私が吐いて、モテる女になるまでの物語。
空が橙色に染まり、軽く肌寒い夕方。
毎日、帰路として通る住宅街の中心。
ふと、足を止めると、共に歩く親友へと体の向きを変える。
彼女がそれに気づき、足を止めたのを確認すると、一度として彼氏の出来た事のない、非モテ女子大生の私は大きく口を開き、叫んだ。
「モテたい!!!!!!!」
その思いを乗せた一言は街中に響き渡り、山を抜け、東京を飛び出した。
そして、海を渡り、ブラジル在住の全イケメンの心に届いた。
と、個人的には思っている。
しかし、現実と言うのは想像とはかけ離れているもの。
最も思いを伝えたかった目の前の彼女には、全くもって届いていない模様。
彼女は頭上にはてなマークを三つ浮かべながら、困惑した表情でこちらを見ている。
めげる事無く、私は胸を張ると、再び叫ぶ。
モテたいと。心の底から叫ぶ。
「……いや、聞こえなかったわけじゃないんよ。どうしたの急に」
「……だから、モテたい!」
「いや、それは分かったって。急にどうしたの?」
「……私がモテるのを諦めたのはいつからだっただろうか」
「待って、その話長くな……」
「良いから聞きなさい」
話を遮ろうとする彼女の言葉を遮ると、子供に読み聞かせるように自らの人生を振り返る。
私が初めて恋というものを知ったのは小学生の頃。
クラスメイトで一番のイケメンに惚れた。
容姿端麗な上、運動神経抜群。今思えば、惚れない訳がない。
当時の私は怖いものが一切存在しない無敵少女。
放課後、一緒に遊んだ後の帰り道。
ドストレートに好きだと伝えた。真っ直ぐに付き合ってくれと伝えた。
結果。ドストレートに断られた。理由は顔が好みじゃないから。
初恋にして、初めての失恋。
帰宅したのちに号泣し、翌日の夕食まで一切食事をとらなかったのを今でも覚えている。
相当きつかったが、所詮は小学生。
数日後にはすっかり立ち直り、イケメンの事を好きだったという事も忘れていた。
次の恋は中学生。それは一目惚れだった。
シンプルに顔面ドストライク。
当時はクラスメイトだったのだが、私がカースト内で三軍なのに対し、彼は一軍。
特に仲良いという事はなく、深く話した事もなかった。
今思えば、叶わぬ恋。それでも、止まる事の知らなかった私は真っ直ぐに向かって行った。
これもまたドストレートに告白。結果は当然の如く惨敗。
そんなに話した事ない上に、そこまでも可愛くない君とは絶対に無理と、完璧に断られた。
ここで、行動力はあるのにも関わらず、豆腐メンタルの持ち主である私の心が折れた。
それから中学卒業まで恋をすることはなく、高校生時代へ。
高校生では自らの身分を完全に理解し、三軍として、恋愛を一切することなく、日陰で生活してきた。
大学に上がってもそれは変わらず、数日前の成人式まで、陰の者として生活を送って来た。
しかし、何の変哲もない日常の中で、ふと考えてしまった。
私はこのままで良いのだろうかと。このまま行けば、確実に恋愛をすることはない。
結婚どころか、初彼氏すら出来ずに寿命を迎えるのではないか。
それだけは絶対に嫌だ。それだけは絶対に回避したい。
そう考え始めてしまったら、もう止まらない。
溜めに溜めた欲望が爆発した。
そして、私が辿り着いた、私の心の底からの望み。
それこそが、モテたい。シンプルにモテたい。
「……ってことなわけなの。だけどさ、まあ、非モテ女子筆頭である私がモテるなんて夢のまた夢。なので、超美人の幼馴染である栞さんに力を貸してもらいたいのです」
「……ごめん、長すぎてほとんど聞いてなかったわ。まあ、モテたいって事ね。じゃあ、勝手にモテればいいじゃん。あたしは知らないよ」
