邂逅
入道雲の金床が如く高く伸び、蝉の鳴く声が余計に暑さを強調する真夏の朝方であった。
建物の影に隠れた所、冷たい壁に寄り掛かるように座った男が、くたびれた軍服に似合わぬ新品の靴に紐を通していた。男というよりも、少年の方が適した年齢である。先ほど購買で買ったその靴の隣に、履き潰した靴が一足、きちんと並んで揃っている。額に汗を伝わらせながら、左右の紐の長さを揃え、穴に通してゆく。
彼はこういった単純作業や、取り止めもない(しかもくだらない)ことを考えることに没頭するのが好きであった。そうすれば、現状の行き場のない不満から逃れられたからだ。
「リョウ、靴買ったのかい」
典型的な研究者というような風貌の長身の男が、両方の紐を丁度通し切った彼の隣に座った。
「カズヤさん。・・・やっとこさ買えましたからね。これに給料一年分とか給料か物価おかしいですよ、ここ」
「まあ研究職と士官しか高給取りの仕事ないからねぇ、」
タバコを取り出し、煙を燻らせながら、カズヤは短い顎髭を撫でた。
「それでもここいら一体にまともな職もないし、結局は一番高い給料の職は軍属になっちゃうのさ。料理人とか整備士とかにもなれるから、職業訓練校の側面もあるんだよ。ああ、招集かかってるの、忘れてないだろうね?」
「わかってますよ。新しい装備の試験でしたっけ?」
「うん。きっと驚くさ。」
一服し終わった男は、そのまま摩天楼の中へ消えていった。
靴を新調したからか、研究棟に向かうリョウの足取りはほんの少しだけ軽かった。
研究棟群。大抵は5階建てであり、バラック建ての一体に広がるこの地域では格段に高い建物であった。軍事基地というよりも研究所に軍直属の警備所を併設した形であるから、読み書きが難しい地域住民の雇用の元となる軍人、あるいはその他の肉体労働の定員は他の基地よりもかなり少ない。入隊率は10数%が精々である。
その中で、リョウの所属する技術試験隊は殊更に給料の高い仕事であった。しかし、試験とは名ばかりの使い物になるかどうかを調べるだけの職種であるから、大抵誰でもやれる。そして食い扶持を望む入隊志願の貧民は大量にいたため、増えすぎた彼らを試験中の不慮の事故に見せかけて口減らしすることさえ行われた。そんな中、1年も生きながらえたリョウのような者は少なかった。
研究職に次ぐ給料の高さは死にゆく彼らへのお情けだったが、研究職との格差はそれでも厳しく、安物の靴一足を買うのに1年ほどかかる。しかし、彼らは購買で買い物のできる立派な『金持ち』だった。購買の売り物は、大抵研究職か下士官以上でしか手を出せないのである。
「失礼します」
中には、ケーブルに繋がれた人型の物体と、それを取り囲む研究者の姿とがあった。
「ああ、来たかい。これが今回君に試運転してもらう試作兵器だよ。型番MPA-04R/A+2G『アルテリア』強襲偵察複合型のMPA(Multipool Purpose Armor)だ。MPAに搭載してた戦術予測システムが導き出した演算結果をダイレクトに使用者に伝えるためにバイオコンピュータを搭載して、戦闘能力を底上げしたんだ。それと・・・・・・。』
平時にすら口数の多い研究者が、さらに堯舌に話す。
「・・・・・・まあ、色々乗っけたせいで安全性が保証できないんだけどね!だから君には安全性のテストをしてほしい。」
「了解」
アルテリアに近づいたリョウは、あることに気が付いた。
「・・・バッテリーがありません」
既知のMPAはバッテリー駆動である。また消費電力が非常に高く、増加装甲を兼ねてバッテリーを装甲外面に大量に取り付けるのでかなりずんぐりとしたシルエットになるはずなのだ。しかし、アルテリアにはそれがない。
「背中にバッグがあるだろ?ゲージウム対消滅式エネルギーバッグになってるんだよ。半永久的にエネルギー供給ができる。ささ、早く乗って」
背部が2分割され、人一人が入れるほどのスペースができる。リョウがそこに入ると背部は閉じ、眼前のモニターが起動した。
Quantum computer starting. Gegium generator active. Bio computer use cannot. Alternative computer “Byakuya” online.
MPA-04R/A+2G ARTERIA active.
「なんだこれ。きゅあん・・・?」
刹那、ブーンという小さな音と共に、アルテリアは起きた。
「・・・誰だ、貴様」