ヤギ獣人の王弟殿下に恋文を送ったのに、返事が返ってきません!
わたし、羊獣人のメリリーヌ。今、王立獣人学園の靴箱の前にいるの。
なぜこんなところにいるかって?
それは大好きな人に恋文を送るためよ!
わたしの大好きな人は幼馴染みのユーヴィン様。彼はヤギ獣人で、なんとこの国の王様の弟――王弟殿下でもあるの。すごく優しくて、頭も良くて、ダンスも上手な素晴らしい殿方なのよ。
わたしたちは同い年で、小さな頃から本当に仲が良かったの。
わたしは上位貴族の娘だし身分も釣り合うということで、周囲の大人たちが「ユーヴィン様とメリリーヌ様を婚約させたらいいのでは?」と言っていたくらいに。
わたしも彼と婚約できたら、と夢見ていたわ。けれど、現実は厳しいわね。
彼ときたら「恋愛結婚がしたいから」と婚約を受け入れてくれなかったの。
そのまま月日は流れ、気付けばわたしも十六歳……。
――もう我慢ならぬ! いいかげん、わたしと恋に落ちてもらおうか!
というわけで、昨夜。わたしはドキドキする心臓を押さえながら、必死で恋文を書いたのよ。
そして今、この瞬間、彼の靴箱に恋文をしのばせたの。
「……これで、ユーヴィン様の心を手に入れたも同然ね!」
わたしは汗を拭うと、こそこそと物陰に潜んだ。
時計の針は八時をさしている。もうすぐ彼が登校してくる時間だわ、と思ったその時。
きらめく朝の光を浴びながら、颯爽と彼が現れた!
ヤギ獣人らしい、すらっとした長身痩躯。凛とした眼差し。
ああ、なんてかっこいいの、わたしのユーヴィン様!
物陰に潜んで様子を窺うわたしに気付かないまま、彼は靴箱から恋文を取り出した。
桃色の可愛らしい封筒を、目を丸くして凝視している。
そして。
ぱくっ!
――嘘やろ。なんで食べるん?
しかも、追い打ちをかけるように彼は呟いたの。
「まずい」
信じられない。信じたくない。ショックを受けたわたしは、心臓を押さえて倒れてしまった。
*
目を覚ますとそこは保健室。イケメンの先生がこちらを覗き込んでいたわ。
先生はアルパカ獣人。美しい笑みを浮かべ、ぱちりとウィンクをしてくる。
「気が付いたみたいだね。君、心臓を押さえて倒れたんだよ。たぶん左心房が悪いんじゃないかな。あ、左心房って分かる? 心臓には四つの部屋があるんだけど、その左上の部屋のことだよ。肺からの新鮮な血液が運ばれてくる場所なんだ」
イケメンアルパカ先生は、私の頬にそっとばんそうこうを貼りながら、色っぽい声で囁いてくる。
「そんなことより、なんで泣いていたのかな? 先生が君を慰めてあげよう」
どっきーん。わたしの心臓が跳ねた。こんなの惚れちゃうわ。
イケメンの甘い言葉に、わたしはユーヴィン様からイケメン先生に乗りかえようかと悩んでしまう。
「せ、先生がわたしをここまで運んでくれたんですか……?」
「いや、君を運んできたのは、王弟殿下ユーヴィン様だったよ」
まあ! それって、わたしはまだユーヴィン様への恋を諦めなくてもいいということ?
わたしの心臓は、先生の甘い言葉を聞いた時以上にドキドキしはじめた。
まあ、それはただ単に左心房が悪いだけかもしれないけど。
わたしはスキップをしながら、保健室を出た。
*
それから普通に授業を受けて、お昼休みになった。
わたしはユーヴィン様にお礼を言うため、彼の姿を探すことにしたわ。
でも、階段を駆け下りていたら、つい足を滑らせてしまったの。
「きゃああ!」
「だ、大丈夫ですか?」
わたしを抱き留めてくれたのは、オコジョ獣人の男の子だった。制服のネクタイの色は一学年下のもの。
天使のように可愛らしい容姿をした美少年に、わたしの頬は一気に熱くなってしまったわ。
「助けてくれてありがとう。あなたは痛くなかった……?」
「はい。メリリーヌ先輩はとてもふわふわで柔らかかったので。さすが羊獣人ですね」
「あ、あまり褒めないで。恥ずかしいわ」
「ふふ、先輩可愛い。可愛すぎて食べちゃいたいくらいです……僕、こう見えて肉食なので」
どっきーん。わたしの心臓が跳ねた。こんなの惚れちゃうわ。
美少年の柔らかな微笑みに、わたしはユーヴィン様から可愛い後輩に乗りかえようかと悩んでしまう。
けれど、廊下の向こうにユーヴィン様の姿を見つけ、はっと我に返ったの。
「ごめんなさい。わたし、もう行かないと」
「あ、先輩! 待ってください、僕は先輩に話したいことが……!」
美少年の引き止める声を振り切り、わたしは駆けだした。
*
残念ながら、その日のお昼休みにユーヴィン様と話すことはできなかったわ。
彼ときたら足が速いんですもの。でも、その足の速さも素敵なのよね。惚れ直したわ。
しかたないから、わたしはもう一度、新たに恋文をしたためることにしたの。
放課後、また彼の靴箱に恋文を入れる。今度は上質な紙のレターセットを使って書いたから、きっと大丈夫ね。
「今度こそ、お返事がいただけるはず。信じているわ、ユーヴィン様!」
わたしは期待に胸を膨らませつつ、るんるんと鼻歌を歌いながら学園をあとにした。
*
けれど、次の日も。そのまた次の日も。
ユーヴィン様からの返事はなかったの。嫌な予感がしたわ。
――嘘やろ。まさかまた食べたん?