非常にも彼女はそれだけ告げると振り返り、私を置いて先に進もうとする。
そうはさせるかと、全速力で彼女へ近づくと、足にしがみつき、彼女の動きを封じる。
彼女は動揺しながらも、ため息をしたのちに、力尽くで私を剥がそうと手を伸ばす。
これまでの経験から考えるに、私のしがみ付く力と彼女の引き剥がす力を比べると、彼女の力の方が五倍くらい強い。
このままでは簡単に引き剥がされてしまうであろう。
それならば、引き剥がし始める前に勝負を決めればいいだけの話。
真上へ顔を上げると、彼女の瞳に目を合わせる。
最近であった哀しい事。今回であれば朝食のパンを地面に落としたという出来事を思い出し、瞳に涙を溜める。
そして、全力の力を込めて、言葉を放つ。
「お願いしますううううううううう!なんでもしますからあああああああああ!」
「ちょ……っま……」
短くも長い人生の中で身に着けた最強の泣き顔。
それに加え、心の底からの思いを込めた全力の言葉。
このコンボの恐ろしい所は相手に断るという選択肢を使用させない所。
巨大な声で周囲の注目を集め、泣き顔でこちらが可哀想であると周囲の人達に錯覚させる。
それにより、周囲はこちらの味方に付き、周囲の目を気にする日本人は圧倒的な圧力に敗北せざる負えなくなるのだ。
実際、周囲が注目している現在、彼女は周囲を気にし、私を振り払えずいる。
ここで止めの一撃。涙を流しながら、更なる大声で懇願するを発動。
「本当にお願いしますううううううううう!私には栞さんしかいないんですううううううううう!助けてくださいいいいいいいいいい!」
「ちょ……人見てるって……もう、分かった!分かったからやめてって!」
彼女の口から合意の声が放たれると、一瞬にして表情を戻し、彼女の元から離れる。
その様子に、流石の彼女も唖然としている。
作戦成功。我が軍の完全勝利。
そんな言葉を脳内で放ちながら、満面の笑みで彼女の手を引く。
引かれながら足を動かす彼女は唖然とする表情を数秒間続けたのちに、してやられたような表情を浮かべ、深くため息をついた。
「琴羽あんた……やったわね」
「栞ってさ、案外チョロいよね。この手の作戦に引っかかり過ぎー。あ、約束したんだから、モテるの手伝ってねー!」
「この演技派女め……」
と、何やかんやあった後に、私が親友の力によってモテる物語。
非モテ卒業物語。いや……私と親友の物語。
いや……とにかく、非モテの私がモテるまでの物語が始まった。
「……って、始まったは良いものの、どうするんですか?」
「どうするって言われてもね……明日暇だよね。とりま、あんたが思う一番可愛い化粧と服でカフェ集合で」
「了解しました!栞先生!」
元気一杯に答えると、一つの分かれ道で足の向きを変え、それぞれの家へと帰宅していく。
その後、料理上手の母が作り上げたカツカレーを美味しく頂いた後に、お洒落な格好を一時間かけて作成し、深い眠りについた。
そして、あっという間に翌日。
濃い目のメイクをし、髪を整え、お気に入りの服を着こなす。
お気に入りのパンダがプリントされたTシャツの上に、二年前から愛用している黒のカーディガンを軽く羽織り、新品デニムを装着。
可愛らしいパンダTシャツ。女子と言えばのカーディガン。新しいデニム。
完璧すぎる。栞並みとは言えなくても、それなりに可愛いコーデと言える。
これなら、ファッションに関しては合格を貰えるに間違いない。
「いや、普通に駄目だわ。何でこんなので合格貰えると思った」
「え……え……え……え……え…………」
彼女の非情な言葉が私の胸を突き抜けた。
余りの言葉の鋭さに、全身から自信が消え去り、その場に膝をつく。
