表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ヤギ獣人の王弟殿下に恋文を送ったのに、返事が返ってきません!

作者: 一本梅のの

 わたし、羊獣人のメリリーヌ。今、王立獣人学園の靴箱の前にいるの。

 なぜこんなところにいるかって?

 それは大好きな人に恋文を送るためよ!


 わたしの大好きな人は幼馴染みのユーヴィン様。彼はヤギ獣人で、なんとこの国の王様の弟――王弟殿下でもあるの。すごく優しくて、頭も良くて、ダンスも上手な素晴らしい殿方なのよ。


 わたしたちは同い年で、小さな頃から本当に仲が良かったの。

 わたしは上位貴族の娘だし身分も釣り合うということで、周囲の大人たちが「ユーヴィン様とメリリーヌ様を婚約させたらいいのでは?」と言っていたくらいに。


 わたしも彼と婚約できたら、と夢見ていたわ。けれど、現実は厳しいわね。

 彼ときたら「恋愛結婚がしたいから」と婚約を受け入れてくれなかったの。

 そのまま月日は流れ、気付けばわたしも十六歳……。


 ――もう我慢ならぬ! いいかげん、わたしと恋に落ちてもらおうか!


 というわけで、昨夜。わたしはドキドキする心臓を押さえながら、必死で恋文を書いたのよ。

 そして今、この瞬間、彼の靴箱に恋文をしのばせたの。


「……これで、ユーヴィン様の心を手に入れたも同然ね!」


 わたしは汗を拭うと、こそこそと物陰に潜んだ。

 時計の針は八時をさしている。もうすぐ彼が登校してくる時間だわ、と思ったその時。


 きらめく朝の光を浴びながら、颯爽と彼が現れた!


 ヤギ獣人らしい、すらっとした長身(ちょうしん)痩躯(そうく)。凛とした眼差し。

 ああ、なんてかっこいいの、わたしのユーヴィン様!


 物陰に潜んで様子を窺うわたしに気付かないまま、彼は靴箱から恋文を取り出した。

 桃色の可愛らしい封筒を、目を丸くして凝視している。

 そして。


 ぱくっ!


 ――嘘やろ。なんで食べるん?


 しかも、追い打ちをかけるように彼は呟いたの。


「まずい」


 信じられない。信じたくない。ショックを受けたわたしは、心臓を押さえて倒れてしまった。



 *



 目を覚ますとそこは保健室。イケメンの先生がこちらを覗き込んでいたわ。

 先生はアルパカ獣人。美しい笑みを浮かべ、ぱちりとウィンクをしてくる。


「気が付いたみたいだね。君、心臓を押さえて倒れたんだよ。たぶん左心房が悪いんじゃないかな。あ、左心房って分かる? 心臓には四つの部屋があるんだけど、その左上の部屋のことだよ。肺からの新鮮な血液が運ばれてくる場所なんだ」


 イケメンアルパカ先生は、私の頬にそっとばんそうこうを貼りながら、色っぽい声で囁いてくる。


「そんなことより、なんで泣いていたのかな? 先生が君を慰めてあげよう」


 どっきーん。わたしの心臓が跳ねた。こんなの惚れちゃうわ。

 イケメンの甘い言葉に、わたしはユーヴィン様からイケメン先生に乗りかえようかと悩んでしまう。


「せ、先生がわたしをここまで運んでくれたんですか……?」

「いや、君を運んできたのは、王弟殿下ユーヴィン様だったよ」


 まあ! それって、わたしはまだユーヴィン様への恋を諦めなくてもいいということ?

