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世紀末のアウプトラウム  作者: 武田あおい
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冬来

 フリードリヒがベルシュタット近郊に着いたのは閉戸の月7日であった。この日は冬来の日と呼ばれ、毎年この頃になると寒さが増し、エンデピアでは仕事なども長い休みに入る。吹雪で外に出るのもままならない日も多く、文字通り家の戸を完全に閉ざして外とのつながりを絶ってしまう。


 エンデピアとほとんど緯度を同じくするベルシュタットの寒さも相当なもので高地に陣取った野営地のテントの外には、若い兵卒がコートを着込んで物資テントとの間を行き来するのが少しばかり見受けられる以外に人影はなかった。


 「ここを落とし次第主戦線で決戦ができるって言うけど、主戦線のお偉いさんはこの寒さの中でも即時決戦に持ち込むんすかね?」


 若い兵卒が煙を吹かしながら嫌味を吐いた。主戦線ゲンテ軍の司令が早期決戦を迫るアクセライヒとゲンテの首脳部に対する冬季攻勢回避の言い訳にベルシュタットを使っているのは士官から兵卒に至るまで知るところだった。


 「せっかく助けに来てやったのにまさか言い逃れのダシに使われるなんてたまったもんじゃないですよ」


 同じテントにいる若い兵卒が答えた。このテントはブルンブルク領から出てきた小隊のテントで皆顔見知り。前線に出ればフリードリヒの側に仕え、フリードリヒの親衛隊のようなものだった。


 「まぁ、そんなのはうちらがどうこうできるもんじゃない。うちらに今できるのは装備の整備だけさ」


 小隊長のソフィアは煙草をくわえて黒いプレートアーマーの整備を続けた。



 ♢



 「敵空軍は街から出ようともしない。このまま籠られると厄介だ。」


 「いっそベルシュタットを爆撃して艦隊をおびき出してはどうですか?戦闘高度からなら一方的に射撃できるでしょう」


 「国際法を知らんのか?そんなことをすれば敵は義勇軍で溢れかえるぞ」


 「騎士団の殲滅戦が許されて、艦砲射撃が許されない道理が分かりませんね」


 士官たちは幾度となく似通った議論を重ねるが結論には至らない。現状低空に籠る敵艦隊の撃滅をしなければ攻撃は困難極める。というのが結論であった。このまま包囲を続ければ彼らは冬は越せまい。彼らを飢えさせた後、降伏をもってベルシュタットを降伏させるべし。というのが現地将校団の出した結論で、ゲンテ、アクセライヒ両参謀本部も同様の結論だった。しかし、両国王の反対によって軍上層部が何としても今月中の主戦線の即時決戦を主張する限り主戦線の要求するベルシュタット占領を果たさねばいけない。一方、主戦線の指揮官の本音は冬季攻勢は何としても避けたい。


 部隊将校隊は様々な勢力の板挟みに合っていた。痺れを切らした軍上層部はゲンテ騎士団に出動を要請した。戦闘のプロとして名高い騎士団だったが、彼らの戦闘後の残虐極まる敵の扱いもまた有名だった。


 フリードリヒもその部隊将校の一人。いくら議論を重ねても決定的な結論に至らないブリーフィングに嫌気が指し、吹雪の合間を縫ってフリードリヒはテントを出た。


 (敵が多いのはアクセライヒも同じではないか。三首協定が守られる限り我々は永遠敵だらけだ)


 三首協定はゲンテ国王、アクセライヒ皇帝、ゲンテ騎士団総長との間で結ばれた軍事協定だ。敵の多いゲンテの戦争に巻き込まれるだけだと破棄を望む声もあった。その筆頭が今は亡きアクセライヒ皇太子であった。協定離脱派もフィアン戦争後にフィアン人の建国したフィアン王国とそれを支援する南方諸国と東方諸国との敵対で今は活動も下火になった。


 来週には騎士団が合流する。それまでに決戦を行わなければベルシュタットの行きつく先は地獄だ。


 遠くに見えるベルシュタットの灯りを横目に見ながらフリードリヒは自分のテントに急いだ。騎士団が到着するまでに何とかしてベルシュタットを攻略する革新的な作戦が必要だ。


 

 ♢



 「我々にはどうすることもできなかったさ。騎士団ならそれができる。気に病むことはない」


 到着した騎士団の隊列を見るフリードリヒにヴェルナーはそう語りかけた。全員がヒポグリフに跨るゲンテ騎士団はヒポグリフ兵特有の重装、象徴的な大口径ランスライフルと大盾。全身を装飾する泥くさい前線には似合わない金色の装飾は野営地では異様に見えた。


 騎士団到着の5日前にフリードリヒは自分の防護魔法を戦列全体の前面に押し出し、ベルシュタットまで肉薄するという作戦を立案した。その日が騎士団到着前に独自に作戦を実施する最後のチャンスだった。


 作戦は司令部に上がるどころかヴェルナーの認可さえ得られなかった。強力な魔法の及ぼすフリードリヒへの身体的負担は計り知れない。


 「さぁ、騎士団が来たからにはいつ戦端が開かれるかわからん。用意を急げ」


 「はい...」


 大公の孫として自分の魔術を最大限生かせると思っていた。軍という暴力装置に身を置きながらでも多くの命を救えると思っていた。そのために連隊参謀としてのスキルも磨いたつもりだった。周囲に評価され自分には特殊な才能があると思っていた。


 自分もただの大公の孫に過ぎないと思い知らされた。



 ♢



 夕方中隊のヒポグリフの厩舎に向かうとソフィアがヒポグリフの面倒を見ていた。


 「あ、殿下。明日の制空戦なんだけどダフィットのヒポグリフの調子が悪いから二小から一騎引っ張って来てくれない?」


 「わかった」


 フリードリヒは気のない返事を返した。


 「どしたの?」


 「何でもない」


 フリードリヒの素っ気ない態度に流石のお調子者ソフィアも困った様子だった。赤い髪をいじりながら何とか元気づけようとソフィアは言った。


 「あ~、まあなんだ。下士官のうちにはわかんないだろうけど、元気出しなよ。明日は一応初陣なんだし」


 (そうだ、わかるわけない。ほっといてくれ)フリードリヒは心の中で呟いた。思わずため息が出た。


 「えっと~」


 ソフィアが困ったようにもじもじする。こんな様子はなかなか見られない。するとなにやらポケットを漁り始めた。


 「はい、これ」


 ソフィアが差し出したのは煙草だった。赤いパッケージの17ミリのフリッツ。フリードリヒの愛称フリッツ。少し気恥しそうにソフィアは差し出した。


 「煙草は吸わないって。それになんだよ、その名前」


 「まぁまぁ、いいから~」


 仕方なく煙草を加える。


 「17ミリだからちょっときついかもしんないけど」


 「どうゆうこと?」


 答える間もなくソフィアは火をつけた。吸い込んだとたんにフリードリヒは咳き込んだ。


 「一気に吸っちゃダメだよ、味わって吸わないと」


 咳き込むフリードリヒを笑いながらソフィアは言った。日が沈み始め野戦厩舎の灯りが着く中フリードリヒの咳とソフィアの笑い声が人影もまばらなキャンプの外に静かに響いていた。

 


 

 

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