彼女はコーヒーに口をつけると、絶望的な表情を浮かべる私にフォローの一言も入れる事なく、続けて言葉の攻撃を繰り出す。
「全体的のテーマがバラバラ。カーディガンはもう買い替えた方が良いと思うし、デニムはサイズが合ってない。パンダはふざけてる?メイクは濃すぎるし、髪形は……」
「ストップ!ちょっとタンマ!このままじゃ、私の豆腐メンタルが修復不可になってしまう!」
強制的に言葉を止めると、彼女のコーヒーを一口貰い、心の落ち着きを取り戻す。
彼女の言葉を整理し、何を言われたのかを考える。
そして、一つの考えに行きついた。
彼女は鬼なのではないだろうか。
相手は幼馴染だぞ。古くからの友達だぞ。親友だぞ。
そこまで言う必要はないのではないでしょうか。
私のメンタルが崩れ去っていく音が聞こえていないのでしょうか。
これから協力してモテて行こうって話なのに、なんで初手から心を折りに来ているんだ。
「……とりあえず、強い言葉は辞めよう。上から目線も出来ればやめてほしい。ちょっと怖い」
「いや、あんたが前に先生って言ったんでしょうが。先生らしく悪い所注意してあげただけよ」
「じゃあ、先生は辞めよう。そうだな……じゃあ、相棒って感じでお願いします。優しくお願いします」
「我儘な……」
呆れながら深いため息をつくと、再びコーヒーに口をつける。
その後、鞄を開き、何かを探すような動作をしながら、優しく口を開いた。
「まあ、あたし的にもさ。ファッションに全く気を使ってこなかったあんたが可愛くなりたいって思い始めたのは嬉しいし、応援したいとは思ってるよ。だからこそハッキリ言わせてもらう。あんたのセンスは中学生レベル」
「え……いや、高校生レベルはギリギリ……」
「ない。ほら、まずはこれ見なさい」
彼女がテーブル上に広げたのは一冊のファッション雑誌。
開かれたページ上部には大文字で初心者向けコーデ作成方法!と書かれており、下部にはコツが四つにまとめられている。
①テーマやトーンを決め、まとまりのあるコーデにする。
②ワンポイントを入れて、女子らしさを出していく。
③やっぱり女子は痩せて見られたい。着痩せを意識してコーデしよう。
④迷ったら自分がお洒落だと思う服を着るのが一番!
……との事だ。
正直、④は完璧に行えていると思う。
完璧すぎて、その方向性ならばファッション界トップを狙えるレベルだと思う。
問題はそれ以外のコツ。ハッキリ言って、考えた事すらなかった。
コツを読んでから見てみると、栞の服装が何で陽キャっぽいか分かった気がする。
「まず①からだけど、どういう系のファッションが良いとかある?」
「ふっ……あったら相談してるわけなじゃん!」
「分かった。とりあえず行きつけの店あるから、そこで見ながら決めよう。……あと聞いときたいんだけど、モテたいって言ってたけど、もっと明確な目標ないの?」
「え……んー……彼氏を作る!あとは……イケメンからナンパされたり、逆にナンパしてOKを貰える女になる!」
「なるほどね……じゃあ、試しに目標までどれくらいの距離があるか調べてみようか。とりあえず、そこの道で逆ナンしてみてよ」
おっと、想定外の無茶ぶり。
冗談かと思い彼女の方を見るが、その真剣な表情から察するに、本気で言っているのだろう。
彼女は基本的には理想的な陽キャ。誰にでも優しくて、小・中・高とクラスの中心的な人物。
しかし、どこかしらが変わっている。羞恥心がないからだろうか。
それとも、何でも出来ると思っているからだろうか。普通に無茶な事を言ってくる。
それに加えて、一度言ったら基本的には変えない。
こうなれば、やるしかない。
半分くらい軽い気持ちで言ったんだけどな……。
