【短編版】婚約破棄に追放までセットでしてくれるんですか? ~職場でパワハラ、婚約者には浮気され困っていたので助かりました。新天地で一から幸せを手に入れようと思います~
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「アメリア、君との婚約は今日限りで破棄させてもらうよ?」
あまりに唐突に、あっさりと告げられた別れ話。
私が宮廷の新ポーションの開発に取り組んでいる時だった。
私の婚約者で、ファウスト公爵家の嫡男であるカイウス様が訪ねてきて、唐突にそんな話をされてしまった。
「あ、あの……カイウス様?」
「質問しなくても良いよ。今からちゃんと説明してあげるから」
自信満々な彼はニヤリと笑みを浮かべる。
私は仕事の手を止め、とりあえず彼の言葉に耳を傾ける。
「私はね? 君にはとても期待していたんだよ。錬金術師の名門アルスター家の長女。最年少で宮廷錬金術師になり、着任後すぐに新ポーションを開発、国へ大きく貢献した。まさに天才だと」
彼の話は今から五年ほど前のことだ。
孤児だった私は五歳の頃、アルスター家という名門貴族に引き取られた。
なんでもない私がなぜ、と思ったのを覚えている。
ただ、アルスター家が名のある錬金術師の家系だと聞いて納得した。
私には錬金術の才能があって、アレスター家には当時、子供がいなかったのだ。
それを理由に私を家の一員に迎え入れ、錬金術師になるための教育を受けさせる……
はずだった。
実際にはそう上手くいっていない。
私がアレスター家で教育を受けられたのは、最初の二年だけだった。
「君こそ国の未来を担う者の一人だと、私を含めて多くの者たちが期待していた。だが実際はどうだい? 優秀だったのは最初だけ、以降の目立った成果はないじゃないか?」
「それは……」
「言い訳はしなくても良いよ。君が私たちの期待を裏切ったことは事実なんだから」
事実……確かにそうだけど、そうなったのには理由がある。
言い訳じゃなくて、正当な言い分だ。
ただ、今それを言ったところで聞いてはもらえないだろうと思って、私は黙り込む。
すると彼はため息をついて、やれやれと首を振りながら呟く。
「本当に言い訳すら出てこないんだね。呆れたよ」
言い訳するなって言ったのはそっちなのに?
どうせ言い返したって呆れていただけでしょう?
「沈黙は肯定と一緒だよ。君は自分の不甲斐なさを認めたわけだ」
「そういうわけでは……」
「じゃあなんだい? 君のほうが彼女より優秀だとでも言うつもりなのかな?」
「彼女?」
ガチャリと部屋の扉が開く。
彼の背に隠れながら、一人の女性が部屋に入ってきた。
知らない仲じゃない。
むしろ誰よりも近く、よく知っている人物が。
「……リベラ?」
「こんにちは、お姉さま」
私の妹、リベラ・アレスター。
彼女は穏やかに微笑み挨拶をして、カイウス様の隣に並び立つ。
スペースは十分あるのに、わざわざ肩と肩が触れ合う距離で。
それはまるで、彼の隣は自分の物だと主張しているみたいだった。
「紹介するよ。私の新しい婚約者、リベラだ」
「……」
「驚いているのかい? 無理もないな。たった今婚約を破棄され、すぐに新しい婚約者を紹介されるなんて夢にも思わなかっただろうね」
「申し訳ありませんお姉さま。本当はもっと前からお話があったのですが、お姉さまを悲しませてしまうと思って、長らく決心がつかなかったのです」
だけどようやく決心がついて、カイウス様と正式に婚約した。
という話を長々とされた。
私の逃げ道を絶つように、アレスター家の了承も得ている話も添えて。
両親公認で、本人たちも望んでいる様子。
私には入る隙などないと、発言から態度の全てで示していた。
ここまで外堀もしっかり埋められたら、誰だって納得するしかないだろう。
「話は終わりですか? それなら仕事に戻ります。今日中に終わらせないといけない仕事がありますので」
「いいや。話はこれで半分だよ」
「半分?」
婚約破棄と妹との婚約以外に何かあるのか?
