿下はニヤニヤと気持ち悪い笑みで、私を明らかに蔑みながら見ている。
おそらく婚約破棄されたことに絶望している、とでも思っているのだろう。
全くの誤解だ。殿下の事は好きではない、むしろ大嫌いだ。なので婚約破棄も大歓迎である。
「ところで殿下にしがみ…横の女性はどなたなのですか?」
「とぼけるな!」
「とぼけるも何も、本当に知らない方なのでお尋ねしているのですが?」
アレクサンド第二王子殿下は「はぁ」とため息をついて答えた。
「彼女はキャロ。キャロリーヌ・メルシエ子爵令嬢だ」
ありゃ、愛称で呼んでいるのね。
「それでは殿下は私との婚約を破棄して、そしてメルシエ子爵令嬢と婚約されるということですか?」
「そうだ!」
「ということは、殿下は私という婚約者がいながら不貞をしていた、ということですか?」
「不貞ではない!!」
突然大声で怒鳴った。なんでだ?
「キャロこそ俺の『真実の愛』の相手だからだ!」
会場全体にポッカ〜ん…という音が鳴っているような状況となった。
もちろん会場の人達はこちらに注目して聞き耳を立てている。はっきりいって恥ずかしい。めっちゃ。
まあしかし、それを追及しても話がすすまないな。
「それで、婚約破棄の理由が彼女に対する虐めで、そのようなことをする私は殿下の妃として相応しくないという事ですか」
「だからそう言っているだろ、何度も言わすな!」
しかしコイツ…殿下も声がデカいな。唾を飛ばすな!
「私はそのような虐めはしていません。先程も申しました通り彼女の事は知りませんし、今日が初対面です」
「嘘をつくな!証人もいるのだぞ!」
「まさか、小説のように一方的な証人の証言、ということではないでしょうね」
「…………」
ありゃー図星か。まさか現実にこんなことになるとは。
あ、そうだ。アレクサンド第二王子殿下も小説と同じで顔だけの残念王子だった。
ここまで似ていると笑いを超えて呆れるわ。まったく。
「それではその虐めについて確認しますね」
「必要ない!何故確認する必要がある?」
「私には身に覚えのないことです。だから確認するのです。それとも確認されると困ることでもあるのですか?」
「そ、そんなことはない!」
明らかに殿下は動揺している。なにか隠しているのかな?
「それでは確認します。いじめの内容について、もう一度説明してください」
宰相の息子であるリュカ・ベルナール侯爵令息が何やらメモを見ながら答えた。
「まず、キャロリーヌ嬢への暴言、教科書を破る、アクセサリーを壊す。階段から突き落とすなどです」
ちなみにこの宰相の息子は眼鏡をかけていない。
ここは小説と違うな。まあどうでもいい話だ。
「それでは確認ですが、暴言とは具体的にどのようなものですか?」
「暴言とは暴言だ!そんな事もわからんのか?」
いきなりアレクサンド第二王子殿下が怒鳴り散らす。
全く沸点が低いというか、とにかくうるさい。
「それは分かっています。どのような状況で、どのような発言をして、それが暴言である。と判断した理由を聞いているのです」
「必要ない!暴言だけで充分だ」
「なるほど、追求されると困ることがある。そういう事ですね」
「ななっ!屁理屈を言いおって」
「屁理屈ではありませんが…では答える気がない。いえ、答えられない。つまり冤罪と判断しますが?それでいいですね。何なら司法省の捜査官に調べてもらいますが」
私の父、フォンテーヌ公爵は司法省の総監も兼任している。(強引に例えるなら、現代日本で言えば最高裁判所長官のような役職)
捜査官の取り調べは厳しいので、事実は直ぐに明らかになるだろう。
「ぐぬぬ、分かった答えてやれ」
そう言うとアレクサンド第二王子殿下は宰相の息子に丸投げした。
「えっと、「殿下にむやみに近づくな」と怒鳴られたそうです」
「それのどこが暴言なのですか?」
「は?」
コイツ、本当に宰相の息子か?殿下に感化されて馬鹿になったのか?