なんてことを考えながら、大通りへと歩いて行き、周囲の男に視線を向ける。
流石は都会の大通り。イケイケな人種ばかりだ。
それでも、めげる事無く、一筋の希望に手を伸ばすように一歩を踏み出す。
シンプルに彼氏にしたい風貌の男へと声をかける。
「あ、ごめん。そう言うのは良いかな」
「この後予定があるんで」
「彼女いるんで……」
結果。0勝3敗。
圧倒的なほどの惨敗。
もしかしたら一人くらい行けるかもしれないとか考えてたけど、やっぱり駄目だった。
想像以上に駄目だった。豆腐メンタルが粉々に砕け散った。
砕け散る原因を作った悪女は私の肩に手を置くと、一言。
「別に一人でも良かったのに……なんかごめん」
殴ってしまおうか。陰キャ女子の怒りの一撃を喰らわせてやろうか。
拳を強く握りながらも、何とか怒りを抑え、先程の話で出た店へと向かう。
彼女の話していた店は以前テレビでも見た事がある、有名な洋服屋。
何度か来てみたいと思ってはいたが、余りにも明るい雰囲気を放っていたため、近づくことさえ出来なかった。
私が狼狽えていると、彼女は一切躊躇すること無く、入店していった。
緊張しながらも、急ぎ足で後に続いて行く。
流石はテレビで紹介される洋服屋。
店内は非常にお洒落で、マネキンが着ている服もお洒落、店員までもがお洒落。
お洒落過ぎてお洒落以外の誉め言葉が出てこない。
圧倒される私に一切触れる事無く、店内を一周すると、彼女はゆっくりと口を開いた。
「琴羽、あんたは根が明かるいし、元気系のコーデが良いと思うな。そうだな……ここからここまでのマネキンで気になるのある?」
「んー……これとか気になるかも」
「ならこれを元にしていこうかな……」
と言うようなノリで、他の店も回りつつ、最終的に二時間ほどかけて最高コーデを入手した。
その後、軽く夕飯を食べたのちに解散。
この日、私は最高コーデを手にしたのだった。
数日後。
この日、私は栞宅で寛いでいた。
彼女の家に来た理由はメイクの仕方を教えてもらうため。
彼女曰く、私の全力メイクは濃すぎて、小学生が見たら泣くレベルで怖かったらしい。
自分で言うのもなんだが、流石にそこまで酷くはないと思う。
というか、そうでないと恥ずか死ぬ。
「そう言えばさ、同窓会の話聞いた?」
「え、ああ、聞いた聞いた!」
突然の話題に驚きながらも、瞬時に内容を理解し、答える。
数週間前にあった成人式。本来ならばその時に中学生時代の友と同窓会を行う予定だったのだが、様々な出来事が重なり、同窓会は延期になったのだ。
そして、延期になった同窓会が行われるのが数週間後に決まったという訳だ。
学年のほぼ全員が来る事が決まっており、疎遠になった友達とも再開できるという事だから、それはもう楽しみで仕方がない。
「琴羽も勿論来るよね。それだったらさ、身近な目標として、同窓会までに可愛くなるのはどうよ。中学生時代の奴らに、良い所見せてやろうよ!」
「おお……おおおお!流石、栞!良いアイデアだすじゃん!良いね!男子共の視線を釘付けにしてやるよ!モテモテのモテ女の力見せてやる!」
「釘付けは無理かもしれないけど、成果が見えるいいチャンスかもだしね。ってなったら、それまでにいろいろしなきゃね。まずは言ってた通り、メイク!重要な点を纏めて行こう!」
彼女曰く、私の駄目だったところはメイクが濃すぎる点。
それに加えて、私に似合わないメイクである点と、下手な点。
これらを改良するために、一番にするべきは初心者向けの動画を見つつ、初歩の初歩からの勉強。
その上で、私自信にあうメイクを決めて、練度を上げていく。
彼女的には元が良いから、元を活かした薄めのメイクが良いらしいが、最終的には自分で決めるのが一番らしい。