ニヤつく二人を見て、私にとって悪い話であることは確実らしいと悟る。
とは言え、妹に婚約者も奪われたんだ。
今さら何を言われても、そうそう驚いたりはしないだろう。
「なんでしょう? 仕事があるので手短にお願いします」
「その仕事についてだ。本日付で、君は宮廷錬金術師ではなくなったよ」
「――え?」
今、なんて?
耳を疑った私は、思わず聞き返す。
「どういう意味でしょう?」
「言葉通りさ。君を宮廷錬金術師から除名すると正式に決まったんだ」
「そ、それは……なぜカイウス様が」
「おや忘れたのかい? 宮廷錬金術師には、この国に属する多くの貴族が出資している。新しい文明を築くために必要な人材だからね? そしてその資金の半数以上は、我がファウスト公爵家だ。だから僕には君たちに対して様々な特権を得ている」
彼は話しながら、一枚の紙を取り出し、開いて私に見せつける。
そこには解雇状と記され、私の名前が入っていた。
「君は宮廷錬金術師に相応しくないから、その席を空けてほしいんだ。安心して良いよ? 君の代わりは、優秀なこのリベラが務めるから」
「リベラが?」
「はいお姉さま。私も宮廷錬金術師の試験に合格したのです。これでお姉さまと一緒にお仕事が出来ると思っていたのですが……とても残念です」
そう言ってリベラは寂しがるような表情と仕草を見せる。
わざとらしい演技だ。
本当はそんなこと思っていないと丸わかりの。
「彼女はとても優秀だよ。試験時に数多くの新ポーションを提示してくれた。君も見るかい? きっと自分との才能の差が理解できるさ」
カイウス様から手渡された資料に目を通す。
リベラが試験で提示したというポーションは五種類。
どれも新しく画期的なものばかりで、国にとっても有益だものだろう。
だけどこれ……
「私が研究していたポーション?」
「ん? 何を言っているんだ?」
「これは全部、私が研究して作成方法を考案したものばかりです! 時間と材料が不足して完成まで進められなかったですが……」
「おやおやふざけたことを言うんだね? それじゃまるで、リベラが君の成果を横取りしたみたいじゃないか」
哀れな妄想だな、と言われている気分になった。
彼の態度に苛立った私は、彼らに背を向け散らかった研究資料たちを漁る。
「何をしているんだい?」
「少々お待ちください。私が嘘を言っていないことを今から証明いたします」
「証明? どうやって証明してくれるんだい?」
「――あった!」
山のようにつまれた資料を崩しながら、過去の研究資料を取り出す。
内容は私がリベラが提出したものと似ている。
いいや、ほぼそのままと言っても過言じゃない。
「これを見てください」
「これは……」
さすがのカイウス様も、これを見ればわかるはずだ。
私が先に考案していた物を、どうやってかリベラが持ち出していたことに。
盗み出すタイミングなんていくらでもあった。
同じ家で暮らしているし、勉強したいからという理由で定期的にこの部屋にも訪れていたから。
今から思い返すと、彼女一人残して部屋を出たこともある。
きっとその時に盗み見たに違いない。
資料に目を通したカイウス様は驚愕を露にしている。
「アメリア……」
「わかってくださいましたか?」
「ああ、よくわかったよ。やはり私の判断は正しかったようだ」
「え?」
カイウス様は私のことを睨みつける。
リベラにその表情を見せるのならわかる。
どうして私に?
理由はすぐ、彼の口から聞こえた。
「君はあろうことか妹の成果を横取りしようと考えていたんだね? 自ら証拠を出すなんて愚かにもほどがある」
「なっ、違います! 私じゃなくてリベラが――」
「もう良い。君の言い訳は腹立たしくて聞くに堪えない。婚約解消、宮廷付きからの除名、どちらの決定にも変更はない。むしろより推奨する理由ができたほどだよ」
「そ、そんな……」
私の行動が裏目に出て、余計にカイウス様を怒らせてしまった。
もはや私の言葉は何一つ届かないだろう。
今日までの努力を否定され、あげく濡れ衣まで着せられて。
落ち込み顔を伏せる。
でも、それ以上に――
やっと解放される、と思ったんだ。
そうか、そうなんだ。
もう私は宮廷で働かなくていいんだ。
カイウス様の婚約者として振る舞う必要もない?
