第1話
本作品は武 頼庵様ご主催の『この作品どう?企画』参加作品です。
「マルティーナ!貴様はルシア・エレーロ男爵令嬢に悪質な虐めをしていたな。そのような者は俺の妃として相応しくない。よって貴様との婚約を破棄し、ルシアとの婚約をここに宣言する!!」
ここ、魔術学院の創立記念パーティーの最中、壇上から声高らかに宣言したのは、ベルナルド・アルガンデ。ここ、アルガンデ王国の王太子だ。
何故かふわふわピンク髪の女性がベルナルド王太子にぶら下がって、大きな胸を押し付けている。
なるほど!あの胸の大きさはベルナルド王太子の好みだ。
私は普通ですけど、何か?
私、マルティーナはフローレス侯爵家の次女。残念ながらこのベルナルド王太子の婚約者である。
ベルナルド王太子殿下は眉目秀麗、所謂イケメンであるが、頭の方が少々、いやかなり残念な人物だ。
王太子教育を史上最速で逃げ出す、という偉業を成し遂げた。そもそも王子教育すら習得しているのかも怪しい。
「ベルナルド王太子殿下、発言の許可をお願いします」
「なんだ!」
一応礼儀はきちんとしないとね。
「私はルシア様を虐めてなどおりません」
「虐めていない?嘘をつくな!!」
「ベル様ぁ。私怖かったぁ」
ありゃ、愛称呼びなのね。
「大丈夫だ、ルシー。俺が守ってやる」
「ベル樣ぁ」
こっちも愛称なのね。なんなの?このイチャイチャ劇場は。皆見てますよー。
「嘘ではありませんが、虐め、とはどのような事でしょうか?」
すると、すっと眼鏡をかけた男性が前に出てきた。
エミリオ・パストール伯爵令息。宰相の息子である。
「ここに。まずルシアの悪評を広げる、暴言、教科書を破る、アクセサリーを壊す。挙げ句の果に、階段から突き落とすなどです。これは重大な犯罪ですね」
キリッと眼鏡を押し上げながら答えた。
「証拠はございますの?」
それはそうだ。全く身に覚えがないのに、証拠もなく言われても反論のしようがない。
すると、また別の男性が出てきた。
レオナルド・ロペス伯爵令息。騎士団長の息子である。
「複数の目撃者がいる。ここに」
と言ってリストを渡された。
「ここに書かれた人達はあなた方のお友達じゃありませんか?」
「それがなにか?」
やはり騎士団長の息子は脳筋だ。私の言っている意味さえ理解出来ないらしい。
「一方的な証言だけでは証拠とは言えません」
「そんなものルシアの証言だけで充分だ!!」
わっ!ビックリした。いきなりベルナルド王太子殿下が怒鳴る。
コイツ声デカいのよね。まったく。
「そもそも、私がルシア様を虐める理由がありません」
「貴様がルシアに嫉妬したからに決まってるだろ!」
はあああ?
そもそもベルナルド王太子殿下との結婚は、国王陛下が無理やり私のフローレス侯爵家に押し付けたもの。
もともと反対だった父も国王陛下に言われて仕方なく、という婚姻だったはず。
だいたいフローレス侯爵家がベルナルド王太子殿下の後ろ盾にならないと立太子できなかった。
私の父も押しに弱いので引き受けたのよね。
ベルナルド王子の悪い噂は有名だったから。
私には事前の知らせさえなかった。
国王陛下が「責任を持って教育する」と言っていたらしいが、このザマだ。
結局国王陛下もベルナルド王子には甘いのだ。
国王夫妻には3人子供が居るが、上2人は女性。
つまり、待ちに待った末っ子の男児だった。
それはそれは甘やかされて育ったわけで。
こうして無能な王子が出来上がり、そして無理やり私と婚約して、立太子したのだった。
「それで、私との婚約を破棄して、エレーロ男爵令嬢と婚約を結ぶという事ですか?」
「そうだ!彼女こそ俺が求めていた『真実の愛』の相手だ!」
「ベル様ぁ」
何だそれは、と盛大に突っ込んだのだが。
あれ?私と婚約破棄して王太子のままなのかな?
それに相手は男爵令嬢。
大丈夫なの?
「この事を国王陛下はご存知で?」
「このような些事は王太子である俺の判断で充分だ!」
はぁ、やっぱり独断なのね。
しかも、王太子の婚姻に関する事案を些事とは...
でも、あの甘々国王陛下だからなんだかんだと有耶無耶にしそう。
でも、せっかく婚約破棄してくれるのだからいいか。
「それでは、まさか後になって「この事はなかった事に」なんて言わないですね?」
「当たり前だ!貴様、俺を誰だと思っている!!」
あああ、だからうるさいって。
「分かりました。婚約破棄は了承しました。しかし、ルシア様への虐めは認めません」
そう言って私は完璧な淑女のカーテシーをして、踵を返して会場を去った。
後ろからぎゃあぎゃあと何か言っているが、気の所為だろう。うんそうだ。
◆
この事は直ぐに国王陛下に伝わり、かなり焦ったそうだ。
そして、フローレス侯爵家を敵に回したくない王家が、事の真相を突き止める為に、総力を挙げて魔術学院を調べた。
こんな事に王家の総力って...
結果、実際にルシアに対する虐めはあった。
ルシアは婚約相手のいる令息ばかりを誘惑していて、その複数の婚約相手の令嬢から虐められていたのだ。
しかし、私とは全く関係がなく、ベルナルド王太子殿下の思い込みであった事も判明した。
結局、私との婚約は、ベルナルド王太子殿下、つまり王家の有責により破棄され、王家はフローレス侯爵家に多額の慰謝料を支払った。
創立記念パーティーを台無しにしたベルナルド王太子殿下たち4名は、謝罪(形だけであったが)と謹慎3ヶ月の処分となった。
なんともまぁ甘い処分である。
ベルナルド王太子殿下は、エレーロ男爵令嬢と婚姻すれば、廃太子すると言われ、さっさと切り捨てた。
『真実の愛』とやらはどこへいったのだろう。興味ないけど。
そして、私の父であるフローレス侯爵は、国王陛下に散々頭を下げられ、渋々今まで通りベルナルド王太子殿下の後ろ盾となった。要するに廃太子の回避を手伝ったわけだ。我が家にはなんのメリットもない。
本当にお人好しの父だ。それにペコペコ頭を下げる国王陛下って。
大丈夫か?この国。
この事が、後にアルガンデ王国を揺るがす大事件に発展するのだが、それはまた別の話。