という事で、その日から数日間。メイク勉強週間が始まった。
それと同時に、可愛い女であるために必要な事の学習。
自分にあう髪形の模索。似合うネイルやアクセサリーの確定。
様々な自分磨きを行っていると、あっという間に時間は過ぎていき、気付けば同窓会当日。
珍しく一度目の目覚ましで起床。
勢いよくカーテンを開き、勢いよく顔を洗う。
軽くご飯を食べると、少し休憩を挟み、購入済みの最強コーデで身を包む。
淡色のデニムに、ピンクのカーディガンと白いTシャツを合わせたコーデ。
二人で考えた、最高に似合うコーデだ。
着替え終えると、元の良さを活かす薄目のメイクを丁寧に、時間を掛けて施す。
数日の練習の成果もあり、みるみるうちに綺麗になっているのが自分でも分かる。
最後に、ショートボムの髪を軽く整えて、さり気なくアクセサリーを身に纏うと完成。
親友と、相棒と考え、磨き上げてきた可愛くなるための全身コーデ。
不思議と自信が溢れ、やる気も沸いてくる。
鏡に映る自分に満面の笑みを見せると、新品バックを手に取り、家を出る。
同窓会の会場はパーティー会場として有名なバー。
都会の中心部に位置しており、非常に分かりやすい所に建っている。
方向音痴気味の私も流石に迷う事はなく、予定時間数分前には現着することが出来た。
建物内に入ると、既に見覚えのある顔で溢れており、一気に懐かしい気持ちに支配されていく。
「お、来たね。琴羽ー!こっちー!」
「あ、栞!」
いつも通りの顔を目にすると、彼女の席へと急いで近づいて行く。
流石は栞。シンプルに可愛い。陽キャ。何と言うかずるい。
「……うん。可愛いよ、琴羽。似合ってる!」
「ちょ……そんな褒めたって何も出ないよ!?あ、飴ちゃんならあるけど、いる?」
「いや、いらない。大阪のおばちゃんかよ。あ……始まるみたいだよ」
彼女の指さす方を見ると、同窓会の開催者である男子がマイクを手に取り、目立つ位置に立っている。
予定時間より早いが、全員集まったため、同窓会を開始するようだ。
バーで二時間楽しみ、その後、適当に二次会を行う。これが今回の同窓会の予定らしい。
軽く予定を伝えると、事前に決めていた飲み物を全員に行き渡らる。
そして、全員同時に叫ぶ。
『かんぱーい!』
そんな流れで始まった同窓会だが……滅茶苦茶楽しい。
それはもう、凄く楽しい。久しぶりに会った子と話すのが楽しいし、話した事がない人と話すのも、話が想像以上に弾み、凄く楽しい。
恐らくだが、栞から教わった事が活きている。
彼女曰く、モテる女は話相手の話をしっかりと聞き、相手のほしい答えを返すものらしい。
その教えに沿って会話をした結果、会話が弾み、私も楽しくなってくる。
全くもって、栞様々だ。
想像以上の楽しさに気分が上がり、お酒も進んできた頃。
一人の男が隣の席に座り、声をかけてきた。
それは中学生時代に告白し、失恋することとなったイケメン。
相も変わらずイケメンで、それはもうドストライクの顔面だ。
またしても惚れてしまいそうだ。
「本当に久しぶりだね。凄く可愛くなってて驚いたよ」
「え、そんな事ないよ!神田くんも相変わらずカッコ良くてびっくり!」
一応は澄ました顔で答えたつもりだ。
内心はかつてないほどのガッツポーズをかましている。
嬉しすぎて、内心では叫び、ジャンプし、騒ぎまくっている。
努力が報われた気がした。昔に振られたイケメンに可愛いと言われた。
これはもう勝ったと言っていいのではないだろうか。
完全勝利と言っていいのではないだろうか。
私は1000年に1度の美少女と言っても良いのではないだろうか。
私可愛すぎでは?