そんなの最高じゃない?
「ありがとうございます!」
「……は?」
「カイウス様のお陰で、やっと仕事から解放されます!」
「な、何を言っているんだ? 急に開き直って……ショックで頭でもおかしくなったか?」
困惑するカイウス様。
隣にいるリベラもポカンと口を開けている。
そんな反応になるのは無理もない。
普通、婚約者を奪われて、地位まで剥奪されたら悲しむだろう。
私だって多少はショックだし、悲しいとも思った。
だけど、二人とも知らないんだ。
私がこの宮廷で、どんな扱いを受けて来たのか。
最年少で宮廷錬金術師に選ばれた。
孤児から名門貴族の養子に迎え入れられた。
その事実だけでも私のことを羨ましく思い、妬みや僻みを向ける人も多い。
周囲からは期待されていたのかもしれないけど、より近い同僚たちからは、贔屓されるとか不正をしたんだと、散々陰口を叩かれてきた。
上司にも嫌われて、毎日毎日普通の人がこなす五倍近い仕事を押し付けられ……
その所為で自分の研究はまったくできなくなった。
カイウス様にしたってそうだ。
彼は驚いただろう、なんて最初に言ったけど、私はずっと前から彼の浮気には気づいていた。
その相手がリベラであることも知っていた。
まさか婚約に至るとは思っていなくて、その点だけは素直に驚きはしたけど、以外は概ね予想通り。
最初は優しかった彼も、仕事に追われ会う機会が減ってからそっけなくなり、最近ではほとんど話すこともなくなっていた。
関係は冷え切っていたにも関わらず、公爵家の婚約者として正しい振る舞いは要求されて、正直かなり息苦しかったんだ。
そのどちらも、これからは耐えなくて良い。
全部リベラが代わってくれるそうだ。
なんて素晴らしいことなんだ。
成果を横取りしたのには腹が立ったけど、これからの不幸を肩代わりしてくれるということで許しても良いとさえ思える。
「カイウス様、今までありがとうございました。リベラとお幸せになってください」
「あ、ああ……」
「リベラも。これから大変だと思うけど、私の代わりに頑張ってね?」
「は、はい。もちろんですお姉さま」
心からの言葉に二人とも唖然とする。
悲しみで満ちていたであろう私の表情は、きっと今は解放感で溢れているはずだ。
今日から宮廷錬金術師じゃないってことは、今日の仕事もしなくていいということ。
テーブルに積まれ崩れた資料にも、今更目を通す必要はなくなった。
「それで、今すぐ出ていけばよろしいのでしょうか?」
「あ、いや、明日で良い。今日中に荷物をまとめて出て行きたまえ」
「わかりました」
荷物はそんなに多くないし、一日あれば余裕で片付けられる。
私はそれだけ聞くと、二人に頭を下げて片付けを始めた。
しばらく二人はせっせと片付ける私を見ていたけど、いつの間にかいなくなっていた。
それから一週間――
◇◇◇
「……足、疲れたなぁ」
私は今、王都から二つ離れたシーベルという街に来ている。
どうしてこんな場所にいるのか。
理由は簡単で、宮廷をクビになり、カイウス様との婚約も解消されたことで、ついに私は家からも追い出されてしまったんだ。
そのことに関して悲しいとは思っていない。
最初からあの場所に思い入れもなければ、未練なんて微塵もない。
しいて言えば、孤児だった私を引き取ってくれた恩だけど……それも十分返せただろう。
そんなわけで家を出て、特に理由もなく王都を抜けた。
「これからどうしよう……」
後悔はしていない。
ただ、今後のことは何一つ考えていなかった。
錬金術師として働く場所を探そうか?