 わたしの心臓は、先生の甘い言葉を聞いた時以上にドキドキしはじめた。

 まあ、それはただ単に左心房が悪いだけかもしれないけど。


 わたしはスキップをしながら、保健室を出た。



 *



 それから普通に授業を受けて、お昼休みになった。

 わたしはユーヴィン様にお礼を言うため、彼の姿を探すことにしたわ。

 でも、階段を駆け下りていたら、つい足を滑らせてしまったの。


「きゃああ!」

「だ、大丈夫ですか?」


 わたしを抱き留めてくれたのは、オコジョ獣人の男の子だった。制服のネクタイの色は一学年下のもの。

 天使のように可愛らしい容姿をした美少年に、わたしの頬は一気に熱くなってしまったわ。


「助けてくれてありがとう。あなたは痛くなかった……?」

「はい。メリリーヌ先輩はとてもふわふわで柔らかかったので。さすが羊獣人ですね」

「あ、あまり褒めないで。恥ずかしいわ」

「ふふ、先輩可愛い。可愛すぎて食べちゃいたいくらいです……僕、こう見えて肉食なので」


 どっきーん。わたしの心臓が跳ねた。こんなの惚れちゃうわ。

 美少年の柔らかな微笑みに、わたしはユーヴィン様から可愛い後輩に乗りかえようかと悩んでしまう。


 けれど、廊下の向こうにユーヴィン様の姿を見つけ、はっと我に返ったの。


「ごめんなさい。わたし、もう行かないと」

「あ、先輩! 待ってください、僕は先輩に話したいことが……!」


 美少年の引き止める声を振り切り、わたしは駆けだした。



 *



 残念ながら、その日のお昼休みにユーヴィン様と話すことはできなかったわ。

 彼ときたら足が速いんですもの。でも、その足の速さも素敵なのよね。惚れ直したわ。


 しかたないから、わたしはもう一度、新たに恋文をしたためることにしたの。


 放課後、また彼の靴箱に恋文を入れる。今度は上質な紙のレターセットを使って書いたから、きっと大丈夫ね。


「今度こそ、お返事がいただけるはず。信じているわ、ユーヴィン様!」


 わたしは期待に胸を膨らませつつ、るんるんと鼻歌を歌いながら学園をあとにした。



 *



 けれど、次の日も。そのまた次の日も。

 ユーヴィン様からの返事はなかったの。嫌な予感がしたわ。


 ――嘘やろ。まさかまた食べたん?


 七日後。しびれを切らしたわたしは、ついにユーヴィン様を直接問い詰めることにしたの。

 外はあいにくの雨。時折、雷の音も鳴っている。

 薄暗い廊下を猛スピードで駆け抜けていると、なぜか突然、わたしの体の奥底から力がみなぎってきた。


 わたしは無意識に呪文を唱えていたわ。


「変身! 恋する小悪魔・ラブリィシープ!」


 まばゆい光がわたしの体を包み込む。光がおさまると、わたしはゴスロリ衣装に身を包み、背中にはコウモリみたいな羽を生やしていた。手には素敵なステッキ。

 そのままの格好で、ユーヴィン様のいる教室へと飛び込む。


「愛しき者よ! 我が熱き想いを受け取りたまえ!」


 わたしが素敵なステッキを振ると、どす黒いハート魔法が飛び出した。

 教室にいた生徒たちは、黒いハートを食らってバタバタと倒れていく。

 なのに、肝心のユーヴィン様は華麗にダンスのターンを決め、ハートを避けてしまったの。


 ――さすが王弟殿下。このわたしが見込んだ男……!


 校内の騒ぎを聞きつけ、どんどん人が集まってきた。保健室のイケメンアルパカ先生や、天使のように可愛いオコジョ後輩もいる。

 だけど、わたしは止まらない。止まってなんかいられない。


 素敵なステッキをもう一度振り、ハート魔法を繰り出す。

 ユーヴィン様はまたも華麗なステップでハートを避けた。イケメン先生は倒れた生徒の手当てに夢中で気付かなかった。

 けれど、可愛い後輩はハートを避けきれず、思いきり食らってしまったの!


「うわあああ!」


 その瞬間、可愛い後輩の体が光に包まれる。光がおさまると、そこには本物の天使がいた。


「変身! 聖なる裁き・オコジョエンジェル!」


 輝くオコジョ天使はかっこいいポーズを決めた。


「僕はメリリーヌ先輩……いや、ラブリィシープを倒すためにここに来た! 先輩は惚れっぽすぎる! つまり、男ぐせが悪い!」

「なんですって!」

「改心しろ! 食らえ、真実の愛……!」


 オコジョ天使の手からキラキラした光が放たれ、わたしを直撃する!

