1、ぼっちレベル
――俺はずっと『ぼっち』を貫き通している。
あの日……人の頭上にあの数字が見えるようになってから……。
春を感じさせる生暖かい日差しが窓から入り込んでくる。
今日は高校の入学式だ。
今日から俺は高校生となるのである。
普通であれば、これからはじまる楽しい高校生活を思い浮かべてワクワクするところだろうが、俺はそんなことはしない。
俺はここでも『ぼっち』を目指す!
俺は中学校で、ぼっちだった。
しかし、それを決して恥じてはいない。
あくまで自らの意志で周囲との関係を断ち切っていたのだ。
だからこそ高校でも必ずやぼっちを貫き通して見せる!
俺は用意を終えると、気合を入れるために深呼吸をする。
ちょうど息を吐き終わった時、下の階から声が聞こえてきた。
「暁斗、ご飯できたから降りてきて」
母さんだ。
一階にいる母さんに聞こえるように、俺は大きな声で返事をする。
「はーい、今降りるよ」
俺は一階に降りて朝食が置いてある席に腰掛ける。
「さっさと食べちゃいなさい」
「父さんは?」
「お父さんならもう仕事に行ったわよ」
俺はそう答える母さんの頭上を見る。
――今日も変動なしか……。
今日も母さんのレベルは相変わらず3のままである。
このレベルが見えるようになったのは、俺がまだ小学5年生だった時のことだ。
ある日、朝起きると、母さんの頭の上に変な数字が浮かび上がるようになったのである。
数字の横には小さくこう書かれていた。
――『ぼっちレベル』と。
驚いた俺は、すぐさま母さんにこの数字について尋ねた。
しかし、母さんは「何を言っているんだ?」と言わんばかりの顔でこちらを見てくる。
俺にしか見えていないのか?
慌てて俺は洗面所の鏡の前に移動し、自分の頭上にも『ぼっちレベル』が表示されているかどうかを確かめる。
しかし、鏡の向こうにそのような数字は見当たらない。
一体何なんだろう?
最初はこの数字は母さんにしかついていないのだろうと思っていた。
だが、小学校への登校中にすれ違った人達にも『ぼっちレベル』は表示されていた。
つまり、レベルが表示されていないのは俺だけだということだ。
ゆっくりと朝食を食べていると、気づけば結構な時間が経過しており、時計を確認すると、そろそろ学校へ行かなくてはならない時間になっていた。
俺は残りの朝食をほうばり、一気に飲み込むと、高校のバッグを片手に、学校へ向かった。
学校までの道すがら、いつものように俺は人とすれ違う度にその人の『ぼっちレベル』を確認する。
今日、すれ違った人は、大体十数人くらいか……。
レベルは人それぞれだったが、全て2から4までに収まっていた。
――そんなことをしていると、いつのまにか高校に到着していた。
……今日も成果はなしか。
やはりレベル1やレベル5は発見できなかった。
俺が今まで見てきた中で、レベルが1、または5の人は一人もいない。
全員が2から4の中のどれかだったのだ。
俺は自分なりにこの数字について考えた。約五年に渡る『ぼっちレベル』についての研究によると、おそらくレベル1というのは、ぼっちとは無縁な存在……つまり、常に友達にわいわいと囲まれている、いわゆる陽キャというやつだろう。
しかし、俺が中学生の頃、クラスの中心にいた陽キャでさえレベル2で、レベル1には届いていなかった。
その生徒はサッカー部に所属しており、彼女もいて、休み時間になるといつも友達が寄ってくるような奴だ。
そんな奴でもレベル1には届いていない。
逆にレベル5というのは、存在するのであれば、いわゆる空気というやつだろう。
俺は今まで参考にするために沢山のぼっちを見てきたが、全員レベル4にとどまっていて、レベル5以上は見たことがない。
もしかしたらレベル4が上限なのかもしれない。
自分のレベルは見られないし、そもそもこの『ぼっちレベル』が何に基づいて決まっているのかも謎だ。
俺は新入生が集まっている場所に移動し、その集団から少し距離をあけて待機する。
最初が肝心だ。
決して油断してはならない。
少し他人との間隔をあけ、ぼっち特有の雰囲気を出す。
俺という存在すべてを認知させないようにするのである。
こうすることで、他人から話しかけられるのを防ぐことができるのだ。
気配を消すことに集中していると、大人の男性の声がした。おそらくこの高校の教員だろう。
「入学式が始まるので、新入生は一列になってついて来てください」
俺は気配を消しながらも列に並んでその教員のあとについて行った。
連れてこられたのは式が執り行われる体育館である。
「ここから入場してください」
そう教員が指示したので、俺を含めた新入生は入場曲とともに入場する。
体育館の中には人数分の椅子が用意されており、俺達は奥から順に腰掛けて行く。
えっと、俺の座る位置は……よし、ちょうど端っこだ。
中々良いポジションじゃないか。今日の『ぼっち運』は上々だ。
俺は上機嫌でその端っこにあるの椅子に座ると、辺りを見渡す。
そこで俺は隣の席の女子生徒を見て、自分の目を疑った。
その女子生徒の頭上に記されていた数字は……。
――『レベル5』……だと……。