それは一番良いのだろうけど、宮廷での過度な業務量を思い出すとぞっとする。
結局どこで働くかも決めず、ただただ彷徨い続けていた。
そろそろお金もなくなる……
いい加減、どこかで働かないと生活が……
「はぁ……一人で生きるのって意外と大変なんだなぁ」
「それはそうだろ。みんな助け合って生きてるんだからな」
「そんなのわかって――え?」
不意に声をかけられ、何気なく会話が続いて。
振り返るとそこには、懐かしい面影をもつ青年が立っていた。
「よう。アメリアだよな?」
「もしかして……トーマお兄ちゃん?」
「はははっ、お兄ちゃんか。その呼び方も懐かしいな」
彼は照れくさそうに笑う。
銀色の髪と青い瞳、恥ずかしがると顔を逸らし、片目を瞑る癖がある。
そんな彼の姿に、幼い頃の思い出が重なる。
「やっぱりそうなの?」
「ああ、久しぶりだなアメリア」
「トーマお兄ちゃん……」
「こんなところで何してるんだ? もしかして仕事でこっちに――っておい! なんで泣いてるんだよ?」
慌てるトーマお兄ちゃん。
涙が流れていることに、自分では気づかなかった。
彼に指摘されて初めて、頬をつたい落ちる雫の感覚に気付く。
「あれ? なんで私……泣いて……」
ああ、そうか。
私は悲しかったんだ。
仕事をクビになって、婚約者をとられて、家からも追い出されて。
こうなったことに後悔はしていない。
そう言いながらも、全てを割り切って認めたわけじゃないんだ。
宮廷で過ごした時間と、費やしてきた努力、何もかもを否定されて失ったことに……
安心して涙が出るほどには、悲しさを感じていたという。
心配そうな顔をするお兄ちゃんを見て、私は慌てて涙を拭う。
「大丈夫。ちょっと目にゴミが入っただかだから」
「……場所を変えよう」
「え?」
「何かあったんだろ? 話を聞かせてくれ」
そう言って彼は私の手を取り歩き出す。
彼に引っ張られながら、私の足も前へ出る。
無理やりじゃなくて、彼は私が歩きやすいペースを守って、優しく手を引いてくれた。
彼の手は大きく男らしく……それでいて優しかった。
◇◇◇
近くにあった喫茶店に入った私とトーマお兄ちゃん。
向かい合って座り、私から何があったのかを話す。
彼とは同じ孤児院で育った幼馴染で、私より二つ年上の男の子だったから、当時からお兄ちゃんと呼んでいた。
私がアルスター家に迎え入れられてからも交流は続いていて、手紙を送り合ったり、偶に時間を貰って会ったり。
ただ、それも私が宮廷付きになってからピタリとなくなった。
最後の手紙には、彼も孤児院を出るという話が書かれて、ずっと気になっていたんだ。
五年ぶりの再会……涙は感極まってしまったところもある。
話を聞き終えた彼は、強く自分の手を握りしめる。
「なんだよそれ……ひどすぎるだろ。アメリアは何も悪くないのに」
「あはははっ……そうだよね。本当に酷いよ」
「なんで笑ってられるんだよ。普通もっと怒るだろ? 理不尽過ぎるじゃないか」
「そうなんだけどさ……言った通りの環境だったし、戻りたいとかはないんだよ。やっと自由になれたーって思うくらいだしさ。まぁこの先のことは何も決まってないけど……」
自由を謳歌するためにもお金は不可欠だ。
仕事は探さないといけないし、見つかったとしてもまた酷い環境だったらどうしようとか。
いろいろ考えてしまうから、一歩踏み出せずフラフラしていた。
「行く宛は決まってないのか?」
「うん。家も追い出されちゃったし、今さら孤児院に行っても迷惑にしかならないから」
「そうか……なるほど」
「トーマお兄ちゃん?」
彼はふむふむと頷きながら、顎に手を当て考える素振りを見せる。
この時ふと思った。
彼はどうしてこの街にいたのか。
孤児院を出た後、どこで何をしていたのか。
一番気になったのは服装だ。
明らかに一般人には見えなくて、どちらかと言えば貴族の……
「よし! なぁアメリア、俺が一つ提案があるんだが聞いてくれるか?」
「提案?」
「ああ。もし良かったら、俺の領地に来ないか?」
「……え?」
領地?
