2、レベル5
――レベル5……だと……。
いや、そんなはずはない。
俺はもう一度その生徒のレベルを確認する。
……やはりレベル5だ。見間違いじゃない。
まさか本当に存在しているとは……。
入学式の途中なのにもかかわらず、俺はレベル5の存在に対する驚きから、司会者が何を言っているのかなど、全く考えられなくなってしまった。
改めてここ数年の経験で俺の考えたぼっちレベルを思い返してみる。
レベル1:未知の世界。陽キャの最上級。
レベル2:典型的な陽キャ。ほとんどの陽キャはこれに分類される。
レベル3:陽キャとも陰キャとも言えない微妙な立ち位置。レベル3の人数が一番多い。
レベル4:典型的なぼっち。ほとんどのぼっちがここに分類される。
レベル5:未知の世界。ぼっちの最上級。
俺は念のためもう一度、隣の生徒のレベルを確認する。
何度見てもレベル5だ。
すごい、これはすごいぞ。未知の世界であるレベル5のぼっちに会えたのだ!
俺は動揺と興奮と感激が入り混じったような高揚感を覚えていた。
その時である。
「あ……あの……多分……呼ばれてますよ……」
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で俺にそう言ったのは、先程のレベル5の女子生徒だ。
えっ……
ハッと顔を上げると、全生徒の視線が俺に集中していた。
な、何? めちゃくちゃ見られてるんだけど……。
――待てよ? さっき、呼ばれてるって言ってたよな……。
もしやこれは……入学許可宣言というやつでは?
担任の先生によって入学する全生徒の名前が一人ずつ呼ばれ、それに対して「はい」と返事をする、アレだ。
俺は慌てて立ち上がった。
「は、はい……」
皆の視線が俺に集中する。生徒も担任も壇上の校長や来賓の人たちも……。
ふぅ……何か見られている気がするが、とりあえずはこれで大丈夫か……。
俺が安堵していると、まわりの生徒がクスクスと笑い始める。
え、な、なに……俺、何かした?
――その理由はすぐに明らかになった。
その後、隣の彼女の名前が呼ばれた。
「沢村凪紗さん」
「はい」
彼女は立たずに返事をした。
次の人も、その次の人も……そう、返事は立たなくてもよかったのだ。
その後も立って返事をしたのは俺一人だった。
はぁ……目立ってしまった。
入学式早々なにをやってるんだ、俺は。
そもそもこうなったのは、レベル5を目の当たりにし、動揺していたためだ。
そう、隣のレベル5の彼女……
あ、そういえば、この子……沢村さんって呼ばれてたな。
見た感じ普通の女子高生だ。
一体彼女のどこがレベル5なのだろうか?
「――以上をもちまして、二〇二一年度入学式を閉会いたします」
いつのまにか入学式は終わっていた。
あ、校長先生の話とか全く聞いてなかったな……まぁいいか。
入学式が終わった後、俺達はクラスごとに教室に移動した。
俺のクラスはAからDのうち、C組である。
教室に入ると、俺は自分の席の位置をチェックした。
俺の席は……廊下側から2列目の一番後ろだった。
よし! まさに日の当たらない陰キャ専用、ぼっちのベストポジションだ。
本音を言うのであれば一番端っこがよかったが、まぁ、これくらいなら許容範囲だ。
窓際や前の方の席は陽キャのみんなに任せておけばよい。
俺は心の中でガッツポーズをしながら席に着く。
さて、隣は一体どんな奴だろうか。
ぼっち生活において、隣の席に誰が座るかはとても重要である。
隣の人によって今後の人生が決まると言っても過言じゃない。
もしグイグイくるタイプの陽キャが隣になったら、これからのぼっち生活は過酷なものとなるだろう。
だが、逆に俺と同じようなぼっちが隣になれば、これからのぼっち生活には安全が約束される。
ぼっち精神を持ち合わせていれば決して互いの領域に踏み込むことはないからだ。
俺は陽キャが隣にならないことを願っていると、隣の席の椅子に誰かが手をかける。
先程のレベル5の女子、沢村さんだった。
俺は安堵する。
――とりあえず、陽キャじゃなくて良かった。
教室内は既に中学で同じ学校だった生徒や、同じ塾に通っている人達でグループができ始めていた。一方、沢村さんは席に着くと、すぐに鞄から本を取り出して読み始めた。
一ページ、また一ページと沢村さんは静かに本を読み進めてゆく。
周りのことなど一切気にせず、読むことだけに集中している様子だ。
実はぼっちにとって『本』というものは非常に重要なアイテムだ。
これがあればどこであろうと、誰に囲まれようと、ぼっち的には無敵だ。
『自分は今、本を読んでいる』というアピールが周囲にできるので、話しかけられることもなく、読書中の本人の意識は別世界にワープしているのだ。
まさに次元の異なる半径50センチの聖域を手に入れたようなものである。
さすがレベル5、基本のアイテムは使い慣れているようだ。
とはいえ、彼女がやっているのは、ぼっちの技術のキホンの『キ』だ。
これが出来ないとぼっちを名乗ってはいけない、というレベルである。
この程度の技術でレベル5になれるものなのか?