「けど、みんな変わっててびっくりだよね。ほら、沢村君とか話した?今は芸人目指してるんだって。面白いよね」
「え、うん。芸人目指してるなんてすごいね!神田くんは今何やってるの?」
「僕は大学生かな。あ、グラス空になってるよ。次は何飲む?あ、おすすめあるんだけど、どうかな?」
「え、じゃあ、神田くんのおすすめのみたいな!」
と、かつて恋した男と、思い出話を語りながら、彼おすすめの酒を口へ運んでいく。
大学で男と話す事が少ない私にとっては貴重で、途轍もなく楽しい時間。
しかし、そんな楽しい時間はすぐに消えてなくなった。
同窓会が開始されてから、一時間半が経過したころ。
私は吐いた。盛大に吐いた。
お酒はそこそこ強い方だったが、自分の限界を超えて飲んでしまった。
自分のキャパを超えてしまったのだ。
それはもう盛大に吐いた。隣の彼に向かって吐いた。
意識が朦朧とする中で覚えているのは、周りの同級生がドン引きだった事。
栞が介抱してくれた事。メンタルが崩れ去った事もあり、介抱を無視し、一人で帰ろうとした結果。
警察に通報され、警察の力を借り、タクシーを使って帰宅した事。
翌日以降、私は一人引きこもっていた。
何度か連絡が来ていたが、全て無視し、一人引きこもっていた。
同窓会を思い出すだけで心が蝕まれ、涙を零しそうになる。
最悪の同窓会になった。同級生の前で吐き、滅茶苦茶にしたんだ。
耐えられるわけがない。なんかもう、全てが嫌になって来た。
「だからって、あたしの連絡も無視するのはどうかと思う」
聞き覚えのある声を耳にし、布団から顔を出す。
そこにいたのは金髪の美少女。私の幼馴染にして親友。
目をそらしながら、小さな声で答える。
「……なんで部屋にいるのよ」
「お母さんが入れてくれたんだよ。全く……いつまで引きこもってるのよ」
「別にいいでしょ……もう、全部別にいいよ」
「全部って何よ」
「全部よ。同窓会も、大学も、モテるのも。……私には無理だったんだよ。もうモテるのやめる」
「あんたねえ……」
彼女は深くため息をつくと、毛布を一気に奪い去った。
唖然としながらも、すぐさまシーツに包まるが、それも勢い良く奪い去られた。
他に身を包む物を探すが、周囲に身を包む物がないのを悟ると、自らの足を包み込むように丸くなる。
その様子はダンゴムシそのものと言えるだろう。
そんな最終引きこもり形態を圧倒的力で解除させると、彼女は説教するように言葉を放つ。
「無理無理うるさい!起きた事はどうしようもないし、さっさといつものあんたに戻りなさい!」
「でもお……」
「でもじゃない!それと、やめるじゃない!それを決めて良いのはあんただけじゃないの。あたしは琴羽の相棒なんでしょ?だったら、相棒のあたしにも決める権利がある。あたしがやめない限り、辞めるのは無理!」
「そんなこと言ったって……」
「うるさい!ちょっとの失敗でめげるな!長く一緒にいるんだから分かる。本当はまだモテたいんでしょ?そうなんでしょ!」
「う……うんんんんん……!」
同窓会の出来事は思い出したくない程に嫌な出来事だった。
ハッキリ言って、人生の黒歴史になると思う。
モテようと努力した結果が、吐いて黒歴史を製造。
本当に全てが嫌になってくる。
だけど、それはそれとしてモテたい!
だって、同窓会でみんなから可愛いって言われたの嬉しかったんだもん!
みんなの視線が嬉しかったんだもん!
吐くまでの間はほとんどが楽しいハッピータイムだったんだもん!
