征服公の孫③
汽車に揺られながら、フリードリヒは窓の外を眺めていた。外には農園が広がり、牧歌的な景色がここ数日の慌ただしかったフリードリヒを落ち着かせた。
ここ一帯は肥沃な穀倉地帯で、帝国に編入されるまでは帝国の西方に位置するゴルト人による統一国家の《ゲンテ》との貿易に頼り切っていたが、編入後には食料自給率が43%まで改善された。この穀倉地帯も例によってもとはゴルト人の土地ではなかった。
フリードリヒはそんな帝国の血脈ともいえるのどかな風景を見ながら、ここ昨日の出来事を思い返していた。
異教徒の弾圧はアクセライヒで長いこと続いてきたことだが、フリードリヒが目にしたのは初めてであったし、大規模な反乱などはフリードリヒの生まれる以前に起こったものを最後にアクセライヒ内では聞いたこともなかった。
帝国内部では国教のアウフ教以外を信仰することが禁止されていた。周辺諸国が数世紀前には個人の信仰の自由を認める中、アクセライヒだけはアウフ教の信仰の強制を決して捨てなかった。
それは編入した民族も例外なく、高度な自治などは認めても信仰の自由だけは決して認めることはなかった。そのため度々、旧来の信仰の復活を求めて反乱が起きては、諸侯軍や教会騎士団によって鎮圧された。
中でも教会騎士団が鎮圧にあたった地域では浄化が行われ、地図から消えた村もいくつかある。そのたびに中央政府の文官たちは教会に自制を求め、中には教会の解体を訴える者もいたが、歴代皇帝は決してそれを認めなかった。
そして近年、さらに急激に加速した帝国の拡大運動は多くの反発を生み出した。その動きはウンエントリヒ山脈によって阻まれていた帝国の南方にも広がり、祖父の代までエンデピアにその居を置いていたフリードリヒの家でも例外ではなく、ウンエントリヒ山脈より南方に帝国貴族として初めての領地を築き、南方遠征の尖兵となった。
フィアンの継承の際に起こった継承戦争では鬼神のごとき働きでフィアン人の軍を粉砕し、国内外で「征服公」のその名は知れ渡った。
これから先、帝国の拡大は南方に向けてさらに加速するだろう。南方に行くにつれて海を挟んで反対にあるペクシス教の影響を受けた宗教が増えていく。
比較的従順であるはずのアイゼンブルグのクストス人でさえあのざまだ。フリードリヒは背後に何らかの陰謀の存在を感じ始めていた。あのクストス人は明らかに貴族と関係がある。フィアン人による皇后の暗殺にも何か裏があるに違いない。
今後昨晩のように正義を果たさねばならないことは増えるかもしれない。
(はぁ~)
フリードリヒは窓ガラスに映った自分の顔を見てため息をついた。
♢
フリードリヒは帝都エンデピアの見慣れた景色が近づき、駅まではあと数分で着くというところで身支度を始めた。温暖な気候で一年中雪とは無縁の南部とは異なり、北に行くにつれてちらほらと見えた雪はエンデピアでは所によっては背丈ほど積もっている。
雪は降ってこそいないが、外の冷え込みを想像しただけでも寒気がしてくる。南方育ちのフリードリヒはもう卒業まで最後の冬となってもこの気候に慣れることができなかった。
フリードリヒは制式のマントを着込んで下車に備える。アクセライヒ軍の華美な制服は国内外問わずに人気で、支配的な三民族の将帥はそれぞれ定められた色の軍服を着用した。
ゴルト人のフリードリヒは白色の軍装で、縦襟の襟章には陸軍中尉を表す銀線上に二本の銀剣が表されている。上から羽織ったマントは水色で、同じく陸軍中尉を表す肩章が付いている。
フリードリヒの軍服姿は端正な容姿と相まって一族からも同僚からも人気で、15歳で下級の士官学校に入学したときは領地ブルンブルクでポストカードが作られるほどの騒ぎになった。
列車が駅のホームに入るとカールを起こして客車の乗降口に向かった。大急ぎで準備をしながら、早く起こさなかったフリードリヒに文句を言うカールの声を聞いてクスクスと笑いながら駅のホームに降り立った。