いや、きっと彼女のレベル5たる所以はもっと他のところにあるはずだ。
ガラガラとドアが開く音がして、そこから男の教員が入ってきた。
さっき入学式で名前を呼んでいた人だ。
この人が俺達の担任なのだろう。
担任が入ってくると、さっきまでグループになって話していた生徒たちも皆、席に着く。
俯き加減で本を読んでいた沢村さんも静かに本を閉じ、担任の方を向いた。
「私の名前は安藤浩一。このC組の担任になったんで、まぁ取り敢えず一年間宜しくね」
そう言いながら担任は黒板に「安藤浩一」と名前を書く。
うわ……。
この瞬間、C組の生徒全員がこう思ったことだろう。
――字、汚っ。
なんだこの字……ヒエログリフの進化版か?
解読するので精一杯だ。
安藤先生は続ける。
「取り敢えず生徒同士で自己紹介しようか。じゃあ私は一旦職員室に戻るから。終わったら呼びに来て」
そう言って安藤先生は教室から出て行ってしまった。
え? 自己紹介聞かないのか? 担任なのに?
まぁいい。それよりも今は自己紹介に集中しよう。
――自己紹介……それは、ぼっちを目指す者にとって一年で最も重要な行事と言っても過言ではない。
この自己紹介でその人の第一印象が決まる。
ここで目立ってしまうと、今後、沢山のクラスメイトに話しかけられてしまう危険性がある。
だが、逆に他の人の印象に残らない自己紹介をすれば、クラスメイトは目立った生徒のところに集まるので、誰にも話しかけられることはない。
つまり、これからのぼっち生活は、この自己紹介の結果に左右されるのだ。
ここで目立ったことを言えば、元も子もない。
とにかく無難に、そして誰の印象にも残らないような、全く引っ掛かりのない、ありきたりで面白味のない自己紹介をすることが重要だ。
「みんな、安藤先生は出て行ってしまったけど、指示通りに自己紹介を始めよう」
窓側の一番前に座る生徒の一人がそう切り出した。
俺はレベルを確認する。
どうやらレベル2のようだ。
典型的な陽キャというやつだろう。
サッカー部です! と言わんばかりのさわやかさがあるが、その中にどこか目立ちたい、仕切りたいという願望がにじみ出ているのが俺にははっきりと見えた。
その生徒は立ち上がって、早速自己紹介をはじめる。
「僕の名前は天ヶ瀬一、運動が得意で小さな頃からずっとサッカーをやっているんだ。この学校では、サッカー部に入ろうと思ってる。みんな、これからよろしく!」
やっぱりな。こういう生徒はだいたいサッカー部なのだ。
決してサッカー部をディスっているわけではない。俺の数少ない経験からではあるが、こういうタイプはほぼサッカー部に属していた。ただの統計的なものだ。
他の生徒もそれに続いて自己紹介をし始める。
順番は席の並び順のようだ。
窓側から一列目、二列目、三列目、四列目……
次第に廊下側に近づいてくる。
目立とうとギャグを入れ込もうとするもの、少しでも印象に残りたくて歌い出す者、突然クイズを出し始める者などもいたが、ほとんどの生徒は名前と趣味、もしくは名前と入部予定の部活を簡単に言って終わりにしていた。
こういうときは周りに合わせるのが無難だろう。
問題は名前と趣味をいうか、名前と部活名をいうかである。
ここで下手に部活を言ってしまうと、「俺も一緒だ」「私も一緒だ」などと、相手に話しかける材料を与えてしまう。それが例え帰宅部でも、部活に誘われる可能性があり、同様に話しかける材料を与えかねない。
選択は趣味しかない。
趣味……俺の趣味……それは……。
自己紹介の番が俺の列に回ってきた。一人目、二人目、三人目、四人目……そして……とうとう俺の番になった。
俺はスッと立ち上がる。立ち上がり方も重要だ。椅子を引く音など立てず、いつ立ったのかわからないくらい静かに立ち上がる。それが速すぎても遅すぎても目立ってしまうので、絶妙なタイミングが求められる。
俺は立ちあがると、一呼吸して口を開いた。
「はじめまして、神代暁斗といいます。趣味は……特にありません。よろしくおねがいします」
そう言い終わると、俺はすぐに席に着く。
無難にこなせただろうか。
特に目立った反応はなかったし、誰の印象にも残らなかったはずだ。
入学式では大失敗したが、自己紹介は成功したと言っても差し支えないだろう。
よし、今年は平和にぼっち生活ができそうだ。
――そうだ。沢村さんはどんな自己紹介をするのだろうか?
彼女はレベル5だ。ぼっちを目指す上での最適解を見せてくれるに違いない。
そう考えると、俺は彼女の自己紹介が楽しみでならなくなった。
さぁ、一体どんな自己紹介を見せてくれるのだろうか。