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3、自己紹介の攻略法

 さぁ、一体どんな自己紹介を見せてくれるのだろうか。


 順番は、とうとう沢村さんがいる最も廊下側の列に回ってきた。

 もう少しで彼女の番だ。

 俺は今か今かとその時を心待ちにする。


 一人目、二人目、三人目と、どんどん順番が回って行く。

 そして……とうとう彼女の番がやってきた……はずだった……。


「――それじゃあ、取り敢えずこれで自己紹介は終わりだね」

 先程のレベル2の陽キャ男子、天ヶ瀬がそう口にした。

 

 いやいや、おかしいだろ。

 まだ彼女が、沢村さんがいるじゃないか。

 何を言っているんだこの天ヶ瀬っていう奴は……。


 ――いや、待てよ? もしや……。


 俺は慌てて彼女の席の方に視線を移す。

 ――やはり、そこに彼女の姿はなかった。


 嘘……だろ?

 まさかとは思ったが、まさか本当にいなくなっているとは……。

 

 

 これはあくまで俺の予想だが、恐らく彼女がおこなったのは『トイレに行って自己紹介を回避する』というものだ。

 ぼっちが自己紹介中に教室の外へ行く理由なんて、トイレ以外にない。


 この技は上手くいけば自己紹介を回避することが出来るというとても強力な技である。


 だが、強力な技には当然ある程度のリスクが伴う。

 トイレに行く際に注目を浴びてしまうという危険性があるのだ。

 移動するときの足音や扉を開くときの音などに細心の注意を払わなければならない。

 ただ静かなだけでは駄目だ。

 気配を消しながらも、あくまで自然に、堂々としていなければならない。

 その絶妙なバランスを掴むのが非常に難しい。

 そのため、この技は相当な手慣れでないと使いこなせないのだ。

 今までぼっちを極め続けてきた俺でさえ、この技を完全に使いこなすことはできない。

 だから、先程も俺はこの技を使わずに正攻法で自己紹介をしたのである。


 それ程までに、この技は難しいのだ。

 ……だが、彼女はそれを完璧にこなしてみせた。


 ――全く気付かなかった。

 俺以外の生徒が気づかなかったのはまだ分かる。

 問題なのは、ずっと彼女のことを気にかけていた俺が気づかなかったということだ。

 いつ出て行ったのかも見当がつかない。


 彼女の気配を消す能力は尋常じゃない。

 暗殺者に転職しても困らないレベルだ。


 さらに、彼女は『先生がいない』という状況を巧みに利用している。

 トイレに行く際に、先生に報告する必要が無かったのだ。

 これによって、より周りに気づかれずにトイレに行くことが出来たというわけだ。

 また、先生がいないので、後で自己紹介をさせられる確率が極めて低くなる。

 普通の先生は、トイレで自己紹介が出来なかった生徒がいれば、後で改めて自己紹介をさせるだろう。

 だが、今回のように先生がいない場合、自己紹介が出来なかった生徒がいるということを認識できない。

 加えて、担任の安藤先生はあの性格だ。

 後であらためて自己紹介をさせられる可能性はほぼゼロといって良いだろう。

 

 恐らく彼女はこの状況も考慮した上で、この作戦を実行したのだ。

 さすがとしか言いようがない。



 俺がそう感心していると、天ヶ瀬と安藤先生が一緒に教室に入ってきた。

 どうやら先生を呼びに行っていたらしい。


 ――それとほぼ同時だった。後ろのドアが静かに開いて彼女、沢村さんが入ってきた。

 クラスの皆の意識は安藤先生と天ヶ瀬に向かっていたため、気づいたのは俺だけのようだ。

 もしかすると、彼女はこれを狙ったのかもしれない。


 それにしても、やはり気配を消すのはお手の物のようだ。

 彼女は何の足音も立てずに入ってくる。

 前に立っていて、教室全体を見渡せるはずの先生と天ヶ瀬も気づいていなかった。

 一体どうなっているんだ……。

 

 ――これがレベル5の実力なのか……。


 

 俺が驚いている間に、いつの間にか安藤先生は教卓の前に立っていた。

 先生は面倒くさそうにしながら口を開く。

「えっと、自己紹介は終わったんだよな。じゃあ面倒だけど今後の話でもするか」


 おっと、先生の話は真面目に聞かねば。

 ぼっちになると他人に情報を尋ねることが出来なくなるので、先生の話はちゃんと聞いておかなければならないのだ。

 俺は一旦冷静になり、安藤先生の話に集中する。

 

 そう言って安藤先生はプリントを配りながら話し始める。

「えっと、まず、明日から授業だから筆記用具を持ってきてってことと……あと何かあったっけか? まぁいいや。そんな感じで」

 

 ――いや、どんな感じだよ。

 その説明じゃ何も分かんないだろ。

 俺が心の中でツッコむと、先生が何か思い出したような顔をして口を開く。


「あぁ、そうだ。毎年勘違いする奴がいるから一応言っておく。部活のことなんだが……」


 部活か……。

 もちろん俺はどこにも入るつもりはない。

 部活はぼっちを目指す弊害になりかねないのだ。

 教室は人数が多いからあまり話しかけられることが無いが、部活は少人数故、必ず誰かと喋らなければならない。

 

 つまり、コミュニケーションの回数が増えてしまう。

 それによって親しくなったり、よく話すようになったりするのが容易に想像できる。

 ぼっちを目指す俺にとって、『部活に入る』イコール『針山地獄に行く』のようなものだ。

 だから俺は絶対に部活には入らない。何があってもだ。


 そう考えていた俺の耳に、先生の口から衝撃の情報が入ってくる。


「――うちの学校、校則で『必ずどれかの部活に入らなきゃいけない』ってなってるから。そこんとこよろしく。近いうちに部活説明会があるから、そこで何処にはいるか決めるといいよ」


 ――何……だと……。

 今、「どこかの部活に入らなきゃいけない」って言ってなかったか?

 さっきも言ったが、俺にとって部活に入ることは針山地獄に行くことと同義だ。

 ……先生は俺に「死ね」って言うのか?


 現実を受け止めきれずにただ呆然としていると、先生が再び口を開く。

「えっと、まぁ取り敢えず今日はこの辺で解散。それじゃあまた明日」

 

 その日はそれで解散となった。

 俺は帰り道、これからどうするかを考える。

 

 まずいぞ、部活をどう対処するか考えなければ……。


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