エンデピアの冬、フリードリヒの春
「今回は西方への遠征だったか?」
帝国大公に相応しい絢爛華麗な内装の居室のソファーに腰かけたミヒャエルはカールに向かって言った。
「はい。リントヴルムを数頭捕獲しに行きます。今回はたぶん数か月は戻れませんね。」
兄カールの所属する第一魔導猟兵旅団は戦時には純粋に精鋭部隊として活躍するが、平時には猟兵の名前の通り山奥深くに入り込み魔物を捕獲するのが主な任務だ。捕獲した魔物は戦時には戦略運用されるため、その国家がどれほどの魔物をどの程度保有しているかが、その国家の軍事力に直結した。
その後もメイドが淹れたコーヒーを口にしながらカールの仕事の話で会話は弾んだ。
現在フリードリヒが通う中級士官学校をカールが卒業したのは7年前だった。当時は今は亡き皇太子ルドルフが魔導猟兵旅団にいることで話題になっており、色付けされた新聞記事に踊らされたカールは祖父に無理を言って魔導猟兵旅団に配属させてもらった。
勤め始めたうちは過酷な任務で実家に帰るたびに弱音を上げていたが、今はもう慣れたもので弱音は参謀本部への愚痴に代わっている。
「さて、そろそろ参謀本部に参るとしますか...」
30分ほど話し込むとカールは重たい腰を上げた。文句を垂れつつもどこか楽しそうに仕事に向かうカールを見送ってフリードリヒとミヒャエルは屋敷の中に戻って行った。
♢
皇后の葬儀が行われたのはそれから六日後のことだった。葬儀は滞りなく行われた。ゴルト人臣民は5年前に失った皇太子に続いて最愛の皇后を失った皇帝に同情した。弱った姿を見せまいと、悲しみを堪え以前にも増して政務に励む皇帝は、臣民の帝室と帝国と皇帝への忠誠心を更に高めた。皇后の崩御した第四木曜日の真夜中になると帝室納骨堂のある教会の裏口に止まる馬車の噂はエンデピア市民の間に広がり、国家に献身する老帝の小さく曲がった背中を見て多くの国民が皇帝に命をささげることを心に誓った。
葬儀が終わったのは丁度フリードリヒの卒業まで二か月の日だった。配属先の部隊が発表され、フリードリヒは第三竜騎兵連隊の連隊幕僚が配備先となった。連隊への挨拶や主席卒業生としての儀礼の確認など慌ただしく過ごすうちに二か月はあっという間に過ぎ去り、卒業式の当日を迎えた。
少し気を抜けば眠ってしまいそうな心地のいい天気の中、会場には候補生の親族が集まった。
「「我々、帝国臣民は闘う。皇帝の為に、教会の為に。我々、帝国軍人は闘う。皇帝の為に生きる臣民の為に。我々、帝国佐官は闘う。我々と闘う帝国軍人の為に。帝国臣民、帝国軍人、帝国佐官。これぞ我らが誉、我らが義務、我らが正義である。」」
フリードリヒの掛け声に合わせて52名の佐官任官者が演壇の将帥たちに誓った。自分の就く階級によって変わるこの宣誓は、責任を負う立場になるにつれて長いものになる。貴族であっても、平民であっても、軍人であっても、文官であっても、全員が与えられた責務を自覚するために考えられた宣誓だ。
フリードリヒが今回就いたのは帝国陸軍少佐。中級士官課程卒業生は本来であれば殉職などでしか与えられない二階級特進の待遇がとられていた。とはいっても毎年卒業するのは10%ほどの人数。帝国軍の佐官は貴族であるだけではなりえないエリート中のエリートだ。
そんな中級士官課程を首席で卒業したフリードリヒを参列席から誇らしげに見ていたのは許嫁のアウローラだ。彼女のその類稀な美貌はエンデピアの社交界でも話題で、参列者の中でも高位の貴族特有の煌びやかな身なりが彼女を一層目立たせた。