「婚約者の私が殿下に近づく女性に対して「近づくな」と言う事のどこが暴言なのですか?と聞いているのです」
「…………」
おそらく、学園に入園してから、私はほとんどアレクサンド第二王子殿下と一緒にいない。いつもメルシエ子爵令嬢がいるので、それが普通となってある意味麻痺しているのかもしれない。
しかし、さすがに宰相の息子も自分の言った事がおかしいと気がついたようだ。顔色が悪い。
「はぁ…まあいいです。それで次は教科書を破る。でしたか」
しばらく呆けていた宰相の息子が再起動した。
「破られた教科書を見た証人が複数います。それも1度ではありません」
「おかしいですね」
「何がですか?」
「私が破ったという目撃者はいるのですか?」
「…………」
「それに教科書はこの王立貴族学園では重要図書に指定されています。それが故意に破損された、となるとそれを見聞きした人達によって大騒ぎになるはずですが?」
教科書は学園の機密文書でもある。
それが故意に破損されたとなると大きな問題となるし、簡単に再購入する事もできない。
「それも複数回ともなれば、学園でも調査が入る問題となるはずですが?」
「…………」
まったく。なんなんだ、この茶番は。
「話が進まないので先にいきますね。えっとアクセサリーの破損でしたね」
「…………」
宰相の息子は黙ったままだ。
「ああ、これも私が壊したという証人はいない、ということですね。それに、どこで壊されたかは知りませんが、身につける事を学園に申請し、許可されたアクセサリー以外、教室などには持ち込み禁止になっているはずですが?それとも私が無理やり彼女から奪って壊したとでも?」
明らかに宰相の息子も真っ青になっている。反論出来ないのだろう。
もし壊され、目撃者がいたら学園に報告されるはずだ。これは虐めの範疇を超えて器物損壊という犯罪なのだ。
報告を怠った者も処分の対象となる。
「何なら正式に被害届けを出して下さい。こちらでも調べてみますが」
「いや...それは」
「どうしてですか?アクセサリーを壊したなら、立派な犯罪ですが」
宰相の息子、ベルナール侯爵令息は焦って黙っている。
なるほど、やっぱり冤罪確定ね。
「まぁ、先に進めます。それでは、階段から突き落とした。ということですね。説明してください」
やっとまともに回答出来ると思ったのか、宰相の息子は明らかにホッとしている。
「本館2階の階段で突き落とされそうになったそうです」
「突き落とされそうに?落ちてはいないのですか?」
「はい、殿下が寸前に助けたそうです」
私は悪い夢でも見ているのだろうか。この人達はどうしてこんなおかしな事を平気で言うのだろう。
「全く話になりません!」
私もつい叫んでしまった。
「な、何がでしょうか?」
「本当に分からないのですか?」
「はぁ…」
「私が階段から突き落とそうとして、殿下が助けた。ということは、そこには私と彼女と殿下がいたわけですよね。どうして殿下はその時に私に注意するなり、状況の確認などしなかったのでしょう?とにかく、今になってからその時の罪をどうこう言うのは明らかにおかしいですよね」
「あ…」
おそらくアレクサンド第二王子殿下や側近達は、私を疎ましく思っていて、ゴリ押しで貶めて婚約破棄するつもりだったのだろう。
そして私はさらに爆弾を投下した。
「最初に申し上げた通り、私はキャロリーヌ・メルシエ子爵令嬢のことは存じておりません。おそらく一般クラスの方だからではないですか?私は特別クラスに在籍しているのですよ。本館から馬車で2時間以上かかる場所からどうやって虐めることが出来るというのですか?」
特別クラスというのは、一般クラスで学ぶ事は既に修得していて、さらに高度な内容のカリキュラムが組まれているクラスであり、本館からかなり離れた場所の別館にある。
どうしてそんなに離れているのかというのと、特別クラスは最近設立されたもので、単に土地の問題もあるが、専門の研究所などがある場所の近くが良いとの判断からである。
アレクサンド王子殿下や側近達は一般クラスだ。
入学試験でクラスが決定されるので、一般クラスの生徒達とは入学式や卒業式などの行事でしか会う機会がない。
アレクサンド第二王子殿下の側近達の事は婚約者として知っているが、彼女のことは、紹介されない限り知りようがないのだ。
殿下が懇意にしている女性がいる、という事は聞いていたが、もともと殿下に興味のなかった私にはどうでもいい事だったので、なにも聞いていなかった。