七日後。しびれを切らしたわたしは、ついにユーヴィン様を直接問い詰めることにしたの。
外はあいにくの雨。時折、雷の音も鳴っている。
薄暗い廊下を猛スピードで駆け抜けていると、なぜか突然、わたしの体の奥底から力がみなぎってきた。
わたしは無意識に呪文を唱えていたわ。
「変身! 恋する小悪魔・ラブリィシープ!」
まばゆい光がわたしの体を包み込む。光がおさまると、わたしはゴスロリ衣装に身を包み、背中にはコウモリみたいな羽を生やしていた。手には素敵なステッキ。
そのままの格好で、ユーヴィン様のいる教室へと飛び込む。
「愛しき者よ! 我が熱き想いを受け取りたまえ!」
わたしが素敵なステッキを振ると、どす黒いハート魔法が飛び出した。
教室にいた生徒たちは、黒いハートを食らってバタバタと倒れていく。
なのに、肝心のユーヴィン様は華麗にダンスのターンを決め、ハートを避けてしまったの。
――さすが王弟殿下。このわたしが見込んだ男……!
校内の騒ぎを聞きつけ、どんどん人が集まってきた。保健室のイケメンアルパカ先生や、天使のように可愛いオコジョ後輩もいる。
だけど、わたしは止まらない。止まってなんかいられない。
素敵なステッキをもう一度振り、ハート魔法を繰り出す。
ユーヴィン様はまたも華麗なステップでハートを避けた。イケメン先生は倒れた生徒の手当てに夢中で気付かなかった。
けれど、可愛い後輩はハートを避けきれず、思いきり食らってしまったの!
「うわあああ!」
その瞬間、可愛い後輩の体が光に包まれる。光がおさまると、そこには本物の天使がいた。
「変身! 聖なる裁き・オコジョエンジェル!」
輝くオコジョ天使はかっこいいポーズを決めた。
「僕はメリリーヌ先輩……いや、ラブリィシープを倒すためにここに来た! 先輩は惚れっぽすぎる! つまり、男ぐせが悪い!」
「なんですって!」
「改心しろ! 食らえ、真実の愛……!」
オコジョ天使の手からキラキラした光が放たれ、わたしを直撃する!
しびれたわ。ビビビときたわ。改心したわ。
「わかったわ。わたしはもういろんな殿方に惚れたりしない。これからは一途に、ただ一人の男性だけを愛していくわ」
「なるほど。こほん、ちなみにその男性とは?」
「それは……」
わたしはこくりと喉を鳴らす。
「それは……もちろんユーヴィン様よ! わたしはユーヴィン様のことが大好きだから!」
わたしの告白に、ユーヴィン様がはっと顔を上げた。彼はわたしをまっすぐに見つめ、叫ぶ。
「メリリーヌ! 実は俺も君のことが好きだったんだ!」
「まあ、ユーヴィン様……!」
わたしは変身を解き、彼のもとへ走る。彼はぎゅっとわたしを抱きしめてくれたわ。
オコジョ天使はそんなわたしたちを呆然と眺め、苦しそうに胸を押さえた。
「この僕が、失恋……?」
天使は絶望の表情を浮かべたまま、天へと帰っていってしまったわ。
少し寂しいけれど、しかたないわよね。
わたしは涙を浮かべ、天使を見送った。
「ところで、ユーヴィン様。わたしのことが好きなら、なぜ恋文に返事をくれなかったのですか?」
「恋文……?」
ユーヴィン様の目が泳ぐ。
「ま、まさか……食べ」
「食べるわけないだろう! い、いくら俺がヤギ獣人だからといって……ははは!」
――嘘つき。初めての恋文は、確実に食べてたやん。
「そんな目で見ないでくれ。ほら、君からもらった恋文はここにある……!」
ユーヴィン様はそう言って、懐から桃色の紙きれを取り出した。
そう、それは確かにわたしが送った恋文……だけど。
――大部分、食っとるやん。欠片しか残ってないやん。
「申し訳ない」
ユーヴィン様は頭を下げた。
どうやら欠片しか残らなかったせいで内容が分からず、返事が書けなかったというのが真相のようね。
気付けば雨は止み、空は明るくなっていた。
わたしは青い空を見上げながら、両想いになったからまあいいかと笑みを浮かべた。
*
次の日、とうとう大好きな彼から恋文の返事が返ってきたの。
彼ときたら、実は小さな頃からわたしのことが好きだったんですって。
でも、わたしが惚れっぽいのが心配で、彼を一番に選ぶまでは婚約したくなかったみたい。
わたし、ちゃんと愛されていたのね。
返事の手紙に書いてあった「結婚しよう」という言葉に、わたしの心臓は痛いくらいドキドキした。
まあ、それはただ単に左心房が悪いだけかもしれないけど。
その後、わたしを諦めきれなかったオコジョ天使が堕天してきたり、イケメン先生にわたしの心臓を治療してもらったり、いろいろあった。
だけど、晴れて両想いになったユーヴィン様とわたしは手と手を取り合って、数多の困難を乗り越えたの。
そうして無事に結婚し、末永く幸せに暮らしたのよ。めでたしめでたし。
あ、でも。後世の獣人たちにこれだけは言っておこうと思う。
『ヤギに告白したいなら、恋文だけはやめておけ!』
最後まで読んでくださって、ありがとうございます!
少しでも笑ってもらえていたら嬉しいです。
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本当に、本当に、ありがとうございます!