 しびれたわ。ビビビときたわ。改心したわ。


「わかったわ。わたしはもういろんな殿方に惚れたりしない。これからは一途に、ただ一人の男性だけを愛していくわ」

「なるほど。こほん、ちなみにその男性とは?」

「それは……」


 わたしはこくりと喉を鳴らす。


「それは……もちろんユーヴィン様よ! わたしはユーヴィン様のことが大好きだから!」


 わたしの告白に、ユーヴィン様がはっと顔を上げた。彼はわたしをまっすぐに見つめ、叫ぶ。


「メリリーヌ! 実は俺も君のことが好きだったんだ!」

「まあ、ユーヴィン様……!」


 わたしは変身を解き、彼のもとへ走る。彼はぎゅっとわたしを抱きしめてくれたわ。

 オコジョ天使はそんなわたしたちを呆然と眺め、苦しそうに胸を押さえた。


「この僕が、失恋……?」


 天使は絶望の表情を浮かべたまま、天へと帰っていってしまったわ。

 少し寂しいけれど、しかたないわよね。

 わたしは涙を浮かべ、天使を見送った。


「ところで、ユーヴィン様。わたしのことが好きなら、なぜ恋文に返事をくれなかったのですか?」

「恋文……?」


 ユーヴィン様の目が泳ぐ。


「ま、まさか……食べ」

「食べるわけないだろう! い、いくら俺がヤギ獣人だからといって……ははは!」


 ――嘘つき。初めての恋文は、確実に食べてたやん。


「そんな目で見ないでくれ。ほら、君からもらった恋文はここにある……!」


 ユーヴィン様はそう言って、懐から桃色の紙きれを取り出した。

 そう、それは確かにわたしが送った恋文……だけど。


 ――大部分、食っとるやん。欠片しか残ってないやん。


「申し訳ない」


 ユーヴィン様は頭を下げた。

 どうやら欠片しか残らなかったせいで内容が分からず、返事が書けなかったというのが真相のようね。


 気付けば雨は止み、空は明るくなっていた。

 わたしは青い空を見上げながら、両想いになったからまあいいかと笑みを浮かべた。



 *



 次の日、とうとう大好きな彼から恋文の返事が返ってきたの。

 彼ときたら、実は小さな頃からわたしのことが好きだったんですって。

 でも、わたしが惚れっぽいのが心配で、彼を一番に選ぶまでは婚約したくなかったみたい。


 わたし、ちゃんと愛されていたのね。


 返事の手紙に書いてあった「結婚しよう」という言葉に、わたしの心臓は痛いくらいドキドキした。

 まあ、それはただ単に左心房が悪いだけかもしれないけど。


 その後、わたしを諦めきれなかったオコジョ天使が堕天してきたり、イケメン先生にわたしの心臓を治療してもらったり、いろいろあった。

 だけど、晴れて両想いになったユーヴィン様とわたしは手と手を取り合って、数多の困難を乗り越えたの。

 そうして無事に結婚し、末永く幸せに暮らしたのよ。めでたしめでたし。


 あ、でも。後世の獣人たちにこれだけは言っておこうと思う。


『ヤギに告白したいなら、恋文だけはやめておけ!』




最後まで読んでくださって、ありがとうございます!

少しでも笑ってもらえていたら嬉しいです。


ブックマーク、お星さま、いいね、感想、レビューなどの温かな応援をいただくたびに、すごくすごく嬉しくて小躍りしています♪

本当に、本当に、ありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
しろくま獣人の令嬢と黒猫獣人の伯爵の、ほのぼの甘い恋物語。
『黒猫伯爵の可愛い妻を演じます』

現実恋愛・短編『女の子をドキドキさせる方法』
i681326

異世界恋愛・全3話『嘘つき令嬢の雷プロポーズ』
i683308
― 新着の感想 ―
[良い点] ヤギさんにお手紙はダメですねえ。 実際に当家ではヤギを飼ってましてね、紙といっても、より植物性の強いものは食べましたね。コート系の石が含有されてるものは食べてもお腹壊します。 実際の食べ…
[良い点] タイトルの時点ですでに面白くて笑ってしまいました。時々関西弁になるのがいいですね。 メリーさんになったり魔法少女(?)になったりと忙しい主人公。色々な要素がてんこ盛りで、賑やかな印象を受…
[良い点] メリリーヌ、可愛くて面白いですね。 大好きです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