「それなら、モテよう!そうしたいのなら、そうする!それが琴羽らしい!」
「そうかなあ……良いのかな」
「良いに決まってる!あたしが言うんだから間違いないでしょ!」
「……うん!」
彼女は私の手を引くと、無理矢理にその場に立たせる。
結構な勢いで泣いている私にハンカチを手渡すと、励ますように言葉を放つ。
本当に栞は……こういう時にはいつでも助けてくれる。
優しくて、少し変わってて、私の憧れで、最高の幼馴染兼親友兼、相棒だ。
ハンカチで鼻をかむと、涙を拭き取り、冷静さを取り戻す。
「ありがとう、栞。まずは神田くんに謝らないと。吐いちゃったし」
「……鼻かむなよ。神田は良いよ。殴っといたから」
「……え、殴った?」
「気づいてなかったかもだけど、あいつアルコールの強い酒を飲ませて、わざと良い潰そうとしてたんだよ。だから殴っといた」
なるほど。そう言う事だったのか。
しかし、殴るのはやり過ぎだと思う。
少し注意するくらいで良かったのに。
そんな事を思いながらも、軽く礼を言い、今後の話をする。
起こった事は仕方がない。
現実を受け止め、生活を送っていく。
そして、改めてモテるためにはどうするか。
メイクやファッションはこのまま教わっていくとして。
「話相手の話をしっかりと聞き、相手のほしい答えを返すのが良いって言ったけど、あれはやっぱりやめた方が良いかも。考えたんだけど、それあんたらしくないわ」
「え、でも……」
「モテ方は人それぞれ。あんたらしくして、モテないなんて保証もないでしょうが。それに、あたしはアあんたらしい方がが好きなの」
「……分かった。そうするよ。私もその方が楽だし」
「よし、あとはお洒落を磨くだけ!ここから再スタートだ!」
しっかりと予定を立て、彼女と深く握手を交わす。
それから、モテるべく、私たちは努力を重ねた。
どうすればモテるか考え、女を磨くにはどうするべきかアドバイスを貰いながら、二人で成長していった。
そして、同窓会から数週間後。
改めて、自らのモテ度を確かめる時が来た。
何度かお茶をしたカフェのある大通り。
以前は隣の彼女の無茶ぶりで、ここで逆ナンをした結果。豆腐メンタルを破壊された。
そのリベンジをするべく。これまでの成果を確認するべく、ここに立っている。
高まる鼓動を抑えながら、隣の彼女へ親指を上げて見せると、一歩目を踏み出す。
狙うは、歩きスマホ中の眼鏡装備イケメン男子。
数週間で身に着けた綺麗にみられる歩き方を全力で利用し、可憐な動きで近づいて行く。
そして、彼の前に立つと、目を見開き、声をかける。
「あの……!そこのあなた!」
「……え、俺ですか?」
「はい、そこのイケメンのあなた!今、時間ありますか?……私とお茶しませんか?」
「……えっと、ナンパって奴?」
「はい!逆ナンです!大丈夫、損はさせません!楽しい時間を過ごさせて見せます!」
「えっと、なんで俺?」
「今歩いてる人の中で、一番イケメンだからです!」
彼は呆れたような表情を浮かべると、吹き出すように笑い出した。
そして、彼から放たれた二言。
「良いよ。君面白そうだし、一緒にお茶でもしようか」
「……え?」
「……え?」
「……い、良いの?」
「……え、良いけど?」
「あ……あ……やったあああああああああああああ!」
心の底からの喜び。心の底からの叫び。
嘗てないほどの幸せを感じながら、すぐさま振り返り、ここまで導いてくれた相棒の元へと駆けだす。
そして、右手を大きく上げると、その手と彼女の右手を合わせ、互いに満面の笑みでハイタッチを交わす。
「信じてたはいたけど、本当に行けるなんてね。まずは、目標一つ突破かな?」
「栞いいいいいいいいいいいいい!私……やったよおおおおお!リベンジ成功、目標達成!私いいいいい、モテたああああああああああ!」
「いや、まだモテたとは言えなくない?……まあ、今回ばかりは良いか。それより、そこの彼、困ってるぞ」
「あ、そうだった!ごめんね、イケメン君!」
声を掛けながら、彼の元へと駆け出す。
私の表情に迷いはない。今はただ、真っ直ぐな満面の笑みが表情を支配している。
最高の喜びが胸を支配している。
しかし、ここで満足するわけにはいかない。
達成したのは目標の一つにしか過ぎないのだ。
ここから。私はここから、栞と、相棒と成長していく。
モテるために!
日本人から真反対のブラジル人まで、様々な男子からモテるために!
わたしらしく、モテるために!
これは、私がモテる物語。大切な相棒と共に、モテるまでの物語。
モテる女になるまでの物語。
モテたい。