◇◇◇
ガタン、ゴロゴロゴロゴロ――
車輪が荒い地面を走る音と共に、時折揺れる馬車の窓から外を除く。
木々に覆われた大自然、一面の緑。
王都やシーベルからも遠く離れた辺境の土地に、私はトーマお兄ちゃんと一緒にやってきた。
「移動に時間がかかって悪いな。こんな場所だから、馬車でもかなり時間がかかるんだよ」
「ううん。それより驚いたよ。お兄ちゃんが領主様になってるなんて」
「はははっ、俺も自分で驚いたよ。人生何が起こるかわからないな」
彼はあっけらかんと笑う。
フランロード家、それが彼を引き取った辺境貴族の名前らしい。
私が貴族の一員となったように、彼も知らぬ間に貴族となっていたそうだ。
引き取られた理由もほぼ同じ。
跡取りがなく困っていて、養子を探していたという。
交流がなくなったのも、彼を引き取った家が辺境の領主様だったから。
遠すぎて手紙を送るにも手段がなく、日々の忙しさもあって断念したと語ってくれた。
「本当はもっと早くに挨拶しに行こうと思ったんだけどさ。君が宮廷付きに選ばれたと知って、自分も負けてられないって思ったんだ。次に会う時は堂々と、自慢話でもできるようにして会いたいってね」
「ふふっ、お兄ちゃんは相変わらず意地っ張りだね」
「これでも大人になったぞ? 見ての通り背も伸びたしな」
「うん。なんだか男の人って感じがする」
実際に会っていた頃から五年。
たかが五年で、人はこんなにも成長するのか。
「私も大きくなったでしょ?」
「ああ。綺麗になったな」
「え、あ、うん……ありがと」
「なにを照れてるんだよ」
だってそんな臆面もなく綺麗とか言うから……
お兄ちゃんは昔から素直に思ったことを口にするタイプだったけど、そこは変わっていないみたいだ。
ある意味でホッとする。
変わっていても、彼は彼のままなんだなと。
「でも本当に良いの? 私がいきなり来たら家の人も困るんじゃ……」
「心配ない。今の領主は俺だからな。実は去年、俺を引き取ってくれた……義父さんが亡くなったんだ」
「あ……ご、ごめんなさい」
「謝らなくて良い。病気だったけど、ちゃんと最後は見届けられた。後のことは任せるって言われたんだよ、その時にさ。だから俺の手で領地を守る。そのために今も色々やってる」
道中に教えてくれた。
彼が付いた領地は、一言でいうなら不遇。
大きな街から遠く離れ、山と森で隔離された場所に位置している。
四季よりも激しい環境の変化も相まって、土地はあっても活用が難しい状況とか。
領地の人々は生活の中で様々な苦労を抱えていた。
前領主はなんとか良い環境を造ろうと尽力していたそうだが、貴族と言えど辺境の出では発言力がなく、王都に支援を申し出ても断られていた。
「じゃあお兄ちゃんがあの街にいたのも支援を求めて?」
「まぁな。協力してくれる人材の確保と、食料とかもろもろ。うちは医者もいないから、薬を調達しなくちゃいけなくて。とにかく色々足りてない。そんな時、アメリアと再会した。こんな言い方はキザだけどさ。運命だって思うよ」
「運命……」
「アメリアの才能は知っているし、努力家だってことも。話を聞いて、すっごい頑張ってたんだなってわかるよ」
お兄ちゃんはそう言ってくれる。
私が頑張っていたと、話を聞いただけで疑いもせず。
真っすぐに見てもらえることが恥ずかしくて、私は目を逸らす。
「迷惑だったか?」
「そんなことないよ! 嫌だったら今もこうしてないよ」
「なら良い。不甲斐ない話だけど、俺一人じゃ義父さんの理想は叶えられそうにない。だから頼む。君の力を貸してほしい」
「……うん。私で良ければ」
行く宛もなく彷徨っていた私に手を差し伸べてくれた。
その手の温かさも、笑顔が本物だとも知っている。
彼なら信じられる。
信じても良いと思えるから、ようやく一歩を踏み出せた。
「私頑張るね! トーマお兄ちゃん」