式を終えたフリードリヒはアウローラのもとに向かった。アウローラはフリードリヒとの婚姻までは実家で過ごしていたため、二人がこうして顔を合わせるのは実に半年ぶりだ。
二週間後に婚姻を控えている二人は、両家の出費でエンデピア郊外にある小さな館に居を構えることにしていた。文通を繰り返し、半年に一度ほどしか会わない二人のロマンチックな恋は年頃の貴族や侍女たちの注目の的だった。そんな二人の恋が、フリードリヒが左官となり腰を落ち着けるにいたったことで最終話に差し掛かっていることは情報屋の侍女たちの間ではとうに知られていることだった。
「お久しぶりです...会えてうれしいです。」
「今度会った時は名前で呼んで下さるものと思ってましたのに、アウローラは残念ですわ?」
まだどこか緊張がのこるフリードリヒと対照的に年上のアウローラは余裕のある表情で微笑んだ。
参列に来ている親族が遠くでまた馬鹿にしている気配を感じながら、フリードリヒは顔を赤らめた。
「ア、アウローラ。ひとまず館まで行きましょうか。手紙で話しただけでまだ見たことはないでしょう?素敵な館ですよ。庭にはサクラと言う綺麗な花を咲かせる木があって......」
まだ手を繋ぐのが精いっぱいのカップルはエンデピアの郊外に向かって馬車を走らせた。
♢
それから2週間後、二人は結婚式を行った。その2日後から新婚旅行はゲンテに向かう予定だった。
しかし、夢に描いたハネムーンは唐突の事件にキャンセルせざるを得なくなった。
ゲンテ王国の豊かな穀倉地帯が広がる西方で、貴族共和国の樹立を目論む貴族連合による反乱が起こった。未だにゲンテの食料に頼る帝国は帝国議会で義勇軍の派兵を決定したのは反乱の起こった当日深夜であった。
義勇軍は帝都に即座に集結できる部隊を中心に編成され、第三竜騎兵連隊も内戦への派兵が決定し、フリードリヒは思わぬ形で初陣を飾ることとなった。
アクセライヒ国内では噂にもなっていない突然の隣国の内戦に国内世論は全く状況がつかめていなかった。
フリードリヒも含めて多くの人間が事態を把握できぬまま、エンデピアからは続々と義勇軍が派兵されていった。平和な日常に突然訪れた家族との別れを惜しむために、連日行われる大通りでの出征パレードには多くの人だかりができた。見送る人々の顔はあまりに突然に訪れた家族との別れに唖然となり、一度は出征パレードを経験したことのあるであろう年齢の者の顔にも不安が見て取れた。
フリードリヒの連隊も帝都に到着し、フリードリヒが合流する日が来たのは結婚式を挙げてから5日後のことだった。
「アウローラ、行ってきます。」
「館のことは万事お任せください。ご無理をなさらぬよう...」
フリードリヒが合流した連隊をその日の昼間に大通りで見送ったアウローラも、身分を問わず多くの者がしているようにあまりに早く進んだ事態についていけずに唖然とした顔をしていた。
世紀末のアウプトラウム、第五話を最後までお読みいただきありがとうございました!
今回少しだけ触れましたが皇帝は皇太子に早逝されているという設定です。こんな踏んだり蹴ったりの人生の皇帝のモデルになっているのはオーストリア=ハンガリー帝国の皇帝フランツ・ヨーゼフ一世です。
彼は皇太子ルドルフが自殺し、皇后も作中の皇帝と同じように暗殺で失っています。
第一次世界大戦中の皇帝で、正確には違うのですが実質的なオーストリア=ハンガリー帝国最後の皇帝として国民からは「国父」「不死鳥」などとして親しまれていました。カッコイイ愛称ですよね!(笑)
他にもいろんなエピソードのある面白い方なので気になったらぜひ調べてみてください!
次回からはゲンテ内戦編となります!若き俊才フリードリヒ君の活躍に乞うご期待!