駅のホームに降り立ったフリードリヒは出迎えてけれて想定外の人物に驚いた。駅のホームでは祖父のミヒャエルが護衛兵を伴って待っていたのだ。
フリードリヒはミヒャエルに駆け寄ってあいさつした。
「おじい様!ご機嫌麗しゅう。このような所までお出迎え下さり恐縮です!」
「フリードリヒ、元気そうで何よりだ。やはり制服は似合うな。カールはどうした?」
「お兄様は...すぐに参られます。」
フリードリヒはにこにこしながら答えた。ミヒャエルは不思議そうな顔をして答えた。
「そうか、まあいい。では先に馬車まで行くとするか。何人かここでカールを待っておれ。」
ミヒャエルは護衛兵に指示するとフリードリヒを伴って歩き始めた。すれ違う貴族たちは次々と道を開け道端にはけて軽くうつむくように礼をしている。
馬車に乗るとミヒャエルはフリードリヒの向かい側に座って言った。
「アイゼンブルグでのことは大司教から教皇を通じて聞いた。大変だったな、だがよくやった。お前は正義を果たしたよ。お前の兄ではこうも行くまい。」
ミヒャエルは気まずそうに微笑みながら言った。
「ありがとうございます。おじい様の孫として、信仰を守る一助になれたのなら光栄です。」
「やはりお前は私に似ているな。フリードリヒ、公爵の孫、アクセライヒはもうじき大義を成す。ハインツ・フリードリヒ・フォン・アクセライヒ。お前の代で公爵家の大願は成就される。」
フリードリヒが幼いころから、ミヒャエルは同じようなことを言っていた。話すときはフリードリヒの顔をじっと見てどこか憐れむように誰もいない場所でこっそりと話しかけていた。何を意図しているのかはいつも分からなかった。
フリードリヒが口を開きかけた時、カールが駅舎から出てくるのが見えた。フリードリヒは黙ってうなずいた。
♢
馬車から見える冬のエンデピアは皇后の葬儀が近く、普段よりも活気がなかった。普段であればオペラ座から漏れ聞こえる華やかな音楽や、街を行きかう人々の賑やかな話し声が四季を問わずに聞こえたが、街全体が喪に服し、空を覆う灰色の雲が気分を重くさせた。
そんな普段とは少し様子の違うエンデピアの街中を行きながら、馬車は徐々にミヒャエルの宮殿に近づいた。
祖父ミヒャエルの宮殿は貴族の中で最も皇帝の宮殿に近くにあり、皇室からの信頼の高さを表していた。平屋建てで、ミントグリーンの屋根と白色の外装は雪景色によく馴染んでいる。宮殿のドーム型の屋根がある正面玄関まで続く一本道は綺麗に除雪されているが、道の周りに広がる平面幾何学式庭園に植わっていて春になれば美しく咲き誇る花々は完全に雪に埋もれてしまっている。
正面玄関に着くとドアまでに扇状に広がる階段の端には2段ごとに使用人が控えており、階段の頂上には執事長のレオが主の帰宅を待ちわびていた。
「おかえりなさいませ、御主人様。フリードリヒ様とカール様もようこそお越しくださいました。どうぞごゆるりとおくつろぎくださいませ。」
「レオ、そうは言ってもカールはしばらくすれば参謀本部に用があると思うぞ?そうだろ?」
すっかり休むつもりでいたカールはぎょっとした顔をして肩を落とした。
「ははは、アクセライヒ軍総司令官閣下にはスケジュールは筒抜けでしたか...」
「たわけが、第一魔導猟兵旅団は参謀本部直属だぞ。動向は旅団長から兵卒に至るまでこの萎れた脳に入っておるわ。」
冗談交じりのつもりで言ったミヒャエルだが、フリードリヒとカールはミヒャエルならば十分あり得ると目配せで伝え合った。
「はは、御冗談を...」
カールは苦笑いを浮かべながら言った。
「まあ良い、少しだけは休んでいくがいい。思惑通り、わしが事図手しておくわ。」
「はい。ではお言葉に甘えます...」
肩を落としたカールを最後尾に、三人は宮殿に入っていった。
世紀末のアウプトラウム、第四話を最後まで読んで頂いてありがとうございます!征服公の孫はこの三話でおしまいです。これからも世紀末のアウプトラウムをよろしくお願いします!