「おう。あ、でもそろそろさ? そのお兄ちゃんっていうのは止めてくれ。成人を越えてそう呼ばれるとこう……なんか恥ずかしい」
「そう? 私は抵抗ないけど……じゃあトーマ様?」
「様はもっとない! 呼び捨てで良いよ」
「うーん、それもなんだが違うような。あっ! じゃあトーマ君で!」
こっちのほうがしっくりくる。
領主様だと知った今も、彼とは昔みたいに自然体で話したい。
彼も畏まることは望んでいないようだし、できるだけ気楽に、友人のように。
「それで良いよ。もうすぐ着くけど、到着前に軽く仕事の説明だけしておくぞ?」
「うん。お願いします」
「内容はたぶん王都でやってたことに近いな。ポーションを作ったり考案したり。錬金術で解決できそうな案件をお願いすると思う」
「任せて! 仕事の速さには自信あるから」
これでも五年間、無茶ぶりな仕事量を熟してきた実績がある。
仕事の速さと効率の良さは誰にも負けないぞ。
「頼もしいよ。あーでも無理はするなよ? 倒れられても困るし、三日に一度は最低でも休みを取れ。あと一日の労働時間も八時間以内で収めること。どうしても足りない時は相談してくれ」
「え……休んで良いの?」
「当たり前だろ? 休まずどうやって仕事するんだ?」
「休んだら仕事が終わらないよ?」
「そんな仕事量はありえないんだよ。宮廷と同じなんて思うなよ? 俺が無理してるって思ったら、無理やりにでも休ませるからな?」
本当に……
休んで良いの?
仕事の合間に決まった休みがあるとか奇跡だよ?
しかも一日八時間だけ働けばいいなんて。
「……天国だ」
「そんなことで至福の顔されても。君はあれだな。しばらく普通の環境に慣れたほうがよさそうだ」
やれやれとトーマ君は呆れる。
彼が提示してくれた条件、それは私にとって夢のような内容だ。
働くこと最優先で、それ以外は捨てる覚悟で毎日を過ごす。
当たり前みたいに繰り返してきたことの異常さを、これから思い知ることになりそうだ。
期待してもいいのかな?
これからの日々を、楽しく過ごせるかもって。
良いのかもしれない。
だってそれが、普通のことなんだから。
◇◇◇
アメリアを追放した日の夜。
彼女が使っていた研究室に訪れる二つの影があった。
二人は扉を開け中に入り、綺麗に片付けられた部屋を見渡す。
「長かったね、リベラ」
「はい。カイウス様のお陰ですわ」
「何を言う。君の健気さと美しさ、そして実力があってこそだよ」
「ふふっ、なんて嬉しいお言葉でしょう」
片付けられ広々とした部屋で手を取り合い、イチャイチャする二人。
窓からは夕日が差し込み、その光が二人を照らす。
「カイウス様、お姉さまはこれからどうするのでしょう?」
「さぁね。予定通り家も追い出されたようだし、行く宛もなく惨めに彷徨うんじゃないかな?」
「ですが昨日は……それほど落ち込んでいませんでした」
「ふっ、あれはただの強がりだ。自分の無能さを散々思い知って、本心では打ちのめされているに違いない。まったく哀れな娘だよ」
カイウスはニヤリと笑い、リベラを徐に抱きしめる。
「あんな娘のことはもう忘れよう。私は君だけを愛しているんだ」
「カイウス様……」
「今日から君がこの部屋の主だよ。優秀な君ならば、期待以上の成果を出してくれると確信している。今から鼻が高いよ」
「ふふっ、ありがとうございます。ぜひともご期待に沿ってみせますわ」
愛し合い、抱きしめ合う。
しかし、二人は知らないのだ。
アメリアが五年間、どれだけの仕事をたった一人で熟してきたのか。
彼女一人が国にもたらした影響の大きさを。
その全てを、これから背負わなければならない事実を。
遠くない未来必ず知る。
彼女の偉大さと、決定的な才能の差を。
真の天才は――アメリアだと。
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